第12巻   作:高見南純平

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第500話

 「君を無視しないのが、最短工程かもしれないな」

 

 ガルアークの重装甲が唸りを上げる。次の瞬間、巨体が独楽みたいに高速回転し、青白い魔力残光が屋上へ円環を刻んだ。そこから鋼鉄脚が射出される。ララクは脇腹へ腕を差し込むのが限界だった。

 

「っがっ……!」

 

衝撃が骨格まで貫き、身体が横殴りに吹き飛ぶ。ソーラーパネル群を削りながら滑走し、強化ガラスが夕空へ散弾みたいに舞い上がった。

 

 その軌道の先には、黒衣の怪人。

 

 最初からララク自身を砲弾として撃ち込むつもりだったのだ。

 

「補助はいるか?」  怪人の声だけが静かだった。

 

「可能ならば……!」

 

 左腕の装甲が裂開する。内部から露出した銃口へ紫紺の光が凝縮され、空気そのものが脈動した。

 

「〈エアドロバレット〉」

 

 炸裂した暴風がララクへ直撃する。吹き飛ばされていた身体が空中で急停止し、今度は逆方向へ強引に射出された。制服が裂けそうなほど暴風を孕み、ララクが一直線にガルアークへ突っ込んでいく。

 

「【雷電飛蹴】!」

 

 脚部へ雷光が噛みついた。青白い電流が空気を焼き、そのまま飛び蹴りがガルアークの胸部装甲へ直撃する。閃光と共に金属が悲鳴を上げ、青白い外殻へ蜘蛛の巣状の亀裂が走った。削れた装甲片が吹き飛び、重量級の巨体が屋上床を抉りながら後退する。巻き込まれたソーラーパネル支柱が折れ、砕けたガラス片が夕暮れの空へ散乱した。

 

「……これはまた」

 

 モドムの声には怯みではなく、研究成果を目撃した研究者特有の熱が滲んでいた。

 

 プロフェッサー・モドムは、砕けた胸部装甲へ視線を落としながら、自身の損傷状態を確認していた。本来であれば外部モニターや測定装置を介して把握するはずの数値。しかし今の彼には必要ない。歪んだ内部フレーム、削れた装甲厚、魔力循環の乱れ、その全てが自分自身の肉体感覚みたいに脳へ流れ込んでくる。

 

「悔しきかな。ガルアーク用に事前構築した武装だけでは、どうやら君たちには物足りないらしい」

 

 夕暮れの屋上へ響く声に、ララクは荒い呼吸を整えながら顔をしかめた。

 

「十分ですよ……。というか、もう結構です」

 

 ソーラーパネルの隙間へ着地した黒衣の怪人も、外套を揺らしながら低く返す。

 

「ご帰宅願おう。私も帰りたい」

 

「はっはっはっは。終電はまだ先だぞ」

 

 ガルアークの双眼部が青白く脈動する。破損した装甲の継ぎ目から漏れ出る魔力光が、夕闇へ沈み始めた学院屋上を不気味に照らしていた。

 

「私は非力だ。レベルも20に届かん。戦闘経験も浅い。だが、生物が持つ可能性を、この最新型が現実へ変換してくれる」

 

 そう語った瞬間、ガルアークの右腕が眩く発光し始める。装甲表面へ青白い線が走り、それはやがて右手甲へ複雑な紋様を描き出した。機械の外殻へ焼き付くみたいに浮かび上がったそれを見て、ララクは息を呑む。しかし黒衣の怪人は、すぐにその意味へ辿り着いていた。

 

「……第2ステージに進んでしまったようだ」

 

 本来、アークタイプの機械に紋章は存在しない。だがプロトアークもそうだった。人と深く同期した時、境界が崩れる。精神だけでは終わらない。人側の情報が機械へ侵食し、その痕跡が力として現れ始める。

 

 モドムは今、自分自身をガルアークへ映し込んでいる。だからこそ、人間側に存在する紋章まで機体表面へ浮かび上がった。

 

