「皆さん、先に外に出てください」
ララクの声に、その場の全員が足を止めた。
「ロゥガさん、ボクはあなたの方針に賛成です。人には限界はありますけど、できるだけ多くの幸せを願いたいですから。それに、あの人に一人っ子の本当の実力を見せつけたいと思う」
思った以上に熱の入った言葉にゼマが吹き出す。
「こわいのぉ。結構、堪忍袋を刺激されたんだ。でもさ、あんたの力は、一人だからとかそういう感じじゃないでしょ。逆にあんたは、大勢の思いを受けてるってんじゃないの?」
ハンドレッドのリーダー」
その言葉に、ララクはハッとし、頭を冷やす水となった
「……ですね。1人じゃ半人前にも届かないですから。それに姉的存在なら、ゼマさんがいますもんね」
「うん、そうだぜ。いつでも義理のなんの縁もねえ姉だからな」
ゼマとララクは小さく笑う。追放された仲間たち、共に戦った仲間たち、師匠や恩人たち。その積み重ねが今の自分を作っている。一人っ子という言葉だけで括られる気はしなかった。
「……ウロアの相手を君に。これはウロアの心配をすべきか、ララク君の心配をすべきか。いやこの錯綜こそが拮抗する可能性の示唆か。…頼んだ」
「ウロアさん、こっちにも被害が来そうだし。早く出よ出よ」
ロゥガとイジネと共に、ゼマも駆け出す。しかし当然、その進路にはウロアが立っていた。
「あたしを素通りできるかぁ?」
踏み込みと同時に振るわれた腕は武器以上の威力を秘めていた。しかしその間へララクが飛び込む。ウロアの腕とララクの蹴りが正面から激突し、鈍い衝撃音と共に空気が震えた。砕けた石片が舞い、一瞬だけ両者の身体が空中で止まる。その隙にロゥガ、ゼマ、イジネは脇をすり抜けて走り去っていった。
『ちっ』
互いの舌打ちが重なる。
「迅速完封できる相手じゃねえのか、この未成年」
「満・成年です」
「あん。外国にはあんのかそんな言葉」
「今言ってみただけです。……ロゥガさんの姉兵士ということで強者なのは半ば確定していましたが……ボクと同等ですか。レベル7、80ですね」
「だいたいヒットしてるぜ。ま、正確なのを教えるわけないけど。てか、お前こそ、その辺の値なのかよ」
「はい。特殊な力を持ってまして。100個、いや、300人分ぐらいの力があります」
静かに拳を握るララクに対し、ウロアは獣のような笑みを浮かべる。
「足止めはボクの方ですかね。ウロアさんですか?」
「人の名前覚えるの速いじゃねぇか」
「ロゥガさんの仕事の邪魔はさせませんよ」
「っハ。強い犬でも吠えるんだな。っふん、半分に殺してやるやらな!」
「それは普通に殺してるのでは」
軽口を交わした次の瞬間、狼人の兵士と100回追放された冒険者が同時に地面を蹴る。狭い迷宮通路の空気が張り詰め、両者の戦いが幕を開けた。
「【アイシクルランス】オーバーズ!」
ウロアがスキルを発動した瞬間、迷宮内の温度が一気に下がった。床を這うように白い霜が広がり、壁面にまで薄氷が張り付いていく。その冷気の中心から青白い光が生まれ、次々と氷の槍が形成された。どれも人の背丈を超える長さを持ち、研ぎ澄まされた切っ先は洞窟内の光を反射して鈍く輝いている。
「魔法……狼でも得れるのか」
ララクは少し驚く。しかし氷槍を見ているうちに、その認識が違うことに気づいた。これは魔法使いの戦い方ではない。狼人らしく、あくまで武器として魔法を扱っている。
「これがあたしの氷槍武装だ、キン冷えのな!」
ウロアは宙に浮かぶ氷槍を2本掴み取る。残った槍はそのままララクへ射出された。鋭い風切り音が何重にも重なり、狭い通路を埋め尽くす勢いで迫ってくる。同時に本人も地面を蹴った。獣人特有の脚力による突進は、飛来する氷槍よりも速い。
「そうか、氷系統などの物質系は、その手で掴めるのか。勉強になります」
「勉学したって、おめぇには関係のない領域だろうが」
ララクは身体を捻りながら槍の間を抜ける。避け損ねた1本が肩を掠め、背後の壁へ突き刺さった。瞬間、石壁が凍りつき、周囲へ白い結晶が広がる。ただ刺すだけではない。冷気そのものも武器なのだ。
その回避動作の最中、ララクも魔力を解放した。
「関係大ありの応用です。【ストーンソード】オーバーズ」
轟音と共に床が盛り上がる。岩盤が裂け、その中から巨大な石剣が次々と出現した。1本だけでも大人が数人並ぶほどの大きさがある。それが迷宮の通路を埋めるように並び立つ光景は、武器というより岩山が生えてきたようだった。
ララクはそのうちの1本を両手で掴み上げる。
「その質量……レベル100でもあんのか成年」
「60前後ですよ」
「偽りこけ」
「嘘つけないんです」
「そんな奴いるか。あたしの妹でもな、遺跡にいるとか言いながら、噴水広場でアフタヌーンティーにいそしんでたりするからな。あたしを回避するために居場所ごまかすんだ」
「仲がよろしくなくて?」
「んなわけねぇだろ。マイ家族だぞ!」
そう叫ぶと同時に、ウロアが氷槍を振り下ろした。ララクも石剣を迎え撃つように振るう。
激突した瞬間、氷と石の破片が爆発したかのように周囲へ飛び散った。
だが2人とも止まらない。
砕けた氷槍は新たな氷槍へ。
削れた石剣は次の石剣へ。
ウロアの周囲には絶えず冷気が渦巻き、折れた武器の代わりが次々と生み出されていく。一方でララクの背後には巨大な石剣群が並び、使い潰されるたび新しい武器へ持ち替えられる。
武器庫同士が殴り合っているような光景だった。
冷気が白い靄となって漂い、その中を巨大な石剣が唸りを上げて通過する。氷槍が壁を抉り、石剣が床を砕くたびに迷宮全体が震え、天井から砂が降り注いだ。それでも2人の視線は一度も逸れない。
武器を作り出すスキル同士。
しかも互いに武器そのものを戦闘へ組み込む使い手。
だからこそ戦いは単純な力比べではなく、生成速度、消耗量、武器運用技術、その全てを競う消耗戦へ変わっていた。氷と岩が砕け散る音を響かせながら、2人は迷宮の通路を戦場へ変えていく。