黒衣の怪人は、全身から紫紺の光を尾みたいに流しながら学院内を駆け抜けていた。夕暮れへ沈み始めた空の下、黒衣の輪郭だけが不気味に浮かび上がる。石畳を蹴るたびに紫光が飛び散り、植え込みの葉がばさりと揺れた。その背後から追いすがるのはガルアーク。重量級の脚部が地面を踏み砕き、鈍い振動が通路全体へ広がっていく。青白い装甲の隙間から魔力光が脈動し、肩部装甲が展開。内部に格納されていた小型弾頭群がせり上がった。
「逃走経路を限定する!」
低い宣言の直後、肩部から白煙が噴き上がる。連続射出された小型ミサイルが尾を引きながら怪人へ迫った。鋭い噴射音が夕空を裂き、近くにいた生徒や来客たちが悲鳴を上げる。
「な、なんだあれ!?」
「戦闘ユニットが暴れてるぞ!」
混乱が一気に広がる中、ララクは歯を噛み締めた。このままでは一般生徒を巻き込む。即座に怪人とガルアークの間へ踏み込み、拳へ暴風を集中させた。渦巻く空気が腕へ収束し、周囲の砂塵が浮き上がる。
「【ウィンドアッパー】!」
効果……風力を纏った拳で対象を殴り上げる。
振り抜かれた拳から暴風が噴き上がり、飛来していたミサイル群を強引に上空へ押し流した。軌道を逸らされた弾頭が空中で爆ぜ、夕焼けの中へ火花が散る。爆風が校舎の窓を震わせ、熱気がララクの髪を激しく揺らした。
「妨害するなら、そうやって安全に処理したまえ。私も、必要以上の破壊を生み出したくはない」
「だったら即座に、停止すればいいだけの話でしょうが!」
「っは、君の言うとおりだな」
ガルアークがそのまま突進する。重装甲の拳撃。ララクは身体を捻って回避するが、風圧だけで制服の袖が裂けた。続く蹴撃を腕で受け止める。骨へ響く重圧に、靴底が石畳を削りながら後退した。
その最中、ララクは前方を走る黒衣の怪人へ叫ぶ。
「怪人さん、屋上へ! できるだけ人のいないところへ!」
ララクの叫びが夕暮れの校舎へ響いた直後、黒衣の怪人が地面を蹴った。紫紺の光を身体から流しながら、窓枠へ飛び乗り、その反動だけでさらに上階へ跳躍する。配管、換気口、外壁の僅かな凹凸を正確に踏み抜き、黒衣が夕空を裂くように駆け上がっていった。
人的被害を避けたのか、それとも単純に人混みを嫌ったのか。ララクには分からない。だが少なくとも、怪人は学祭で賑わう中庭や渡り廊下から離れる方向へ進んでいた。
「追うぞ! ガルアーク、おまえなら高台にも対応可能だ」
重低音が轟く。ガルアークの鋼鉄脚が外壁へ叩き込まれ、コンクリート片を撒き散らしながら強引に壁面を駆け上がり始めた。青白い魔力光が装甲の隙間から脈打ち、砕けた壁へ一直線の亀裂が刻まれていく。その追撃速度にララクは息を呑みながらも、すぐ脚へ風を集中させた。
「追いつくだけで精いっぱいだな。【ウィンドダッシュ】!」
瞬間、暴風が靴底で炸裂する。身体が一気に軽くなり、ララクは窓枠を蹴りながら上層へ跳び上がった。制服が激風ではためき、夕暮れの冷たい空気が頬を切り裂く。
眼下では、まだ学祭を楽しむ生徒や来客たちが何事かと騒ぎ始めていた。しかし3つの影は止まらない。紫紺の残光を引く怪人、その背後を砕けた外壁ごと追い上げるガルアーク、さらにその間へ割り込むように疾走するララク。夕闇へ染まり始めた校舎外壁を、3者は一直線に駆け抜けていった。
黒衣の怪人が屋上へ躍り出る。夕暮れの風が外套を大きくはためかせ、紫紺の発光が足元へ尾を引いた。屋上には学院設備の大型ソーラーパネルが幾列にも並び、沈みかけた陽光を鈍く反射している。その静かな景色を切り裂くように、次の瞬間、上空から轟音が落下してきた。
ガルアークだった。
鋼鉄の巨体が空中から急降下し、そのまま踵を叩き落とす。空気そのものが押し潰されるような重圧が怪人へ直撃した。黒衣の怪人は咄嗟に両腕を交差させて受け止める。激突と同時に屋上全体が震え、ソーラーパネル群が軋みを上げた。固定ボルトが弾け、硝子表面へ蜘蛛の巣状の亀裂が広がる。怪人の足元も大きく陥没し、コンクリートへ放射状の割れ目が走った。
「この推進力、感動的でくせになるっ」
モドムの声が響く。ガルアークは着地した勢いのまま拳を振り抜き、怪人を押し潰そうとする。
「成ったてしまったみたいだな、マッドサイエンティストに」
怪人は横滑りするように回避し、パネル架台を蹴って距離を取った。紫紺の残光が夕空へ尾を描く。その瞬間、ララクも風を纏って屋上へ飛び込んでくる。
「【ゴールデンランス】オーバーズ!」
暴風の勢いを乗せたまま、ララクが両腕を突き出す。黄金光が空中へ幾重にも展開し、巨大な光槍群が出現した。上空、左右、死角。様々な角度からガルアークへ殺到する。ララクに躊躇はない。今相対しているのはプロフェッサー本人ではなく、戦闘ユニット。だからこそ破壊前提の火力を迷わず叩き込める。
だが次の瞬間、ガルアークの腕が唸りを上げた。飛来した黄金槍の1本を、鋼鉄の掌が真正面から掴み取る。
「なっ……!?」
そのままガルアークは巨大槍を強引に振り回した。黄金の穂先が残光の円を描き、迫る後続槍を次々と弾き飛ばしていく。魔力同士が激突し、火花みたいな黄金粒子が夕空へ吹き散った。
「素晴らしい硬度だ! ならば利用価値も高い!」
歓喜に満ちたモドムの声。その直後、ガルアークは掴んだ黄金槍を怪人へ向かって投擲する。空気を裂く轟音。黒衣の怪人は即座に跳躍し、紫紺の光を散らしながら回避した。直後、黄金槍がソーラーパネル群へ突き刺さる。轟音と共に架台ごと吹き飛び、砕けた硝子片が夕焼け空へ舞い上がった。