ピュアラの町を出た俺達は、特に目指す場所もないので、当てもなくぶらぶらと放浪を続けた。
途中で獣退治や山賊狩りなどで路銀を稼いだり、いんちき冒険者を懲らしめたりとまあ色々と。
俺の夢であるマジカルチ◯ポに繋がる手がかりなど何一つなかったが、それでも何だかんだ充実した旅路を送っていた。
「それで、あっちに行けばツムリという街があるのか?」
「おう、ちょっと行けば見えてくるぜ。そんじゃなマニス! 次会うときにゃ大金稼いで、お前が飲みつぶれるくらいに奢っちゃるからなー! 覚悟しとけよー!」
「ああ、期待してる。故郷まで気をつけて帰れよ」
道中で猪に襲われていた所を助け、そのまま一食を共にした旅人が陽気に去っていくのを見送ってから、彼に示された方向へゆっくりと歩を進めていく。
「……やっと行ったか。助けられただけで満足してれば良かったものの、おかげで私があれの肉を食い損ねたではないか。ふんだ」
「そんな拗ねないでくださいって。美味しい特製スパイスも譲ってくれたんですから」
俺の肩に乗りながら、実に不満げな口調でブツブツと文句を続けていく水色の毛をした小さな鳥。
人が来たせいで小鳥へと変身せざるを得なかったヒコさんが、倒した獣を食べ損ねたことへ文句をつけてくる。
街中に限らず、ヒコさんは滅多に人前に自らの姿を晒そうとはしない。
元々ヒコさんが他人に見られることを好まないというのもあるが、やはり一番は拒絶の魔女と知られればそれだけで大騒ぎになるからだ。
実際小さな村で育った田舎者の俺ですら、拒絶の魔女という存在自体は初めて会う前から知っていたのだから、間違いなく観光どころではなくなるのは間違いない。
ちなみに、そんなこと言ったら動物になっているときは裸見られてるようなものですよと昔質問した際、「人の視線が不快なだけで衣類の有無はどうでもいい」と真顔で言われてしまった。流石はヒコさんだ。
とはいえ別に小鳥の姿にならずとも、魔法で違和感を拒絶して人一人程度を誤魔化すなど、それこそ赤子の手を捻るよりも容易なはず。
そうすればぶーたら不満を漏らすこともなく、普通にお肉にありつけただろうに何故……ああ、さては急だったから咄嗟に変身したんだな。すごい魔女のくせして、たまに変な所抜けてるよなこの人──。
「何か思ったか?」
何でもありません。
ヒコさんは今日も最高にヒコさんです。はい。
「ふんっ。しかし見覚えがあるような気がしなくもなかったが……なるほど、ここはツムリの近隣だったか。言われてみれば確かにこんな感じだった気がするな」
「なんですヒコさん、知ってるんですか?」
「私を誰だと思ってる? この魔女ヒニグともあろう者が、魔法の街を知らんわけがないだろうが」
ヒコさんはツンツンと、心外とばかりに頬を真っ白なくちばしで突いてくる。
痛い痛い。意外とくちばし鋭いんですけど、いやマジで硬いんですけど。なんですこの鳥。
「魔法の街ツムリはな、ロマエンガ大陸西部奥地にある、この世界で最も魔法の研究が進んでいるとされた街だ。我ら魔女のような理外に堕ちず、人の領分のまま探求を続ける者共の最高峰の一角。例え個々の力量や狂気で魔女に劣ろうとも、人の産み出す研鑽と発想は決して侮りがたい。……くくっ、或いはお前の求めるマジカルチ◯ポへの正解さえ、案外簡単に見つかるかもな」
しかし巡りのいい、さては偶然と言いながらも目指していたなと。
心なしか浮かれながら語りを終えたヒコさんは、誤解だというのに肩から俺の頭に移り、先ほどよりもテンポ良く旋毛をくちばしで突いてくる。
痛い痛い、超痛い。
