「あわてるな」
ラプラスはそういった。
「この光景は模式図に過ぎないことを忘れたのか? 何もお前に巨大な蛇を倒せと言った訳じゃないぞ」
それを聞いてやっと美神さんの恐慌は収まった。
「……そういえばそうね。で、あれは何なの、一体」
「未来の否定だ」
ラプラスは再び、視線を蛇に向けた。
「認知によって世界は作られていることは理解したな?」
「ええ、一応」
「少し補足しておく。世界という器は、基本的に無生物などの、明確な『意志』を持たない、『存在する』だけのものの認知によって構成されている」
「ちょっといいですか?」
そこにおキヌちゃんが口を挟んだ。
「何だ?」
「そういう『認知』が、あまり自然発生するとは思えないんですけど、その辺はどうなっているんですか? あなたの説明だと、『世界』を形作るほどの変化は、人間みたいな自我というか、自由意識がないと生まれないと思うんですけど……」
ラプラスの答えは簡潔であった。
「決まってるだろう? それだけの力というか強さを持つ『意志』だ。お前達が『創造主』って呼んでる連中だよ」
みんな一様に、何か苦いものを飲み込んでしまったような顔になっていた。
「ま、それはともかく。さっきも言ったが、お前達の世界において、『空間』と認識される部分は、ほとんどがそういうのの担当だ。だが『時間』は違う。『存在』するだけのものと違って、動植物や人間の意志は『変化』を認識できる。また、限定的ではあるが、『可能性』を選択して『認知』出来る。逆にそれ故にそれは特異な属性である『生命』になる。生と死を持つ、生命にな。
そして時間って言うのは、基本的に『生命』の存在するところに発生する。変化するゆえに、時は流れている。人が時から逃れられないのは、人こそが時を発生させているからなのさ」
「時間は生命……いや、活動が生み出すというわけね」
「その通りだ、美神美智恵。そして世界が認知の集合である以上、時の流れもまたその影響を受ける。と言ってもその手の認知は人間の無意識領域で行われている。人間が何かしようと、別段時の流れには影響はない……筈だった」
「ラグナロク……ね」
美神さんの口から、そんなつぶやきが漏れた。
「もし全ての人が、無意識にその認知を変えてしまったら、さしもの時も狂うんじゃない?」
「そう。そして既に時は狂い始めている」
ラプラスは地獄の宣告を告げた。
「きっかけは下らん予言の書だった。この世界を見る力は、極稀に人の間にも生じる。だがたとえここを覗けても、人間の力ではそれを意味ある形に翻訳できない。ごく例外的に、共鳴のような形で感知することが出来る程度だ」
「いわゆる予知能力や予知現象ね」
「占いなども入るな。そして中世、のぞき見たこの世界の可能性を、書物にして世に残したバカがいた」
「……ノストラダムス」
美智恵さんの言葉に頷くラプラス。
「予言はそいつがかいま見た可能性を詩にまとめて書いたものだ。当たるかどうかはそれこそ確定していなかった。だが、奴の予言はかなり大当たりした」
「『フォース』……」
おキヌちゃんの顔に、不安の影がよぎる。
「そう、確信を持って語るのでなく、曖昧な形で文章になったがゆえに、その予言は催眠術のように人間の無意識下に働きかけた。結果幾つかの未来が、見事奴の予言の方向に動いた。そしてマスコミの発達した現在の状況が、人の無意識下に厄介なものを生み出しちまったのさ。ヨルムンガルド……未来を喰らう蛇をな」
「未来を……喰らう?」
横島は彼方の蛇に目を向けた。
「恐怖の大王、と言う予言がある。1999年の七月に、人類が滅亡するという予言だ。で、マスコミが面白半分に煽ったりしたもんだから、多くの人間……はっきり言って世界中の人間が、無意識のうちにこいつに影響された。そして人間の自己防衛本能は、無意識下において時を否定し始めた。1999年の七月を、な。そのせいでとんでもねえ事が起こりやがった」
「あんたが言った滅亡より怖ろしいことね?」
