ロゥガ・ロゥの手には、フォセと呼ばれる片手剣が握られていた。片刃の湾刀。その名は『曲がったもの』を意味する。鍔は存在せず、見た目は巨大なナタにも近いが、特徴は刃先にあった。峰側へ鋭いジグザグ状の切れ込みが刻まれており、斬るだけでなく削り取り、引き裂くことにも適している。
「【フォセ・フラムッシュ】」
湾刀へ炎が灯る。赤黒い火が刀身を包み込み、ロゥガは迷いなくグリプトドンへ斬りかかった。炎を纏う刃が甲殻を削り、火花と共に焼き焦がしていく。
「鎧剥がしを活性します」
その声に反応したララクが拳を握り締める。視力を取り戻した彼は破壊形態へ移行し、全身へ力を巡らせた。
「【クラッシュナックルラッシュ】!」
拳の連打が炸裂する。ロゥガが削った箇所へ容赦なく叩き込まれた拳は甲殻へ亀裂を走らせ、重い打撃音を迷宮へ響かせた。ゼマもクリティロッドをトライデントモードへ切り替え、三又の穂先で装甲の継ぎ目を狙って突きを繰り返す。一方のイジネは武器を抜く気配すらなく、両拳を握って全力で応援していた。
「いけいけ、人の力を示せ!」
誰より楽しそうだった。
集中攻撃を受けたグリプトドンは耐え切れなくなったのか、その巨体を丸めて回転を始める。巨大な鉄球と化した古代種はそのまま迷宮の奥へ逃走しようとした。
「もう逃亡は勘弁だ!」
ロゥガが追う。ララクも踏み込む。
だが最も速かったのはゼマだった。
「【刺突】玉突き事故!」
三又の穂先が閃く。ビリヤード玉さながらに高速回転するグリプトドンへ正確に命中した一撃は、その軌道を強引に変えた。巨体は勢いのまま岩壁へ激突し、轟音と共に壁面を砕く。天井から砂が降り注ぎ、迷宮全体が揺れた。
そして次の瞬間、グリプトドンの体から凄まじい臭気が噴き出す。腐敗臭、獣臭、発酵臭が入り混じった悪夢のような臭いだった。
「うっ……!」
ララクが口元を押さえる。
味覚を襲う罠。聴覚を破壊する罠。そして最後は嗅覚への攻撃。
この迷宮らしい嫌がらせだった。
しかし勝負は決している。ロゥガの炎、ララクの拳、ゼマの追撃による蓄積は限界を超えていた。グリプトドンはよろめき、やがて巨木が倒れるような重低音と共に横倒しになる。焦げたディプロトドンの死骸の近くで完全に動きを止めた古代種を見下ろしながら、一行は勝利を確認した。
残されたのは静寂と、鼻を曲げたくなるほどしつこい悪臭だけだった。
壁際に倒れたグリプトドンの死骸から視線を外し、一行はひとまず呼吸を整える。悪臭はまだ漂っていたが、戦闘が終わったことで空気には余裕が戻っていた。
「拍手を送らせていただこう。的確な追撃だった。その、リーチが自由自在の武器。一級品だね」
ロゥガ・ロゥはゼマのトライデントを見ながら素直に感心したように頷く。
「そして、少年、君の破壊力も満点だった。私の攻撃が霞んでしまっていたかもな」
「何言ってんすか。ロゥガさん。いつ見てもたくましく、お強いですよ」
イジネが即座に否定する。
「いつもの調子のようだな、イジネ君」
「そうか。ジィファが迷宮に行くという、そんなことは言っていたな。あ、そこに私が降りてきたというか。それは招かれざるお邪魔をしたね」
どうやら本人も、自分の登場がだいぶ派手だった自覚はあるらしい。
「ロゥガ・ロゥだ。改めて、よろしく。そして、参戦ありがとう」
「いえいえ。新しい武器を見てて、刺激されました。フォセという武器も初めてだった。他の武器もあまり見たことのない形の剣をしてますね」
ララクは先ほどの戦闘を思い返す。フォセもマクアフティルも、自国ではまず見かけない武器だった。古代から続く文化を感じさせる独特な形状に、冒険者としての好奇心が刺激される。
「うん、いにしえから受け継がれている武器だよ。あーっと、しばし時間をくれ。仕事をさせてくれ」
ロゥガは腰の鞄を開く。
中から出てきたのは大量の書類だった。
丸められた紙束、紐でまとめられた報告書、依頼書、地図。兵士というより事務員に近い量である。
その中から一枚を抜き出す。
『受注任務・ディプロトドン討伐』
そう書かれた紙へ目を落とし、確認を始めた。
内容は実に堅苦しい。
『南南東エリアの壁へ執拗に激突するモンスターを確認。緊急性は薄いが、騒音で困っている住民も多数。討伐を命令する』
おそらく役人が書いた文章なのだろう。
必要事項だけが並んでいた。
「すごい。それってもしかしてすべて任務ですか? それをお一人で?」
ララクが目を丸くする。
「ああ、まあ、兵士としてやれるだけはやる」
淡々とした返答だった。
「ロゥガさんは働き者だからね。本当は兵士っていうのはノルマが与えられるの。それをこなせればいいんだけど、それ以外にもさ、街の住民の悩みはいっぱいあるわけで。手も回ってないクエストも引き受けちゃうのが、この素晴らしき女性なのよ」
イジネが誇らしげに胸を張る。
「どうやら家族が言うには、私はお人よしという部類らしくてな。ついつい引き受けてしまうのだ。それゆえにかなり逼迫な状況でな。……ノルマをこなさないと階級が下がるのだ」
そう語る声には疲労が滲んでいた。
迷宮へ単独で潜り続けている理由も、その言葉で理解できる。
「かなり切羽詰まっていた。グリプトドンもかなり逃げられた先でな、ここでとどめをさせて本当によかった。実はノルマのモンスターはこの迷宮を巣にしているらしくてね。ま、結果的にすぐ来られてよかったよ」
ロゥガは討伐完了の印をつける。
それだけで肩の荷が少し下りたようだった。
「うーん、兵士のシステムは食うには困らなそうですが、かなりシステムに則っていて大変そうですね」
ララクは感心半分、同情半分で呟く。
「ああ、やっぱ私、兵士は向いてない」
ゼマは即答だった。決められた規則、ノルマ、書類仕事。自由気ままな冒険者とは正反対である。
「っふ、ウェルカム冒険者」
ロゥガは小さく笑った。
その短い一言には、兵士だからこそ分かる自由への羨望が少しだけ混じっているようにも聞こえた。