ロドナルは床へ拳を叩きつけた。
「……先に行くのが早すぎんだよ……。おちょうしもんが……」
鈍い音がライブハウスに響く。演奏が止まった空間は妙に静かで、その静寂がかえって彼女の喪失感を浮かび上がらせていた。肩を震わせながら俯くロドナルを見て、モジリフが怪人へ視線を向ける。
「ラストメロディを弾いてくれるか?」
「……? 音に身を任せてみようか」
怪人は意図を理解できなかった。それでもギターを構え直し、自ら考えるのではなく内部に残るデータへ判断を委ねる。金属の指が弦へ触れると、静まり返った店内へ小さな音が流れ出した。
それはラストのサビだった。派手な技巧も複雑な構成もない。ただ同じ言葉を重ね続けるだけの単純なフレーズ。それでもそこには、この曲が生まれた理由が込められている。いつか道が分かれても、会えなくなっても、それぞれの場所で生きることになっても、この曲だけは仲間へ届けたい。そんな願いを乗せた歌だった。
ベースが静かに寄り添い、ドラムがわずかに拍を支える中、ロドナルは震える声で歌い始める。
「届け、届け、届け、届け、……とどけ~、とどけ、届けぇ……あぁ、あぁ……」
途中から歌なのか嗚咽なのか分からなくなっていた。頬を伝う涙を拭うこともなく、それでも最後まで声を絞り出す。怪人のギターはその声を支えるように鳴り続けた。
やがてドラムの音が小さくなり、ベースの余韻も消えていく。最後の一音が空気へ溶けると、曲は完全に終わった。誰もすぐには口を開けない。
ララクはその光景を静かに見つめていた。
(この曲がアカラヘアさんに届いていることを願いたい)
そう思う。だが同時に、もう1つ確かなことも感じていた。
(……少なくとも、アカラヘアさんの気持ちは彼女に届いたはずだ)
かつて自分たちで作った曲。未来のために残した歌詞。その音楽は巡り巡って、思いもよらない形で再び仲間たちの前へ戻ってきた。そして今、その曲は別れを告げる最後のメッセージとなり、長い時間をかけて止まっていた彼女たちの心を静かに前へ進ませたのだった。
◇◇◇
ライブハウスの外へ出ると、夜風が街を流れていた。文化祭の熱気も、演奏の余韻も少しずつ遠ざかっていく。だが怪人にその冷たさは伝わらない。金属の身体は温度の変化を肌で感じることができなかった。
「これが最善だったのだろうか。隠し通す道も存在した気がしてならないな」
建物の壁へ背を預けながら怪人は呟く。先ほど見たロドナルの涙が、内部の記録領域で何度も再生されていた。
「……残された人たちは、一番再会を望んでいると思います」 ララクは静かに答えた。
「当然すぎるな」
「だけどそれは、最後を知る、という意味もあるのかもしれない。そうすれば向き合えるのかもしれません。大切な人の旅路と」
怪人は返事をしなかった。ライブハウスの扉を見つめる。今もあの中では、それぞれが自分なりに別れを受け止めているのだろう。ゼマも腕を組みながら会話へ加わる。
「あんたも人でしょ。3人分の」
その言葉に沈黙が落ちる。
自分は何なのか。
人なのか。
機械なのか。
事故によって生まれた異常な存在なのか。
未だ答えは出ていない。
「……私も向き合うべきなのだろうな。……私の存在を公表することはできない。だが血縁者や関係者には伝えるべきなのだろうな。それまで、協力を要請したいのだが、可能かな?」
「もちろん、お手伝いさせてください」
ララクは即答した。
その返答を聞き、怪人はわずかに目を閉じる。今日訪れたのは数ある関係者のうちの一組だけ。この身体にはアカラヘア以外の人生も眠っている。それぞれに家族がいて、友人がいて、帰りを待ち続けた誰かがいる。
真実を伝える旅はまだ終わらない。
夜風が吹き抜ける中、少年と怪人は同じ方向を見ていた。誰かの人生の結末を伝えるために。そして、自分自身の存在とも向き合うために。