世界最強の杖、マジカルチ◯ポ(全年齢版)   作:ゴマ醤油

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いざ禁書庫へ

 時間は深夜。夜空に浮かぶ満月が一番高くなる、ちょうど日が変わろうとしている頃。

 

 人がベッドの上で眠りに就いていたい夜に、暗闇に紛れるような真っ黒な装束を身に纏わされた俺は、何故か見上げることになった眼前の大樹の前で大きな大きなため息を吐かざるを得なかった。

 

「えへへっ、頑張りましょうです。マニスさん!」

 

 そんな俺の気も知れず。

 朗らかな笑顔と共に、隣で深夜の街中に合わないほどに意気込むのは、今宵の原因たる茶髪の少女。

 

 ……ほんと、どうしてこうなったんだろうな。

 俺はただ普通に街観光して、普通に学びたかっただけなのにさ。

 

 

 

 

 

 事の発端はやはり昼間のガグン魔法学園。

 隣で「頑張るぞー!」と張り切る茶髪の少女、ナオ・ホルーにされてしまった物騒な提案のせいだ。

 

『わたしはどうしても手に入れなければならない物があるです。ホルー家に名を連ねる者として、お父さんの悲願のために』

 

 物自体は教えてもらえなかったが、要はそんな感じらしい。

 確かに禁書庫自体に興味はあるが、どうして俺が誘われたのか分からないし、あからさまな面倒事へ飛び込みたいとは思えない。

 よって普通に断って話は無かったことに。禁書庫には気が向いたら一人で入ればいいと、本来ならばそうなる予定だった。

 

 ──けれど話は拗れた。大人しく寝ていればいいものを、案の定起きていたヒコさんの一言によって。

 

『あー……くくっ、面白そうだ。なあ私の娯楽、お前もこの魔女ヒニグの弟子だというのなら、たまには目の前で困っている少女の頼みの一つくらいどーんと大きな器で受け入れてやれよ。なあ?』

 

 何もなければまず断り、例え頷かなければこの場にいることを通報すると脅されたとしても、魔法で縛られでもしないのなら軽い口約束だけして逃げ出すのが正解だと。

 そんな急に思考に割り込んできた小鳥は少し考えた後、何か面白いことでも思いついたかのように、この提案を受けろと強制しやがったのだ。

 

 断言するがこの魔女、絶対に何かしらの意図があっての命令、つまりは純度百で自分のためだ。

 というか冷静に考えずとも、あのヒコさんが他人以上知り合い未満の女に何の見返りもなく手を貸すなんてあるわけがない。魔女への要求には対価、それが鉄則だと常々口にしているこの人なら尚のことだ。

 

 単なる遊興か。ただ禁書庫に読みたい何かでもあるのか。それとも俺なんぞには想像つかない、大いなる理由があるのか。

 いずれにしても、ヒコさんが乗り気な以上俺の選択権は失われたも同然。それでも嫌だと意固地になれば、きっと数年くらいは根に持たれること間違いなし。よってやる以外の道はないわけだ。弟子ってのは辛い立場よ、本当にさ。

 

『くくっ、まあいいじゃないか。どのみち禁書庫へ正統に入る手段などなく、覗こうとしたのなら不法侵入しかない。これも巡り合わせと思ってありがたく興じておきたまへよ、私の娯楽』

 

 ……まあいずれにしても、こうなってしまったからには仕方ない。切り替えていこう。

 

 何だかんだ文句を言ってはいるが、俺だって禁書庫自体には興味がある。

 俺の夢である本物のマジカルチ◯ポの手がかり、次の理論の参考になるかもしれない何かを見つけるための探索。そのついでと思えば、少女一人の軽いお使い程度なんてさしたる面倒にもならないはずだ。

 

 とはいえナオに魔法を見られ、このルールルーヒコさんが普通の鳥じゃないと気付かれたくはない。

 何より一応厳重な場所への侵入なので、流石に同行を拒否しようと思ったのだが、何と目的のブツは自分しか見分けられないとのこと。

 

 ……出来れば静かに物色したかったなって。

 

