「これが、これが私を作った三者の集大成だ」
怪人の身体が大きく回転する。
黒衣が夕空へ翻り、その勢いは全身を巡りながら一気に解放されていく。左腕の周囲では【ウォーターフォース】によって生み出された水流が渦を巻いていた。そこへ銀系統の力が重なり、圧縮された銀の弾丸を包み込む。水流は推進力となり、弾丸そのものをさらに加速させていた。
「【プラズマバレット】」
射出された銀弾は白い尾を引きながら一直線に飛翔する。
一方、右腕の剣には【ストーンフォース】による土塊が幾重にも付着していた。刀身へ貼り付く岩塊は刃の輪郭すら曖昧に変え、もはや剣というより投擲用の攻城兵器である。怪人は回転の勢いを殺さぬまま腕を振り抜いた。
「【ナイフスロー】」
効果……対象に向かってナイフを投げる。
本来は小型武器向けの技だ。しかし放たれたのは巨大な重量剣だった。土塊を纏った刀身は空気そのものを押し退けながら銀弾の軌道をなぞり、その後方から追従していく。
同時にゼマも限界まで蓄えた力を解放する。
頭上で振り回され続けていた鎖混は、すでに発電設備の列を飲み込むほどの軌道へ成長していた。伸び切った鎖の先では巨大な結晶塊が唸りを上げ、蓄積された運動量を抱え込んだまま鋼鉄の巨体へ襲い掛かる。
「これで叩き起こすよぉ! 【スイングインパクト】!」
全身を捻り切った一撃がガルアークへ叩き込まれた。
「防御姿勢だっ……!」
プロフェッサー・モドムの喉から苦しげな声が漏れる。
鋼鉄の巨体は両腕を頭部の前へ持ち上げる。結晶塊が激突した瞬間、腕部装甲が大きく軋み、蒸気と火花が周囲へ吹き散った。それでも防御は成立したはずだったが、振り抜かれた鎖はそこで止まらない。
「終点しない攻撃……!?」
巨大な結晶塊は遠心力を保ったまま背後へ回り込み、そのまま後頭部へ叩き付けられた。頭部装甲が歪み、鋼鉄の巨体が空中で傾くほどの衝撃が内部へ突き抜ける。
「っが。が、学生武器の範疇を越えている、んなぁ」
強烈な衝撃を受けたガルアークの頭部正面から、さらに飛来した銀弾が到達した。
水流を纏った砲弾は頭部装甲へ激突すると、その圧力を逃がさぬまま内部へ食い込み、さらに直後、後方から追い付いた重量剣が銀弾へ突き刺さった。岩塊を纏った刀身は砲弾を杭みたいに押し込みながら頭部へ圧力を集中させていく。装甲は悲鳴を上げるように軋み、その負荷は内部フレームへ到達していた。視界の端では警告表示が次々と増殖し、機体各部から異常を知らせる信号が流れ込んでくる。
「私を元に戻すのはやめろ……っ、やめるんだ……! 私は、最高の研究材料を確保しなければ……!」
脳へ叩き込まれる衝撃が意識の奥深くまで響くたび、機体との同調が乱れ始めているのをモドム自身が感じていた。頭蓋の内側へ直接楔を打ち込まれている感覚だった。
上空ではララクの【テンペストレーザー】が泥の奔流を削り続け、その下では3方向からの猛攻が絶え間なく続いている。夕暮れの空を背に浮かぶ鋼鉄の巨体は今までで最も大きく揺れ、蒸気を噴き出しながら体勢を崩していた。
その姿を見上げたララクは確信する。
確実に届いている。
後頭部への打撃も、銀弾も、重量剣も、全てはこの瞬間のためだった。
夕暮れの空で大きく揺れる鋼鉄の巨体へ向けて、3人が放った総力戦の一撃は、ついにプロフェッサーの眠る場所へ到達した。
その瞬間だった。
