「街の喧騒、という物が聞こえてきますね」
「なになに、大道芸系?」
噴水広場へ近づくにつれ、人混みはさらに濃くなっていった。老人も若者も子供も関係ない。狼人たちが広場を埋め尽くし、その中心へ熱視線を送っている。周囲には兵士たちの姿も数多くあった。当然、観客としてではない。人の流れを整理し、不測の事態に備える護衛として配置されていた。
中心から男性の声が響く。
「ご集まり頂き、感激の極り! 次の統領選! ぜひぜひ、国民様の洗練された一票を、この〈ジィファ・ジィ〉に頂きたい! 強要は出来ないが、絶対に!」
視線の先に立っていたのは、紫とオレンジ色の混じった鎧に身を包む狼人の男性だった。年齢は30代ほどだろうか。鍛えられた体格をしているが威圧感は薄く、勇ましさと優しさが混濁したような顔立ちをしている。磨き上げられた鎧は陽光を受けて輝き、身振り手振りを交えながら群衆へ語りかける姿は実に堂々としていた。演説慣れしているのか、観客の反応を引き出す間の取り方も巧みである。
「統領選……選挙という事ですかね」
「あー、何回か行ったことあるけど。統領? とか言った?」
「国のシステムがそれぞれ違いますから、把握しないとですね」
「んじゃ、調査してくるわ」
ゼマは人混みの外側に立つ兵士へ迷いなく歩み寄った。
「おっす。あれはなんぞや」
声を掛けられた兵士は老齢の狼人だった。獣皮の鎧に毛皮をマントのように羽織り、背中には身の丈に迫るほど長いロングソードを背負っている。耳や頬には白毛が混じり始めていたが、腰は曲がっておらず、鋭い眼光からは今なお現役の戦士であることがうかがえた。
「おおお! その耳なし、外界の方ですなぁ! ぜひ我らが統領候補の演説をお聞きください」
「ですが、当然ボクたちには選挙権ないですよね? 統領、というポジションを決めるんですよね」
「この国の政治的なトップが統領でございます。そしてそれを国民の意思で決めるのが統領選。確かにあなた方は参加できませんが、この戦場において、外界のかたがたお注目は、非常に、最重要といってもいいぐらい大切なのです!」
「よそ者のボクたちが?」
「うんうん、でございます。っお、良き時になりました。我らがジィファ・ジィの演説を聞いていただけば、答えが訪れます」
老兵はそう言って候補者の方へ腕を向けた。その仕草には誇りすら感じられる。
外界の者が重要。
その意味はまだ分からない。
だが広場を包む熱気と、この兵士の態度を見る限り、統領選という催しは単なる政治行事ではなさそうだった。
老兵が腕を向けた先で、ジィファ・ジィはさらに一歩前へ出た。広場の中央に据えられた演説台へ手を置き、集まった聴衆をぐるりと見渡す。その視線には熱があった。自らの理想を疑わない者だけが持つ強い輝きだ。
「皆様! 我がレジェレは誇るべき国です! 何千年もの歴史を積み重ね、古代より続く文化を守り抜き、今なお美しき景観と伝統を残している!」
大きく両腕を広げる。
「だが私は思うのです! これほど素晴らしいものを、我々だけで抱え込んでいて良いのかと!」
ざわり、と群衆が揺れた。
「見てください! 我らが誇る遺跡群を! 古代より受け継がれた建築技術を! 大空を舞う古代種たちを! この景色は、もっと多くの者に知られるべきだ! 外界の人々に伝えるべきだ!」
声はさらに熱を帯びていく。
「そして私は交流を恐れない! 隣国を中心に他国の文化や技術も取り入れるべきだと考えている! 伝統を捨てるのではない! 守るべきものを守りながら、新たな知恵を加えることで、我らの文化はさらに進化できるのだ!」
聴衆の一部が頷き始める。
「観光客が訪れる! 商売が活発になる! 輸入品が増える! 国民の生活はさらに豊かになる! 歴史ある国だからこそ、未来へ歩むべきなのです!」
そして拳を高く掲げた。
「閉ざされた誇りではなく、開かれた誇りを! 私は皆様と共に、レジェレの新たな時代を築きたい!」
その瞬間、広場は大きな拍手に包まれた。
歓声を上げる者もいる。狼の尻尾を激しく振る者もいる。ここへ集まっている人々は、変化を恐れない者たちだった。古の国としてはかなり大胆な主張なのかもしれない。だが少なくとも、この広場にいる支持者たちはジィファ・ジィの言葉に強く呼応していた。
一方で、広場の外を歩く国民たちは違う反応を見せている。演説に耳を傾けながらも足を止めず、どこか怪訝そうな顔を浮かべる者も少なくない。賛否が分かれる主張であることは、それだけで十分伝わってきた。
ララクはその光景を見ながら静かに納得する。
(この人は外国との交流を促したいのか。だからボクたち冒険者は歓迎、ってことか)
自分たちへ向けられた好意的な空気の理由が、ようやく見えてきた気がした。