女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~   作:やっくん。

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第10話 勝ち目なし、されど

「——今年から、追加で模擬戦闘の試験を開始いたします!」

 

「どえぇぇぇえぇ!?」

 

 思いっきり声が出た。

 

 周りの受験生が一斉にこちらを見る。

 

「す、すみません、なんでもないです」

 

 俺は小さくなりながら、もう一度教官を見た。

 

(戦闘試験……か)

 

 剣道なら中学の三年間だけやっていた。

 

 だがそんなものは焼け石に水だろう。 

 

 馬車の中ではクロエから試験の説明を受けたが、筆記と魔力検査の二科目と確かに言っていた。

 

(模擬戦闘なんて話は一言も出なかったのに……!)

 

 俺はライラに視線を向けた。

 

「聞いてないんですけど……」

 

「あたしも知〜らない」

 

(他人事だと思って……っ!)

 

 人ごとだと思ってケラケラ笑っている彼女を横目に必死に考える。

 

 さきほどの魔力検査のときは、彼女が遠隔で電気の魔法を放ってくれた。

 

 あれがなければ正直あぶなかった……

 

(ならば今回も——)

 

 「一同、訓練場へ移動してください」

 

 教官の声で、受験生たちが動き始める。

 

 屋外の広場から、石造りの建物の中へ入っていく。

 

 廊下を進んだ先に、天井の高い大きな部屋があった。

 

 床は磨き込まれた木材で、壁には剣やら盾やらが整然と並んでいる。

 

 訓練場だ。

 

 本物の訓練場だ。においからして外と違う。

 

(……剣道場を思い出すような匂い……汗と、木と、鉄のにおいがするな……)

 

 体の奥が、じわりと熱くなる気がした。

 

 この感覚……久しぶりだ。

 

 俺は横を歩くライラに、こっそり近づいて手のひらを合わせる。

 

「ちょっとお願いが……」

 

「なに〜」

 

 ライラが俺の手元を見た。

 

「必死のお願いポーズがウケるだけど」

 

 ケラケラと笑う彼女。

 

「笑ってる場合じゃなくて……実はもう一回、あの電気の魔法を放ってほしくって。遠隔で」

 

「あ〜また魔法で助けてほしいわけねー。コロっち、見た目の割にせこいねぇ〜」

 

 彼女が顎に手を当てた。

 

「はい。もう一回だけ……」

 

 そのとき、教官の声が訓練場に響いた。

 

「これより模擬戦闘試験のルールを説明します!」

 

 全員が前を向く。

 

「一対一の立ち合い形式です。なお——」

 

 教官が全員を見渡した。

 

「魔法は禁止です!」

 

「……だってさ〜」

 

 ライラがこちらを向いて、困ったような、でもどこか楽しそうな顔で言った。

 

 俺は肩を落とす。

 

(まじ……か。ライラさんも助け船も期待できない)

 

「一人あたりの制限時間は三分間。三分の間、こちらの先生と戦闘をしてください」

 

 教官が続けた。

 

「こちら、中立国ランダリア第三騎士団副団長のアメリア様です」

 

 教官が紹介すると、一歩前に出た女性が口を開いた。

 

「アメリアだ。この学園の剣術講師としての任も受けている」

 

 よく通る、静かな声だった。

 

「一人ひとりが騎士としての自覚を持ち、恥じない戦いをすることを期待する」

 

 青い長い髪が、肩から背中へ流れている。淡い紺色の瞳は、ぱっちりとした二重だが、どこか冷たい光を持っている。

 

 引き締まった体つきで、身長は百七十センチくらいだろうか。騎士服がよく似合っていた。

 

 背筋もピンと伸びていて凛としている。

 

「遠慮は無用だ。全力でくるように」

 

 そう言って、静かに一歩下がった。

 

 三分間、この人と戦うのか。

 

 騎士団の副団長で剣術講師を相手にまぁ勝てるわけがない。

 

 だが、勝つことが目的ではないとするとこの試験の評価軸は何なのか。

 

(三分間持てば合格ラインなのか、才能の片鱗を見ることが目的なのか……)

 

「では、名前を呼ばれた方から中央へ」

 

 試験官が名簿を手に取った。

 

(一番目だけはやめてくれよ……)

 

「ビョーデ・マッケール、前へ」

 

(ほっ……よかった……)

 

 ビョーデと呼ばれた生徒が、緊張した顔で中央へ進み出た。

 

 向かいにアメリアが立つ。

 

「開始の合図で模擬戦を開始してください。それでは——はじめ!」

 

 やぁー、と飛び込むビョーデ。

 

 ガチン!

