事件は解決したかに思われた。
実際、ガルアーク暴走事件には収拾がついている。暴走した科学技術は停止し、首謀者も確保された。黒衣の怪人の正体についても、ララクは真実へ辿り着いている。もっとも、その情報を警察へ渡す気はなかった。仮に事情聴取で尋ねられたとしても、黙秘を貫くだろう。あれは本人が向き合うべき問題であり、自分が勝手に暴く話ではない。
しかし、この校庭にはもう1つ未解決の事件が残されていた。偽の怪人出現事件である。
事情聴取を終えた関係者たちが校庭の一角へ集められていた。夕暮れの光が差し込む中、並んでいるのはサイフウ、レッツタ、カライジの3人だ。サイフウとカライジは見慣れた学院の制服姿だが、レッツタだけは戦闘時のアンダースーツのまま立っている。そのため普段より精悍な印象を受けるものの、本人は特に悪びれた様子もなく、かといって気の抜けた顔をしているわけでもなかった。
問題は別のところにある。
サイフウだ。
彼女は端末を操作しながら立っているだけなのに、周囲の空気が妙に重い。冷たい視線が隣の2人へ向けられるたび、気温が数度下がった気さえした。
「説明を求むね」
端末から目を離さないまま言う。
「なんでこの小物に私が襲撃されなきゃいけなかったのか」
親指が横を向く。示された先には小柄な研究者がいた。
「えっとぉ……その……色々と血迷いまして……」
大柄な身体を小さく見せるように背中を丸めながら、カライジはしどろもどろに答える。その態度がさらに火に油を注いだ。
「2人で、私を貶めるつもりだったの?」
平坦な声だった。怒鳴っているわけではない。それでも偽怪人として襲撃してきたのがレッツタであり、その計画をカライジも把握していたことを彼女は理解しているらしい。校庭の空気は完全に張り詰めていた。あと一押しで何かが始まりそうな雰囲気である。
そんな3人を少し離れた場所から見守っているのが、引率と協力を担当していた2人だった。
ゼマは腕を組みながら楽しそうに頷く。
「いやぁ、青いな~。青春だねぇ」
完全に他人事である。
一方のララクは困った顔をしていた。3人とサイフウの間に視線を往復させながら、どう仲裁へ入るべきか考えている。
「いや、これ青春で済ませていいやつかな……」
今ならまだ火は小さい。だが下手に口を挟めば、自分まで燃える可能性も高い。
少年は慎重に状況を分析しながら、一触即発の現場へ足を踏み出そうとしていた。
「提案者は俺」
張り詰めた空気の中、レッツタはいつも通りの調子で口を開いた。
「カライジが君に近づきたい、惹きつけたいって言うから、俺が悪になることで正義を際立たせようと思ったんだ。本当に怪人が存在する可能性を完全排除していたのが、作戦の失敗に繋がったなぁ」
本人なりに経緯を説明しているのだろうが、その口調はどこまでも淡々としている。事実を報告書のように並べる姿に、反省文を読み上げている雰囲気はあまり感じられなかった。
その説明を聞いて最も大きな反応を示したのは、当事者ではなく少し離れた場所で見守っていたゼマとララクだった。
「妙に雑用をこなすとは思っていたけど~」
赤髪の教師は面白そうに笑う。思い返せば大柄な青年は、サイフウの頼み事を妙なほど進んで引き受けていた。荷物運びから資料整理まで、文句を言いながらも結局は全部こなしている。
「……! ……全く考慮してなかった。サイフウさん、まさしく才色兼備だから、魅力的ではあるけれど」
金髪の少年は目を丸くしたまま固まっていた。どうやらカライジの矢印がどこへ向いているのか、今の今まで本当に気付いていなかったらしい。
(これが学生の華か)
学院生活らしい悩みと衝動。冒険や研究では得られない青風の一幕に、ララクはどこか感心していた。
もちろん、そんな余裕を持てない人物もいる。当のカライジだ。大柄な体格とは裏腹に今にも縮みそうな勢いで肩をすぼめ、顔は赤いのか青いのか分からないほど忙しく色を変えている。
「おぉいレッツタ! 端から端まで、しゃ、喋んないでくれよ!」
声を裏返しながら抗議するが、暴露を始めた張本人は気にした様子もない。
そんな中、話を聞いていたサイフウは腕を組んだまま小さく息を吐いた。怒りが完全に消えたわけではない。それでも理由が判明したことで、先程まで燃え上がっていた感情は少しだけ鎮火したようにも見える。
「私への好意、結構本気だったんだ」
照れも戸惑いもない。事実を確認するような声音だった。
するとレッツタはさらに補足する。
「カライジは、サイフウと一緒に冒険がしたいんだと言っていたんだよ。つまりパーティーに誘いたかったんだ。けれど君はソロ志望だったからね。何かインパクトのあることをしないと希望がないと俺が考えたんだ」
その説明を聞きながら、ゼマは頭を抱える。
(おいおい、カモフラージュできてんのか?)
