古の国レジェレ・南東エリア。聖都から離れた遺跡地帯を抜けた先に、その迷宮は存在していた。風雨に削られた山肌へ巨大な穴が穿たれ、その奥からは冷気と湿った土の匂いが流れ出している。周囲には木材と布で組まれた簡易キャンプが並び、狼人の兵士たちが見張りや物資整理に追われていた。遺跡の石柱や崩れた壁面が周辺に点在している光景も含め、この一帯だけ切り取れば発掘調査の最前線そのものだった。
「お偉いんでしょ? あんたさん」
「確かに、七星という肩書の方に、わざわざご案内してもらって、ありがとうございました」
「家族を紹介するのだから、他に任せては置けないだろう。これは兵士ではなく、兄の務めということさ。さっそく、妹をよぼう。イジネ! お前の大好きな外国籍だぞ~」
ジィファの声は広々としたキャンプ地へ響き渡ったが、返事はない。兵士たちが顔を見合わせ、誰かが肩をすくめる。どうやら心当たりがあるらしい。
その直後だった。
「いやぎゃぁあああああああああ!」
洞窟の奥から悲鳴が反響し、次の瞬間には帽子から狼耳を飛び出させた少女が全速力で飛び出してきた。肩には地図入れ、腰には筆記具や小物袋、首からは記録用の端末までぶら下げている。探検家と記者を無理やり混ぜたような格好で、顔面は完全に恐慌状態だった。
「兄さまぁぁぁぁぁ!」
助けを求めながら駆けてくるが、出口付近の石に足先を引っかける。
「ぎゃぶっ」
見事なまでに前転した。
砂埃を巻き上げながら数回転がり、うつ伏せのまま停止する。その無様な着地にゼマが吹き出しかけた時、洞窟の闇から巨大な影が飛び出した。
「オニコニクテリス!」
兵士が叫ぶ。
「まーた気色の悪い名前」
ゼマが眉をひそめる。
現れたのは巨大なコウモリ型モンスターだった。細長い胴体をぶら下げるように飛行し、異様なほど飛び出した巨大な眼球が獲物を捉えている。裂けた口の奥では鋭い牙が何重にも並び、翼が羽ばたくたび生臭い風が吹き荒れた。
「! 【フレイム……」
ララクが魔法を発動しかける。しかしそれより早く、七星が動いていた。
「【蝕む闇・マクアフティルの斬】!」
黒紫の魔力が武器へまとわりつく。木製の刀身へ埋め込まれた黒曜石の刃が鈍く光り、そのまま横薙ぎに振り抜かれた。斬撃はオニコニクテリスの頭部へ直撃し、防御力を侵す闇の力と共に頭蓋を内側から砕き潰す。巨体は悲鳴を上げる暇すらなく地面へ叩き落とされ、そのまま痙攣して動かなくなった。
(……まさか、あの武器専用のスキルが存在しているというのか?)
ララクは死骸を見つめながら考える。特殊な武器であるマクアフティル。その名称を冠したスキルが存在するということは、それだけ長い年月、この国で使われ続けてきた武器文化があるということだ。
「もしかして、この子が愚かな妹? だいぶ恥ずかしい登場だったけど」
ゼマが転がった少女を見る。
するとジィファは当然のように歩み寄り、地面に突っ伏した妹をひょいと持ち上げた。荷物でも抱えるような自然さだったが、気付けば少女はお姫様抱っこの状態で宙に浮いている。
「兄さま、さすが七星。コウモリのエサになって、虫と腹の中でマリアージュされるところだった。……ふぅ、何度目の命拾いだろう」
「だから1人で侵入するなと言っただろう? まぁそれでもむやみに突っ込むと思ったから、特別な護衛人を連れてきたんだ」
妹はまるで降りる気がない。兵士たちも誰も驚いておらず、慣れ切った表情で苦笑している。その様子だけで、これが初犯ではないことが十分伝わってきた。
「さぁ、パーリア国出身のララクくんとゼマちゃんだ」
ジィファは妹を抱えたまま紹介する。
少女は腕の中からぴょこんと顔を出した。帽子の隙間から飛び出した狼耳がせわしなく動き、金色の瞳は宝物を見つけた子供のように輝いている。視線はララクとゼマを行き来し、服装、装備、髪型、持ち物まで観察していた。肩の地図入れ、腰の筆記具、小型記録端末。全身のあらゆる装備から取材への執念が滲み出ている。
ララクはそんな少女を見上げながら思った。
どうやら今回の依頼主は、兄以上に落ち着きのない人物らしい、と。