世界最強の杖、マジカルチ◯ポ(全年齢版)   作:ゴマ醤油

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酔っ払い探偵ショロン

 大生図書館、通称全知の樹。

 この世界に三本しか存在しない魔法樹エックス、今なお成長を続けるその樹の中に置かれた歴史。

 ガグンが誇る二大名所、知識の街たらしめる由縁の聖地にて、夜明け間近とは思えないほどけたたましくベルの音が鳴り響いていた。

 

「急げ急げ、侵入者だ! 総員直ちに武装し、最上級の警戒で急げ!」

 

 それは今より約百年ほど前の頃。

 死の魔法商人モウカリーノが自らの食い扶持のために作成し、魔力を扱える者の戦闘レベルを変えたとされる兵器──魔法銃の捕獲タイプを抱えながら、図書館の職員は数名の警備員と共に駆け続ける。

 

 彼らの焦燥はもっとも。

 大生図書館に盗人が入ることは歴史の中で幾度もあれど、それはあくまで通常区画に限った話だからだ。

 

 二百年前に起きた、大生図書館唯唯一の汚点である盗難事件。

 機密事項の禁書庫への侵入を許しただけではなく、その中から特別凶悪な呪いの本を一冊盗まれ、あまつさえその事実の発覚に一月を要したという、紛れもなく図書館創立以来最大の不祥事。

 当時の図書館の職員達はその禁書が実在すると、そして禁書庫の存在と自身の失態を世に知られるべきでないと判断し揉み消すことを決定さえ、以後同じ事がないようにと警備を強化したのだ。

 

 だからこそ、その再来などあってはならないこと。

 かつての失態から学び、比較にならないほどの警備を施しておきながら、それでも破られるなどあってはならない。大生図書館の誇りと尊厳、人類が積んだ進歩を踏みにじられるに等しき悪行の達成など、必ずや阻止しなくてはならないのだ。

 

「ふざけるなよ……!! 『千の死』の盗難以来、存在さえ秘匿され続けた禁書庫に、何故我々の代で踏み入るなど……!」

「せんぱい帰って成り行き見ませんー? ぶっちゃけこれ、どう対処してもクビ飛ぶやつですよね?」

「うるさいうるさーい! ごちゃごちゃ言ってないでもっと焦って足動かせ! 頑張ったら始末書と減給だけで済むかもしれないだろ!? ばーか!」

「……それ、もうクビになった方がましな気がするけどなぁ」

 

 ──まあそんな大層な理念なんぞより、現在の職員達は自分の明日の方が大事なのだが。

 ともかく、職員一同の心は一致。

 過去二百年の間、一度として侵入を許さなかった禁書庫に踏み入る盗人を取り押さえ、失態ではなく手柄でこの件を収める。それだけのために必死だった。

 

「両手を上げろ侵入者共! すぐにでも降伏すれば、極刑こそ免れないだろうが、聴取の際の拷問を選ぶことは出来ると思うぞ!!」

 

 そうして職員専用の直通通路ですぐさま駆けつけ、禁書庫へと踏み込んだ一同。

 警報が鳴った瞬間に封鎖された禁書庫。鳴り続けるベルの音の中で、仮にも図書館だということも忘れながら足音を立て、必死にいるはずの盗人の姿を探し続ける。

 

「先輩! こ、これは……!!」

「馬鹿なっ! 誰も、いないだとっ……?」

 

 けれど二手に分かれ、一周回ってから合流した彼らは、成果がないことに動揺を隠せない。

 禁書庫の入り口は彼らの入ってきた一つだけ。その一つも、警報が発動してから彼らが踏み込むまでは閉鎖されていて、破壊された形跡が見当たらないのだから逃げ出せたはずがないのだ。

 

 だというのに発見は出来ず。

 まるで警報が誤報であったかのように、盗人は影も形もなく姿を消してしまっていた。

 

「くっ、侵入者は必ず中にいるはずだ! 探せ、探して見つけろ! でないと俺達のクビは──!?」

「せ、先輩……こ、これっ!!」

「なんてまさか、この呪いは『千の死』……!?」

 

