第12巻   作:高見南純平

39 / 40
第536話

 ゼマはクリティブロッドを握りながら口元を吊り上げた。

 

「ロゥガん、ほどじゃない、いややっぱそれ以上か。私も武器を扱えるんだぜ。棒限定だけど。新武器、水銀見て思いついた!」

 

 クリティブロッドがぐにゃりと曲がり、さらに捻れながら蛇のような軌道を描いてその形状を維持する。そこへ【伸縮自在】を緩くかけることで、生き物の筋肉にも似たしなりを再現していた。

 

「ウィップ、だと棒適性の範囲外かもしれないな。ウェーブモードか、じゃあ」

 

 その言葉と共にロッドが一気に伸びた。スミロドンの前脚へ絡み、胴へ巻き付き、首元へ這い上がる。暴れるたびに伸縮しながら締め付けを強める様子は武器というより巨大な蛇そのものだった。

 

「やっぱ火力は足りないか」

 

 拘束には成功したが決定打には届かない。そこでゼマはロッドの先端を岩盤へ突き刺し、自らも腰を落として踏ん張る。巨大な綱引きが始まった。スミロドンが後退しようとするたび岩盤が軋み、ウェーブモードが張力を増していく。

 

「イジネ!」

 

「任せて!」

 

 後方からペインスリングが唸りを上げる。赤黒い魔力を纏った石弾が次々と命中し、神経へ直接痛覚を送り込んだ。肉体ではなく感覚そのものを殴りつける攻撃に巨体が苦悶で震えた瞬間、イジネが叫ぶ。

 

「ロゥガさん! 賭けではあるけど全部投げ切ってみるのは!」

 

「勝算が高い賭けは大歓迎だ」

 

 ロゥガが獰猛に歯を見せると、左手のファルシオンへ炎が集まった。

 

「【ファルシオン・フラムッシュ】!」

 

 振り抜かれた斬撃が爆発を伴って炸裂し、その勢いのまま武器ごと投げ放たれる。回転する刀身が肩口へ突き刺さり内部で爆炎を巻き起こした。

 

「【フォセ・バーストラッシュ】!」

 

 続いて湾曲した刃が炎を引き連れて脇腹へ食い込み、着弾と同時に爆発する。

 

「【マンダラ・フレアスロー】!」

 

 高速回転する短剣が関節部へ突き刺さり、内部で炎を弾けさせた。さらに別の投擲武器も飛ぶ。刃が交差し、爆炎が連鎖し、拘束された巨体へ次々と傷口を刻んでいく。

 

「【フランベルクの炎突き】!」

 

 螺旋状に波打つ細剣が喉元へ飛び込み、波打つ刀身が内部を抉りながら焼き広げた。ファルシオン、フォセ、マンダラナイフ、フランベルク。投げ込まれる武器の数だけ爆発が増え、炎が蓄積していく。拘束されたスミロドンは逃げることも回避することもできず、全身へ莫大な熱量を抱え込まされていた。

 

 そして最後、ロゥガは背中から最大の武器を引き抜く。バスタードソード。刀身全体を赤黒い魔力が走り、溶岩にも似た輝きが脈動していた。

 

「【バスタード・ヴォルガニッシュ】!」

 

 咆哮と共に投げ放たれた大剣が一直線に飛翔し、拘束されたスミロドンの胸部へ深々と突き刺さる。その瞬間、それまで撃ち込まれた全ての炎が共鳴した。武器の一つ一つが起爆剤となり、体内へ蓄積された熱量が連鎖的に暴走する。

 

 スミロドンの全身が激しく痙攣した。水銀と毒霧を撒き散らしながら暴れていた巨体は、もはや逃げることも回避することもできない。ウェーブモードとなったクリティブロッドが首から胴へ食い込み、岩盤へ固定された拘束具として機能している。その上から痛覚を焼くペインスリングが撃ち込まれ、さらにロゥガの武器群が体内へ埋め込まれていた。

 

「グォォォォォォオオオオオオオオオッ!!」

 