美神さんは横目でラプラスを睨んだ。
「そう。このまま行けば人間は1999年の六月で時を止めちまう。人間それとは気付かぬまま、永遠に1999年を繰り返し歩み続けることになる。この世から時が消えるのさ」
みんなは改めて蛇をよく見た。喰らわれた根は蛇を通ってその根本へと導かれる。それは存在の輪になっていた。
「いくら前知魔と言われ、この樹を見ることが出来る俺といえども、あくまで俺はこれに属する存在だ。ここからは抜け出せねぇ。もし完全に時が消えれば、俺はそれを認識できない人間どもの間で、永遠にエンドレスのビデオを見せられ続ける事になる。とてもじゃないが正気を保てるとは思えん。想像して見ろ。椅子に縛られ、ひたすら同じ映画を延々と見せ続けられて、お前等平気か?」
「今こそ納得したわ……あんたがあたしに目を付けた理由もね」
いつの間にか、美神さんにいつもの目の光が戻っていた。
「この輪は、時間移動能力を持つあたしの力がないと破壊できないってわけね」
「惜しい、ちょっと違う」
「あらら」
美神さんは思いっきりこけていた。
ラプラスはやれやれと言った顔で美神さんを眺めていった。
「まだ分かっていないみたいだな。時の流れというのは、本質的には人間の持つ欺瞞というか錯覚にすぎん。認知し、認識することは出来ても、本当に存在するものではないんだぞ?」
「じゃああたしの能力は何だって言うのよ。少なくともあたしは二度過去へ飛んでるし、母さんも何度も時間を移動してるし」
「その疑問は当然だな。その答えはコスモプロセッサのコアにある」
「あのエネルギー結晶? あたしの魂と同化していた」
「その通り。よくよく考えて見ろ。あれはアシュタロスが無数に近い魂を狩り集めて結晶化したもの。それに俺の教えた時空の構造と、世界の成り立ちを合わせると、どんな答えが出る?」
美神さんはしばし考えた。
(世界は意志が認知することによって成立する……コスモプロセッサが世界を改変するって事は、当然それに見合った『意志』が必要で……だからムチャクチャたくさんの『意志』をまとめたあの結晶が必要だったのね!)
「少しは分かったみたいだな」
美神さんの顔色をうかがって、ラプラスは言った。
「ちなみにお前が時間移動と認識している力は、自然に流れている認知を強引にねじ曲げ、『可能性』の強さを変化させる力だ。規模は小さいが、本質的にやってることはコスモプロセッサと変わらん」
「「あ!!」」
みんなの口から小さな叫びが漏れた。時間、と考えるから特別に感じるが、歴史の改編は確かにコスモプロセッサのやってることに近い。
そこにラプラスが追い討ちをかけた。
「時間が実体のない幻想である以上、『時間移動能力』というのは実は存在していない。美神令子、お前はかつて過去に飛んで歴史に干渉した、と思っているな。だがそれは時間に対する干渉ではない。コスモプロセッサのように、『主観的に過去と思われる位置に存在していた可能性』を書き換えたにすぎん。時間って言うのは今まで言ったとおり、本来個々の認知から生じるもの……主観的なものだ。お前が『過去に飛んだ』と思っていたのは、お前達の主観的な認識が『過去』と称される、一度認知された『可能性』を再び認知しただけのことだ。たとえそこが『過去』と認識される世界にそっくりだとしても、お前達の主観時間からすれば、そこは『現在』、『過去をコピーした現在』にすぎない。
そう、時の流れは、本質的には『個』に属する認識なのだ。世界共通の『時間』が存在しているように見えるのは、可能性の干渉によって、同じ流れに乗るのがもっとも楽だからに過ぎん。
ついでに言えば『歴史を変動させて現在を変化させる』という行為は、コスモプロセッサの世界変換と全く同一の行為だ。現実の内側から見れば全然別のようだが、ここから見ればどちらも『可能性の安定度の変換』にすぎんからな。ただその手段が直接的に、強引に周辺の可能性を無理矢理置き換えるのか、干渉を利用して間接的に可能性の強さを変化させるのかが違うだけだ。だから歴史の改編には、あれと同じ様な反作用が働くのだ」
