世界最強の杖、マジカルチ◯ポ(全年齢版)   作:ゴマ醤油

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かつて、愛の神に愛された町があったらしい

 助けてくれた未亡人の女将に連れられて、町を歩いて連れてこられたのは宿屋。

 どうやら女将は呼び名のとおり女将であるらしく、ちょっと罪悪感が湧いたのでそこまで子供でもないしお金がないと素直に告げたのだが、女将は「そうかそうか」と笑い流して部屋を貸してくれた。

 

「そんじゃ食事は十九時ね。風呂は町に大浴場があるけど、嫌だったら備え付けの小さなシャワーを使っておくれ」

 

 女将は温泉があると教えてくれてから、ごゆっくりとバタンと部屋の戸を閉める。

 小さな部屋に一人と一匹だけとなり、ほっと小さく息を吐きながら荷を下ろしていると、黒猫のヒコさんは俺よりも先にベッドへと飛び乗ってしまう。

 

「あー疲れたなもうー。久しぶりに歩きすぎてむーりー」

 

 誰よりも先にベッドの上に飛び乗ったヒコさんは、小さな猫の体でゴロゴロと転がりだらけてしまう。

 ヒコさんはこういう所がある。おまるでマーキング

 

「……ヒコさん。ベッド汚れるし、せめて足拭いてからにしてくださいよ」

「嫌だー。私地面歩いてないもーん。魔女だから汚れてないもーん」

 

 駄目だ、もう完全に駄々こねモード入っちゃってる。

 長年の経験で分かるが、こういうときのヒコさんに何を言っても無駄。どこまでいっても常識よりマイルールの人でなし、それが魔女ヒニグというお人の常だ。

 

 ……ま、どのみちベッドはヒコさんのもの。

 こんな俺達を受け入れてくれた女将さんに申し訳ない気持ちはあるが、可愛い黒猫の気まぐれと思って大人しく諦めてもらおう。ごめんなさい。

 

「ま、夕餉までには幾分か時間がある。少しだらけたら散策ついでに風呂行こう、風呂」

「……行った所で猫は入れないと思うんですけど」

「なに、軽い認識阻害でも施して誤魔化すさ。()()()()()、多少の行使でバレることもないだろうしな」

 

 ヒコさんは何やら含みありげに話した後、それ以上を語る気などないとゴロゴロを再開してしまう。

 こうなってしまえば手出しは出来ないし、置いていくとそれはそれで不機嫌になる。

 よって待機と、部屋に備えられた椅子にゆっくりと腰掛けて、ゆっくりと目を瞑って時間が過ぎるのを待つ。

 

 そうしてヒコさんが重い腰を上げたのは、具体的には到着した頃の昼空に茜が差し始めた頃。

 ただ座っての休憩も飽きたので、研究の成果である部屋で出来る騒音にならない筋トレで調整をしていると、わざわざ俺の頭に乗ってきて額で肉球をペシペシしてきたので町に繰り出した。

 

『静かだな、私の娯楽。まるで終わりに俯きながら待ち続ける、哀れな老人のような町だ』

 

 移動ついでに町中を窺う道中、肩に乗るヒコさんが脳へと送ってきたのは実に包み隠そうとしない所感。

 そこまで言わなくてもいいじゃないかと思わなくもないが、まあ概ね感想は似通ってしまっていたのでそこまで強くは言い返せない。

 

 まだそこまで日は落ちていないというにもかかわらず、町の規模に合わないほど静まっている。

 それだけじゃなく、通りがかる人、視界に入る人、こちらを見つめる人の目には一切に光と活力が見られず。

 更に言えば子供の顔でさえ笑みはなく、泣きつかれたように沈み込んでしまっている。決してそんな町ではないのに、まるで希望のない貧民街と同じような印象を受けてしまった。

 

 どうやら何かあった町に来てしまったのだと察しながらも、細かい事情を探る気になれず。

 所詮は一晩だけ泊まる宿と、あると割り切るのが最善と結論づける。

 

 そんな思考を巡らせながら歩き、やがて目に入ったのは、恐らく町の中心に位置しているであろう場所に建てられていた石像だった。

 

 下半分の台座のみが僅かに残る形で砕かれ、見るに堪えない姿に成り果てた石像。

 時間による劣化ではない、明らかに人為的に壊されていて、それなのに地面に散らばった石片でさえ撤去されないでいる。まるで大事な物を失ってしまった人が、その残骸へ縋り付くかのように。

 

「下のこれは……なんて書いてあるんだ?」

『なんだマニス、復習不足か? これ、私が魔法の勉強で教えた古代文字の一つなんだがな?』

 

 不満げに肩を踏み踏みしてくるヒコさんに苦笑いを返しながら、記憶の底を掘りながら凝視してみる。

 ほとんど欠けてて最後の文字しか分からないけど……えっと、ラ?