 

 一合打ち合う。

 

「ぐわっ」

 

「そこまで!」

 

 ビョーデが倒れ試験官が手を上げる。

 

 気づいたときにはもう、終わっていた。

 

(秒で終わった……)

 

 彼女が悔しそうに戻っていく。

 

 もちろん、アメリアは汗ひとつかいていない。

 

(強すぎるだろ……)

 

 手のひらが、じんわりと汗ばんでいる。

 

 怖いのか、それとも——

 

「続いて、ヨワイ・フッツーニ、前へ」

 

 次の生徒が出た。

 

 ガチン! ガチン! ガチン!

 

 今度は何合か打ち合った。

 

「ぐわっ!」

 

「そこまで!」

 

(じゅ、十秒といったところか……)

 

 心臓が、少し速くなってきた。

 

 アメリアの動きを目で追っていたが、速すぎてこの距離でもギリギリだ。

 

 三人目、四人目と続く。

 

 どの受験生も、自分から打ち合い反撃されて終わっている。

 

(ふむ……)

 

 俺は腕を組んで考える。

 

(これは勝ち負けどころか一分も持たないな……)

 

「続いて——スイ・コロリ、前へ」

 

(来たっ!)

 

 足が、一瞬だけ固まった。

 

(ドクンッ……)

 

 ——胸の奥が、熱い。

 

 俺は腰を上げて立ち上がる。

 

「こちらの模擬刀をどうぞ」

 

 模擬刀を受け取る。

 

(……思ったより軽い)

 

 刃は削られていて、長さは竹刀ほど。

 

 両手でしっかり握ると、バランスはそれなりだ。

 

(ふぅ……変に振り回したり突っ込んだりするよりは、中学で習った剣道の方がマシだろう)

 

 俺は中央へ進みアメリアと向き合う。そして深く頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

 彼女の表情がわずかに動く。

 

「……礼に始まり礼に終わる……騎士道が少しはわかっているようだな」

 

 静かな声。

 

 それから、口の端がわずかに上がった。

 

「今年は歯ごたえがないな。お前は少し楽しませてくれ」

 

 そう言いながら彼女は構える。

 

(……くる!)

 

 俺も構えた。

 

 両足を肩幅に開いて右足を前に出し、膝を軽く曲げて重心を安定させる。

 

 両手で模擬刀を握り、切先を相手の喉元に向けて体の正面中央に保つ。

 

 中段の構え。

 

 剣道で習った、一番安定する構えだ。

 

「ほぉ」

 

 アメリアが目を細めた。

 

「面白い構えだ」

 

(今までの四人は場に飲まれて自分から突っ込んでいった……)

 

「はじめ!」

 

(だが、彼女が受けに徹しているならば……こちらが責めなければ三分耐えられるかもしれない……)

 

 彼女は動かず、こちらを見ている。

 

(……予想通り)

 

 

 静寂。

 

 

 アメリアが、すっと一歩前に出る。

 

 それを見て俺はすり足で、一歩下がる。

 

 アメリアがまた一歩。

 

 また一歩下がる。

 

「……その足運び……」

 

 アメリアがつぶやいた。

 

「面白いな。距離感が掴みづらい」

 

(一分は経過した……か)

 

「こないのか」

 

 アメリアの目が少し変わる。

 

「ならこちらから行くぞ!」

 

 彼女が一歩、踏み込もうとする。

 

 息が、詰まった。

 

 守っていても実力差がありすぎる。

 

 剣道でもそうだが、格上相手に守り続けても勝ち目は出ない。

 

(だったら——)

 

 模擬刀を天に向けて大きく突き出す。

 

 上段の構え。

 

 アメリアの目が一瞬だけ動いた。

 

 彼女が模擬刀を横にして、頭の上で受ける体勢を取る。

 

(……上から来ると読んだなっ!)

 

 彼女の空いた胴に向けて剣を振るう。

 

「どうーー!」

 

 右から左へ、薙ぎ払うように振り抜いた。

 

 瞬間――

 

 アメリアの姿が、消えた。

 

 スカッ。

 

 人とは思えない速さで。

 

(やば……構えを戻……)

 

 ――バシッッッ!

 

 衝撃。

 

 白。

 

(あぁ……)

 

(足に……ちからが……)

 

 バタッ。

 

 床が近くなって、俺はそのまま倒れた。

 

「っ……!」

 

 アメリアの声が、遠くで聞こえた。

 

「しまった……つい——本気を」

 

 その声が、どこか遠い。

 

「た、担架! 担架を!」

 

 試験官の声が訓練場に響き渡った。

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