 テーブルに無造作に置かれていたのは、真っ黒な革の表紙をした一冊の本。

 『千の死』と丁寧に金の糸で編まれた本。触れるは疎か、直視さえ悍ましさから本能が拒絶する本。

 

 例え実物を見たことがなくとも、一端に魔法を知る者であれば一目で理解出来よう。

 これが二百年前に盗まれた禁書庫でも指折りに危険とされた禁書。ありよあらゆる死の体験と苦痛を記録したあまり、所有者に強固な死の呪いを振りまく『杖』と成り果てた呪本であると。

 

『読み終わったので返しに来たぞ。どの棚かは忘れたんで戻しておいてくれ。それと代わりにまた数冊借りたから、まあ()()しばらくよろしく』

 

 職員は隣に添えられていた紙を警戒しながら手に取り、流麗な筆跡に目を通せば舐めた文章が。

 まるでこの禁書庫を、この世界の禁忌と歴史の遺産が秘匿された場所を、一般開放エリアと同程度に考えているかのような気楽さで紡がれたであろう一文。

 そしてまたという二文字は、まるで以前もここで本を借りたかのような、そんな物言い。

 

 手紙を読んだ職員の馬鹿ではない頭が、冷静でなくともすぐさま結論を導いてしまう。

 この手紙の送り主。この禁書庫に踏み入り、煙のように姿を消してしまった不届きな盗人は、二百年前の『千の死』盗難事件の犯人と同一であり、またもまんまとしてやられたのだと。

 

「……ふざ、ふざけるなァ──ああ?」

 

 職員がわなわなと震え、怒りから手紙を握り潰しながら、怒声を上げようとした。

 そのときだった。突然、首筋を触れられたと思った瞬間、微痛と衝撃が全身を駆け巡ったのは。

 

 心からの叫びを遮られて倒れゆく最中、薄れゆく意識の中自分同様に倒れている職員達を目にしながら、しかし他人事のような冷静さで考えた。

 二百年の間平穏を保っていた禁書庫を破られ、ぶっちゃけあっても扱いに困るから奪われて良かったと言われるほどの禁書が戻ってきた。

 そんな理解の追いつかないような大事件、どうやって報告すればいいのかと。そして恐らくクビは確定だろうから、来月からどうやって妻と二歳になる娘を養っていけばいいのだろうかと。

 

 

 

 

 

「侵入者は依然禁書庫に立てこもり、愚かにも抗戦を続けている! 私は援軍への状況報告を仰せつかってるので、諸君らはすぐに向かえっ!」

「はっ!」

 

 大生図書館、一階の受付にて。

 ビシッと敬礼し、駆け足で禁書庫へと向かっていく職員達の背を眺めながら、面倒だとため息を吐く。

 

「ふわぁ……! ドキドキしましたです……!」

 

 そんな俺とは真逆。

 ナオは禁書庫へ向かう職員たちに手を振りながら、心の底から楽しそうに体をくねくねさせている。

 

 ここで職員達に罪悪感を持たないとは、中々に悪党の才能があるなこの子。

 

 しかし、こんなんで騙せちゃっていいのかな。あんまりにも簡単すぎる気がしなくもないんだが──。

 

『舐めているのか? この私、魔女ヒニグが手ずから施した拒絶魔法だぞ? 凡百にとっての難攻不落など、私にとっては造作もないそこいらの飲食店の小金庫と同レベルに成り下がるのは当然だろうが』

 

 禁書庫にいる正体不明の侵入者を捕らえようとする、そんな彼らとは正反対。

 図書館から出ようと正反対の方向へ歩きながら俺がぼやくと肩に乗る空色の小鳥、ルールルーの姿に戻ったヒコさんが心外だと執拗に頬を突いてくる。

 

 まあ、ヒコさんの言い分はもっとも。

 最初に踏み込んできた職員達を眠らせて、彼らの制服を拝借して堂々と歩いて戻ってきたわけだが、俺の拙い演技力だけで誤魔化せるなんて思い上がりは持てるわけもなく。

 こんなにも簡単に脱出出来そうな理由の九割がヒコさんの違和感拒絶によるものなのは明白なのだから、それを疑うのはヒコさんの魔法を疑うのと同義。魔女ヒニグへの侮辱に他ならないのだから、くちばしツンツンで済ませてくれるのはむしろ温情と言っていい。

