ヒコさんに背中を押され、個人的に興味もあったので、観光気分で学園の中をぶらついてみる。
いけないことをしている自覚はあるし、真面目に通学している方々に申し訳ない気持ちがないわけではないのだが、そんな罪悪感で止まれるのなら魔女の弟子なんざやっていないので仕方ない。人類の魔法の総本山のくせして発見出来ないのが悪いのだし、大人しく諦めてもらえればなって気持ちだ。
いやしかし、それにしたってすごいな。
入り口だけでもどこもかしこも魔法ばっかりだったってのに、中に入れば一層レベルが変わる。庭でドンチャン騒いでたような派手さこそなくなったものの、教室入り口から覗ける講義はまた質が違う。
『えーこのように、水魔法における魔力と水分の比率は、魔法の強度へ非常に密接に──』
ある部屋では学園というイメージ通り、多くの生徒の前で実演を交えながら解説していく教授の講義が。
『「杖」を自力で作るのは自分だけの魔法を編むのと同義ッ!! 魔法は理屈!? 魔法は想像!? 否否否、実に否ッ!! ある意味では究極の「杖」の創造こそが究極の魔法であると、我が敬愛する魔法論者ヤーティは残したのだと……なのに、なのにあの見る目のない偏屈学者共はァ!?!?』
またある部屋、ヒコさんの実験室に近い内装の部屋にて。
変な風貌の大人が『杖』について熱烈に語りながら、怒りを表すかのように爆発を起こしていたり。
『世界にその名を刻む魔女の中の魔女。理外の神秘災害たる
そしてまたある部屋、びっしりと文字の書かれた一枚の羊皮紙が床となった部屋。
その中で浮いた本に座る数人の学生が、巨大な本に座る老人の話に耳を傾けていたりと、たくさんの部屋で様々な講義が行われている。
きっとどの講義も、普通の魔法使いや魔女にとっては極上の宝同然の価値があるのだろう。
俺としてはマジカルチ◯ポに関係なさそうであれば、それこそ火だの水だの歴史だの魔法だのにたいして興味はないのだが、それでも面白そうだという気持ちが湧かないわけではない。
欲しい物に繋がるのはどうでもいいことの積み重ねだと、出会った頃のヒコさんは言っていた。
結構な年月積み重ね、それでもあまり実践は出来ていないけれど、それでもその言葉がすっと胸に収まるくらいには好きなんだよな。
だからもしかしなくとも、こういう何気ない発見からマジカルチ◯ポへのヒントがあるかもしれないとは理解している。だからまあ、無理矢理ではあったけど、ここに来られて良かったと心から思っている。
『嗚呼、やはりここはいい……。私の渇きの慰みになってくれるオアシス、行き詰まった研究に役立つ知識の宝庫、控えめに言って潤うぅ……』
「そんなに気に入ってるのなら、住めばいいんじゃないんですか?」
『戯け、こういうのはたまに来るから刺激的なんだろうが。やはりマニス、お前には風情というものがまるで足りんな。だから私の弟子のくせに魔法が使えないんだよ、この偏屈者め』
まあそんなちょっとだけ楽しんでいる俺とは違い、肩の上でそれはもうはしゃいでいる師匠が一匹。
足踏みで歓喜と興奮を表し、念話の声は年頃の少女がスキップしてるみたいに跳ねている。
そこまで楽しめるのは羨ましいと思いながらも、そんなに見回りたいなら自分で歩いてくれよと呆れつつ学内を散策していく。
『そもそもの話だがマニス、お前は魔法が何たるかを当然理解してるよな?』
「あー、魔力を使う不思議な力?」
『赤点だぞ大戯け。後で仕置き確定だから、精々心待ちにして震えているがいい』
いまいち乗り切れていない俺が気に入らなかったのか、ヒコさんは突然抜き打ちでそんなことを訊いてきたので覚えている範囲で答えると、例によってくちばしで不機嫌そうに肩を突いてくる。
昔教わったから怒るのも当然ではあるのだが、突かれるほど間違ってはいないと思うんだがどうだろう。
俺としてはそこまで興味がなくて頭に入らなかったので、そんな感じに要約して噛み砕いたのはずだし、そこまで間違ってないないはずだ。
