「ふははははははははは……はて」
いくら潜っていても息が切れない不思議な海の中で、横島はやっと我に返っていた。
「世界を認知する……って、一体どうやりゃいいんだ?」
だがその心配は杞憂であった。そう考えた瞬間、いきなり周辺の空間が変容した。
「なっ!」
次の瞬間、そこは見慣れた学校の教室になっていた。自分の席に座っていた横島が教壇の方を見ると、そこには何故か背広を着たラプラスが教師面で立っていた。
「ななな……なんだぁ?」
「これは、『お前が世界認知のやり方を教えて貰える』可能性が実体化したものだ」
目の前の先生ラプラスが言った。
「は?」
「ここには全ての可能性が存在している。その中でお前は、『世界を認知する方法を知ること』を強く意識した。その意志が霊力として発散され、無限の可能性の中からもっとも効率の良いこの可能性が実体化したのだ。場所が教室なのは、お前の認知において『ものを教わる場所』としてもっとも楽に思いつくのがここだったからであり、私がラプラスそっくりなのも『これを教えてくれる存在』という認識に一番ふさわしいのが私だとお前が思っていたからだ」
「な、なるほど、わかりやすい」
横島は思わず唸っていた。
「なおこの空間は、お前一人の認知によって成り立っている。夢とほぼ同レベルだな。だからお前が認知を止めた時点で再び消滅する」
「便利な夢だな」
やれやれという感じで片肘をつきながら、横島は目の前のラプラスに言った。
「で、具体的にはどうすりゃいいんだ?」
「まず望む未来の可能性を、ある程度自覚して意識することだ」
ラプラスは黒板に『認識』と書いた。
「自覚して望むことによって、可能性が実体化して、お前が現実同様に認識できるまでに可能性が濃くなる。ただこの段階では今のここと同じ夢でしかない。お前の認知が弱まれば薄くなって消えてしまう。その為その世界が気に入ったなら、『固定化』をおこなう」
先ほどの隣に、ラプラスは『固定化』と書き足した。
「固定化?」
「そう、より強く世界を認知して、可能性を自立するくらい濃くして安定化させる。手段は簡単だ。霊力を発揮しつつ、更にしっかり世界のことを思うだけでいい」
「それは分かったけど、何故霊力を発揮するんだ?」
「いい質問だ」
ラプラスは出来のいい生徒を見る目で横島のことを見つめた。
「それは霊力の本質が、『望む可能性を認知する力』であるからだ。そもそも世界には絶対のことなど何もない。物理法則が存在するのは、『物理法則が存在する世界』の方が、『物理法則の存在しない世界』より圧倒的に可能性が高いだけのことだ。お前の世界では、『法則の存在』が現実の普遍認識になっているから、これに従わない認識は、否定されてまず存在できない。だが霊力が発揮されると、それが絶対じゃなくなる」
「常識外のことが起きる、ってことか」
「そう。そもそも世界は『認知』によって存在しているが、それは言うなれば等価の可能性を片寄らせることだ。安定しているところを変化させるわけだから、それには当然なにがしかの『エネルギー』がいる。それが『霊力』なのだ。
どんな人間にも、いや、全ての存在には霊力が宿っているが、それは普通自分と世界を保つために使われている。普通の人間の霊力は、ほぼ『自分自身』を保つ分しかない。
しかし世の中には、自分自身を保つものより多い霊力を持っている者も存在している。その余剰の霊力を使うことによって、世界そのものに変化を起こすことが出来るもの。それが君達のような霊能者だ。世界に対する認知を強めることによって、より薄い可能性で存在するもの……霊魂を認識することもできるし、世界によって否定される薄い可能性を飽和認知して現実に転換することもできる」
「それが霊能力ってわけか」
横島はごく弱い霊波刀を出現させる。
