聖都へ入った後、ゼマはさっそく街を駆け回っていた。
広場を抜け、商店街を覗き、路地へ入り込み、目につく施設を片っ端から確認していく。その間、ララクは街並みの観察に夢中だった。この街の建材は刻粘土と呼ばれる特殊な素材が主流らしい。加工しやすく、それでいて年月を経るごとに硬度が増していくため、建設資材として非常に優秀なのだという。
さらに白やクリーム色を基調にしながら、青や赤など彩色された素材を部分的に組み込むことで、街全体に統一感と華やかさを与えていた。古代都市らしい荘厳さと生活感が自然に共存している光景は見応えがある。
加えて行き交う住民全員が狼人だった。耳の形や毛色、尻尾の長さには個体差があるものの、人間やエルフ、犬人など他種族の姿は見当たらない。単族国家という説明を受けていたが、実際に目の当たりにすると独特の圧迫感があった。
だがゼマには建築様式などどうでもよかった。
彼女には確認しなければならない重要事項があったのである。
そして探索を終えた彼女は、大通りでララクと合流すると開口一番に叫んだ。
「ギルドがない!!」
「予想はしていましたが、皆無とは……」
ララクも周囲を見渡す。
冒険者ギルド。それは旅人や冒険者にとって欠かせない施設だ。クエストの受注、報酬の受け取り、情報収集。最先端国家ヌーツですら形を変えて存在していた。
しかし、この古の国レジェレには見当たらない。
代わりによく目に入るのは兵士たちだった。規定品を基礎にしながら各々が意匠を加えた鎧を纏い、街路を巡回している。もちろん彼らも狼人であり、兜の隙間から獣耳を覗かせ、腰の後ろでは尾が揺れていた。治安維持だけではない。住民の相談に応じたり、荷物運びを手伝ったり、掲示物を確認したりと、その仕事は多岐にわたっている。
「どうやらボクたちのようなフリーの冒険者はおらず、国の仕事として兵士がクエストを実行しているようですね」
ララクの祖国パーリアにも兵士は存在する。だが主な役目は治安維持や犯罪者の確保、インフラ管理といった行政寄りの業務だった。
この国では違う。
モンスター討伐も、人探しも、住民からの依頼も、まとめて兵士が請け負っているらしい。
「うぇ~、それだけ兵士志望が多いんだ。私さ、規律面倒くさくて、一度も入りたいと思ったことがない」
「一番の違いは、自由かどうかですからね」
兵士はいわば公務員だ。安定している代わりに規律や責任も重い。それに対して冒険者は自由だった。依頼を選び、行き先を決め、自分の意思で旅を続けられる。こうして異国の地を歩いている今も、その自由があるからこそだった。
もっとも、この国ではその自由こそが少数派らしいが。
「ちなみに宿屋もなさそうだ! ど、どうするんだよ今晩! 野宿か!? 別にいいけど!」
何故かゼマは少し楽しそうだった。未知の土地で問題が増えるほど冒険らしいと感じる性格なのかもしれない。
「聞き込みをして、本当にないのであれば、もう一度外に出るしかないですね。でも安心してください。ボクたちには、【テレポート】して他の国の宿屋に泊まる、っていう裏技があるじゃないですか」
「あー、たまにやるやつなぁ。はぁ~、おまえが仲間で助かりすぎる」
ララクは一度訪れた場所なら瞬間移動できる。魔力に余裕がある時は、宿代や移動時間の節約として使うこともあった。
「仕事も同じ原理でこなせるので、金銭も問題はないですが……それだとこの国にいる意義が薄いですね……」
「んじゃあ最悪なんとかなるって事で、適当に観光してみる? 飯屋はたくさんあったよ」
「鑑賞するだけでも楽しそうな場所ですからね」
そうして2人は聖都を歩き始めた。街の至る所に噴水広場があり、白やクリーム色の建物の間を水音が流れている。狼人たちはその周囲で談笑し、露店を開き、子供たちは石畳を駆け回っていた。他国からの旅行者が少ないからこそ、この国本来の暮らしがそのまま残っている。
食べ歩きの店も多い。ゼマが最初に飛びついたのは、香ばしく焼かれた魚串だった。
「んまっ! 魚なのに肉みたいな食感!」
店主によると、その食材はダンクルオステウスという古代魚モンスターの養殖個体らしい。巨大な顎を持つことで有名な種だが、若いうちに育成したものは食用として人気が高いという。
ララクも興味深そうに串を眺める。
「古代種を食文化として利用しているんですね。資料で読んだことはありましたが、実際に見るのは初めてです」
さらに別の露店では、マンモスの燻製肉を薄く削った料理が売られていた。香草と岩塩だけで味付けされているが、噛むほどに濃厚な旨味が広がる。寒冷地に生息する古代種だけあって脂の質も独特らしく、ゼマは気に入ったのか追加でもう1皿購入していた。
「これ好き! 保存食っぽいのに全然硬くない!」
野菜も特徴的だった。巨大なシダ植物の若芽を炒めた料理や、古代品種から改良された根菜のスープなどが並び、歴史の長い国家らしい独自の食文化が感じられる。
宿屋らしき建物は相変わらず見当たらない。
それでも2人は焦っていなかった。
どうしても駄目なら他国へ転移できる。
そんな安心感があるからこそ、噴水広場を巡りながら、古の国レジェレの文化そのものを楽しむ余裕があったのである。