そんなに突かれても何も知らない。ここに来たのは完全に偶然なんですって、本当に。
生憎都会への羨望も薄かった田舎生まれ田舎育ちの身なので、ツムリのツの文字も聞いたことがなかったし、有名な街の名前なんかもほとんど知らない。
更に言えばヒコさんの弟子になってからも大きな街に寄ることはなかったからな。強いて言えば、この国の中枢である王都ハブポーンくらいか。
「で、さっきからなんですその鳥。なんで鳥なんです? いつもの黒猫はどうしたんですか?」
「なあに猫は定番だが、それだけでは魔女の名が腐るほどに芸がないでな。ちょうどいいし、今回はルールルーという鳥のままでいこうかなと思ったまでだ」
少し機嫌が戻ったのか、そう言いながら俺の頭を蹴ったヒコさんはクルクルと俺の周りを飛びながら、確かに特徴的だなと思える鳴き声を披露してくる。
ヒコさんが今している姿は。ルールルーという名の、白いくちばしと水色の毛をした手のひらサイズの小さな鳥らしい。
なるほど、確かにルールルーと綺麗な鳴き声だ。正体をヒコさんだと知らなければ、いい声で鳴く愛らしい小鳥としか思えないくらいだ。
しかしあの旅人にバレないためのその場凌ぎでしかないと思っていたのだが、この調子だと次の街もこれで行く気らしいな。
「……目立つの嫌なんですけど?」
「心配するなよ、ここらじゃよく見る鳥だ。目立つどころか、既に見飽きた害鳥と辟易されるだろうよ」
……よく見る、ね。
その割には小鳥の姿も、特徴的な鳴き声だって一回も聞かずにここまで来たんだけど。
ま、仕方ないか。
如何に違和感拒絶の魔法があるとはいえ、本当は黒猫でいてくれた方が目立たずに済むのだが、ヒコさんがそのつもりならもうどうしようもない。
魔女は道理を知ってるが、それらに沿えと求めるだけ無駄。それがこの世の絶対だ。
「たまに人の進歩を覗き見るのは楽しいものだ。まあとはいっても、所詮は人の街。前回訪れたのはもう二百年も前の話だが、どうせさしたる変わりなどないだろう……んん、んんんっ?」
自前の翼で飛ぶことなく、肩の上で饒舌に語るヒコさん。
けれどようやく見えてきた街の景観を前にした彼女は、珍しく呆気に取られたように言葉を失ってしまう。
ようやく見えてきたのは大きな街……否、街と呼んでいいのか分からない真っ白く丸い建物。
まるで街一つを囲ったのかと、そう思えるほど巨大な白い建物。
なるほど、さすがは魔法の街。普通の街とは違うわけか。
「あれがツムリかぁ。何だかすごそうな所です……ヒコさん?」
「……何だろうなあれ。私、あんな白いの知らないんだが。あれ、本当にあのツムリか?」
初めての大きな街へ素直に感動していたのだが、何故か隣のヒコさんはそうではなく。
むしろ信じがたいと言わんばかりに、きっと人の姿をしていればそれはもう口をあんぐりと開けてしまっているだろうと思えるくらい、呆然としてしまっている。
……なんだろうな。
こういう本気で驚いてるヒコさんは滅多に見られないが、やはりしばらく見ていたいくらいに可愛く感じてしまう。どこまでいってもヒコさんだってのにな。
「はい、無事に申請完了です! それではどうぞ良い日々を、
まあヒコさんの様子はさておき。
そんなこんなで、とりあえず入ってみようと、ようやく辿り着いたツムリの街の入り口で軽い検査を受けた後。
問題なしと、にっこり笑顔で通してくれた女性職員の見送りを背に受けながら、念話に切り替えたヒコさんを肩に乗せて連絡路を歩いていく。
『ふん。先のゲートを見るに、どうやら魔法もそれなりには発展しているようだ。感心感心』
「あれってそんなにすごいものなんですか?」