 

「……んだおい、見慣れない顔だな。……ああ、さてはお前が女将の招いたって噂の小さな旅人かぁ?」

 

 近くのベンチに座りながら、酒瓶を手に持ちながらにたりと笑みを浮かべる中年の男。

 頬が真っ赤になるほど酒に溺れてこそいるものの、それでも町の入り口で絡んできたまともじゃなかった人や、希望を失った人達と違って平常を持っているように思える男は、ふらふらとした足取りで俺の隣へと歩いてきた。

 

「ええ、女将さんの所でお世話になってます。お金もないのに泊めてくださって、本当に優しい方ですね」

「そうかい。ま、あそこの女将も久しぶりの客で気が紛れるなら結構。時期がいいのはまあ、お前の天運だろうな」

 

 わしゃわしゃと、酒瓶を持たない方の手で親戚のおじさんのように気安く頭を撫でてくる。

 とてもうざかったので振り払うと、それさえ面白がりながら瓶の口に唇を付けて酒を呷っていった。

 

「あの、この石像は一体?」

「こいつはな、ずっと町の守り神だったピュアラ様の石像の残骸さ。何でもまだこの町が名前すらない小さな村であった頃、愛神ピュアラ様がこの村に数日滞在したらしくてな? 村の歓迎をいたく気に入ってくださったピュアラ様が、村の繁栄を願ってこの石像を置いてくださったらしいって言い伝えがこの町には残ってんだよ。ひっく」 

 

 尋ねてみればつらつらと、酔っているからこそであろう軽快な語る中年の男。

 ま、今となっては懐かしい名前だと。

 最後に渇いた笑いを吐き捨てた中年の男はけらけらと笑い、グビグビと酒を喉へ流し込んでいく。

 

『愛神ピュアラ……ああ、確か比較的新しめの善神だったか。愛した女と人の世に混ざり、気に入った場所に石像を置き、子宝と愛情に恵まれやすくなる加護を与えると聞いたことがあるが……なるほど、確かに善神よな。神の善意は時に悪意よりも過激になりがちだが、僅かに導く程度の加護で済ませているのだがら』

 

 恐らく壊れた石像から、施された加護のほどを把握したのだろうヒコさんは鼻を鳴らして顔を背ける。

 まったくもって自分勝手が過ぎると。

 元々の性根か魔女故の同族嫌悪なのか、いずれにしても神や超常の存在を嫌いがちなヒコさんにしては珍しい反応。それだけで、この石像を置いた神の善性を証明しているのだろう。

 

 ……愛の神、か。

 曰く、マジカルチ◯ポは最凶たる混沌の女神を堕とした愛の最強兵器。未だ神の類に出会ったことはないが、愛神へ尋ねれば何か手がかりを掴めるのだろうか。

 

「その後愛や子宝に恵まれたこの村は発展を重ね、感謝の証として愛に恵まれた町ピュアラの名を共に今日まで発展に栄えていたってわけだ。どうだ、中々愉快な話だろう?」

「……えっと、確か町の入り口では、愛を失う町と聞きましたけど」

「そうだな。愛を失う町ネトリン、愛を奪われる町ネトリン! 奇しくも伝承は再来し、名を与えられた代わりに愛を失ったってわけだ! ……ははっ、改めて言葉にすると最低すぎて笑えてきちまうな! おかげで酒もまずくて叶わねえや!」

 

 まるで吐き捨てるように、心の底から唾棄するように声を荒げ、再び酒を飲んでいく。

 町の名前が変わる。そんなことは往々にしてあるものではない。

 きっとそれほどの何かあったのだろう。それもこの町の様子からして、不幸としか呼べない絶望的な何かが。

 

「……すみません。お風呂場があると訊いたんですが、どちらにいけば?」

「ああ、ならそこを真っ直ぐ行きな。やってるかは知らねえが、建物自体は少しでかくて分かりやすい見間違いはしねえだろうよ」

 

 それでも、それ以上の深掘りをしようとは思えず。

 話を切り上げついでにお風呂場の位置を尋ねると、一瞬つまらなそうな顔をしたものの、指で指しながら思いの外素直に答えてくれた。

 

「なあ旅人。その黒猫とは長い付き合いか?」

「?? ええまあ、短くはないですけど」

「そうかいそうかい、それなら精々大事にしてやるんだな。なんたって、いつまでもあると思うな愛と情。今やこの町は愛が育まれることのない、奪われ失うだけの沼なんだからよ。ひっく!」

 

 皮肉めいたことを言い、大きなしゃっくりと共に手を振って元のベンチへと戻っていく中年の男。

 ごろりと寝転がり、いびきを掻き始めた彼に風邪引きそうだと思いながら、教えてもらった方向へと歩みを再開させた。

 

『愛に恵まれた町が、愛を失う町にか。中々にきな臭く、そして面白そうだが如何に?』

「……さあ。なんか時期がいいらしいですし、巻き込まれてから考えます」

 

 俺は別に都度困っている人に手を差し伸べる善人でもなければ、神話やお伽噺に出てくるような英雄の気を持つわけでもない。

 所詮はマジカルチ◯ポを追い求めるだけの者。進んで首を突っ込む道理もなく、どうせ考えたってさして回る頭でもない。

 この町が抱えている問題とやらは、巻き込まれたらそのときにでも考えればそれでいい。今はそれより久しぶりのまともな風呂、それから宿に帰ってからの食事が優先だ。

 

 ところで疑問なのだが、ヒコさんは認識阻害で誤魔化すと言っていたが、それが叶うのなら男湯に付いてくるのだろうか。それとも俺が女湯へ連行されるのだろうか。……前者であることを望む他ないな。

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