 つまりそれは、人の持つスキルを、機械が使用可能になるということだった。

 

「【マッドショット】!」

 

 ガルアーク内部から溢れ出した魔力が、右腕を通して一気に解放される。青白い駆動光だったエネルギーが途中から濁った茶褐色へ変質し、液体とも土砂ともつかない粘性を帯びながら屋上全面へ炸裂した。泥濁の飛沫がソーラーパネルを叩き、配線を覆い、夕暮れの屋上を一瞬で汚染していく。ララクと黒衣の怪人の足元へまとわりついた泥は重く、踏み込むたび靴裏へ吸い付き、足場そのものを沈ませていった。

 

「泥系統……! いきなり複合属性ですか!」

 

 ララクが顔をしかめながら後退する。泥系統は水と土を組み合わせた複合スキル。火力こそ突出しないが、場へ残留し続ける厄介さがある。一度制圧されれば、地形そのものが敵側へ塗り替わる。しかも泥はソーラーパネルの傾斜を滑り落ちながら広がり続け、逃げ道そのものを飲み込んでいた。

 

「はっはっは。 戦場を支配するには、まず足を奪うのが効率的なんだろう?」

 

 モドムの笑い声と共に、ガルアークが泥濘を踏み潰しながら前進する。しかし、その瞬間だった。機体脚部へ付着していた泥だけが、霧みたいに掻き消える。泥に沈んでいるのはララクたちだけ。ガルアークは重量級とは思えない軽さで、滑るように屋上を進んでいた。

 

「……自分側だけ解除したか」

 

 黒衣の怪人が低く呟く。紫紺の光を散らしながら跳躍するが、外套の裾へ絡みついた泥が動きを鈍らせる。ララクもすぐに理解した。これは自然物ではない。スキルで構築された泥だからこそ、術者側は任意で消去できる。敵だけを拘束し、自身の機動力は維持する。単純だが、それを戦闘中に即座に組み込める判断速度が異常だった。

 

「プロフェッサーが、ここまで戦闘向きに……」

 

 ララクは言いかけて、すぐに違和感へ気付く。違う。これはモドム1人の思考速度ではない。ガルアーク本来の戦闘補助AIが、彼の思考へ噛み合っている。人間の発想と、人工知能の戦術演算。その2つが混ざり合い、戦闘行動を最適化しているのだ。

 

「なるほど。私と同じか」 怪人の声が僅かに沈む。

 

「……つまり、あの中には元々のアーク知能と、プロフェッサーの脳がリンクしてある状態。だから戦闘兵器のままを維持できているのか」

 

 その直後、ガルアーク両腕の装甲が展開した。内部から並んだ砲口が青白く発光し、次の瞬間には魔力弾の雨が屋上を裂いていた。連射された光弾が泥濘を抉り、ソーラーパネルを次々と貫通する。砕けた強化ガラスが夕空へ飛び散り、割れた発電板が火花を噴きながら崩れ落ちた。

 

 ララクは泥を蹴り裂くように身を捻り、頬を掠めた光弾の熱へ顔を歪める。怪人も外套を翻して後方へ跳ぶが、完全には避け切れない。肩口へ直撃しかけた一撃を強引に腕で受け、紫紺の火花を撒き散らしながら滑走する。泥がさらに外套へまとわりつき、発光していた紫の軌跡が徐々に鈍っていった。

 

「これが実用化されたならば、冒険者の人員、育成も大幅に簡略化されるな」

 

 ガルアークが泥を踏み砕きながら迫る。そのたび屋上全体が重く震え、夕暮れの学院へ金属音が反響した。

 

 ララクの頬が強張る。泥に沈む足を無理矢理引き抜きながら、迫ってくるガルアークの巨体を睨み返した。

 

 もう目の前にいるのは、戦闘経験のない研究者ではない。研究者モドムの知識へ、アークの戦闘演算が重なったことで生まれた、新しい怪物だった。

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