「どもなのだ。アタイは、イジネ・ジィ。降ります」
そう言うとイジネは兄の腕から軽やかに飛び降りた。そしてその場にしゃがみ込み、狼耳をぴくぴくと動かしながら上目遣いでララクを見つめる。
「わおわお、なかなかのご尊顔。美形だね、お2人とも」
「あら、この美貌が理解できる?」
ゼマは得意げに、あまり長くない後ろ髪を手で払う。
「そちらも、顔が整っていますよ」
ララクも素直に評価する。取材気質のせいかもしれないが、目の前の少女は表情がころころ変わり、上目遣いも相まって愛嬌があった。
「おほほ、良い誉め言葉だね。ララクくん、って名前だっけ。アタイがさ、外国の人を重視する理由聞く?」
「っぇ、ええ、拝聴します」
イジネは人差し指を立て、どこか学者めいた顔になる。
「生物学的にはさ、ミックスってのが健康でたくましい血になるらしいのよ」
「ミックス、他種族間の子供ってことですかね?」
多種交配。
ララクにも聞き覚えはあった。種として離れすぎれば危険性もあるが、近縁種同士なら免疫力や身体能力に優れた子が生まれるという説は存在する。実際、人間と魔人のハーフや、獣人同士の混血は珍しくない。
「そうそう。子だくさん目指しててさ、んで子供たちだけで七星作るのが夢なの」
「はぁ、それだと俺が引退している前提って、何度も言っているだろ」
即座に頭を抱えるジィファ。
「はは、七人のほうには突っ込まないんですね」
ララクは乾いた笑みを浮かべた。
家族で冒険者パーティーを組む例なら知っている。親子、兄弟姉妹、夫婦。だが国の英雄である七星を一家で独占しようという発想は、さすがに初耳だった。
「その種候補に、ララクもいれとくね。いい未来、作れそう」
「っえ、ボク今、求婚されました??」
反射的にゼマへ助けを求める。
「私より先超すなよ」
返ってきたのは援護ではなく野次だった。
「おいイジネ、俺もハーフベイビーは賛成だけどっていうか、国際結婚志望だし俺も。さすがにいきなりすぎなんだよなぁ。悪いな、愚かっていった意味が分かっただろう?」
「色んな価値観があるのは、承知ですから」
ララクは苦笑しながら答える。
実際のところ、不快には感じていなかった。異文化交流を推進する兄の思想を、別方向に極端化した結果がこの妹なのだろう。外国人を歓迎する理由も、経済や文化だけではなく、血筋や未来の世代にまで及んでいる。
なるほど確かに愚かかもしれない。
だがその愚かさには悪意ではなく、純粋な好奇心と理想が詰まっていた。
「んじゃあ、パンチのある自己紹介はこの辺で。迷宮の説明に入るね。このダンジョンは、不可攻略の迷宮って言われてる。発見は何百年も前の話なんだけども、ほとんど全貌が明らかにされていない謎の場所なの。これを解き明かしたら、特大超えたスクープ。アタイのもう1つの夢、それはこの名を轟かせる事。記者の名前、アタイは主張していくタイプだから。兄様に負けない何かを成し遂げた女になるから。見とけよ、立派な兄よ」
先ほどまで命からがら逃げていた人物とは思えない熱量だった。
イジネは洞窟を振り返りながら語る。その金色の瞳には恐怖よりも好奇心が宿っていた。普通の人間なら危険だから近づかない場所を、彼女は記事になるから入りたいと考える。迷宮を見つめる姿は冒険者にも少し似ていた。
「見てるとも、名もなき妹よ」
ジィファも負けじと応じる。
兄妹は数歩の距離で向かい合い、なぜか真剣な表情で視線をぶつけ合った。周囲の兵士たちは見慣れた光景らしく誰も止めない。仲は良いのだろう。だが単純に仲良し兄妹と表現するには、お互いへの対抗心が強すぎた。
「私は気に入った! 変態の素質は感じるけど、大成しようとする心意気は好きだ」
ゼマが腕を組みながら笑う。
「ボクも。っあ、迷宮がって意味も含んでますけど。不可と言われると、突破したくなりますもんね」
ララクも素直に頷いた。
未踏破。未解明。冒険者にとって、それ以上に魅力的な単語はそう多くない。
「ララクくん、こいつに敬語はもったいない。まだ成人していない小ガキだ」
「っえ、年下……」
ララクは目を丸くした。
同年代だと思っていた。少なくとも成人はしているものだと考えていたが、どうやら違うらしい。兄が30代であることを考えれば年の離れた兄妹なのだろう。
「えーララクくん、年上彼氏かよ。憧れじゃん」
イジネは腕を組みながらうんうんと頷く。
「おいおい、もう頭の中で交際してるぞあの子」
「ボクの知らないところで人生が進行しているんですが」
ララクは困惑する。
「安心しろ。兄として許可は出してない」
「兄様に許可権はないのだ」
「ある」
「ない」
即座に言い合いが始まる。
そんな兄妹を見ながら、ゼマはくつくつと肩を揺らした。
「なんか思ってたより普通の兄妹だな」
「ですね。七星と聞いていたので、もっと威厳のある関係を想像していました」
「失敬だなぁ。威厳はあるよ」
「あるのだ」
珍しく兄妹の意見が一致した。
その直後、また睨み合いを始める。
ララクは迷宮より先に、この兄妹の生態を解明した方が難しいのではないかと思い始めていた。