どう聞いても誤魔化しになっていない。むしろ余計な情報を足している。
ところが隣の少年は違った。
「あっ、そういう意味でのお近づきか」
綺麗に納得した。
ゼマは思わずそちらを見る。
(おぉいおい。虚言の可能性も入れとけよ)
だがララクは本気で理解した顔をしていた。その天然とも言える思考回路に、偽怪人事件以上の危うさを感じたゼマは静かに空を見上げるのだった。
その流れに乗じるように、カライジが慌てて口を開いた。どうやらレッツタの意図を察したらしい。
「そう、そういうことなんだよ! 怖がらせてしまって申し訳なかったけど……俺はサイフウと一緒に戦えれば、冒険者として大成できるかなって」
その言葉に嘘はなかった。
サイフウの実力を認めているのも事実だし、一緒に冒険したいという気持ちも本物だ。
ただ、それだけではない部分については必死に隠そうとしていた。
その様子を、当の本人はじっと見つめている。
彼女がララクのように全て額面通り受け取ったのかは分からない。だが人から向けられる好意というものは、必ずしも客観的に処理できるものではなかった。
「……あんな事しなくたって、私はあの授業で連携の大切さを学んだ。あんた達と組むのも、ワンチャンスあるとは思っていたんだけど」
その言葉に周囲が静まり返る。
可変魔獣グレグリーライノとの戦い。
格上の相手との死闘を通じて、彼女なりに考えを改めていたのだろう。モンスターと単独で戦うより、多角的に攻める方が合理的な場面もある。ソロを望む気持ちは変わらなくとも、他者との連携を全否定する段階ではなくなっていた。
「っうぇ、マジで言っている?」
変な声が飛び出した。
予想外にもほどがある反応だったらしい。
だがサイフウは淡々と続ける。
「けどこれによりノーチャンスね。ソロか、他の有望な冒険者志望を探すよ」
そう言って踵を返す。
せっかく開きかけた可能性の扉が、本人たちの手によって閉じられた瞬間だった。
「ちょ、ちょちょ、待ち待ち! れ、0.1ぐらいは残ってるでしょ!? れ、レッツタからも言ってくれ!」
必死な声が校庭へ響く。
すると巻き込まれた研究者は少し考え込んだ後、淡々と提案した。
「掃除、洗濯、料理、雑務。全て引き受けるっていうのはどうかぁ? カライジが」
「うぇ!?」
大男の肩が跳ね上がる。
「いや、でもそれで気が変わるなら! 都合の良い男になります!」
もはやなりふり構っていない。
だが返ってきた言葉は冷静だった。
「あのね、私だって家事ぐらいこなせる一人前の女性だから。なし。もう、情状酌量の余地なし」
最後まで振り返ることなく、サイフウは校舎へ向かって歩き始める。
「待ってくれぇ!」
その背中を追いかけるカライジ。
さらにその後ろを、なぜか付き添いのような顔でレッツタが続いていく。
夕暮れの校庭を遠ざかっていく3人の姿を眺めながら、ゼマは小さく笑った。
「最先端だか成績優秀だか知らんけど、恋ってのはどこでも一緒やね。くだらなくて見てらんない。けど、嫌いじゃない」
その感想に、隣の少年は首を傾げる。
「やっぱり恋愛感情なのでしょうか」
本気で分かっていない顔だった。
ゼマは思わず吹き出しそうになる。
「学院、入学するかララク? 青さを取り戻すか?」
「……? それも一興そうですが」
真面目に検討し始める。
冒険者として早くから活動していたため、一般的な学生生活をほとんど経験していない。その影響なのか、目の前で繰り広げられていたやり取りの本質を最後まで理解できている様子はなかった。
赤髪の教師は呆れ半分、面白さ半分で肩をすくめる。
夕陽に染まった学院では、生徒たちが後片付けを進め、文化祭の終わりを迎えようとしていた。
事件は解決した。
騒動も終わった。
それでも若者たちの悩みや感情は続いていく。
ララクはそんな後ろ姿を静かに見送りながら、自分の知らない学院生活というものに少しだけ興味を抱くのだった。