「その霊気の刀も、正確に言えば『霊気』という力が固まったわけではなく、『自分の手のひらに物理的及び霊的な破壊力を持ったエネルギーが収束している可能性をグローバルに認知できるレベルに引き上げている』というのが正しい表現になる。
そう意味で言えば理論上霊力を使う行為に不可能はないが、もちろん現実にはリミッターがある。『霊気』はエネルギーだから、量に限りがあるし、使えば減る。また個々の特性によって、効率のいい悪いがある。それが色々な『技』になるわけだ」
「俺は霊波刀と文珠だし、おキヌちゃんならネクロマンシー、ってことっすね」
「うむ」
頷いたラプラスは更に言葉を薦めた。
「文珠は霊力による認知変化のもっとも分かり易い例の一つだ。凝縮された霊力を源とし、キーワードという『言霊』による『認知』で世界を改変する。言霊は人間の普遍認識の一つだから、応用範囲が広くて便利であろう」
「ええ、まあ……」
「さて、ここで本題に戻るぞ。今言ったように、霊力を使える人間というのは、認知によって望む世界を引き寄せられる。更に力を掛ければその世界は実体化する。あとはそれをあれに繋ぐだけだ。この海の中には『現実』による否定が働かないから、望む世界を呼べるというわけだ。ただな」
ラプラスはそういって窓を開けた。そこに蛇に囓られている自分たちの世界の『樹』が見えた。
「ここでの物理的な距離や重さは、『可能性の低さ』が変換されたものだ。世界を見るだけなら大した負担にならないが、お前の『望む』世界をあそこに繋ぐには、お前の霊力によってその『可能性』をあそこまで引きずっていく必要がある。あんまりありそうもないことを高望みすると、その分大量の霊力を消費することになるから気を付けろ」
「そ、それじゃ俺の望みは!」
「まあ、負担がどのくらいかはお前自身で体感するしかない。ただ無茶はするなよ。あんまり霊力を使いすぎると、お前自身の存在が消えるぞ」
「それって、死ぬってことっすか……」
「それより悪い。よく悪役なんかが死の瞬間、とてつもない威力の攻撃を最後に放つことがあるだろう。命と引き替えの一撃って奴もある。あれは自分自身の存在の維持に使っていた霊力を、攻撃とかの技に回すことによって起きる現象だ。生贄もそうだ。個体を維持している霊力を解放して、大きなエネルギーを得るために行われるのだ。つまり命と霊力は直結している。普段のお前達は、肉体がその辺を調節するリミッターになっているが、ここではその制約がかからない。ま、自分の存在が薄くなって幽霊みたいになったらやばいって事だ。最悪意識があるうちは平気だが、薄くなったら下手をすると寿命が縮むぞ」
「……用心します」
「それが分かれば合格だ。さ、望む未来を探してきな」
その言葉と共に、教室は薄れ、海の中に溶けていった。
再び海に沈んだ横島は、しばし考えた。ああでもない、こうでもない、と考えているうちに、自分の回りに水晶玉のようなものが浮いているのに気がついた。大きさも色合いもまちまちの玉。それが横島にまとわりつくように揺らめいている。
「何だろ」
横島は取りあえず一番大きな水晶玉を覗いてみた。
そのとたん、彼はその玉の中に吸い込まれてしまった。
あたりを見回すと、そこはマンションの一室らしかった。かなりの高級マンションだ。
(見覚えが無いなあ)
と、奥のドアが開いて、誰かが出てきた。
『わーっ! すいません、何故こんなところにいるのか、俺にも分からないんですっ!』
あわててそういったが、出てきた人物はこちらに気付いた様子すらなかった。
(俺はここでは幽霊みたいなのか?)
そう思ったとき、正解に気がついた。
(俺が見ているのは、たぶん未来の可能性だ。みているだけ、の)
そこまで考えたとき、彼はもっと大事なことに気がついた。
出てきた人物が、大変美しく、また色っぽいことに。
(み、美神さん?!)