『ああ。所持品調査の他に微弱な魔力から姿を偽った者を弾くための物で、自らを過信した凡百の魔女であれば易々と引っかかっていただろうな。ま、当然この私には無意味だがな!』
はえー、あれそんなすごいものだったんだ。
正直な所、なんか厳しめに持ち物検査やってんだなくらいしか分からなかったわ。
「……あれ、でも俺の下ってすごい魔力を持った『杖』なんですよね? ヒコさんほどの魔力制御なんて出来ないですけど、そのゲートとやらに引っかからないんですか?」
『なんだ、さては気付いてなかったのか。以前その無駄に魔力に満ちたチ◯ポに付けろとくれてやったカバーがあっただろう? あれは私の違和感拒絶の魔法を組み込んだもので、お前から溢れる魔力を有効活用しながら消費出来る優れ物だ。例えお前の魔力量であっても、下手に昂ぶらせ、スーパーマッチョにでもならなければ基本バレないはずだ。……昂ぶらせなければ、な?』
だから分かっているなと? と。
ヒコさんはその鋭いくちばしで頬を押しながら、ひたすらに念押ししてくる。
そういえば数日前に滞在していた以前の村で、チ◯ポに付けていろと雑に投げ渡されたものがあったっけか。
まるで貞操帯のようだったので始めこそ難色を示したりしたが、しばらくしたら慣れてしまったのですっかり忘れていた。
そんな話をしながら歩いていると、あっという間に通路を抜ければ視界に視界が広がり。
白いドームのせいで外からは様子を窺えなかったツムリの街。
魔法の街とヒコさんが褒めちぎった街の真の姿がようやく目の前に現れて──今度は俺が目を大きく見開き、驚愕してしまう番だった。
今まで訪れたどの街よりも大きく、そしてどこまでも広がっているように思える街の中。
ピュアラの町や自身の育った村が百あっても足りることのないと思えるほどの人の数。
そしてそこかしこで発動された魔法や魔道具が存在したこの街は、曲がりなりにも魔女の下で学んだからこそ分かるくらい、多くの者が当たり前のように魔法を日常に落とし込んでいる。
嗚呼、ここはまさに魔法の街。
今まで想像さえしたことなかった、魔法を扱える者達が築き上げた営みがここにはある。天蓋に閉ざされていることもあり、外とはまさに別世界だ。
「うわぁ……すごい、すごいなこれ! 人がいっぱいですよヒコさん!」
『なんだマニス、上京したてのお上りか? 肉体こそ変われど、随分と長い時を共にしたが、まだ青く可愛い所があるじゃないか』
「そりゃそうですよ。だってこんなに大きな街、初めてなんですよ? というかヒコさんも緊張してません?」
『そりゃするだろ。最後にまともな街に入ったのなんてお前と会う前……大体五十年くらい前だったはずだしな』
ついつい声を上げてしまったことで、少しだけ周囲の注目を集めてしまいながら。
それでも奇異の目が少なかったのはこの体のおかげだろうなと、少年の体に少しだけ感謝しながら、キョロキョロと見回しながら街中を歩いていく。
……すげえな。
右を見ても左を見ても魔法が生活に組み込まれている。本当に魔法が当たり前の街なんだな。
『しかしあれだな。この天蓋は別としても、何か随分と様変わりしたな。……むう』
「どうしたんですヒコさん? お腹でも減りました?」
『当然腹も減っているが、少し気になってな。……うーん、まだ残っているだろうか』
歩く最中、肩に乗ってるヒコさんが何か気になっているようで尋ねてみるが、語るつもりはないのか濁されてしまう。
まあ俺と違って初めて来たわけじゃないんだ。何かしら思い出があったって別におかしくはないだろう。
しかしあれだ。まだ街の入り口ということもあって、色んな屋台が並んでいるな。
