「毒だから一応治療できると思うんだけど、うーん、治せなかった時責任取れないし。受けない方向がいいな。それに全員遠距離で来てるでしょ?」
「確かに相性は悪くない。だが敵が突っ込んできたら……」
ロゥガが危険性を指摘した瞬間、スミロドンの巨体が大きく震えた。古代から生き残った巨大な牙獣は、遺跡跡地に残された瓦礫を踏み砕きながら頭を持ち上げ、肺の奥から響くような咆哮を放つ。その口内に集まったのは炎でも雷でもない、鈍い輝きを持つ銀色の液体だった。
【水銀の息吹】
吐き出された瞬間、水銀を含んだ液体が霧状に広がった。重たい金属の粒子が空気へ混ざり、地面へ落ちた場所では不気味な光沢を残しながら広がっていく。触れれば毒、吸い込めば身体を蝕む危険な攻撃。さらにスミロドン自身も止まらず、全身から毒性のガスを放出しながら前進する。巨大な身体そのものが毒の塊となって迫ってくる姿は、危険生物という言葉だけでは足りないほどだった。
3人はすぐに距離を取る。正面で受ければ、どれほど強力な防御手段があっても消耗は避けられない。
ゼマは後方へ移動しながらクリティブロッドを伸ばし、長い間合いを利用して攻撃する。棒状武器がしなるように伸び、スミロドンの脚や胴体へ連続して叩き込まれるが、巨体ゆえに大きな動揺は見せない。
その横では、イジネがストーンスリングを構えていた。
「【ペインスリング】!」
放たれた小石は赤黒い魔力を纏い、スミロドンの身体へ命中する。通常の攻撃ならば硬い皮膚に阻まれるところだが、このスキルは別だった。痛覚そのものへ干渉する感覚系統の力。レベル差による影響を受けにくく、少しずつ相手の神経へ負担を与えていく。
イジネは高火力の戦闘職ではない。だが、この迷宮に存在する特殊な環境では、その能力が確かな意味を持っていた。
そしてロゥガは、ホセを握ったまま攻撃の機会を探していた。
投げるか。
彼女の武器投擲は強力だ。炎を纏わせたフォセを飛ばせば、スミロドンの分厚い身体にも大きな傷を与えられる可能性がある。
しかし、この場所では簡単には使えない。
周囲には水銀を含んだガスが漂っている。投げた武器が敵の奥へ入り込めば、回収するために自分から危険地帯へ踏み込むことになる。
だからこそ、ロゥガは判断を変えた。
今は倒すより、引きつける。
あえてスミロドンの正面へ出て、自分へ意識を向けさせる。巨大な獣の目が彼女を捉え、次の標的を定めたように低い唸り声を響かせた。
その直後、再びスミロドンの口元へ銀色の光が集まる。
【水銀の息吹】
迫りくる液体金属の奔流を前に、ロゥガは鉈のようなフォセを横へ構えた。
炎を纏った湾刀が水銀の塊を受け止める。金属同士がぶつかるような重い音が響き、銀色の飛沫が周囲へ散る。熱を持った炎が水銀を押し返し、ロゥガの足元の地面が大きく削れていく。
それでも彼女は退かない。
仲間が攻撃するための時間を作るため、毒を吐き出す巨大な獣の前に立ち続けた。
「【ファルシオン・バーストラッシュ】」
ロゥガが握る武器は、ファルシオン。一般的な剣よりも短く、幅広い刀身を持つ片手剣であり、刃は緩やかな弧を描いている。鋲付きの断頭武器とは異なり、刀身自体は直線的な形状を保っており、その重量を利用した叩き斬るような戦い方に向いた武器だった。
迫り来る水銀の奔流を、ロゥガはファルシオンの腹で受け流す。銀色の液体が刀身へぶつかり、飛沫となって周囲へ散っていく。だが、それは攻撃ではない。スミロドン本体へ近づくための道を作るための防御行動だった。
水銀は触れるだけでも危険であり、地面へ落ちた後も周囲へ毒性を残す。さらに気化すれば、水銀ガスとなって空間そのものを汚染する。だからこそロゥガは無理に距離を詰めず、ファルシオンの重さと広い刀身を利用して、水銀の流れを横へ押し流していた。
そして、もう片方の手には別の武器が握られている。
フォセ。
湾曲した刃を持つ農具を起源とする武器であり、細かな動きと斬り返しに優れた形状をしている。ファルシオンで広範囲の水銀を散らし、フォセで隙を狙う。2つの異なる武器を同時に扱うことで、ロゥガは巨大なスミロドンの攻撃範囲を制御していた。
しかし、スミロドンは動きを止めない。
巨大な牙を剥き出しにしながら、身体からさらに水銀を流し出す。足元へ広がる銀色の液体と、周囲を満たしていく毒性のガス。接近するほど危険が増す状況だった。
だからこそ、ロゥガは爆発的な一撃を狙う。
「【ファルシオン・バーストラッシュ】」
ファルシオンの刀身に魔力が集まり、爆発の力が宿る。
ロゥガはスミロドンではなく、迫り来る水銀へ向けて刃を振り抜いた。
爆発の衝撃が銀色の奔流を吹き飛ばし、一時的に安全な空間を作り出す。水銀の壁が崩れ、視界が開ける。その瞬間、ロゥガはフォセを構え直した。
直接攻撃を仕掛けるためではない。
次の攻撃へ繋げるための準備だ。
「やっぱ、あんたの高火力を連発するしかないね」
ゼマがクリティブロッドを構え直す。遠距離から削るだけでは、この環境では危険が増えるだけだ。ならば、一撃ごとの威力を高め、相手の動きを封じる必要がある。
「だったらどうにか拘束するしかないな」
その言葉と同時に、クリティブロッドが変形する。ロッドスパイクモードへ切り替わり、先端部分が鋭く展開される。打撃と刺突を組み合わせた形状となり、攻撃の瞬間に力を集中できる構造へ変化した。
ロゥガが前へ出て、水銀の攻撃を受け流す。その隙を逃さずゼマが踏み込み、強烈な一撃を叩き込む。イジネも後方からペインスリングを放ち、痛覚を刺激する特殊な攻撃でスミロドンの動きを乱していく。
爆発の余波で銀色の液体が飛び散り、毒の霧が遺跡跡地を覆う。3人は互いの役割を理解し、危険な環境の中でも少しずつ巨大な古代生物スミロドンを追い詰めていた。
だが、その戦いの影響は地上だけでは終わらない。
発生した水銀ガスは、上へ逃げるだけではなく、亀裂や隙間を通って地下へも流れ込んでいた。
そこには、不可攻略の迷宮がある。
毒霧が侵入し、内部で戦っているララクとウロアにも影響が出る。視界だけではなく、呼吸、感覚、判断力。そのすべてを蝕む危険がある。
地上の戦闘は、地下の戦いとも繋がっていた。
スミロドンを倒すことは、ただ1体のモンスターを討伐するだけではない。この迷宮全体に広がる毒を止めるための戦いになっていた。