ゼマの参戦によって生まれた余裕を見て、黒衣の怪人は初めて逃走以外へ意識を向けた。これまでのその存在は学院から脱出することだけを考えていたが、今は違う。赤髪の戦闘医が鋼鉄の巨体を引き付け、ララクも前線で圧力をかけている。その状況を確認すると、怪人は静かに息を吐いた。
「私も人のスキルを使うか」
その瞬間、全身を巡る紫紺の輝きが濃くなる。黒衣の下から紋章が浮かび上がり、魔力が血流のように全身へ流れ始めた。
「【戦騎強化】」
獲得条件……【フィジカルアップ】【アタックアップ】【スピードアップ】を所持。
効果……身体能力、攻撃力と速度を強化し、戦闘に特化した体にする。
発動した途端、その立ち姿そのものが変化する。力任せではない。無駄を削ぎ落した戦士の構えへ移行し、沈み込んだ重心から爆発的な加速が生まれた。足元へ張り付いていた泥が弾け飛び、発電設備の列を縫う黒衣が視界から消える。次の瞬間にはガルアークの側面へ現れ、そのまま左腕を突き出した。
「【シルバーショット】」
効果……銀の塊が三弾銃のように散らばり、襲っていく。
放たれた銀色の塊は空中で細かく分裂しながら広がり、視界センサー、関節部、肩部装甲を包囲するように襲いかかる。しかし迎撃する側もまた人のスキルを使える存在だった。
「【マッドショット】」
青白い装甲の隙間から魔力が溢れ出し、泥弾が散弾のように噴射される。
銀と泥。
2種類の弾幕が夕暮れの屋上中央で正面衝突した。
泥塊へ銀弾が突き刺さり、銀弾へ泥が絡みつく。空中で砕けた銀片が四方へ飛び散り、粘着質な泥が発電設備や床へべっとりと張り付いていく。衝突地点では金属音と湿った破裂音が何度も重なり、無数の小爆発が連続して起きているようだった。
その弾幕の向こう側へ、怪人はすでに飛び込んでいる。
銀と泥が飛び交う危険地帯を突き抜けながら懐へ潜り込み、強化された拳を装甲へ叩き込む。打撃を受けた箇所が僅かに歪み、その直後には反対側から肘打ちが突き刺さる。さらに踏み込みながら放たれた追撃が内部フレームまで震わせ、鋼鉄の巨体を後退させた。
先ほどまで距離を取りながら逃げていた存在とは完全に別物だった。攻撃を当てるための最短距離だけを選び、離脱したかと思えば次の瞬間には別方向から現れる。【戦騎強化】によって引き上げられた速度と身体能力が、その戦闘技術を何倍にも増幅していた。
「人類の英知とスキルまで使用可能とは、未来は陽明だな!」
鋼鉄の戦闘兵器が怪人へ意識を向ければ、別方向からゼマのクリティブロッドが頭部目掛けて振り下ろされる。そちらへ対応すれば今度は金髪の少年がサンライズスピアを唸らせながら突撃し、泥に足を取られながらも着実に包囲網を狭めていく。
夕闇へ染まり始めた屋上では、銀弾と泥弾が飛び交い、結晶棍棒が火花を散らし、黄金の槍が軌跡を描く。その中心で青白い巨体は3方向から絶え間なく押し込まれ続け、休む暇もない猛攻へ晒されていた。
ララクは激しく飛び交う攻防の合間を縫いながら怪人へ視線を向けた。銀弾、熱、肉体強化。次から次へと異なる能力が飛び出してくる。どれも系統が違う。それなのに戦闘中の切り替えに一切の迷いがなかった。
「お三方のスキルという認識で合っていますか?」
「付与、強化系統はクエディーカのだろう」
そう答えた直後、黒衣の腕が赤熱した。紫紺の輝きへ溶け込むように赤い熱が広がり、周囲の空気が歪む。発電設備の金属面がじりじりと熱を帯び始めるほどの高温だった。
「【ヒートフォース】」
獲得条件……対象に熱系統の力を与える。
熱を纏った拳を軽く握るだけで陽炎が立ち昇る。そのまま怪人は続けた。
「銀系統はプロフェッサー・リード」 掌を開くと銀色の光が集まり始める。
【シルバーリング】
効果……相手を拘束可能な銀輪を射出する。
射出された銀輪は一直線に飛んだ。余計な軌道変更などない。ただ銃弾のような速度で空気を裂きながら突き進み、鋼鉄の巨体へ到達した瞬間に収縮する。1つ目が右腕へ食い込み、2つ目が左脚へ絡み付き、さらに続く銀輪が胴体を囲うように締め上げた。
完全に拘束できるほどの力はない。しかし関節へ余計な負荷が掛かり、駆動部へ無視できない抵抗が生まれる。青白い戦闘兵器の動作が僅かに鈍り、重量感のある駆動音が一段低くなった。