魔法飴に魔法焼き。魔法ロールに魔法串焼き。……ぱっと見普通の屋台だが、何が魔法なんだろうか。
「お、そこのあんちゃん! そうそうあんただあんた! 金髪でこの上なく顔のいい、お姉さん方にモテそうな愛嬌あって可愛い鳥を肩に乗せてるあんちゃんのことだ! いやー、持ちすぎてて嫉妬しちゃうねぇ!」
「……客引きか。あまり繁盛していなさそうだな」
「おお、声は意外に渋いんだな。いいぜそういうギャップは! グッとくるズレにお姉さん方もたちまちにメロメロだ!」
見え見えの世辞なのか、それとも事実陳列なのかは分からないが持ち上げてくる屋台のおっちゃん。
今の体は昔の可もなく不可もない、筋肉だけが自慢だった頃と違って整ってるからな。この辺見分けにくいのは贅沢な弊害かもしれないな。
「どうだい一つ、ツムリ名物魔法塩パン! 魔法でじっくり練られたパンは、今はちょいと売れ行きが悪いが、いつか世界の日常の中心になっちゃうって噂の自信作だぜ?」
「……確かに悪くない、香ばしい香りだな。口の上手さに釣られて一つもらおう、いくらだ?」
「毎度あり! いつもなら一つ六百カネーだが、あんちゃんには特別価格で五百カネーだ!」
懐から財布を取り出し、銀貨を五枚差し出すと、笑顔を一層深めた店主のおっちゃんがパンを差し出してくる。
柔らかく艶のある、巻かれるような形状のパン。
手に持てば温かく、鼻を近づけて嗅いでみれば実に食欲を唆る香りが体内へと突き抜けてくる。
パン一つで五百とは、値引きされても中々にいい価格だが、確かに額に見合うだけの価値はありそうだ。
やはり都会は味も相場も田舎のそれとは一味違うということか。この街では観光だけするつもりだったが、道中の稼ぎだけで足りてくれるかなこれ。
……ところで魔法と名付いているが、何か普通のパンと違うのだろうか。
『くくっ、随分吹っ掛けられたな私の娯楽よ。一つ五百は流石に足下見られすぎだ』
「うん、美味しい……え、そうなんですか?」
『あっちの店を見てみろ、似たようなパンが一つ三百カネーだろう? どんな場所でも客が来ない店には相応の理由があるものだ』
笑顔のおっちゃんに手を振って別れ、歩きながら買った塩パンを食べていると、ヒコさんはくちばしで俺のパンを突っつきながら、抑えきれないと笑いを零してくる。
どうしてだと首を傾げていると、ヒコさんがくちばしで違う屋台を指してきたのでそちらに近寄ってみれば、なんと塩パンが一つ三百カネーで売られているではないか。
……つまりあのおっちゃんの話力に乗せられて、自身の割高な品物を買わされたってわけだ。
まったく、なんて商売上手なんだ。これが都会に生きる者のトークスキルだってのか。ちくしょうめ。
『くくっ、これが競争社会の観光地価格というやつだ。まあ特別粗悪品を掴まされたわけでもなし、旅の勉強代と思って次に活かすんだな。ぱくっ』
そうしてヒコさんは肩を落とす俺をくつくつと面白がりながら、更に塩パンを啄んでくる。
それにしても、やけに一口の感覚が短い……さてはこの人、俺よりこのパンのこと気に入ったな?
『さて、愉快な茶番はここまでにして、そこらで宿でも取ったら食べ歩きながら向かうとしよう』
「うまうま。……向かうってどこにです? 美味しいご飯? 冒険者ギルド?」
『戯け。お前は何しにこの街へ来た? 探求を目的とするなら向かうべきは一つだ。──さあ喜べ私の娯楽、楽しいお勉強の時間だぞ?」
何をと聞いた俺にヒコさんは、鳥の顔でも分かるくらいにやりと笑みを浮かべてくる。
……せっかくこんな大きな街に来たんだから、ちょっとくらい遊ばせて欲しいなぁ。もう。