「……」
美神さんの背中に冷たいものが走った。
「もっとも主観時間を現実で認知することは、普通の人間にはできん。『共通の時』は世界の根幹法則だから、『干渉』の法則をきわめて強く受ける。お前達もアシュタロスの事件の時、『干渉』の反作用は嫌と言うほど見ただろう」
「あれは凄かったですもんね~」
横島の相槌に、令子も頷いた。
そんな二人を見て、ラプラスはにやりと笑った。
「あれは『現実』の外部から『現実』に干渉した結果生じる反作用だ。だが世界の内部からの干渉にはそれとは別の反作用が生じる。それが美神令子、お前だ」
「別の反作用? あたしに?」
「裏の反作用、とでも言った方がいいかな」
ラプラスは、再び語り始めた。
「時が存在していないといっても、それはあくまでも外から見た場合、つまり俺のような視点を持つ者にのみ理解し、認知できることだ。可能性の海の中で世界を認知し続けているお前達のような存在には、時の欺瞞性を決して認識できない。時の流れが本来固有のもので、グローバルなものではないということは、その流れに乗っているものには決して認知できないのだ。だが中には例外もある。それが『タイム・スライダー』だ」
「だから何よ、その『タイム・スライダー』ってのは」
叫ぶ美神さんの前で、ラプラスはぱちんと指を鳴らした。そのとたん、空間に一枚のスクリーンが浮かぶ。
「美神令子」
そして彼はじっと美神さんを見つめた。
「お前はメフィストの転生として、生まれながらにあのエネルギー結晶を魂に同化させて生まれてきた。いわゆる霊力そのものには、不活性の結晶は影響を及ぼすことはなかった。が、不活性と言っても、その魂の持つ霊的質量は、お前の知らぬところで凄まじい影響を世界に与えていたのだ。
お前の認知による影響力は常人の数十万倍に及ぶ。お前と美神美智恵の時間移動能力は、すべからくその桁違いの認知力の仕業だ。美神美智恵、時間移動能力に目覚めたのは、令子を妊娠してからのことであろう?」
美智恵さんはこくりと頷いた。
「そう、美神令子。お前は生まれながらに桁違いの認知力……現実に縛られない力を持っていた。そこに電力と霊力が相乗したとき、その認知力は活性化する。ワープ航法のように、『時の流れ』という現実の強制力を飛び超えた認知を可能にしたのだ。美智恵の能力は令子を体内に宿した副作用……パワーリストやアンクルを付けたまんま十月十日を過ごしたようなもので、霊的認知力が思いっきり鍛え上がってしまったせいで目覚めた力だ。だからせいぜい数年分が限度であったし、かなりの電力を必要とした。だが力そのものを抱えていた美神令子の時間移動能力……『超認知力』はそれより遙かに弱い電力で起動し、距離も約千年のオーダーに及んだ、と言うわけだ」
「思い当たる節がありすぎるわね……」
頭を抱える美神さんであった。
「そしてそれ故、お前は現実の時の流れにほとんど影響されなくなった。美神令子よ、お前の生まれた年は何年だ?」
「197……あれ? 5年? 8年? 9年?」
今20だから、1979年の筈だが、何故か美神はそう答えることが出来なかった。
「ど、どうしちゃったのかしら、あたし」
「まあ、そうだろうな」
ラプラスは、にやにやしながら、今度は横島に向かっていった。
「お前はどうだ? いつGS試験に合格した。GS免許記載の誕生日は? 何回バレンタインのチョコを貰った?」
「試験は確か平成5年……あれ? でもそれじゃ俺そんとき中学になっちまうし……誕生日は1980年6月24日……じゃないぞ、確か俺は1982年生まれだったような……ああっ、でもバレンタインは何故か3回以上もらってる気が!」
「ど、どうしたんですか、ふたりとも」
突然パニックに陥った二人を見ておキヌちゃんはあわてて駆け寄ろうとしたが、そこにラプラスの声がかかった。
