第12巻   作:高見南純平

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第527話

 ギガントピテクスが胸板を叩いた。

 

 ドンドンドンドンッ、と鈍い振動が迷宮全体へ広がる。その直後、奥の通路や横穴、天井近くの裂け目に至るまで様々な場所から古代種たちが現れた。ディプロトドンの若い個体群に、巨大な鳥型モンスター、古代蜥蜴や昆虫種。本来なら同じ群れを作るはずのない連中が一斉にこちらへ押し寄せてくる。

 

「……今、命令を下したのか?」

 

 ロゥガ・ロゥが怪訝そうに呟いた。モンスター同士が共存することはあっても、ここまで多種族が統率されている光景は異常だった。ましてやギガントピテクスが号令役になっているなど聞いたことがない。だが考える暇はない。群れはもう目前だった。

 

 ロゥガはフォセを腰へ戻し、代わりにマンダヤナイフを引き抜く。根元がくびれた両刃の短剣は手首の動きだけで自在に軌道を変えられ、狭い迷宮との相性は抜群だった。古代種の間を滑るように駆け抜け、首筋や脇腹へ次々と刃を差し込んでいく。

 

 その横ではララクも【ウェポンクリエイト】を発動し、一対の片手鎌を生み出した。風と雷の魔力を宿した2つの鎌〈雷風双鎌〉。振るうたび風刃が飛び、青白い雷光が獲物の体表を走る。

 

 しかし戦闘の最中、ララクの体に異変が起きた。

 

「っ……!?」

 

 全身を凍えさせる寒気が走ったかと思えば、次の瞬間には汗が噴き出すほどの熱気が襲ってくる。体温が無理やり上下させられ、内臓まで揺さぶられるような感覚だった。

 

「寒っ!? いや熱っ!? どっちなんだよ!」

 

 ゼマが叫ぶ。

 

 ララクが壁を見ると、そこには新たな魔法陣が浮かび上がっていた。

 

「これも迷宮のスキルですか……!」

 

「あー、それそれ」

 

 イジネが慣れた様子で答える。

 

「冷気と熱気をぶつけてくるやつだよ。うわー、一瞬で風邪ひきそう」

 

「風邪で済めばいいけどね」

 

 ゼマはやはり回復スキルではどうにもならない事にいら立つ。

 

「じゃあ後退しながら戦おうよ」

 

 そう言いながらイジネは前線から少し下がる。敵から目を離さないまま後退し、腰の装備へ手を伸ばした。取り出したのはストーンスリング。投石紐だった。

 

「石はどうするんだい?」

 

 ララクが気に掛ける。

 

「魔法で調達できるよ」

 

 イジネはニヤリと笑う。

 

「【ペインスリング】」

 

 すると投石紐の中央に小石が出現した。さらに赤黒いオーラがまとわりつき、不吉な火花を散らし始める。

 

「ペイン……! 痛み系統!」

 

 ララクが驚く。

 

 味覚や嗅覚と同じ感覚干渉系スキル。その中でも痛覚へ直接作用する希少能力だった。

 

 イジネが投石紐を振り抜く。放たれた石はディプロトドンの肩へ直撃した。外傷はほとんどない。だが次の瞬間、巨体が悲鳴を上げながら地面を転げ回った。

 

「ギャアアアアアアッ!」

 

 肉体ではなく神経そのものを殴られたような苦痛。壁へ頭を打ち付けながら暴れる姿にゼマが目を丸くする。

 

「うわっ、効きすぎじゃん!」

 

「こいつら寒暖差とか悪臭には慣れてるからね」

 

 イジネは次の弾を作りながら続ける。

 

「でも痛み耐性までは持ってなかったみたい」

 

 再び放たれた石が別の個体へ命中し、また絶叫が響く。迷宮の環境に適応した古代種たちは確かに強い。だが適応には偏りがある。味覚、嗅覚、聴覚、寒暖差。それらへの耐性は持っていても、痛覚だけは置き去りだったらしい。

 

 逃げ出そうとしたモンスターたちだったが、その背後からギガントピテクスが現れると状況は一変した。巨大な腕で握った木の棒を振り回し、逃走する仲間の頭や背中を容赦なく叩きつける。

 

 骨の砕ける鈍い音。悲鳴。それでも古代生物たちは逃げることを許されない。

 

「今の見たか?」

 

 ロゥガ・ロゥの声が低くなる。

 

「もしかして、あいつら、モンスターの養殖をしているんじゃ」

 

「!? モンスターの養殖? モンスターが?!」

 

 聞き慣れない発想にララクの声が上ずる。

 

「ああ、食用にしているのか、このように武力や雑用として戦力確保しているのか。まあ、とにかく、あの猿の言うことを聞いているということだ。少なくとも上下関係があるということだ」

 

 目の前ではギガントピテクスの怒号に合わせるように、古代生物たちが再びこちらへ向きを変える。怯えているのに従うしかない。あの巨体が群れの支配者であることは明白だった。

 

「ここで狩り尽くしかないな」

 

 ロゥガはそう呟くと、片手に握ったフォセを頭上高く掲げた。湾曲した刃へ炎が走り、赤橙色の光が洞窟の壁を照らし出す。

 

「【フォセ・フラムッシュ】!」

 

 次の瞬間。彼女は剣を投げた。

 

「な、剣を投げた!?」

 

 ゼマが目を丸くする。

 

 回転するフォセは炎の輪となって洞窟内を駆け抜け、逃げ惑うモンスターたちの首や脚を次々と切り裂いていく。投げたはずなのに軌道は乱れず、意思を持つ猛禽のように獲物だけを狙って飛翔していた。

 

 ララクの目が細くなる。

 

「まさか、斬撃スキルの威力を利用して、さらにそれを投げて加速させた?」

 

「一瞬で戦い方を理解してしまったな」

 

 ロゥガはわずかに肩をすくめる。

 

「残念ながら遠距離スキルが得られなかったからな。代わりに足したような武器のスキルは得た。だからこれが私の戦闘方式だ」

 

 今度は腰から別の武器を抜く。細身で鋭い刃を持つ投擲向きの武器だった。

 

 それもまた投げ放たれる。

 

 回転する刃が群れを横断し、何体もの古代生物をまとめて吹き飛ばした。壁際ではディアトリマが悲鳴を上げて倒れ、後方ではメガラニアが岩壁へ叩きつけられる。

 

 その豪快な戦い方に感化されたのはララクだった。

 

「なるほど。真似させていただきます」

 

 両手に握られた風と雷の力を宿す双鎌が唸る。

 

「【テンペストスラッシュ】」

 

 投げ放たれた双鎌は嵐をまとって洞窟内を駆け抜けた。風圧が通路の砂を巻き上げ、雷光が青白く明滅する。その軌道上にいたモンスターたちはまとめて切り裂かれ、最後尾にいたギガントピテクスへ到達する。

 

 巨大猿は反応する間もなかった。

 

 交差した双鎌が胸部を深々と断ち切り、その巨体を左右へ分ける。

 

 血飛沫が岩肌を染め、支配者を失った群れは完全に瓦解した。

 

 残されたモンスターたちも戦意を失い、ロゥガとゼマによって次々と討ち取られていく。

 

 こうして迷宮内を埋め尽くしていた群れは壊滅し、騒がしかった洞窟には荒い呼吸と倒れ伏したモンスターたちの気配だけが残った。ロゥガは周囲を見渡して武器を納める。

 

「ひとまず片付いた、か」

 

 焦げた臭いと血の臭いが入り混じる空気の中、ようやく戦闘は終結した。

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