女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
アムステル女学園。
国中の貴族の令嬢と、選ばれた才女だけが通うことを許された、男子禁制の学び舎。
その正門を俺は今くぐろうとしている。
スカートで。
……スースーする。
足元から風が吹き上がるたびにスカートの両裾を握る。
社会人として十数年。スーツとネクタイで戦ってきた俺が、まさかスカートで学園に通うことになるとは思わなかった。
俺に与えられた任務はひとつ。
この学園に通う公爵令嬢――ロッテ嬢の弱みを握ること。
そして三ヶ月以内に彼女を俺たちの組織へ加入させる。
……要するに、脅して言うことを聞かせろ、ということだ。
期限は三ヶ月。手段は恐喝。
前の世界のブラック企業でも、ここまで露骨な目標設定は見たことがない。
その組織の名は『クルクルクルッピ』。
……ふざけた名前だが、ボスはいたって本気だ。
表向きには存在しない秘密結社らしい。何を目指しているのかは、下っ端の俺には知らされていない。
ただ、この世界に来たばかりで、金も伝手もない俺にとって、ここ以外に生きる場所はない。
ロッテ嬢は、国中のダムと水路を管理するダム家の令嬢だという。
社交界での顔も広く、彼女ひとりを引き込めば有力貴族たちの情報が芋づる式に手に入る。
理屈はわかる。わかるのだが――
俺はついこの間まで、ただのサラリーマンだった。
人を脅したことなんて一度もない。せいぜい、取引先に締め切りを念押ししたくらいだ。
年頃の女の子の弱みを握って、無理やり言うことを聞かせる?
……いや、無理だろ。普通に。
そして、絶対に守らなければならないルールがひとつ。
男だと、絶対にバレないこと。
「ねぇ、見て。あの子……」
「転入生かしら。おきれい……」
すれ違う女生徒たちが、ひそひそと囁き合っている。
見られている。めちゃくちゃ見られている。
目立つなって言われてるんだけど。
……落ち着け。新規の取引先へのプレゼンと同じだ。
笑顔。姿勢。声のトーン。
「ご、ごきげんよう」
精一杯の高い声で微笑むと、女生徒たちは「きゃあっ」と黄色い声を上げた。
よし。営業スマイルは、異世界でも通用するらしい。
そう思った、次の瞬間。
「男よっ!!!」
中庭に甲高い悲鳴が響き渡った。
全身の血の気が一瞬で引いた。
バレた? なんで? 歩き方か? 声か? 喉仏か?
頭の中にクロエに言われた言葉がよみがえる。
『男だとバレたら、貴族に売られるか、その場で処刑よ』
男子禁制の学園に忍び込んだ罰にしては、重すぎる気がする。
この世界の常識はいったいどうなってるんだ。
「本物の男性よーっ!!!」
女生徒たちが、一斉に走り出した。
――俺とは、反対の方向へ。
……ん?
振り返ると、学園の柵の向こう側。
腰の曲がったおじいさんが、のんびりと植木に水をやっていた。
「きゃーっ! こっち向いてーっ!」
「おじいさまーっ! お名前をーっ!」
「わたくし、ハンカチを落としましたわーっ!」
そう叫んだ女生徒は、柵の向こうへハンカチを全力で投げた。
落とすのではなく完全に投げ入れていた。
「信じられませんわ……学園の中から男性を拝めるなんて……!」
「わたくし、お父様以外の男性を見るのは初めてですのよ!」
「目に焼き付けておかなくては……! 次はいつ見られるかわかりませんもの!」
柵には女生徒たちが鈴なりになっている。
おじいさんは困ったように笑いながら、腰をさすってそそくさと去っていった。
去り際に拍手が起きた。
……なんだ、これ。
俺は腕を組み、冷静に分析する。
確かに、女子校の生徒は男に免疫がない。
俺の高校の隣にあった女子校も、文化祭に男子が行くとちょっとした騒ぎになっていた。
だが、それにしても限度がある。
相手は、どう見ても八十過ぎのじいさんだ。
ただの庭師に名門校の令嬢たちがここまで熱狂するはずがない。
つまり――
あのじいさん、ただの庭師じゃない。
おそらく王宮の庭も手がけた、伝説の庭師だ。
うん、そうだ。そうにちがいない。
さすがは名門女学園。出入りの業者まで超一流とは。
「――あなたは、行かないのね」
すぐ隣から声がした。
いつの間にか、一人の令嬢が立っていた。
騒ぎには目もくれず、まっすぐに俺を見ている。
背後には数人の取り巻き。
間違いない――ダム家のロッテ嬢。俺のターゲットだ。
「はい。お仕事中の方のお邪魔をしては、いけませんので」
ロッテ嬢が、わずかに目を見開いた。
「……わきまえているのね。それに見ない顔ね。あなた、転入生?」
来た。最初の接触。
自然に。女の子らしく。目立たないように。
気づけば俺は背筋を伸ばし、きっちり四十五度の角度で頭を下げていた。
そして、両手を差し出す。
「お世話になっております! わたくし、本日付けで転入いたしました、こういう者でございます!」
中庭が、しんと静まり返った。
……やってしまった。
追い詰められた人間というのは、体に染みついた動きが出るものらしい。
ロッテ嬢が、差し出された俺の両手を見つめる。
「……何も持っていないけれど」
名刺がなかった。
当たり前だ。ここは異世界だ。
弱みを握るどころか、こっちが初日で恥をさらした。
「……ふふっ」
顔を上げると、ロッテ嬢が口元を押さえて肩を震わせていた。
「ロ、ロッテ様がお笑いに……!」
「あの氷の令嬢が、人前で……!」
取り巻きたちがざわめく。
ロッテ嬢は小さく咳払いをすると、すぐに涼しい表情へ戻った。
「あなた、変わった子ね。覚えておくわ、転入生さん」
そう言い残して、彼女は去っていった。
……心臓に悪い。
でも、とりあえず顔は覚えてもらえた。悪い意味でだが。
俺は空を見上げた。
昨日まで、俺は日本のどこにでもいるサラリーマンだった。
それがどうして、異世界で女装して、女学園に潜入しているのか。
――話は、昨日の夜明け前にさかのぼる。