「氷室キヌ。お前は一番分かり易いだろう。去年のクリスマス、お前は誰と過ごした?」
「え、去年は魔鈴さんの所で友達のみんなと……って! あれ、あたし、今年入学したのに何でみんなとクリスマスを!」
そのとたん記憶の渦が溢れかえり、おキヌちゃんの理性は意識を手放していた。
そしてそれを介抱しつつ、美智恵ははっきりとラプラスに告げた。
「ラプラス……あたしにも分かってきたわ。頻繁に時間移動をしていたせいで気が付かなかったけれど、あたし達の、特に令子が絡んだ記憶には、時間的に物凄い矛盾がある。まるで令子のまわりだけ、時が止まっていたみたいな……」
「その通り、この異変が起きる前から、お前達は似たような異変に巻き込まれていたのさ。
人間、若い頃は学校などのせいもあって割と時間を意識している。だが社会人になったとたん、年単位の時間感覚が大幅に減退する。去年と三年前の区別が、極めて曖昧になったりする。そのうち年が経過することが意識からぽかっと抜け落ちちまうのさ。ふと気がつくともう三十路って奴だ。
そして美神令子も、二十歳の頃そうなった。GSを開業して世間一般の時間感覚が消えると同時に、彼女の周囲は時の流れがずれ始めた。普通この程度の認知不足で世界がどうこうはならないが、なにせ彼女の持つ認知の影響力は空前絶後だ。美神令子の刻む時は、いつしか周囲とはまるで別のものになった。周辺の認知を巻き込み、時の海に沈むのではなく、時の流れの上を滑り始めたのだ。
そこから生じる数々の矛盾は、さっき俺が言った『裏の反作用』によって解消されていた。現実に対する外部的な強制介入には、それに対する否定という形の反作用が生じるが、お前達の起こしているのは内部的な『認知の異常』だ。それ故その反動は、お前達の『認知』の方に生じる。空間的現実ではなく、お前達が世界を認知する意識に働きかけ、その過程……『記憶』を改変する形で生じた。
それによってお前達は『時のずれ』を意識することはなかった。だがその反作用が、こうして時の外に出て消えた今、やっとお前達は自分たちの特異さを認知できたのさ。時の流れの影響を受けず、その上を滑るように独自の流れを刻むもの、『タイム・スライダー』としての自分をな」
「あたしもようやっと整理が付いてきたわ……」
そこに美神さんの言葉が被さってきた。
「言われてみればああなるほどだけど、あたし一体、何年二十歳やってたのかしら……」
「儲けもんだと思ってろ。肉体は主観時間の影響を強く受ける。お前は肉体的にも二十歳のまんまだからな」
「それはそうと、これが何の解決になるわけ?」
「今はもう結晶がないんで、確実とは言えんが」
ラプラスはそう言葉を継いだ。
「取りあえずこれを見ろ」
そういうと同時に、先ほどのスクリーンに映像が映り始めた。
「これは!」
それは見慣れた事務所の映像であった。
月曜日の午後。
「ふぇ~~~っ! すっごいですね、美神さん」
「どうしたの、横島君」
事務所でスポーツ新聞を見ていた横島は思わず叫び声をあげていた。
「見て下さいよ、これ」
「どれどれ、わっ」
そこには昨日の競馬で10万馬券が出たという記事が載っていた。
「出るときには出るもんなんですね~」
「それが競馬の醍醐味、って奴じゃないの? あたしにはさっぱり分かんないけど」
「当たると分かってれば一万くらい買っちゃうんすけどね~」
「当たれば一千万? 虫がいいわね」
「そのくらい夢見たっていいじゃないっすか~」
「横島さんも夢物語はそのくらいにして下さい。シロちゃんやタマモさんが何事かと思っていますよ」
そこにおキヌちゃんをはじめとする下宿組三人がそれぞれお茶やお茶菓子を持ってやってきた。
「あ、ありがとおキヌちゃん、あたしのはそこ置いといて」
「はい、ここですね」
と、おキヌちゃんがお茶の皿を置いたときだった。
んぎゃあ、んぎゃあ……
「ひのめね……ここんとこ大人しかったのに」
そういいつつも一応お札ももって、美神さんは隣の部屋に入った。
んぎゃぁぁぁぁ!!
