「にしてもポピュラーだね、あのお兄さん」
「主張内容は、反感をかいそうですが」
拍手が続く広場を見ながらララクがそう返すと、老兵は誇らしげに胸を張った。
「ただ男前ではないのだと、あのお方は。なんせ、兵士の最高地点・〈七星〉の位につくお方なのだから」
高らかに宣言された言葉だったが、当の2人は揃って首を傾げた。
「……兵士文化、薄いんだわ私たち」
「七つの星……それが兵士のランクという事ですか?」
老兵は一瞬きょとんとした後、豪快に笑った。
「おー、知らなくて当然でしたな。初兵、中兵、そして私のような上兵。ここまでは歳を重ね、生存すれば自然と昇格していくもの。ですが、七星は違います。その名が示す、7人の定員制。厳しい条件をクリアした実力者のみがなる事の許された、この国の英雄なのです」
語るその横顔には憧れが滲んでいた。周囲を見渡しても、警備についている兵士たちは皆どこか誇らしげである。どうやら七星という存在は、この国の軍人たちにとって特別な意味を持つらしい。
「へ~、そんな名誉のある役職なんですね。それで、選挙でもこの盛況ぶりですか」
「有利そう~」
「確かにジィファ殿は国民の誰もが認めるお方。ですが、選挙となれば悪目立ちする部分もございます。あなた方のような冒険者をこの国に招き、文化交流を広めることも大事だと考えています」
演説はその後も続き、有識者や支持者たちとの質疑応答へ移っていった。税制、治安、交易、文化保護。飛び交う質問に対し、ジィファ・ジィは一つひとつ丁寧に答えていく。感情論だけではなく具体案も示しているあたり、人気だけでここまで上り詰めた人物ではないのだろう。
やがて交流会も終わり、人々が散り始める。
すると演説台の上にいた狼人の男が、護衛兵たちを伴いながらこちらへ歩いてきた。
真っ直ぐに。
その目的地を決めていたかのように。
「おいおい、いきなり最高峰と異文化交流かい」
ゼマが苦笑しながら肩をすくめる。
「コミュニケーション、頑張ります」
そう答えるララクだったが、内心では少しだけ緊張していた。
国の英雄。
次期統領候補。
そして外国との交流を強く推進する人物。
そのジィファ・ジィは人垣を抜けると、2人の前で足を止める。狼耳が風に揺れ、紫とオレンジの鎧が陽光を反射した。
そして第一声から、どこか人懐っこい笑みを浮かべていた。
「初めまして、冒険者のお2人。お国柄を質問しても?」
演説を終えたばかりとは思えないほど精力的に歩み寄ってきたジィファは、人垣を自然と割りながらララクたちの前へ立った。近くで見ると体格も立派で、鍛え抜かれた肩や腕が鎧越しにも分かる。だが威圧感だけではない。金色の瞳には好奇心が宿り、未知の存在を歓迎する子供のような輝きすらあった。
「もちろんです。パーリアという国です。ご存じだといいんですが……」
少し謙遜気味に答えたララクへ、ジィファは半歩前へ出る。
「手をとっても?」
「ええ、ボクなんかのであれば……って、うわっ」
次の瞬間、狼人の統領候補はララクの手を両手で包み込んだ。厚い手のひらは予想に反して柔らかく、肉球のような温もりがあった。そのまま勢いよく上下に振る。
「まさかまさかの平和の国・ご出身か! 遥々じゃないか、それは」
「そ、そうですね。国を3つほど通過しましたね」
「そうだことだろうよ。……そうか、他種族国家パーリア。俺の、ごほん、私の憧れ国の1つだよ!」
「へ~、ちょいと嬉しいね。出身が褒められるの」
「当然だろうよ、他種族が共存しても争いの歴史が一切ないという理想的な国家じゃないか。人間族が主流とは聞くが、やはり他種族もまばらに在住しているのだろう?」
「あ~はい。半分か、それ以上は異種族ですね」
ララクの脳裏に、かつて共に戦った仲間たちの姿が浮かぶ。エルフ、魔人、獣人、魚人族、ドワーフ。種族は違えど、それが特別なことだと思った経験はほとんどなかった。
「きっともう理解している事だろうが、この国は圧倒的に外国人が少なく稀有だ。制限しているわけではないが、ここまで来るのも過酷で、身分チェックも厳重だ。……異文化を取り入れる危険も承知だが、あなた方の祖国のように安全を維持している国もある。なにより、こうしてレジェレに来ていただき、対話できるのが喜びと驚きの多幸感! ぜひ、長々と滞在してくれたまえ!」
熱量の高い歓迎に、周囲の兵士たちまで満足そうに頷いている。外交推進派の象徴と呼ばれる理由が少し分かった気がした。
「そうなんだけどさ~、宿ないんだもん」
ゼマの一言で、ジィファの耳がしゅんと下がる。
「……うぅ、これもまた、我が国の過失。それはまことに申し訳ない」
「宿はなんとかなるんですが、冒険者としての仕事がないのが辛いところですね。金銭面というよりは、外国での仕事も旅の1つだと考えていたので」
「君はお手本のような根っからの冒険者なんだな! 一字一句その通り。そうすると、我々の仕事を代わりに受け持ってもらうのがいいが……」
ジィファはララクの手を離し、腕を組む。人々の声が飛び交う噴水広場の真ん中で考え込みながらも、その思考速度は速かった。数十秒もしないうちに、ぱっと表情が明るくなる。
「なら、私の……ごほん、俺の家族のお手伝いをして頂くのはいかがだろうか」
一人称を修正する様子に、ゼマが少し吹き出しそうになる。どうやら本来は「俺」で、演説用の人格が「私」らしい。
「ご家族の、商いということでしょうか?」
「俺の、めでたかわらいい愚妹なんだがね。仕事は記事を書いている新人ライターなんだ。そして今調べているのが、この国に古くから存在する迷宮そうでな。モンスターも住まっているようで、戦闘も必須。どうかな、冒険者に合った内容じゃないかい?」
「ええじゃん。ララク~、ダンジョン攻略とか=冒険だろ?」
「決定ですね。ぜひ、お会いさせていただきたいです」
即答するララクに、ジィファの尻尾がぶんぶんと揺れた。
「素晴らしい、肩に触れても?」
「ええ、損はないですが……、っぐ」
今度は両肩をがっしり掴まれた。狼人特有の筋力なのか、軽く揺すられただけで全身がぐらぐらする。
「報酬は七星の地位にかけて格別なものを支払うと約束しよう! そして妹の事を託すとしよう。安心してくれていい、我が末っ子妹も、外交賛成派の人なつきなオオカミよ」
その言葉に、周囲の兵士たちも誇らしげな顔を見せる。七星の名を使った約束は、この国ではそれだけ重い意味を持つのだろう。
こうしてララクとゼマは、聖都へ到着したその日に次なる仕事を獲得した。異国での初依頼は、七星ジィファの推薦による正式任務。新人ライターの護衛と調査を兼ねた、古代迷宮への探索だった。
冒険者にとって、未知の土地、未知の遺跡、未知のモンスターほど心を躍らせるものはない。ララクの胸にはすでに期待が膨らみ始めていた。
特別任務・古代迷宮の攻略。
新たな冒険が、静かに幕を開けようとしていた。