血の滲むような苦戦の末、どうにかヒコさんのお眼鏡に叶う定食屋を見つけ。
そうしてくたくたになりながら硬いベッドで一睡し、どうにか迎えることの出来た次の日。
昨日のように図書館で勉強か、それともせっかくの観光なので街を巡りへと繰り出すか。
軽い朝トレの中、そんな感じで結構楽しく今日の予定について悩んでいたのだが、相変わらず自分勝手の極みであるヒコさんに行き先を決められてしまった。
「ヒコさん、少しくらいは自由時間が欲しいです……」
『煩わしいな、明日からは好きにやらせてやるから我慢しろよ。大体これから向かうのは、魔法的なアプローチを求めるのならお前の実にもなる場所だぞ? むしろ感謝して欲しいくらいだよ』
自分のことばかりに思われるのは心外だと、そう言わんばかりにそっぽを向いてしまうヒコさん。
でもね、俺知ってるよ。
こんな風に俺を思ってるみたいな言い方してるけど、実際のヒコさんの内心なんて九割が自分の興味を満たしたいで残りの一割が歩くのが面倒臭いってだけなのを。なんたって俺、結構長い付き合いな唯一の弟子だからね。
ま、我欲を満たしたいのはお互い様。ヒコさんが我が儘な師なのも今更。
何だかんだ昨日は図書館を案内してもらったことだし、今日は大人しく足になっておこうと彼女の誘導に従って歩いていくと、段々と周囲の景色や人の雰囲気が変わり出したと実感出来る。
『ここは東通学路。ツムリの街全域に敷かれている、
「唯一……ってことは学校が、一つしかないんですか? こんな大きな街なのに?」
『私の記憶にある限りはな。日常で必要な知識を学ぶためといった一般人向けの学び舎ならいくらでもあるだろうが、魔法を専門に扱うのはそこが唯一だ。理由はまあ……そら、見れば分かるだろうよ』
通路からは出店や住宅が減り、街路樹に整えられた真っ直ぐな一本道が敷かれている。
そして人は俺のような観光目的の軽装や、冒険者や旅人のような少々荒事に向いた衣装ではなく、昨日路地裏で見たようないじめっこと同じような制服に身を包む若者や、非常に穏やかな魔力の如何にも研究者といった風貌の大人がちらほらと言った感じか。
俺達のように普通に歩く者。
変な板や絨毯、本などの何かに乗って浮遊している者。
使い魔であろう獣や魔獣に乗りこなしている者。
更には言葉にしにくい、よく分からない移動手段を使っている者など。
実に多種多様、普通の街中では見られない移動手段が一層魔法の学校までの通り道っぽい。
どれもマジカルチ◯ポには繋がらなさそうだし、歩くの好きだから興味はないけれど。
魔法自体に興味のあるものが外部から来てこれを見たら、きっとそれはもう目を輝かせるんだろうな。
何故ヒコさんが含みありげに濁してきたのかは知らないが、まあ行けば分かるというのならそうなのだろうと。
流れに沿ってのんびりと歩き続けることしばらくすると、目的地であろうそれの姿が嫌が応に目に入ってしまう。
──なんて大きい施設なのだと。まず初めてに抱いた感想は、そんな単純な一つだけだった。
『こここそがツムリが誇る最大名所、ガグン魔法学園。私が前来たときは創立三百周年だったから……五百年以上は続いている魔法の学び舎だ。嗚呼、相変わらずの壮観だな』
別に自分の物でもないというのに、我が物顔で自慢してくるヒコさん。
両手の指じゃ足りそうにないほど建てられている白い校舎に、まるで一つ村を収めた程度など遙かに超えた広大な庭。そしてたまに聞こえてくる爆発音。
高さこそ劣るが、昨日の大図書館にだって決して負けていないと分かる規模。全部を見て回ろうとすれば、それこそ数日程度じゃ絶対に足りないだろうと確信出来るほどだ。
そして何より、ここは魔法に満ち溢れている。
視覚ではなく、曲がりなりにも魔女の魔法を間近で見続けたからこそ、何となくで感じ取る事が出来る。
ここにいる生徒達は街中のように生活のためではなく、魔法を磨き競い高めようとしている。誰もが『杖』を握り、勉学に勤しみ、発展へと力と時間を注いでいる。
なるほど。確かにこの街と言えばこの学園ありと、関係者でもないヒコさんが自慢したくなる気持ちも少しだけ理解出来てしまう。
これほどの大規模な学校があるのなら、他に小さな学校をちまちま増やしても仕方ないだろう。一つだけというのも納得だ。
それにしても、学校か。……ふふっ。何ていうか、初めての場所だからか緊張してしまう。
故郷の村にはそんなものなかったし、村を出てからも学ぶといったらヒコさんと一対一だったからな。昨日の図書館といい、こうやって大人数で学問に励む場所なんてワクワクして仕方ないな。