「リードの。銀使いだったのか、あいつの潜在才能は」
青白い機体の奥からモドムが感心したように漏らした。研究者だったリードが前線へ立つ姿を見たことはほとんどない。スキル画面を見せ合うような関係でもなかったのだろう。
モドムは感心したように笑う。しかし、その変化を最初に危険と判断したのはモドムではなかった。機体内部に存在する戦闘特化型人工知能だ。拘束された腕を引き剥がそうとはしない。無理に破壊しようともしない。代わりにガルアークは熱を帯びた怪人へ突進した。
「……装飾品を増やしただけか」
怪人が呟いた直後、赤熱した拳が装甲へ叩き込まれる。轟音と共に火花が噴き上がり、その衝撃で右腕へ巻き付いていた銀輪が砕け散った。さらに横合いからゼマのクリティブロッドが振り下ろされる。
「いっけぇぇ!」
結晶棍棒が肩部へ激突すると、金属が悲鳴を上げる音と共に拘束していた銀輪も粉々に吹き飛ぶ。その光景を見たララクは目を見開いた。
「こちらに壊させているのか」
「いい防具を貰った」 モドムは実に楽しそうだった。
「AIは拘束を回避するより、攻撃を受けて拘束具を破壊した方が効率的だと判断しているらしい」
言葉通りだった。ガルアークは残る銀輪を纏ったままララクへ向き直る。黄金の槍が突き出され、穂先が装甲へ深く食い込む。その重い衝撃によって胴体へ巻き付いていた銀輪もまた砕け散った。拘束されるたび、それを破壊するための攻撃を誘導し、自分の動きを取り戻していく。人間なら厄介な足枷として扱う能力を、目の前の戦闘兵器は消耗品の盾として利用していた。
「戦闘知能は、私の方が劣るのか。」 怪人が静かに漏らす。
銀輪が砕けるたび機体は滑らかさを取り戻し、その代わりに3人の攻撃機会が消費されていく。夕暮れの屋上では、戦闘知能と人の経験が混ざり合った異質な判断が次々と繰り出され、ララクは額へ汗を浮かべながら苦笑した。
しかしそんな中、ララクもまた武器を変えていた。黄金の槍は粒子となって霧散し、その代わりに空中へ巨大な骨格が組み上がる。獣の大腿骨を思わせる白骨が芯となり、その周囲へ厚い獣皮が何重にも巻き付いていく。最後に金属杭が打ち込まれ、重量だけで相手を叩き潰すための大型戦槌が完成した。
「【ウェポンクリエイト】〈ビーストハイドハンマー〉!」
完成した瞬間、屋上の床がわずかに沈む。見た目だけでも相当な重量だったが、金髪の少年はそれを軽々と肩へ担ぎ上げ、そのまま泥を蹴散らしながら突撃する。怪人でさえ一瞬だけ視線を向けるほどの豪快な武装だった。
「スキル対応に頭が混乱しそうですよっ!」
「っふん、人工知能ならば正確に対処できるのさ」
モドムがそう返した瞬間、鋼鉄の巨体の前方へ大量の泥が噴き出した。
「【マッドシールド】」
泥は壁ではなかった。何層にも圧縮された巨大な盾だった。ララクは構わず振り抜く。唸りを上げる戦槌が空気ごと押し潰しながら落下し、泥の盾へ激突した瞬間、屋上全体が揺れた。発電設備が震え、固定金具が軋み、衝撃が足裏から伝わってくる。しかし砕けない。圧縮された泥は衝撃を受け流しながら内部へ吸収し、戦槌の頭部はずぶりと沈み込んでいく。底の見えない沼へ落ちたようだった。力を込めれば込めるほど勢いが削られ、獣皮へ泥が絡み付き、骨格部分へ圧力が集中する。
「なっ……!」
鈍い破砕音が響き、次の瞬間には武器そのものが耐え切れず砕け散った。
しかし、それこそが隙だった。鋼鉄の巨体の視線がララクへ固定される。その背後へ黒衣が滑り込む。赤熱していた右腕が変形を始め、装甲が展開しながら長大な刃へ姿を変えていく。赤く発光する刀身から熱気が立ち昇り、周囲の景色が揺らいで見えた。
「【クラッシュスラッシュ】。冒険者、アカラヘアのスキルだ」
破壊力を高めたスキル。斬撃と合わすことで、より刃が奥に切り込めるようになる。
熱を帯びた刃が夕暮れの空気を切り裂く。背面装甲へ到達した瞬間、青白い外殻から大量の火花が噴き上がった。厚い装甲板が悲鳴を上げながら削られ、内部フレームへ深々と食い込んでいく。切断には至らない。それでも今までで最も深い傷だった。
散った火花が発電設備へ降り注ぎ、夕闇へ沈み始めた屋上を赤く照らす。その中心で青白い巨体は初めて大きく体勢を崩し、3人による包囲がさらに狭まっていった。