 そんなわけでちょっと億劫ではあるが、さして気負いすることもなく、お散歩くらいの気持ちで大図書館へと足を踏み入れる。

 

 流石はヒコさんの違和感拒絶魔法言うべきか、堂々と正面から踏み入っても警報一つとてなることなく。

 如何に人の技術が進歩しようと、魔女という理りから外れた連中にはまだ追いつけない部分が多いのだろうと何とも言えない気持ちになってしまう。

 

「ふわぁ……! すごい、すごいです! マニスさんは大魔法使いだったんですね!」

 

 

 そんな俺のセンチな気持ちにさせないとばかりに、ナオはキョロキョロと見回しながら興奮をみせてくる。

 

 ……一応、ヒコさんの魔法も完璧ではないからもうちょい静かにして欲しいが、まあ分からなくはない。

 

 昼間はあんなにも盛況だったというのに、靴音さえ響くほどには静寂がこの場を支配している。

 その静かさは旅人ではなく慣れ親しんでるこの街の人ほど驚愕に値するのだろう。

 

 ……で、禁書庫ってどう行けばいいんです? 

 無理矢理やらせてくるんだから、せめて道案内くらいはお願いしますよ。ヒコさん。

 

『仕方ないなぁ。不肖の弟子の我が儘、この魔女ヒニグが寛大な慈悲の心で叶えてやろう。存分に感謝し労うがいいぞ』

 

 具体的には全身マッサージで頼むと。

 心の中で道案内をお願いすれば、そんなやれやれとばかりにヒコさんが肩から飛んで道案内を始めてくれる。

 

 まずは五十階、この大図書館の最上階にある職員専用の資料貯蔵室まで上らされ。

 次に薄暗い無数の棚と本が置かれた資料室の中を歩き、木の床に隠された扉を発見し、六桁の暗証番号をヒコさんが精密な魔力操作で華麗に突破し、現れた隠し通路もとい穴が姿を現す。

 

「と、飛び降りるんですか?」

「ああ。ほら行くよ、手は離さないで」

「えっ、わひゃー!」

 

 ヒコさんの我が儘のせいで胆力はついた俺と違い、当たり前だが怖がるナオの手を優しく取って飛び降りる。

 

 五十階からマイナス階へ。

 実質飛び降り自殺に等しい凶行を強制された雑に敷かれた衝撃吸収クッションに飛び込んでポヨンポヨンと跳ねながら地下へと到達した。

 

「と、飛び降りるなんて初めてです……」

「大丈夫か?」

「は、はい! すっごく楽しかったです! ふわぁって!」

 

 まだ膝こそ笑っているが、それでも楽しかったの言葉に嘘はないとばかりに目をキラキラとさせるナオ。

 

 昔の俺なら間違いなく漏らしていたなと。

 心の中で、ナオの胆力へ素直に賞賛を呟きつつ、先へと進んでいく。

 

 これだけでもヒコさんの助けと結構な勇気を必要とするほどの難路だったが、残念ながらそれでゴールとはならず。

 むしろこれからが本番とばかりに、様々な障害が俺たちの歩みを阻んでくる。

 

 不可視のレーザーが通っている一本廊下を、ナオと二人で合わせたステップで当たらずに越え。

 如何にも人が食べたいですと、そんな造形と魔法で出来た魚の模型がひしめく地下プールの水面をヒコさんの魔法の力で歩いて渡り。

 更には壁に隠された扉を見つけられない限り、一生上り下りを繰り返させられる無限螺旋階段で時間も体力も奪われながら、ナオが偶然にも発見してくれたことで抜け出せて。

 

 そんなこんなで時間は午前三時過ぎ。

 もたもたしてたら夜が明けてしまいそうな頃、ようやく目的地であろう大図書館の禁忌とされる秘密区画──禁書庫と呼ばれる大きな扉の前へと辿り着いた。

 

 ……さっきの階段、絶対隠し扉の場所知ってましたよね?