『魔法というのは簡単に言えば、魔力によって創造される現象。魔力という生物が蓄える形も色もない力を用い、「杖」を媒介にしながら想像や理論によって肉付けしていく現象構築だ。思い出したか?』
「なんだ、じゃあ俺の答えで合ってるじゃないですかっていだっ!」
『魔女の弟子の回答としては何もかも不十分だから! この私が改めて! 丁寧に教えてやってるんだろうが戯けがっ! だからこの魔女ヒニグの教えがあってなお魔法使えないんだよ! チ◯ポしか頭にない変態脳めがよぉ!? あ゛あ゛っ!?』
ひどいやヒコさん。言い訳したのは悪いと思ってるが、そこまで言わなくてもいいじゃん。
『ったく、本当に興味のあること以外頭に入らないやつだな。いつか必要なくなった私のことなんて忘れるんだろうな。私はこんなにも世話を焼いてやってるのに』
「ヒコさんのこと忘れるわけないじゃないですか。俺にとって唯一の師匠なんですよ?」
『……本当むかつくな。ばか、ばーかっ』
忘れるわけないという当たり前の事実を返すと、何故かヒコさんはそれっきり口を閉じてしまう。
相変わらずヒコさんはおかしなことを、嫌みたらしく言ってくる。
年寄りで魔女だから動じないとか言っておいて、たまに悲観的になるのは面倒な所であり可愛らしい特徴。人間とは違うと言いながらも変わらない、
村の人達と違って、俺の夢を大笑いしながらも否定しないでくれた人。
糸口さえなく、夢を諦めかけていた俺の世界を広げてくれた偉大な魔女。
そして俺の唯一の師匠にして、俺にとっては何より──。
この普遍の事実がある限り、俺があなたを忘れることあるはずがない。
喧嘩したり、軽蔑したり、恨んだりすることはあるけれど、それでもこの想いがなくなることなどありはしない。あなたが世界の敵であろうとも、あなたは俺の恩人なのだから。
……とまあ、こんな本音を言えば間違いなく突かれるだろうし、口には出さないけれど。
ともあれひとまずヒコさんの機嫌が直ったらしいので、良かったと思いながら、のんびりと学園散策を続けていく。
「おらおら、そこ一周遅れてるぞ! 魔法は体力! 肉体こそ魔力! 頭良くてもなよなよしてたら魔法が磨かれん! 魔力規定を超えられないやつには、地獄の追試が待ってるぞー!」
そうして五号棟という建物から出た後、のんびり外を少し歩いていると聞こえてきた男の大声。
どうやらあの大きな運動場からだと、ちょっと興味が湧いたので覗いてみれば、そこは今日回った中で最も圧巻とも言える光景だった。
整備されたグラウンドを走る者や、何故か魔法ではなく剣や槍といった得物の鍛練をする者。
更にはきつそうなアスレチックに取り組んだり、空を移動している無数の床を飛び移ったり、たくさんの人形から放たれる魔法攻撃を必死に回避していたりと、生徒達が多種多様な訓練に励んでいる。
すげえなこれ。俺この運動場欲しい、こんな場所で毎日鍛えられたら絶対に楽しい。
「すごい走ってますよヒコさん。見たところ魔力も使ってないですし、下手な冒険者や傭兵より厳しい訓練なんじゃないですか?」
『上質な肉体はより上質な魔力を育む、それがこの学園の基本方針だからな。そも魔法の探求というのは、私達魔女のように体をいじくるでもしないのなら、それこそ戦士とそう変わりない体力を要するもの……いや、ある意味ではそれ以上を要求されるのだから、日頃の鍛練は必須だろうよ』
魔法体術や総合戦闘術、兵法や盤上戦論なんて科目もあるくらいだしなと。
今でこそ違う体になってしまったが、それでも変わらず魂に宿っているマイフレンドマッスルが興奮させながら、ついつい目を輝かせてしまっていた俺にヒコさんはどうでもよさそうに話してくる。
確かにこれだけの訓練場があれば、肉体は疎か戦闘技術だって相当磨けるはず。それこそ個人の練度だけであれば、噂に聞く国王に仕える騎士団にだって劣らないかもしれないな。
