世界最強の杖、マジカルチ◯ポ(全年齢版)   作:ゴマ醤油

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ひとまずさらば学びの街

 かくしてナオの家での騒動は、無事一件落着となった。

 まあ実際はナオの家の地下で誰に知られることなく終わったので、事件ですらない一件なのだがそれは置いておこう。

 

 あの事件の詳細について、俺は結局何も知らない。

 ナオの父親の動機も、工房の出所も、あの真っ黒な世界で何がしたかったのかなんてのも興味がなかったので調べる気にもなれず。

 他人の事情なんか聞いても仕方ないし、どうせマジカルチ◯ポに一切関係ないのだからどうでもいいことでしかなかった。

 

 そんなわけで、ようやく一息つき。

 現在ツムリの街での観光中──ではなく、暖かな日差しの下、天幕なき街道をダラダラと歩く最中。

 

 ナオの家での一件の後、一食食べ損ねたことで不機嫌になったヒコさんのご機嫌取りに、結構な数のお店を梯子させられたせいで一気にお財布が空っぽになってしまい。

 元々今回はお金がなくなったら街を出ようと考えていたので、こんなにも早くツムリの街を後にすることになってしまい今に至るというわけだった。

 

「はあっ、もっと街巡りしたかったなぁ……はあっ……」

「なんだよ女々しいやつだな。そんなに観光したかったなら、あの小娘にでも集れば良かっただろ? どうせ父親が死んで有り余るほどの資産を手に入れるのだから、遊ぶ金くらい恵んでもらえただろうよ」

「最低ですねヒコさん。流石は魔女の中の魔女、人でなしの中の人でなあだぁ!」

 

 人の姿で着慣れた白衣に戻ったヒコさんは、隣を歩きながら実に魔女らしい鬼畜極まりない発言をしてくる。

 どんなに酷い親だったとしても、親を失いこれから一人で家を守っていかなければならない一人娘へとは思えない提案に、一つ皮肉でも返してやろうと思ったのだが、それを言い終わるより前に白い手で頭をひっぱたかれてしまう。

 

 ナオとは結局、あの夜を最後に会っていない。

 路銀が尽きたのがあの一件の直後だから当然ではあるのだが、別れの挨拶さえしなかった。

 

 まあ元々、本を返してもらえばそれで終わりの関係に変わりはない。

 これから先どう生きるかは彼女次第。縁があればまたいずれ、きっとどこかで会えるだろう。

 

「いちいち恰好つけな男だ。お前のようなやつはチ◯ポで女を挿すより前に、女の恨みを買って刺される方が先だろうよ」

「ははっ、どぎつい冗談。そこまで惚れてくれる酔狂な女性がいるはずないじゃないですか。いたら喜んで刺されてあげますよ」

「……言ったな? 言質取ったからな? 私は本当に知らんからな?」

 

 ……え、まさかヒコさんも入ってるの?

 あー、そりゃ冗談じゃ済まないかも。いつか楽しい実験とか言って日頃の鬱憤を晴らしてきそうだ。

 

「……そういえばヒコさん、どうして今回は、あの『穴』に飛び込まなかったんですか?」

 

 ツムリの街も大分小さくなってきた頃、つい立ち止まってしまい、そんな質問をヒコさんへと零してしまう。

 それはあの夜の最中、あの柩が開けた『穴』をヒコさんが閉じると言い出してから、ずっと喉元に支えていた疑問であった。

 

 自らに死という安らかな終わりをもたらしたい拒絶の魔女、ヒニグ・コ・ドーム。

 あの真っ黒な無を体験した俺だから言えるが、あの世界はヒコさんを殺せる可能性があった。

 

 どこまでも沈む黒。

 自身の境界さえ奪う無。

 何も生まれることのない、世界の終わりですらない世界。

 

 そんな場所であれば、或いはこの世のどんな奇跡よりもヒコさんに終わりをもたらす可能性があったかもしれない。

 そしてヒコさんならば、そんなことを理解出来ないはずがない。

 俺より先に黒へ手を入れたその瞬間、彼女の聡明な頭は、その可能性にまで容易く至ったはずだ。

 だからずっと疑問だった。いつもなら可能性があれば飛び込むくせに、今回はどうして──。

 

「……くくっ、くくくっ、なんだお前、まさか私がいなくなるんじゃないかって心配でもしたのか? つくづく女々しいやつだなお前は! クハハハッ、あーおっかしい!」

 

