「追加だ。【アイシクルフォース】!」
ウロアが叫んだ瞬間、迷宮内の空気がさらに冷え込んだ。すでに周囲を包んでいた氷属性の魔力へ新たな力が重なり、両手に握られていた【アイシクルランス】が変化していく。細長かった氷槍は急激に肥大化し、太く、長く、重量感を持った巨大な氷柱へ姿を変えた。表面には無数の結晶が浮かび、刃先から流れ落ちる冷気が床を白く染めていく。
ララクは石剣を構えながら、その力の仕組みを観察する。本来、付与系統の力は対象となる物体へ作用する。武器を硬化させる、鎧を強化する。それが基本的な使い方だ。しかしウロアが対象としているのは、形を持たない空気だった。
周囲の温度がさらに下がり、空気中の水分が凍結する。透明だった空間には細かな氷の粒が生まれ、それらは落下せずウロアの周囲に漂い続けていた。無数の氷片は近づく者を傷つける刃であり、同時に彼女自身を守る防壁でもある。
「氷の力を熟知してますね。これも参考になります……が」
「真似したとしても、おまえとあたしじゃ前提が違うけどな」
ウロアは楽しそうに笑う。氷槍だけではない。この場所そのものを利用している。冷気を吸い込めば肺が痛み、肌には霜が張り付く。それでも本人は平然としていた。自ら生み出した極寒の環境へ耐えられる肉体と、氷属性への高い適応力を持っているからだ。
「氷耐性……それもかなり高いものを持っているんですね」
ララクは呟く。氷を扱う者が、自分の力で傷つかないための耐性を持つ。それは当然の対策だった。狼人という種族によるものなのか、長い年月で受け継がれた技術なのかは分からない。ただ、目の前の女性兵士が自身の力を完全に理解していることだけは明白だった。
「どこであろうと、あたしの独断氷上だ!」
ウロアが氷槍を構えた瞬間、迷宮の壁面に魔法陣が浮かび上がる。
また感覚を狙った罠。
次の瞬間、乾いた破裂音が洞窟内へ響き渡った。壁、天井、床の各所から音の衝撃が放たれ、狭い空間で何度も反響する。鼓膜を直接揺らし、思考まで乱すほどの轟音だった。
「またこの迷宮のスキルか……!」
ララクは眉を寄せる。しかしウロアは動じない。それどころか、この状況すら利用するように笑みを浮かべた。
「応援歌だなぁ!」
彼女は耳元へ魔力を集める。薄い氷の膜が形成され、耳を覆うように固まっていく。
「鼓膜を凍らせるぐらいできるんだよ、あたしは」
爆音を防ぐための氷の防御。自分の弱点を理解し、迷宮の妨害すら利用する判断力。
巨大化した氷槍と空中に漂う氷片、そして極寒の領域と聴覚への対策まで整えたウロアの周囲は、完全に彼女だけの戦場へ変わっていた。
ウロアの周囲は完全に彼女だけの戦場へ変わっていた。冷気が肌を刺し、氷の結晶が視界を埋め、爆音が洞窟全体を震わせる。その中心でララクは巨大な石剣を握り直す。
「……通常の石では、対処しづらいか」
そう呟きながらも、少年の足は止まらなかった。強敵であるほど、知るべきことは増える。それがララクにとって戦う理由だった。
ララクは迫りくる氷の槍を見据えながら、別の魔力を組み上げた。
「【水銀流撃】」
水銀系統のスキル。ララクもまた、特殊な金属を扱う力を所持していた。魔獣系統のように自在な操作はできない。意思を持つ存在を操るほど細かな制御は不可能だが、液体金属の流れを作り、攻撃へ転用することはできる。
放たれた水銀は床を滑るのではなく、波打つように空中を進んだ。氷の槍が密集する空間を避け、凍結した空気の隙間へ入り込みながら、蛇のような軌道でウロアへ迫る。しかし、狼人の女性兵士は表情を変えず、氷槍を振るって水銀の流れを弾き飛ばした。
「硬度が足りませんね」
水銀は形を変えられる。その性質は強みだが、氷を強化する【アイシクルフォース】を正面から破るには力が不足している。ならば別の性質を加えればいい。
「【シルバーアマルガム】!」
水銀へ銀の魔力が混ざり込む。
銀と水銀を融合させ、新たな物質であるアマルガムを形成するスキル。流動性を残しながら金属としての強度を高めた銀色の奔流は、氷槍へ絡みつき、内部から圧力をかけて砕いていく。空中に浮かんでいた氷の刃が次々と崩れ、冷たい破片が床へ散らばった。
「いい結果が出ましたね。では、コストを叩きましょう」
ララクはさらに魔力を変化させる。
今度は銀ではない。
「【ゴールディアマルガム】」
金と水銀。
より硬度が高く、魔力を保持する力にも優れた特殊なアマルガムが形成される。黄金色を帯びた液体金属はララクの左側へ集まり、腕から肩、胸部へと広がっていく。完全な鎧ではなく、水銀の流動性を残した半身装甲。攻撃に合わせて形状を変えながら、防御力だけを最大限に引き上げる構造だった。
ウロアが放った氷槍が左腕へ直撃する。
甲高い音が迷宮内に響いた。
しかし砕けたのは氷の方だった。
「3桁分の力を有してるってのは、まともにみてぇだな」
ウロアは崩れた氷片を踏みながら、再び槍を構える。
目の前の少年は、単純な力で押しているわけではない。相手の能力を理解し、その場で対策を生み出している。戦いながら進化するような戦闘能力に、狼人の兵士は警戒と興味を同時に抱いていた。