……そういえば、弟子に成り立ての頃は随分ときつい基礎訓練させられたっけか。
幸い村にいた頃から体は作っていたし、筋肉が一番の友達だったから全然耐えられてお勉強に続くことが出来たが、今思えば魔法使いとしての理にかなった指導だったのだろう。流石はヒコさんだ。
『それにしても、少々腹が減ったな。そろそろ昼ご飯に──』
「おい、第二演習場行こうぜ! 十分後に五年生同士の
「まじ? 行こうぜ! 賭け、間に合うかな!?」
ヒコさんが空腹を訴えてきて、確かに俺もお腹が減ってきたなと。
運動場を後にして、どうせなら学園の食堂でも利用してみようかなと昼食について考え始めたときだった。通り過ぎていく生徒達が、少し気になる話をしていたのは。
「……
『ガグン魔法学園の伝統行為だと。教師の立ち合いのもと、互いに磨いた魔法を心いくまでぶつけ合う実戦研究。危険ではあるが相応に単位も出るからと、二百年前もそれなりに人気ではだったが……どうやら、かつて以上に盛況なようだな』
皮肉も混じっているのだろう、ヒコさんは小さく身を震わせながら楽しそうに嗤っている。
魔法を使った決闘か。それは確かに面白そうだし、せっかくなので行ってみる価値はありそうだ。
マジカルチ◯ポに繋がる気はしないが、それでも観光として悪くない見せ物だと。
ヒコさんに言われるまでもなく、同様の目的地であろう生徒達の後に続き、そう時間はかからないうちに
「へえ、すごい。本当に魔法で闘っているよ。綺麗だな」
どこぞから撮影しているのであろう、試合を映す大きなモニターもありはしたがこの体になってから一層良くなった視力には必要なく。
周りの生徒に紛れるように空いている椅子へと適当に座り、頭に乗るヒコさんと共に行われている決闘とやらを眺める。
大きな舞台の上で荒れ狂うのは、炎と水で編まれた二種類の大鞭。
嫌味に歯を見せながら笑う赤髪の男が、それぞれの手に持つ一本ずつ持った木の杖。
自身の『杖』であろうそれらを用い、蛇のように揺れ舞うように操られる二種の魔法だが、対戦相手であろう少女は中々の身のこなしで舞台を駆け回って回避し続けている。
遮蔽物もない空間であの少女もよく粘ってはいるが、それでも褒めるべきは茶髪の男だろうか。
造形もさることながら、真に称賛すべきは赤髪の男の操作技術。
あれほどの火魔法のそばで蒸発しない所を見るに、中々に高い練度で水を操っているのが分かる。
もちろんヒコさんならば一本の『杖』だけで簡単にこなしてしまうのだろうが、俺は疎かそこいらの魔法使いでは決して届かぬ領域。流石はガグン魔法学園と感嘆する他ない、悪くない催しだ。
『……ほう。なあマニス、どうやら中々に奇縁で繋がってるらしいぞ』
「えっと、どういうことです?」
『……お前、魔女より薄情だよな。もっと他人に興味持った方がいいぞ?』
やれやれと呆れられてしまったので、何故かと思ってもう少しあの二人を観察してみる。
嫌味ったらしそうな赤髪の男に逃げ惑う茶髪の少女。
どちらも俺の脳には思い当たりなんてないのだが、ヒコさんがこういうのなら実は昨日会っていたのかもしれない。思い出せないけど。
勝ち目なんてない、逃げ回るだけの彼女。
どうにもならないだろうに、それでも止まることなく足掻き続けるその様は、どこか見覚えがあるような──。
「なあ、戦ってる二人は誰なんだ?」
「ん、ああ、男の方がマセカで女がナオ・ホルーだよ。どっちも五年でほら、魔法の使えないホルー家の落ちこぼれって言えば分かるだろ?」
観戦もそこそこに、結構頭を悩ませてみるもやっぱりとんと思い浮かんでくれず。
仕方が無いとちょうど隣の席で決闘見物を楽しんでいた男子生徒に尋ねてみれば、なんだこいつみたいな呆れの視線をぶつけてきながらも一応教えてくれたがやっぱり分からない。
男の方がマセカ、そして女がナオ・ホルー。だからどうしたというのだ。
大体知らない人間の名前なんて聞いても意味なんてない。もっと具体的なヒントを欲しいものだ。