 

『なに、たまの抜き打ちテストに持ってこいだと思ってな。この魔女ヒニグの弟子ならば、小娘より先に見つけて欲しかったなと言うのが本音だ』

 

「はあっ、はあっ、やっと着いたです。これ、普通の職員さん達はどうやって往復してるんですかね……?」

『ああ、禁書庫専用のがあってな。上の入り口でそれを翳せば、こんなクソ面倒な道などなしの直通だぞ?』

 

 息を乱すナオの問いに同意していると、ヒコさんが答え合わせとばかりにペラペラと語ってくれる。

 

 ……教えてくれるのはありがたいんだけどさ。

 じゃあそれを複製するなり、盗んでから来ればこんな苦労をせずに済んだのでは……?

 

『それじゃ何も面白くないじゃないか。それにほれ、お前の体のデータ採集にはちょうどいいだろう?』

 

 肩に止まっていた小鳥は、くつくつと、楽しくて仕方ないとばかりに身を震わしてくる。

 結構頑張ったこちらの苦労は、さぞ退屈凌ぎの余興になったのだろうな。清々しいほどヒコさんらしくてむしろ安心するよ。

 

『まあそう言うな。あとでご褒美にハグとキスをやろう。ああ、添い寝もしてやろうか?』

 

 遠慮します。

 ヒコさんの寝相最悪だし、一度抱きついてくると自分が起きるまで一切離してくれないから。

 

 かつて尿意と戦ったことを思い出し、真顔で拒否すると気に障ったのか、ヒコさんはくちばしで俺の首を突いてから、いつもより少しだけ強めに肩を蹴って飛び立った。

 

「うーん、どうやって入ればいいんですかね……えっ、小鳥さん?」

 

 不用心極まりなく、ペタペタと扉を触るナオ。

 そんな彼女を横切ったヒコさんは、高度を上げることなく右端へと移動して軽くくちばしで突く。

 

 ガチャンと、何かが嵌め込まれたような音が響く。

 その直後、ヒコさんの正面部分の小さな一角、この巨大な扉の一部分でしかない端が、まるで扉のように開いていく。

 

 

「すごい、すごいです! マニスさんくらいすごい魔法使いの使い魔さんだと、こんな事も出来ちゃうんですね!」

  

 感激とばかりに目を輝かせるナオ。

 詳細については何も語ってないし、騙しているつもりはないのだが、こうまで純粋でいられると罪悪感も出てきてしまうもの。

 

 そして俺も理解が追いついていないのだが、えっとヒコさん、これは一体……?

 

『形にとらわれるのは三流の価値観だぞ。さあて二百年ぶりの散策だ散策、ふふーん♪』

 

 ヒコさんはそばに寄った俺へ『穴』から雑にカンテラを投げ、如何にも上機嫌といった様子でいち早く禁書庫内へと飛び去ってしまう。

 

「ナオ、行こうか」

「は、はいです!」

 

 なんて気ままな人とため息を吐きたくなりつつ、珍しく明かりを貸してくれたからまあいいかと諦めて。

 自由すぎるあの人は何かやらかすんじゃないかと心配になるが、まあひとまずは放っておいても問題ないだろうと気を改めて、禁書庫内へと入っていく。

 

 禁書庫の中は、先ほど通過した資料室よりも薄暗く、そして肌寒く。

 明かりがなければ物色さえままならないなと、ヒコさんが貸してくれたカンテラに感謝すしながら、ギシギシと木の床を軋ませながら歩いていく。

 

「ひ、ひゃあ!」

 

 グルグルに包帯を巻かれ、透明な柩の中に保管されながら、近寄ったら脅かすようにバンと飛び出そうとしてきた何か。

 触るのさえ躊躇いたくなる、常に凝視してくる目玉を背につけた本。

 鎖で繋がれた今にも動き出しそうな白骨に真っ白なパンツ、更には呪いだけを圧縮して作ったのであろう禍々しい紫の宝石などなど。

 

 価値のあるものから、価値さえわからないものまで実に多様。

 嗚呼、確かにこれだけの品々を抱えるのなら、禁書庫の名に相応しい場所だろう。

 決して世に出してはいけない、姿をさらすだけで常人の心を蝕み、悪影響を及ぼす物が無数に貯蔵されている。もしかしたら、軽はずみな気持ちで踏み入った並の魔女でさえ踵を返して逃げ出すかもな。