校庭で端末を操作していたサイフウの画面へ、新たな波形が流れ込む。ガルアーク側から送られてくる脳波データが大きく乱れ始めていた。これまで機体側へ深く沈み込んでいた意識反応が揺らぎ、僅かながらも肉体側への回帰を示す数値が現れている。
黒髪の青年は画面を見つめたまま指先を動かした。
「変化を確認。同調率、低下中」
その隣ではレッツタが横たわるプロフェッサーの身体を観察している。簡易的に寝かされた肉体は先ほどまで完全に力を失っていたが、今は違う。閉じられていた瞼が微かに震え、眉間には深い皺が刻まれ、指先には僅かな力が戻り始めていた。
「意識反応も上がってる。機体側から引き戻され始めた」
感情の起伏を感じさせない声だったが、その内容は明らかな好転を示していた。
サイフウは表示された制御画面を確認する。ロック状態を示していた項目は解除済みへ切り替わり、出力制御権限も復旧していた。
「ロックは解除できた。これで出力を最大限まで下げる」
短く告げると、そのままボタンを押し込む。
次の瞬間、同調システム全体へ変化が走った。膨張し続けていた接続回路が収縮を始め、機体へ伸びていた意識を今度は肉体側へ引き戻そうとする力が働き始める。
ガルアークの内部で、プロフェッサー・モドムはその変化をはっきりと感じ取っていた。頭部へ叩き込まれる衝撃は途切れない。後頭部へ届いた重打も、銀弾が押し込む圧力も、重量を乗せた刃による追撃も続いている。それでも先ほどまでとは違った。鋼鉄の身体と融合しかけていた感覚が少しずつ剥がれ始め、遠くなっていた自分自身の存在が戻ってくる。
その時、意識の奥底から懐かしい顔が浮かび上がった。
銀色の髪。
疲れた顔で笑う男。
プロフェッサー・リード。
共に研究を続けた友人だった。
『……はぁ、研究はさ、エラーアンドエラーで、心が壊れそうになることばかりだよ』
懐かしい声が聞こえる。
『けど、人類の発展に終わりはない。僕がいなくなっても、誰かが続きをやるんだ』
研究室に積み上がった資料の山。失敗した実験。徹夜明けの議論。成果が出た日の高揚感。数え切れない記憶が流れていく。
『思考が尽きない。それは案外、幸せなことなのかもしれないね』
そうだった。
私はお前の研究を未来へ繋ぎたかっただけだ。
人類のために。
友のために。
その想いがあったはずなのに、いつの間にか手段が目的へ変わっていた。
意識はさらに引き寄せられていく。
帰るべき場所へ。
自分自身の肉体へ。
一方、屋上では決定的な瞬間が訪れていた。嵐が泥を削り続け、銀弾が頭部を押し込み、重量を乗せた刃が追撃する。その全てを受け続けた鋼鉄の巨体はついに均衡を失い、大きく吹き飛ばされた。
学院の屋根を越え、夕暮れの空へ押し上げられていく巨体を見上げながら、ララクの耳へ通信が飛び込む。
「戻ってる。肉体側の反応が上昇中」
レッツタの報告に続き、サイフウも結果を読み上げる。
「同調率急落。帰還を確認」
その言葉とほぼ同時だった。
学院上空を覆っていた泥の嵐が力を失う。濁流は崩れ、暴風は静まり、夕焼けの光がゆっくりと校舎や校庭を照らし始める。
ララクは空高く吹き飛ばされたガルアークを見上げた。
「プロフェッサー! 真っ当なサイエンティストに戻ってください!」
少年の声が夕空へ響く。
その言葉が届いたかどうかは分からない。
だが校庭で表示される数値は確かに回復を続けていた。
友の意志を追い続け、人類の未来を見据え続けた研究者は、長い迷走の果てにようやく、自分自身が帰るべき場所へ辿り着こうとしていた。