それは美神さんに間違いなかったが、横島の知っている美神さんではなかった。
ぐっと落ち着いた、大人の魅力をたたえた美神さんであった。
彼女はテーブルの回りで、何やらかいがいしく働いている。覗いてみると、食事の支度をしているようであった。
すぐに準備は終わった。
「あなた~、ご飯の用意できたわよ~」
ちょっと甘めの声で、美神さんが、恐らく旦那さんと思われる人物を呼ぶ。さすがに横島にも、この先が読めてきた。
「おっ、いつも通り上手そうな飯だな」
(やっぱり……)
現れたのは、以前未来からやってきた自分その人であった。文珠の力で忘れていたが、今でははっきりと思い出せる……
……そこまで見たとき、視点が元に戻った。
水晶玉はまだ浮いている。
「そうか、これは俺が見たい、と言うか繋ぎたかった未来のかけらみたいなもんか。そしてこれを繋げば、時間からしてそのまま実現するかどうかはともかく、かなりの確率でそういう未来を迎えやすくなるってわけか……他のはどんな未来だ?」
横島は別の玉に顔を突っ込んだ。今度は中にはいることもなく、中の様子だけを見ることが出来た。
夕暮れ時、平凡な一戸建て住宅の前の道を、エプロンを付けた綺麗な黒髪の女性が掃除していた。
よく見るとお腹のあたりが随分大きい。女性は掃除の手を止めて、そこを愛しげになでた。
「ただいまー、買い物行ってきたぞー」
「あ、お帰りなさい」
女性……おキヌちゃんは幸せそうに愛する夫の帰りを迎えた。
「やっと独立を許して貰えたよ。随分待たせたな。これからはお前も、お母さんも、俺が面倒を見てやる……結婚してくれるかい、小鳩」
「もちろん……もう待たなくてもいいのね、横島さん!」
「まさか先生になってここに戻ってくるなんて信じらんなかったわよ、よ・こ・し・ま先生」
「ははは、まったくだ。君も変わらないね、愛子ちゃん」
「ま、あたしは付喪神だもんね。この学校がある限りここにいるわ」
「俺もさ。君がここにいる限り、俺もここにいる」
「え……」
驚く愛子に、綺麗にラッピングされた包みを差し出す横島。
「随分遅れちゃったけど、ホワイトデーのお返し」
「……あ、あたし、妖怪なのよ!」
「それがどうした?」
「どんなかっこうしても、この机だけは離せないし」
「いいじゃないか、そのくらい」
「で、でも、さすがに……べ、ベッドの中まで……」
「何、それは君の机の中の異空間にいけばいい。君は自由になるし、覗かれる心配もない」
幾つかの水晶玉を覗いた横島は、何とも言えない顔になっていた。
「俺って……結構もててたのかな……」
玉はまだいくつも浮いていた。ラプラスの説明からすれば、これは割と実現性の高い未来……逆に言えば、横島が望むなら結ばれることの出来る女性との未来なのであろう。
「つまり今俺は……未来の選択権を手中にしているということか……」
さらに色々な水晶玉を覗いてみると、よりどりみどりの女性がいた。小学生の頃銀ちゃんに持って行かれたはずの女の子、仕事で知り合った年上の人、まだ見たこともない女性もいっぱいいた。
(こ、こんなに……俺って結構、幸せな奴だったのか……考えてみれば俺はあの親父の息子なんだよな……気に食わん親父だが、言い換えれば俺にも、あの女たらしの血は脈々と受け継がれていたということか……)
充分夢の未来を堪能したあと、横島は最後の一つに首を突っ込んだ。やたらと小さく、小指の先ほどの大きさしかないのに、やけに強い光を放っている玉であった。
見知らぬ土地で、横島は戦っていた。かなり手強そうな悪霊だ。封印は可能だが、その為には見え隠れしている核に文珠を叩きつける必要がある。だが敵もさるもの、容易にはそこへ近づけさせなかった。
手持ちの文珠はあと一つ。外せばあとがない。
「くそっ、あいつがいればな……いや、何を弱気になってる、横島! アイツも今戦ってるんだぞ!」
弱気になりそうな自分に、活を入れる。鍛え抜かれた反射神経で敵の攻撃を避けつつ、一気に核へ肉薄する。
「取った!」
だがそれは敵の誘いであった。まさにその一点を狙って、敵の隠し腕が横島を強襲する。
「しまった!」
既に文珠を叩きつける体勢になっていた横島には、それを避けるすべはない。
だがそこに、一条の霊撃が飛来し、その腕の軌道を逸らした。