その瞬間、ひのめのベットの回りに貼られた火炎結界が、ものの見事に破られた。
「やばいっ!」
美神さんはすかさず手にしたお札を結界に叩きつける。
「あ、危ないところだったわ……」
だがほっとした次の瞬間、爆発的にお札が燃え上がった。
「うそっ!」
だがもう遅い。
耐久力を超える火炎を叩きつけられ、結界はあっけなく崩壊していた。
「どうしたんですか美神さん!」
隣から横島の声が響いた。
「ひのめの結界が吹き飛んだわ! 火炎封じの札を持ってきて! 五万の奴よ!」
「了解!」
横島とおキヌちゃんがあわててお札を手に駆け込んでくる。だがそのとたん、遂に美神さんにも押さえきれなくなった火炎が、部屋の一角に弾け飛んだ。
「美神さん!」
その火炎はまたもや横島直撃のコースを取っていたが、間一髪床に転がってそれを避けると同時に、手にした札を美神さんにトスしていた。
「ナイス!」
すかさず美神さんは結界を再構成し、そこにお札を張り付ける。これでひのめのほうは大丈夫であった。
だが。
「横島さん!」
おキヌちゃんの声は引きつっていた。横島が避けた火炎は、間の悪いことに造りつけの洋服ダンスに直撃した。中のワードローブに火が入り、横島の想像も付かない値段の衣服が次々と燃えてゆく。しかも横島は突然何を思ったかいきなり火の海のタンスに突っ込んでいったのだ。そして全身に火傷を負いつつ、中から一つの包みをとりだしてきた。
「よかった、これまで燃えないで……」
それはしっかりと梱包された、おキヌの衣服であった。幽霊時代に横島が手に入れてくれた、織姫作の洋服。
自分自身、すっかり忘れていて、そのまま美神さんのタンスの片隅で肥やしになっていた、記念のあの服を、横島は守ってくれた。
「横島さぁぁぁん!」
必死になって横島の全身をヒーリングする。幸い効果はちゃんと出て、横島の命は助かりそうであった。
だが全身の火傷で、しばらく入院生活になることは間違いない。
「よかった……な」
気を失った横島の胸の上で、おキヌちゃんは泣きじゃくっていた。
「ばか、ばか、ばか、よこしまさんの……ばかあっ!」
「これ……」
美神さんも、横島も、おキヌちゃんも、呆然とこの光景に見入っていた。
「覚えがあるだろう。今までお前は、時の流れの中を自らの時を止めたまま滑りおりてきた。まわりの時が勝手に進んでいたのだな。だが逆に回りの時が遅くなり、あまつさえ逆流し始めたため、お前達が認識する時にも狂いが生じ始めた。これはこの『樹』に確かに存在していたはずの『可能性』だ。だがお前達はこの可能性を『察知』し、それどころか『無意識』のうちに改変してしまった。まるで目の前の穴を避けるような気安さでな。お前達が時を滑るうちに、まわりの方が変わってきたがゆえに生じた現象だ」
「それであたし、タンスに張り付いていたのかぁ~」
おキヌちゃんがしみじみと言った。
「他にもあっただろう。200年後の『可能性』を認知したりとか。これを貴様の髪から読みとって俺は確信した。お前達になら、あそこにある未来の澱みを元に戻せるとな。何、やり方は簡単だ。さっきも言ったが、元々お前達はあの中の現実に存在しながら、時の流れの影響を受けずに行動できる。つまりあの蛇に食われることがない。そこでこの『可能性の海』の中から適当な『ありそうな未来の可能性』を認知して実体化し、あの樹に『接ぎ木』すれば、世界の圧力があの蛇すら呑み込んで流れ始める。なおこれは報酬も兼ねてるぜ。ま、結晶が抜けちまってるからせいぜい数ヶ月分だが、その間の未来をある程度決定づけられることになる。なるたけ自分たちに都合のいい未来をこの海の中から探して繋ぐんだな」