 一瞬、きょとんとこちらへ目を開いてきたヒコさん。

 けれど次の瞬間、段々とこみ上げてくる笑いを抑えようとして、けれど堪えきれないとばかり腹の底から、もしも通りがかる人でもいたら奇人でも見るかのような視線を送ってくること間違いなしであろう、大爆笑をしてくる。

 

 ……そんなに笑わなくたっていいじゃないか。これでもこっちは真剣に訊いてるんだけど。

 

「……ま、確かにそれもありだと考えたがな。いくら死にたがりの私とて、あんな不確かな何かへ準備なく飛び込めるほど夢見がちな少女ではない。──それに、だ」

 

 そう言ったヒコさんは、珍しいほど優しげな笑みをみせながら、俺の頬へと手を添えてくる。

 

 

「私が今、そして最も期待しているのはお前だよマニス。自暴自棄となりあんな『穴』に飛び込むのは、お前がいつか辿り着く本物のマジカルチ◯ポとやらが無意味であった後で構わない。嗚呼、楽しみしているぞ。私の娯楽よ」

 

 

 こちらの内の内まで見通されそうだと、そう思えてしまうほど美しい黒の瞳。

 そしてどこまでもいろめかしく、ヒコさんという存在で思考を塗り潰すかのように淫靡な声色。

 耳元で俺だけに、けれど俺だけは聞き漏らすのを許さないとした、そんな風に魔女は囁く。

 

 魔女ヒニグが望むのは、自らが望む永遠の終わり。

 ヒコさんが俺に求めるのは、どんな女をも堕とすと伝えられる伝説のマジカルチ◯ポが自らを終わらせるという可能性。

 

 もちろん、ヒコさんに言われずとも、俺は必ず手に入れてみせるとも。

 子供に心を掴んだマジカルチ◯ポ。最初に欲しいと願い、最後まで貫くと誓った俺の夢を。必ず。

 

「待っててよ。いつか必ず、俺が本物のマジカルチ◯ポを完成させてみせるから」

「ああ、待っているとも。だから精々この拒絶の魔女の期待、裏切ってくれるなよ?」

 

 かつては見下ろしていたというのに、今はもう随分と小さくなってしまった俺ではあるが。

 それでもこの夢と決意が変わることはないと。

 見下ろしてくる彼女の直視に負けじと顔を上げて、真っ直ぐ見つめながら改めて宣言してやれば、ヒコさんはにやりと、出会ったあの日のように笑ってみせてくれた。

 

「……で結局、苦労して取り戻したその本には、一体書いてあったんだ?」

「それがまったく読めないんですよね。なんでかタイトルは普通に読めたのに、中身は見たことない文字でわやわやびっしりって感じなんですよね。ふっしぎ」

 

 そうして笑い合った後、再び旅路を再開させると、ヒコさんはふと思い出したように尋ねてくる。

 呆れ果てたと冷たい視線を送ってくるヒコさん。

 そんな彼女に苦笑いしてしまいながら、もう一度立ち止まり、鞄から本を取り出してパラパラと開いてみる。

 

 ……うん、やっぱり最初に目を通したときと何にも変わっていない。

 ヒコさんの授業でも見覚えのない、何が何だか皆目見当も付かない文字がびっしり。たまに挿入されている絵も詳しくは分からないし、むしろなんでタイトルは読めたんだってくらいだ。

 

「……だから最初から私に貸せと言ったんだ。お前じゃ時間の無駄なのは明白だったんだから」

「だってヒコさん。俺が苦労して手に入れたんだから、最初は自分で頑張ってみたいと思うもんでしょ?」

「……まあ分からなくはないが、それでお前、頑張ってみた感想は?」

「変に意地張らず、早々に渡しておけば良かったですね。正直すっごい後悔してます」

「……はあっ。こんな体たらくじゃ見習い卒業でさえ先の先だろうな。お前は一生未熟者だ、ばか、ばーか!」

 

 ヒコさんは大きな大きなため息を零した後、俺の手から乱雑に本を奪い取り、あっかんべーをしてから早足で先へと進んでいってしまう。

 そんないつも通り過ぎる彼女にやれやれと首を振ってから、彼女に追いつくべく歩み出した。

 

 ……ところでヒコさん、本読みながら歩くと危ないよ……あ、こけた。まったくもう。

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