考えるまでもない、アイツが来てくれたのだ。
一気に横島の霊力が膨れ上がった。
「もはやお前に勝ち目はねぇ、大人しく封印されろ!」
文珠の中に、ひときわ眩しく『封』の文字が浮かぶ。同時に文珠が弾け、悪霊を光の檻が取り囲んだ。
やがて檻は収縮し、最後は元の文珠くらいの小さな固まりになってしまった。
「苦労させてくれたぜ……助かったよ、ルシオラ」
振り向いた先には、額から触角を生やした美少女が、ぼろぼろになりながらも優しく微笑んでいた。
「!!」
さしもの横島も、衝撃を受けていた。
「何で、アイツが……」
横島は再び、その小さな水晶玉の中を覗いた。
「でも、よかったの、ホントに……」
「まだ言うのか、こら」
どこかの公園で、夕日を眺めながら寄り添う二人。
「今の俺には、お前しかいない」
「うん、でも、何だか、夢みたいで……」
「俺も夢だったら、って思うときがあるよ。美神さんも、おキヌちゃんも、冥子さんも、エミさんも、そしてお前も……みんなあの時、確かに死んだ。決死の想いで、アシュタロスを倒したあの時に。そして最終決戦の場で、俺はお前を選んだんだ」
「コスモプロセッサの、最後の残り香……霊体になっていたみんなの中から、誰か一人だけなら、現世に甦らせることが出来た。そしてそれが出来たのは、あなただけだった」
「あの時ばかりは、美神さんが女神に見えたっけ。てっきり、『あたしを選ばなきゃ悪霊になって取り付くわよ』って形相で迫ってくると思ってたのに」
「『みんな、恨みっこ無しよ。復活できるのは、横島君の一番大切な人だけ。さあ、横島君、男ならそろそろ腹くくりなさい』ですもんね。その後で冥子ちゃんが、『それじゃ私の可能性ゼロです~~』って泣き出して、それをエミさんがなだめて……」
「で、俺は選んだんだ。お前を」
「ほんとに、良かったの。だってあなた……!」
ルシオラの口は、横島の口で塞がれていた。
「言うな」
唇を離した後、横島は怒りと、悲しみと、苦しさの入り交じった表情でルシオラの目を見つめていた。
「俺が選んだのはお前だ。もう後戻りは出来ない。だからお前には義務があるんだ」
「義務?」
「ああ、みんなの分まで、幸せになるって言う義務がな」
その後の口づけは、とっても甘いものであった。
「これも、また、可能性……」
珍しく横島は真顔になっていた。
ここには全ての可能性がある。
ラプラスの言葉が、重くのしかかってきていた。
そして、何故ラプラスの予知を聞いた人間が破滅するのかも、わかった気がした。
人にはそれは重すぎるのだ。無限の可能性があろうとも、選べるのは一部に過ぎない。
それは今の光景にも現れている。あれだけ色々な女性との幸せがあるのに。
なぜか。
一人なのだ。
横島は気付いていた。浮気性な自分だが、誰か一人を選んでしまえば、他の娘とはつきあえなくなる自分に。
あの親父ですら浮気はする癖に、母さんだけは決して手放そうとはしない。それこそ命をかけ、超人的な無茶をしてでも、母さんの心だけは必死に繋ぎ止めようとする。
自分も、あの親父の息子なのだ。
そして今、この中の誰かを選んでしまえば、ほぼ自動的にそれ以外の娘を泣かすことになる。それも相手の意志を一方的に踏みにじる形で。
最後の可能性が、それを教えてくれた。
(危ないところだった……望む未来を選べるっていうのはすごいが、逆に言えばそれは他人の未来を閉ざしちまうって事じゃねえか……これがラプラスの罠……なんだかんだ言ってさすがは悪魔だぜ)
そして今は自分の中に宿る、ルシオラのかけらに感謝する。
(お前には世話になりっぱなしだな、ホント)
やれやれ、と、肩の力を抜いた瞬間、ふと一つの未来が見えた。
「これだ!」
横島には見えた。誰も不幸にせず、確定してもかまわない、いや、確定しなくては困る未来が。
その思いに答えるかのように、今までのものより、遙かにしっかりした水晶玉が出現する。それを除いて、他の玉は全て消えていった。
横島はそれを抱えると、猛然と『樹』に向かって泳ぎだした。
樹に向かう最中、妙にけたたましい音がしたのでそちらを見た横島は、あんぐりと口を開けるハメになった。