「なにいいっ!!」
それを聞いた瞬間、思わず横島が吠えていた。
「自分に都合のいい未来を持ってこられるだと!」
同時に猛烈に吹き上がった横島の霊力に、さしものラプラスも少々たじたじとなった。
「あ、ああ。ただせいぜい一月か二月……いくら何でもお前と美神が結婚してるような未来を持ってくるのは無理だぞ?」
「一月で充分!」
そして横島の頭に妄想が流れる。
(まるで誘っているかのようにわざわざ俺がいるときシャワーを浴びている美神さん……しかしそれをのぞき見ること数度、一度も成功したことはない! せいぜい麗しい肩から胸元のラインが見えた程度! しかし、今俺が望めば、のぞきに成功して美神さんの全てをこの目に収めて、しかもばれない未来を持ってくることもできるのじゃぁぁぁっ!!!)
そして更に上昇する横島の霊力に気が付いた美神さんは、あきれ顔でおキヌちゃんと目を合わせた。
「……何を考えているか」
「……想像が付きますね」
二人で息を合わせ、横島に向かって振り向く。
が、その目に映ったのは、「フハハハハハハハ」と高笑いをあげながら『可能性の海』に飛び込んでいく横島の姿であった。
「しまった、出遅れたわ!」
「え、えっ!」
うろたえるおキヌちゃんに、美神さんは言った。
「おキヌちゃん、はやく! ぼやぼやしてると未来は横島君の好きにされちゃうわよ! ふと気が付くと二人っきりでベッドの中なんて事になりかねないのよ!」
それを聞いておキヌちゃんの頭の中をさーっといけない想像が走り抜けていった。
「そ、それは……嬉しいかも……」
「ああもうっ! とにかく急ぐわよ!」
真っ赤になってもじもじしているおキヌちゃんを引きずって、美神さんも海へ飛び込んでいった。
「お、おい、ちょっと待て! まだ最後の注意が終わってねえんだぞ!」
ラプラスが珍しくあわてていたが後の祭りである。
「最後の注意って?」
落ち着いた美智恵さんの声が、そんな彼を現実に引き戻した。
「あ、ああ……すまん。この海の中はな、一種のバーチャルリアリティーっていうか、夢の中っていうか、望むままの未来を現実と全く変わらないレベルで『認知』できる。ま、全ての可能性がここにはあるんだから当たり前だな。それを忘れてると、そのまんまそこからの認知を『現実』にしちまえるんだよ。ま、言うなれば今までの現実をかなぐり捨てちまえば、自分の望むがままの現実で生きていくことすら可能なんだ。世界の修復が接ぎ木なら、これはいわば挿し木だな。あいつら、その誘惑に耐えられるか?」
「ま、大丈夫だと思うけど」
美智恵さんはそういうと、ひのめをラプラスに預けた。
「そんなことになってたらあたしが目を覚まさせてあげるわ。それにみんながどんな未来を引っ張っていっても、そこにはちょっと矛盾が生じるんでしょ。あたしがその手直しをしてあげる。そのかわりひのめを預かっててね」
「おい、いいのか。俺はこの子の一生を知っちまうぜ」
「何言ってんの。未来は改変できるって教えてくれたのはあなたよ。今更何を怖がるって言うの」
「確かにな」
ラプラスは……今まで一度も見せたことのない、爽やかな笑いを浮かべていた。