『……昨日の夜道に会っただろ? 路地裏で陰湿にイチャコラしてた、あの男と女だよ』
「あー、あー! そういえばいましたね、そんなの」
『……はあっ』
そんなため息吐かれても困る。
仕方ないじゃん。だって昨日の夜なんて、ヒコさんのお眼鏡にかなうお店探すので大変で、些末なことなんてそこまで覚えてないんだからさ。つまりヒコさんが悪い。
大体ヒコさんだって、たまたま記憶に留めていただけのくせに自分を棚に上げすぎなんだよ。
どうせあの現場で魔法が使われていたから覚えていただけで、あそこの二人自体には俺よりもずっと興味ないだろうにさ。
ま、正体が分かってちょっとすっきりしたが、昨夜の当事者達ならばなおさら妙ではある。
こうまで鬱憤晴らしのようにいたぶれる場があるというのに、どうしてあんな問題になりそうな場所でリスクを背負ってまでいたぶっていたのだろうか。
例えば俺達に見つかったように、ヒコさんクラスの消音でもなければ、如何に人気のない夜道であろうと多少の隠蔽で安心は出来ないだろうに。
『実演終了! 双方、杖を収めて離れ……おいマセカ、止めろ!?』
『……ちっ!』
納得しつつも不満を抱いていると、教師が声を荒げて決闘終了の宣誓するのが耳に入る。
ちょっと考え事をしていたせいで決着を見られなかったが、勝者は案の定マセカという茶髪の男子。そして敗者は傷だらけで倒れているナオという少女なのは、舞台を見れば一目瞭然だった。
倒れるナオへ手に持つ『杖』を向け、憎悪で目を血走らせながら、更なる追撃を仕掛けようとするマセカ。
勝者だというのにまるで敵意を収めようとしないマセカが木の杖を振り下ろす間際、立ち合いの教師が出した光の縄によって拘束され、敗者同様地面に転がされてしまう。
『
『……ちっ!!』
『ほら散れ、お前達も散れ散れ! 講義に遅刻しても知らんぞ!』
教師の一声を境に、観戦していた生徒達も満足げに捌けていく。
光の縄が解かれたマセカも、教師に大丈夫だと笑みを作りながら立ち上がるナオを忌々しそうに睨み付けながらも、それ以上をすることなく舞台から去っていった。
『まあ多少の余興ではあったな。そらマニス、飯だ飯……ってなんだおい、どうした? 無惨に転がる敗者に同情でもしたか?』
「しないですよ。ただ単に、少し気になることがあったので訊きにいこうかなって」
ひとしきり生徒がいなくなってから席を立ち、ヒコさんに答えながら目的の場所まで歩を進めていく。
どんな事情であれ、これは立ち合いさえある、正式な決闘に他ならない。
彼女は負けた。弱いから負けた。そこに同情の余地はなく、特別仲が良いというわけでもないのだから、哀れみも励ましも一切抱く気なんてない。
ただどうしてこんな決闘に参加したのか、そして一回も魔法を使うことなく敗北したのか。
そのちょっとした疑問を解消したいから質問しに行く。この歩みは、そのためだけでしかなかった。
「すまない。少しいいだろうか?」
「私ですか……あ、昨日の恩人さん……ですよね!? あれ、でもどうしてこの学園にいるんです? あと、その肩の鳥さんは……」
「……ごめん、ちょっと待ってて」
誰もいない廊下で、一人とぼとぼと歩く茶髪の少女。
決闘の敗者であるナオ・ホルーに初対面の体で話しかけてみたのだが、何故か思っていた反応ではなく、目を輝かせ声を跳ねさせながら、ぐいぐいと間近まで迫ってくる。
「……なあヒコさん。これバレてません?」
『ああ、バレてるな。くくっ、面白くなってきたじゃないか。観光ってのはこうでなくちゃな』
あまりに予想外だったので一旦断りを入れ、ひそひそ声でヒコさんに確かめてみるが魔女は笑うのみ。
薄々思っていたのだが、ヒコさんが制服用意してくれなかったのバレて欲しかっただけなのではと。
そんな疑惑を抱いてしまいながら、どうすることも出来ず。
厄介なことになったと、面倒事に繋がりそうな予感ばかりな現実に肩を落とす他なかった。