 

『しかし、嗚呼、中々に面白かったな。昔ある泥棒の冒険劇を描いた小説を読んでから、一度はやってみたかったんだ。あれは惜しくも焚書になってしまったが、まだ手元には全巻サイン付きで残してある。ちょうどいい、お前には今度腰を据えて読んでもらって、感想文でもまとめてもらおうか』

「……それ、マジカルチ◯ポに関係あります?」

『ないが、私のためだ。だから言い方を変えよう。──読め、これは命令だ』

 

 相変わらずの横暴に、せっかく借りてきた本に目を通すのは大分先になりそうだと。

 どうせお願いしても「私の領域に価値のない物を入れたくない」と、断固として譲ってくれないので持ってきた大きめのリュックに全部入れて背負いながら。

 絶対に達成感とは違うため息を吐きながら、そんなわけで無事に図書館を脱出し、もう用無しだと職員の服を脱ぎ捨てながら街へと紛れ込んでいく。

 

「あ、あのマニスさん! この服、貰っていいと思いますです!?」

「あー、ちゃんと隠せるならいいんじゃないかな。見つかったら自己責任だから、共犯者の名前は出さないようにな」

 

 街の時計を見れば時間は既に五時間近。

 ちょうど夜明けに至るかその手前という時間で、空色も朝と夜の境目といった所か。

 そこそこ大図書館から離れたし、そろそろ成果物を分け合って解散ってことでいいよな。

 

 で、結局分からなかったんだけど、結局ヒコさんはなんで泥棒計画に乗り気だったんです?

 

『いやな、実は以前ここから本を借りていたんだがな? さして役に立たなかったくせに、ちょっと本の呪いが鬱陶しくなってきたからこの機に乗じて返してやろうと──あっ?』

 

 ともあれ何だかんだ充実していた泥棒計画も無事に終わりを迎え、少し名残惜しくなりつつも、そんな余韻を消すほどにつらつらとヒコさんが事情を語り出した。まさにその最中だった。

 どこからともなく突如飛来してきた手錠が、寸分の狂いもなく俺の右手首を捕らえてきたのは。

 

 

「あっはっはー! エクセレント! 逃走の際、必ずここを通るだろうと思って張らせてもらいましたよ下手人一同様よぉ、ヒック!」

 

 

 確かに緩めていたとはいえ、それでも警戒はしていたというのに捉えられなかった気配。

 森の中で茂みに隠れる獣でさえ掴めるマイセンサーを潜り抜けた拘束に何者だと首を向ければ、そこにいたのは妙に頬を赤らめた女が一人。

 

 ベージュのトレンチコートに灰色のベレー帽を身にまとった、金茶髪で手足が長く、何よりケツとタッパがデカいのが最も強い特徴な美女。

 そして手錠に繋がる縄を片手でしっかりと押さえながら、もう片方の手に握られている酒瓶を拘束しながら呷る奇怪な女であった。

 

「え、え、えっ……!?」

「……何するんだ? 俺は少し早く起きたから散歩しているだけの旅人で、手錠をかけられるような真似なんて一切してないんだが」

「言い訳なんてよしてくださいよー。こちとら推理と捕獲で飯食ってるんですから、朝っぱらからうるさい警報聴いてすぐに導いただけですって……あー、なにこの安酒クソまじぃ! っていうかお二人もやもやしてて顔わかんないな、アッハッハー!」

 

 逃がす気はないと、片手で押さえているとは思えない力で俺の逃走を許さない女性。

 力を込めても動く気配のない、オーガもびっくりな筋力をお出しにされては驚かざるを得ない。

 

 もやもやってことは顔は正確に認識されてない。つまりヒコさんの違和感拒絶が完全でなくとも働いてるから、現行犯で捕まらない限りは逃げ切れるはず。

 

 ……にしてもヒコさーん。なんかこの街、大なり小なり含めてあんたの魔法突破してくる人多いんですけどー?