「昨日の図書館もすごかったが、ここもまたすごいな。これは……」
『そうだろう? ガグン魔法学園の面積はツムリの十分の一を占めるとされていて、この世界でもっとも魔法に秀でた学び舎といっていい。高さこそあの無駄にでかい大図書館には劣るものの、総合すればまだこちらの方が上だろう。……ああちなみに、当然だが学祭期間中を除いて関係者以外の出入りは一切禁止で、不法侵入は重罪に値するぞ』
「ええ……」
つらつらと語るヒコさんに、最後にものすごく聞きたくなかった事実を告げられてしまう。
図書館と違って一般人の来訪は許可されておらず、けれどヒコさんはここまで連れてきたと。……はあっ、とても嫌な予感がしてきたな。今から回れ右して帰りたい気分だ。
「で、そんなすごい学校の前まで来てどうするんです? 入っちゃいけないのなら、記念に正門だけ拝んで帰ります?」
『馬鹿なこと言うな、ここまで来たらやることなんて一つだろう? ──さあ侵入するぞ、馬鹿弟子』
「ですよね。そういうと思ってましたよ……」
念のため、もしかしたらもっとまともな答えが返ってくるのではと思って尋ねてみるが無駄。
ヒコさんはまるで呼吸をするみたいに当たり前に、更に解剖台に乗せた被験体を見下ろすときのように愉しげに、バレたら観光どころではない選択を強いてくる。
今自分が鳥だからって、随分言いたい放題言ってくれるよなこの師匠は。
どうせバレたって捕まるのは俺だけ。強要してきたヒコさんは姿のとおり、鳥のように羽ばたいてどっかに逃げてしまうんだろう。
……ま、そうなったら俺も全速力で逃げればいいか。
何だかんだ魔法学園には興味があるし、せっかく来たのだから一度くらいは入ってみたかったんだ。
それにさっきヒコさんが言ったとおり、俺の求めるマジカルチ◯ポへの手がかりがあるかもしれないからな。いい加減、大雷霆プラン以外の可能性を真剣に模索し始めてもいい頃だ。
「でも入るったって、馬鹿正直にじゃ絶対捕まるじゃないですか。嫌ですよ、初めての大きな街で牢屋暮らしなんて」
『私がそこまで悪魔に見えるか? 大体お前な、ここはこの学園の生徒しか通らない道だってのに、どうして今の今まで不審がられてなかったと思う? こんなにも独り言をぶつくさと呟きながら、どうして変質者扱いされてなかったと思う?』
「うーん、今の俺の容姿が結構整ってるから……痛い痛い、痛いですって!」
『戯け、大戯け、極大戯け! この私が直々に! お前のある程度の違和感を! 拒絶してやってるんだ! 有象無象の魔法使い共には感知されない、高精度な魔法でなぁ! でなかったらお前はとっくに異常者だ!』
七割くらい冗談のつもりで言ったのによほど癇に障ったのか、ヒコさんは止まっていた肩を思いっきり蹴り上げて、その鋭いくちばしで正面から額を何度も、正確に同じ箇所を突いてくる。
痛い痛い、無駄に痛い。誰にだって分かる冗談なんだから、そんなに怒らなくてもいいじゃん。
でも納得。どうりで人前でヒコさんと話していても不自然に思われなかったんだな。未だにマジカルチ◯ポ(全年齢版)の恩恵がよく分からないし、そういうのもあるのかなって疑問だったんだ。
……でもさ、そんなに怒るならもっと前に、それこそその魔法をかけたときに言って欲しいよね。
こっちは一応気をつけて小声で話そうと努力はしてたのに、そういうあるって知ってたら普通に話してたよ。まったくもう。
『ふん、そんなわけで心配はいらない。全部脱いで大声で歌い出したり、お前がそのていそ……カバーの許容を超える魔力を発しない限りは問題ないだろう。多分』
「……ちなみに、もしヒコさんから見ても有象無象じゃない魔法使いがいたら?」
『そのくらいのスリルがあった方が楽しいだろう? そらとっとと進め、いつまでも突っ立ってると怪しまれるぞ?』
他人事のように笑ったヒコさんは頭上に乗り、早く行けとばかりに足踏みをしてくる。
……仕方ない、腹をくくろう。
ヒコさんの魔法の腕は信頼しているし、よほどのことがなきゃ平気だというのならそうなのだろう。少なくとも、今回を逃して後日に単身裸一貫で飛び出すよりはずっと安全だ。
ところで一つだけ、実は結構気になることがあるのだが。
違和感を拒絶しているのなら念話じゃなくてもいいと思うのだが、そこは気分なのだろうか。ま、きっとそうなのだろう。
「……ちなみになんですけど、制服くらいは準備ないです?」
『女物ならあるぞ。私のお古、二百年ものだ。着るか?』
着ません。そういうのは自分で着るより、ヒコさんに着てもらう方が需要がありそうなので。