 

「少し分かれよう。探し物を見つけたらまた合流だ」

「は、はいです! あの、これ借りちゃって、マニスさんは明かり大丈夫です……?」

「心配ないよ。これでも夜目は効くんだ」

 

 ナオにカンテラを渡して、ひとまず互いに目的を果たそうと二手に分かれる。

 魔法は使えずとも、ほんのちょっぴり目に魔力を通せば見えはする。この体になってから、視力も上がったからな。

 

 そうしてだらだら歩いていると、ふと目に入ったのは桃色の暖簾で分けられた区域一角。

 中に入って直接確かめてみれば、どうやらそういう分類の物がこの区画には置かれているらしく、タイトルさえ読めない物だって多い物の、それでも中々に心惹かれるものばかり。

 タイトルだけでは判断しかねるが、いずれも俺の求めるマジカルチ◯ポの手がかりになってくれそうで嬉しい。いいな、来た甲斐があったものだ。

 

 ふむふむ……淫魔さえ魅了する呪いの実在、不眠豪傑ゼツの王族狩り、『外』の性器図解。お、絶滅魔獣エンシェントオーガのイチモツの化石なんかもあるのか。とりあえず適当に見物してから、興味を唆られるものを手に取ってみれば……ん?

 

「混沌の女神の真名(まな)と、隠された聖地について……?」

 

 さして目立つ色をしていたわけでもなく、派手な作りでもないのに目に入った一冊の本。

 混沌の女神の真名と聖地について。

 そんな掠れたタイトルを背に刻まれた本へ、まるで目が合うかのように強く意識が向いてしまう。

 

 ……混沌の女神。かつて、英雄のマジカルチ◯ポに堕とされたという、唯一にして絶対の最凶。

 

 魅入られでもしたかのように無意識に、けれども誰よりも焦がれながら、ゆっくりと手を伸ばして本へと触れようとした。

 

 その瞬間だった。

 突如ジリリンと、けたたましいほどのベルの音が禁書庫中に響き、如何にも侵入者が出たとばかりに部屋が真っ赤に染まってしまったのは。

 

『閲覧許可のない状態で、所定位置より五分以上の貸し出しを確認しました。規則に基づき通報いたします。繰り返します、閲覧許可は出ていません。至急本を戻し、投降をおすすめします。繰り返します。閲覧許可は出ていません。至急──』

 

「ま、マニスさん! わたし何かしちゃったかもです……!?」

「大丈夫、一旦落ち着こう。放送から考えると、盗んだ時点で全員引き金になってるからさ」

 

 急な警報に驚きながら、なんか雲行きが怪しくなってきたので混沌の女神についての本だけはと引っこ抜いて手中に収めつつ。

 目的のブツらしい、大きな石を抱えたナオがパニックになりながらこちらへと走り寄ってきたので、両肩に優しく手を置いてまっすぐ目線を合わせながら宥めていく。

 

 そう、恐らく誰かが許可なく物を持ち出せば必ず発動するシステムになっていたはず。

 強いて問題を挙げるとすれば、大体のことは知っていたのにこんなシステムがあると教えてくれなかった魔女にある。そう、今肩に降りてきたヒコさんだ。

 

 ねえヒコさーん。これどういうことっすか?

 

『……さあ、何なんだろうなこれ。二百年前に本を借りに来たときはこんなのなかったんだけどな?』

 

 肩に止まったヒコさんに尋ねてみるが、本人も知らなかったらしく困惑を隠せていない。

 ……もしかして、そのことがきっかけで禁書庫も防犯が強化されてたり?

 

『……どうやら二百年前とは違うらしいな。私の娯楽よ、やはり人間とは失態から学ぶ生き物らしいぞ。くくくっ!』

 

 予想外の危機に陥りながらも、それでもヒコさんは愉しげに、嬉しそうに念話の声を躍らせてくる。

 

 ……笑い事じゃないんだけどな。はあっ。

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