第509話
インテグラル学院で発生した怪人出現および人工戦闘ユニット暴走事件は、写真付きの記事として電子新聞を中心に一気に拡散されていた。
黒衣の怪人の存在自体は世間に知られる形となったが、その正体や詳細は意図的に伏せられている。代わりに世論の関心は、暴走の中心にいたプロフェッサー・モドムへと集まり、現在も各所で事情聴取や検証が続いているはずだった。批判の声は強く、研究拠点や支援組織にも波及し、トレンドタワーと呼ばれるプロフェッサーの研究室が存在する高層研究施設でも、その余波が広がっている。
騒ぎの中心から離れた場所で、ひとりの男がタブレットを眺めていた。
場所はライブハウス〈クラフティレイ〉。
つい先ほどまで演奏が行われていたのか、ステージには楽器がそのまま残され、ケーブルやスタンドも片付けられないまま静止している。フロアとの段差に腰を下ろし、画面に視線を落としているのは、この店の代表でありバンドのベースも担当するモジリフ・へミーグだった。
猿人種特有の大きな耳がわずかに動き、無造作な髪は汗と照明の熱を吸ったまま乱れている。メイクを施さずとも目の下の濃いクマが陰影となり、ステージ上とはまた違う静かな疲労感を漂わせていた。
タブレットに映っているのは事件の報道記事だった。写真と共に並ぶ情報の中には、怪人の出現、学院での騒動、そして暴走した研究者の名前がはっきりと記されている。
だが彼の視線は別の一点に向いていた。
「この子は、俺たちに何を語ろうとしているのだろうな」
小さく呟きながら画面を指でなぞる。
そこに写っているのは、丸い髪型の小柄な少年だった。学院の校舎を駆け抜ける瞬間を切り取った一枚で、混乱の中でも前へ進む姿が鮮明に残されている。
ララク・ストリーン。
その名もまた、今回の事件と同時に世間へ広がり始めていた。
ただの学生なのか、それとも別の役割を持つ存在なのか。報道やネット上では憶測が飛び交い、その輪郭は日ごとに曖昧さを増している。
モジリフは画面を閉じず、しばらくその写真を見つめ続けていた。
「あー、報告なんて初めてだからよ。ど、どうすりゃいいのか分かんねえけど。ああ、早く来てほしいけど、なんか落ち着かねえよ」
ライブハウス〈クラフティレイ〉の控えめな照明の下で、そわそわと落ち着かない声が漏れる。
声の主はロドナルだった。
タバコを思わせる鋭い輪郭の顔立ちに、ソフトリーゼント風の髪を流した女性で、バンド〈落ちるレイン〉のボーカル兼ギターを担当している。ステージに立てば別人のように堂々としている彼女が、今は椅子の端に座ったまま落ち着きなく指先を動かしていた。
今回彼女は依頼主として呼び出されている。正確には、演奏後にそのまま残るよう伝えられただけだが、そこに「報告がある」という一言が重なっていた。
これまでの経験では、呼び出しといえば成果の不足や失敗の指摘ばかりだった。だからこそ、今回は違うのではないかという期待と不安が入り混じり、呼吸のリズムすら落ち着かない。
その背後では、ドラム担当の男性が黙々と機材の掃除を続けていた。
口数はもともと少ないが、今回の件に無関心でいられるはずもない。シンバルスタンドを拭く手は一定の動作を保ちながらも、時折視線だけがロドナルの背中へと向けられていた。
空気は演奏後の余韻を残したまま、静かに張り詰めている。
誰もが同じ一点を待っていた。
呼び出された理由の、その先にある答えを。