そうして屋敷を後にした俺達は、ちょっと離れた木陰でようやくの昼食にありつけた。
「うんうん、やはりあの女将は腕が良い。お前もこれくらい作れて欲しいものだ」
「無茶言わないでください。というか、人の姿で猫用の食べることに何か思うところはないんですか?」
「ないな。猫用など所詮は一部食材を抜き、味を薄くして量を小さくしたに過ぎん。舌によってはそっちの方が食べやすい人間だってそこそこいるだろうよ」
影は涼しく、優しいそよ風に肌を撫でられ、優しく葉の揺れる音が心地良く。
そんな絶好の昼食の場所で、ヒコさんは饒舌に語りながら、猫用に作ってもらえた猫用のミニサンドウィッチを一口で完食してしまう。
だがどれだけ称賛しようが、猫用は所詮猫のためのサイズでしかなく。
当然自分の分をあっさりと食べきってしまったヒコさんは、やはり足りなかったのか、寄越せと俺のハンバーグサンドウィッチにかぶりついてくる。
……まあ別に、大きいからいいんだけどさ。
食べるなら言ってくれれば分けるのに、そういう所が本当に魔女って感じだよな。うちの師匠は。
「で、結局どうだった私の娯楽よ?
「うーん、まあ少しだけ。でもやっぱり期待外れでした。魅了だって必要な構成要素だとは思うけど、あんな程度の代物じゃとても足りないです」
「そうかそうか。それは残念。ま、ふざけた体をした今のお前はともかく、魔女にさえ通用しない程度では混沌の女神に届くなど夢物語でしかないわな」
問うてきたヒコさんに俺ははっきりと返せば、彼女はくつくつと楽しげに笑ってみせる。
マジカルチ◯ポを目指すのであれば、あんな程度じゃまったくもって足りないのは間違いない。
魅了というのなら、せめてそれを行使するよりも前に堕とせるものでなければ。
曰く、マジカルチ◯ポは姿をさらせば最強の女神でさえ怒りを収め、そのイチモツ以外目が入らなくなると。であれば魔法を行使しなければならないなど、あまりに遅すぎるのだ。
「ま、精々長々と励むんだな狂人が……なんだ、浮かない顔して。何か忘れ物でもしたか?」
「……いや、屋敷にいた人達、どうするのかなと思って」
「なんだマニス。お前は仮にも魔女の弟子、自分の夢で手一杯な未熟者だろうに、まさか他者の人生を気にする余裕があるとでも言うのか?」
ちょっとだけ、想像してしまった後味の悪いことを考えてしまい。
つい思いを零すように、ほんの小さく口に出してしまえば、ヒコさんはその一切を一笑に付してしまう。
「勘違いするなよ。私は魔女でお前はその弟子。他がためを信条とする騎士でもなく英雄でもなく、利己的に探求を続ける愚者でしかない。そも救う手段がない以上、過ぎた領分に手を伸ばせば待つのは破滅のみ。それを為そうというのなら、お前は魔女さえ凌ぐ希代の欲張り者だぞ?」
ヒコさんの言葉は授業のときのように淡々と、けれど断ずるようにはっきりと。
それがヒコさんの、魔女という生き物が持つ利己的な在り方の根本。
弟子にして欲しいと村を捨ててまで頼み込んだあの日から言われ続けている、夢のみを追う者の鉄則。だからそんなことは、もう言われずとも心に刻みつけてあるとも。
それでも。例えそうであったとしても。
夢を追う者としてはヒコさんの姿勢を見習いたいと思うし、そうなりきれない部分は人でなしと疎んでしまってもいる。人と人でなし、相反した矛盾を兼ね揃えた中途半端。それが俺だ。
そういう意味じゃ、俺はどうあっても魔女にはなり得ないのだろう。
ヒコさんのような魔女にはなれず、けれど自身の夢を優先とする夢追いの人でなしでしかない。どちらかに寄ることは出来ても、寄り切ることは決してない。
それでいいし、それがいい。むしろそうじゃなきゃ駄目だ。
どんなものを捨てたとしても夢を追うし、他人のために悩んだり怒ったり泣いたってする。
何よりも、誰よりもと願うだけの大馬鹿者。
そうでなければ、それほど強欲でなkれば理想のマジカルチ◯ポになどという、世界でもっとも馬鹿らしい伝説に辿り着けるわけがないと、俺は俺自身の歩みを信じているのだから。
「……それでも、ヒコさんは、師匠は彼らがどうなると思いますか?」
「どうでもいい。割れた器は直せず、流れた水は戻らず、決して過ちを覆すことなど出来やしない。それでも自分を肯定したくば、割れた器を直すか新しくか作るなりし、新たな水を注ぐことでしか埋められない。どうするか、どうなるかはあいつら次第でしかないんだよ」
また一口、容赦なく俺のサンドウィッチを囓ってきたヒコさんは、どうでも良さそうに語る。
「そんなに気になるなら戻って見守るか? どうせ長い旅だ、そんな無駄な一時も一興だろう?」
「いえ、あそこにもう寄る理由はない。俺は俺の夢のために、本物のマジカルチ◯ポを手に入れるために旅を続けます」
「……そうか。やっぱりお前はそういうやつだよ。人の情を辛うじて残しながら、魔女よりも身勝手で強欲な探求者めが」
即答した俺にやれやれと首を振り、少しだけ惜しむように更にサンドウィッチを囓ってくる。
何だかんだ悩みこそしたが、残念ながら戻る理由はどこにもない。だってあそこにはもう、マジカルチ◯ポに繋がるものは何もないと知っているのだから。
……にしてもこの人、ほんと随分な無茶言ってのけるよな。
一日ならまだしも、何日も金なしに宿と食事を提供してくれるわけないじゃないか。こういう細かい所で魔女が魔女である由縁を知れるんだよな。はあっ。
「それでマニス。この魔女ヒニグの最新の娯楽は結局、どこを目指して旅をしているんだ?」
「あー、実はないんですよね、行く宛て。衝動で飛び出したので、何も考えてないんですよね。たはは」
取り出したハンカチで口を拭き、指先から出した水で軽く口を濯いだ後に尋ねてくるヒコさん。
ちょっと恥ずかしいので聞かれたくはなかったが、それでもついに突かれてしまったので苦笑いで答えれば、ヒコさんに今日一番のため息をつかれてしまった。
「人が根城を燃やしてまで付いてきてやったというのにお前は……はあっ、ま、どうせ時間はある。たまには勘や衝動に身を委ねるのも時には必要だろうよ……ふわぁ」
「そういえばあのネトリンとかいうやつ、何者だったんでしょうね……ヒコさん?」
「どうでもいい。疲れた。腹が膨れた。何より絶好の眠り日和だ。よって寝る。ちゃんと寝るから、起きるまでは起こすなよ」
呆れてしまったのか、それともやはりどうでもいいのか。
いまいち分からないまま、俺の肩に頭を置き、そのまますうすうと寝息を立て始めてしまった。
相変わらず、どこまでも言いたい放題自分勝手な師匠だと。
揺らさないように心がけながら、未だ半分以上残るサンドウィッチをまた一口噛みしめる。
ところでさ。今は俺の方が小さいせいで、ヒコさんを支えるのがすごい大変なんですけど。
「咀嚼で揺れる。もっと静かに食え」
……どうしろってんだよ。やっぱり自分勝手すぎるな、この馬鹿ヒコさんめ。