ジェットスキーに乗り、派手な水着に着替えた美神さんが、手に横島のものとよく似た水晶玉を抱えて、樹に向かってぶっ飛ばしていくところであった。
「ほほほほほほほ、これでしばらくは遊んで暮らせるわ~~~~」
目が何となく¥の字になっているような気がした。
その後ろからおキヌちゃんがやっぱり水晶玉を抱えて必死に泳いでいる。
「美神さ~ん、正気に返って下さいよ~、そんな未来、本気で実現させる気なんですか~」
だがいかんせん基礎となる霊力が違いすぎる。二人の差は確実に広がっていた。
「いかん!」
すっかり忘れていた。
美神さんは美人でスタイル抜群、頭も良く、気だても決して悪くない。タカビーだが、意外とシャイで優しいところもある。
だがたった一つだけ、業病とも言える欠点がある。
凄まじいまでの金銭欲である。ケチや守銭奴と言うより欲張りの部類に属する。
六道家をはじめとする財閥などのグループほどではないにしろ、日本でも有数の大金持ちなのに、満足するということをまるで知らないのだ。
その美神さんがああなる未来というからには、ろくでもない未来であることはほぼ決定的である。それに恐らく彼女は、横島も気が付いた未来の罠に気が付いていないに違いない。気が付いていれば、いくら美神さんが強欲でもああはならない。
横島だって、ルシオラとの未来を見ていなければまず気付かなかったのだから。
どっちにせよ、このまま行かせてはまずい。横島は瞬時に決断した。
先ほど見た美神さんの水着姿を脳裏に展開する。
自分の中に霊力が満ちたのを見計らって、文珠を一つ弾けさせた。
『翔』
発動と同時に、横島の背に翼が宿った。
「うおおおおっ!」
手に霊波刀を光らせ、横島さんは美神さんの元へ飛んだ。
「その未来、実現させる訳にはいか~ん!」
横島の急襲を、美神さんは間一髪避けた。
「ふっ、この私とヤろうって言うの? 百年早い!!」
水晶玉を下ろし、神通棍を引き抜く美神さん。
おキヌちゃんは当代随一と言ってもいい二人の醜い争いを、後ろから心配そうに眺めていた。あわく光る水晶玉を抱えたまま、ゆっくりと、着実に泳いでいく。
「も~、二人とも、一体どんな未来を実現させる気なんですか~」
戦いながらも二人はおキヌちゃんより速く樹に近づいている。
「あんまり勝手な未来は、他の人の迷惑になるのに……」
さすがにおキヌちゃんは、未来決定の危険性に気が付いていた。本来の時代に、友を慮んばかって人柱になることを決意したおキヌちゃんである。気配りと芯の強さは半端ではない。だから彼女の望んだ未来は、ほんのささやかなものであった。
みんな、ほんのすこしだけ、いまより、しあわせに、なれますように
ただそれだけを、未来に託したのだった。
目の前の戦いは激しさを増している。実力は美神さんの方が上だが、空中戦が出来ることによって横島はその不利を埋めている。
「ああ~もう二人とも止めて下さい!」
おキヌちゃんがそう叫んでも二人の争いは止まらない。そしているうちに樹は目の前に来てしまった。
そして樹の直前で、遂に横島の一刀が美神さんの神通棍をはじき飛ばした。
「すんません! その未来、実現させる訳にはいかないんっす!」
返す刀でとどめの一撃を放つ横島。だがその影で美神さんの左手が動いていた。
「まだ甘いわよ、横島クン!」
彼女の左手に、はじき飛ばしたはずの神通棍が握られていた。
そう、ここは『何でもあり』の世界。無から有を生み出すのも、跳んだものを引き寄せるのも全ては意志の力のみ。ここでは常識などなんの意味もない。
そう横島が思った時には、たっぷりと霊力を吸い込み、鞭状に変形した神通棍が、横島をしたたかに打ち据えていた。
「む……無念」
気絶した横島は、あっけなく墜落。
「ほーっほほほほほっ、これであたしは、世界一の大金持ちよ~っ」
気持ちよさそうに美神さんが叫んだとき、樹の陰から何かがさっと現れた。
轟音一発。
次の瞬間、美神さんの肉体に無数の弾丸が食い込んだ。
体の半分が吹き飛び、そのまま目の前の海に沈んでいく。
「美神さんっ!!!!」
おキヌちゃんは全身の血が凍り付いたように感じた。
水晶玉を放り出し、必死にそちらに向かって泳ぎ出す。
そこに樹上からの声が届いた。
「あわてなくても大丈夫よ、おキヌちゃん」
そこには散弾銃を持った美智恵さんの姿があった。