 

『まあ私の違和感拒絶は個人相手より集団へ溶け込ませる方が真価を発揮するからな。……それにしてたって、たかが二~三日で魔女でもない二人に破られるとは思ってなかった。控えめに言って、超ショックだよ。あとで慰めろ』

 

 けっこうちゃんとへこんでそうなヒコさんは、珍しく頼む前に肩から手錠に乗り移り、器用に鍵部分を突き始める。

 どうやら見破られたのが相当頭にきたらしく、意趣返しに解錠しようとしているらしい。

 

 自分だけなら逃走のために無理やりというのも吝かではない、ここにはあわあわしているナオもいるから利口な策ではない。

 ならば取るべき道は一つ。ヒコさんがやる気になってくれたのなら、俺がすべきは強引な突破ではなく、素直に時間稼ぎに徹することか。

 

「……いいかナオ、二手に分かれよう。俺は手錠を外し、こいつを引きつけながら逃げる。だから君は置いていく荷物を持って、ここから離れるんだ」

「え、でもそんなことしたらマニスさんが……!!」

「問題ない。俺の魔法で顔や特徴は認識されてないから、気にせず家まで逃げてくれ。それで明日、最初に会った場所で手に入れた物を返してもらえれざそれでいい。いいな?」

 

『私の魔法な。勝手に名乗ったからあとで仕置きだ、覚えておけよ?』

 

 そこは流してくれよ。何でそこ根に持っちゃうんだよ。ヒコさんらしいなもう。

 

「コソコソ作戦会議れすか〜……あー頭痛い、それじゃ連行しちゃいますよ~。難攻不落の大生図書館で盗みを働いた希代の大犯罪者、その現行犯で捕まえたとあれば報奨金たんまりで紙面独占からの依頼殺到……うへへ、うへへへっ」

「……なるほど、賞金稼ぎのハイエナか」

「むっ、失礼なぁ。そんな下品に形容せず、捕縛専門の名探偵と呼んで欲しいものです。あ、うちショロンって言います。短い付き合いになるでしょうが、どうぞお見知りおきを。ヒック!」

 

 どうやら相当に酔っているのか、頬を赤く染め、いまいち呂律の回っていない浮ついた口調で話す賞金稼ぎこと探偵ショロン。

 だがごくごくと酒に口を付けながらも、手錠に繋がる縄を握る力は一縷も衰えることはない。別に男に勝る体躯などではないだろうに、どこからそんな力を出しているのやら。

 

「ちっちっちー。その手錠は一族に伝わる探偵道具、ガチャガチャしたって外れませんからねー」

『そいつの言ってることに嘘はないぞ。この手錠、中々に濃い魔力で捕縛魔法が練られた「杖」になっている。くくっ、その一族とやら相当に物を大事にしていたらしいな』

 

 くちばしで手錠を突きながら、ヒコさんは面白いと楽しそうにそう語ってくれる。

 

 確かに、強力な魔法によってより拘束に特化した手錠から逃れるのは不可能かもしれない。

 ただしそれは、相手が並かちょっと優れている程度であった場合の話。

 ここにいるのはただの小鳥なんぞではなく、魔女の中でも最上級に名を連ねる魔女ヒニグ。その脅威を見抜けなかった時点で、最初の勝負はお前の負けだ。

 

「……エクセレント。どうやら今回は中々の大捕物になりそうですね、ヒック」

 

 ガチャンと音を立てた瞬間、外れた手錠を回収してくる女性。

 グビグビと酒を一気に呷り、空になったであろう瓶を放り捨て、唇に垂れた酒を指で拭いながら獲物を前にした獣のように獰猛なにやけ笑いを向けてくる。

 

『さて、気をつけろよマニス。私はもう手伝わんが、あれは人にしては中々に化け物の部類だぞ?』

 

 目の前の相手から決して目を離さず。ヒコさんの忠告に頷きながら、手錠の掛けられていた右手首を解していく。

 

 警告なんてされずとも、全身の奥の奥、魂がジリリと鬱陶しいくらいに警鐘を鳴らされてしまえば察するのは容易。

 ああうるさい。そんなに教えてこなくとも、前に立てばそれだけで簡単に理解出来るとも。

 目の前のこの女。飲んだくれのくせに、相当強い。気を緩めていたら、やられるのはこっちだ。

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