 断末魔が遺跡跡地を震わせる。口から大量の水銀が噴き出すが、その液体は空中で沸騰し白煙となって弾け飛んだ。胸部が赤く染まり、首筋へ熱が走り、肩から腹へ亀裂のように灼熱が広がっていく。巨体の表面がぶくぶくと膨れ、外殻が融解し、筋肉が崩れ、皮膚が垂れ下がる。熱量に耐え切れなくなった肉体そのものが溶けるように形を失っていった。

 

 前脚が崩落し、支えを失った巨体が地面へ沈み込む。それでも内部の爆発は止まらない。体内から炎柱が次々と噴き上がり、ついには胸部が内側から破裂した。轟音と共に爆炎が噴き上がり、衝撃波が遺跡跡地を薙ぎ払う。水銀混じりの空気すら吹き飛ばすほどの灼熱が荒れ狂い、やがて炎が収まった頃には、そこにいたはずの古代捕食者は原形を留めていなかった。

 

 黒く焼けた肉塊と銀色に溶けた残骸だけが地面へ広がり、尾が一度だけ痙攣して完全に停止する。

 

「っはぁぁぁ……終わったか?」

 

 ゼマがクリティブロッドを肩へ担ぎながら息を吐く。

 

「終わったと思う、たぶん。できれば二度と起き上がってほしくない」

 

 イジネがそう答えると、ロゥガは焦げた残骸を見下ろして鼻を鳴らした。

 

「ノルマ外達成だな」

 

 スミロドンは絶命した。

 

 黒煙のように漂っていた水銀ガスを見上げながら、ロゥガは肩で息をついた。

 

「しばらくすれば、ガスも消える事だろう。スキルで生み出された者は、永遠には残存しない」

 

 周囲には焼け焦げた地面と、溶け崩れたスミロドンの残骸が広がっている。銀色の液体があちこちで蒸発し、白い靄となって空へ溶けていく光景は不気味そのものだった。

 

「こんなの襲ってきたら、熟練者でも死ぬわ。ロゥガん、色んな人の命を救ったんじゃない」

 

「あぁ。だがこの世界は、人助けに事が欠かないからな……」

 

 そう呟きながら、狼人の兵士は視線を別の方向へ向ける。見ているのはスミロドンではない。かつて補給所として利用されていた施設跡だった。

 

「え、まさか復活するのスミロドン!?」

 

「いや絶命済みだ」 即答だった。「気にかかるのは物資だ。以前ここへ来た時よりも、テントや道具が増えている気がする。錯覚かもしれないがな。毒ガスが消えるまで詳細は不明だ」

 

 崩れた石壁の隙間からは、確かに布地の切れ端や木箱らしき影が見えていた。長年放棄されていたはずの場所に、人の生活の痕跡が増えている。

 

「こんなところを拠点にしてた人が? 絶対よそ者じゃん」

 

「これで終了といかないか……」

 

 ロゥガの耳がぴくりと動く。

 

「いや、終わってなどいない! ノ、ノルマが私の首元を刈ろうとしている!」

 

 突然焦り始めた。

 

 次の瞬間には駆け出している。

 

「おーい、武器が置き去りだよ~。不法投棄だよ~」

 

「必ず回収するさっ! それに武器ならまだ在庫はある!」

 

 走りながらマントをめくると、中にはまだ短剣や投擲武器が何本も隠されていた。あれだけ投げまくった後でも予備を抱えているらしい。

 

 あっという間に小さくなっていく背中を見送りながら、ゼマは呆れたように肩をすくめる。

 

「性格はクール気味なんだろうけど、動きがせわしないやつだね」

 

「……疲れたし、毒ガスの行方見つめとく?」

 

「最悪の景色を楽しむか」

 

 2人は腰を下ろした。

 

 空には薄くなり始めた白煙が流れ、地上には巨大な古代生物の残骸が横たわっている。決して綺麗な景色ではない。むしろ最悪だ。

 

 それでも激戦を終えた今だけは、その最悪な光景すら静かな休憩時間の一部に思えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。