怪人は放送の内容を最後まで聞き終えると、黒衣の隙間を流れる禍々しい輝きを揺らしながら、屋上の中央に立つ鋼鉄の巨体へ視線を向けた。
「事柄を整理すれば当然の結果か」
呟くような声だった。
ララクが隣から顔を向ける。
「何かわかったんですか?」
「私の場合はモドムと違う」
怪人は夕暮れの空を一瞬見上げ、それからゆっくり首を横へ振った。
「私が変貌した時には、すでに終わっていた。人格も意識も機械側へ移り切り、人の身体は抜け殻同然だった。戻る余地など残されていなかったからな」
視線の先では、紋章を発光させた鋼鉄兵器が低く駆動音を響かせている。
「だがプロフェッサーは違う。急ごしらえの技術で到達した段階だ。もし短期間で完全再現できるなら、それこそ恐ろしい話になる。むしろ不完全だからこそ、私と同じ結末になっていない。まだ人間とアークが切り離された状態を保っているからこそ、同調率という数値が観測できる」
その説明を聞いたララクの胸から、わずかに重圧が抜け落ちる。
助かる可能性は残されている。
だが安心できる話ではなかった。
「でも出力を下げるって、どうすればいいんですか」
問いかけると、怪人は巨大な機体を見据えたまま答えた。
「このまま容赦なく破壊すれば、プロフェッサーの意識ごと消える可能性はある」
ララクの表情が曇る。
しかし怪人は続けた。
「ただ、一つだけ可能性があるとすれば脳を揺らすことだ」
「脳を?」
「ああ。気絶に近い状態へ追い込む」
夕風が二人の間を吹き抜け、黒衣の裾と制服の裾を同時に揺らした。
「それで元に戻る保証はない。だが脳へ強い衝撃が加われば、同調状態が乱れる可能性はある。そしておそらく、あの機体の中枢は頭部だ」
怪人は自分の頭を軽く指で叩く。
「私は人工知能を搭載していなかったが、それでも機械を動かす主制御基板は頭部にあった。プロトアークを模して造られた以上、あれも似た構造になっていると考えるのが自然だ」
ララクの視線も頭部装甲へ向く。
他の部位より厚く、紋章の光も集中している。
確かに中枢と言われれば納得できる造りだった。
遠くから学祭の音楽が微かに流れてくる。夕暮れの校舎ではまだ生徒や来客たちの姿が見え、屋台の灯りも点き始めていた。そんな日常のすぐ上で、人と機械の境界を巡る戦いが続いている。
怪人は肩を回しながら静かに言った。
「このまま逃げても追ってくるだろう。あれはもう、目的を見失うことはない」
黒衣の隙間を巡る暗い輝きがわずかに強まる。
「ならば終わらせるしかない」
その言葉と同時に、紋章を輝かせた鋼鉄の巨体が一歩踏み出した。屋上へ並ぶ発電設備が震え、固定された金具が甲高い音を鳴らす。ララクもまたサンライズスピアを握り直し、夕陽を反射する穂先を前へ向けた。
助けるために戦う。
その覚悟だけは、もう揺らがなかった。
作戦を組み立て始めたその時だった。
学院全域へ流れていた放送へ再びノイズが混じり、その向こうから息を切らしたカライジの声が飛び込んでくる。
「っあ、あと特大朗報です! スペシャル助っ人が向かってまっす!」
その言葉を聞いた瞬間、槍を構えた少年は誰が来るのか理解した。この状況でカライジがそんな表現を使う人物など限られている。そして予想は外れなかった。屋上へ続く扉が勢いよく開き、夕暮れの光を背負いながら飛び出してきたのはゼマだった。
「んじゃあ、頭部連打でいいんだよねぇ!」
赤髪を揺らしながら現れた戦闘医の手には、巨大な結晶棍棒クリティブロッド・スパイクモードが握られている。透明な結晶塊の内部では魔力が流動し、振り回されるたびに淡い光が走る。そのまま着地の勢いを殺さず加速すると、説明も挨拶もなく真っ直ぐ鋼鉄の巨体へ突撃した。
結晶武器が風を裂き、上空から振り下ろされる。
轟音と共に頭部装甲へ直撃。
金属が軋み、衝撃が屋上全体へ伝播した。並んだ発電設備が大きく震え、固定フレームが悲鳴を上げるみたいに鳴り響く。頭部を強打された青白い巨体が僅かに体勢を崩し、その内部でリンクしているプロフェッサーもさすがに虚を突かれたらしい。しかし発光レンズが侵入者を捉えた瞬間、その声には驚きより楽しさが混じった。
「全力全開のリベンジバトルか!」
研究発表の時に自分を打ち倒した相手。その記憶を思い出したのだろう。あの時は武装を大幅に制限していたとはいえ敗北した事実は変わらない。そして今、その再戦が思いがけない形で実現していた。
「ゼマさん! 打撃武器の真価が重要な戦いです! プロフェッサーを叩き戻しましょう!」
「たらふく食べたから吐かないか心配だぁ!」
そう返しながら彼女は口の中で噛んでいたガムを飲み込む。学祭で購入した消化可能を売りにした商品らしいが、そんな説明をしている余裕はなかった。食後とは思えない速度で再び飛び出し、結晶棍棒を唸らせながら頭部へ攻撃を集中させる。
1撃目は直撃した。しかし2撃目からは違う。鋼鉄の怪物も学習していた。振り下ろされた棍棒を前腕装甲で受け流し、横薙ぎを肩部で逸らし、踏み込みながら放たれた追撃には首を傾けて回避する。結晶と金属が衝突するたび火花が散り、赤い髪の戦闘医は屋上を駆け回りながら何度も死角へ潜り込む。
それでも彼女は攻撃の手を緩めなかった。頭部への打撃は届きにくくなっていたが、その猛烈な連撃だけで十分な意味がある。少なくとも今この瞬間、鋼鉄の戦闘機械はララクと黒衣の怪人だけを追う余裕を失い、3方向から襲い掛かる脅威へ対応するため視線と意識を分散させられていた。