女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
「——今年から、追加で模擬戦闘の試験を開始いたします!」
「どえぇぇぇえぇ!?」
思いっきり声が出た。
周りの受験生が一斉にこちらを見る。
「す、すみません、なんでもないです」
俺は小さくなりながら、もう一度教官を見た。
(戦闘試験……か)
剣道なら中学の三年間だけやっていた。
だがそんなものは焼け石に水だろう。
馬車の中ではクロエから試験の説明を受けたが、筆記と魔力検査の二科目と確かに言っていた。
(模擬戦闘なんて話は一言も出なかったのに……!)
俺はライラに視線を向けた。
「聞いてないんですけど……」
「あたしも知〜らない」
(他人事だと思って……っ!)
人ごとだと思ってケラケラ笑っている彼女を横目に必死に考える。
さきほどの魔力検査のときは、彼女が遠隔で電気の魔法を放ってくれた。
あれがなければ正直あぶなかった……
(ならば今回も——)
「一同、訓練場へ移動してください」
教官の声で、受験生たちが動き始める。
屋外の広場から、石造りの建物の中へ入っていく。
廊下を進んだ先に、天井の高い大きな部屋があった。
床は磨き込まれた木材で、壁には剣やら盾やらが整然と並んでいる。
訓練場だ。
本物の訓練場だ。においからして外と違う。
(……剣道場を思い出すような匂い……汗と、木と、鉄のにおいがするな……)
体の奥が、じわりと熱くなる気がした。
この感覚……久しぶりだ。
俺は横を歩くライラに、こっそり近づいて手のひらを合わせる。
「ちょっとお願いが……」
「なに〜」
ライラが俺の手元を見た。
「必死のお願いポーズがウケるだけど」
ケラケラと笑う彼女。
「笑ってる場合じゃなくて……実はもう一回、あの電気の魔法を放ってほしくって。遠隔で」
「あ〜また魔法で助けてほしいわけねー。コロっち、見た目の割にせこいねぇ〜」
彼女が顎に手を当てた。
「はい。もう一回だけ……」
そのとき、教官の声が訓練場に響いた。
「これより模擬戦闘試験のルールを説明します!」
全員が前を向く。
「一対一の立ち合い形式です。なお——」
教官が全員を見渡した。
「魔法は禁止です!」
「……だってさ〜」
ライラがこちらを向いて、困ったような、でもどこか楽しそうな顔で言った。
俺は肩を落とす。
(まじ……か。ライラさんも助け船も期待できない)
「一人あたりの制限時間は三分間。三分の間、こちらの先生と戦闘をしてください」
教官が続けた。
「こちら、中立国ランダリア第三騎士団副団長のアメリア様です」
教官が紹介すると、一歩前に出た女性が口を開いた。
「アメリアだ。この学園の剣術講師としての任も受けている」
よく通る、静かな声だった。
「一人ひとりが騎士としての自覚を持ち、恥じない戦いをすることを期待する」
青い長い髪が、肩から背中へ流れている。淡い紺色の瞳は、ぱっちりとした二重だが、どこか冷たい光を持っている。
引き締まった体つきで、身長は百七十センチくらいだろうか。騎士服がよく似合っていた。
背筋もピンと伸びていて凛としている。
「遠慮は無用だ。全力でくるように」
そう言って、静かに一歩下がった。
三分間、この人と戦うのか。
騎士団の副団長で剣術講師を相手にまぁ勝てるわけがない。
だが、勝つことが目的ではないとするとこの試験の評価軸は何なのか。
(三分間持てば合格ラインなのか、才能の片鱗を見ることが目的なのか……)
「では、名前を呼ばれた方から中央へ」
試験官が名簿を手に取った。
(一番目だけはやめてくれよ……)
「ビョーデ・マッケール、前へ」
(ほっ……よかった……)
ビョーデと呼ばれた生徒が、緊張した顔で中央へ進み出た。
向かいにアメリアが立つ。
「開始の合図で模擬戦を開始してください。それでは——はじめ!」
やぁー、と飛び込むビョーデ。
ガチン!
一合打ち合う。
「ぐわっ」
「そこまで!」
ビョーデが倒れ試験官が手を上げる。
気づいたときにはもう、終わっていた。
(秒で終わった……)
彼女が悔しそうに戻っていく。
もちろん、アメリアは汗ひとつかいていない。
(強すぎるだろ……)
手のひらが、じんわりと汗ばんでいる。
怖いのか、それとも——
「続いて、ヨワイ・フッツーニ、前へ」
次の生徒が出た。
ガチン! ガチン! ガチン!
今度は何合か打ち合った。
「ぐわっ!」
「そこまで!」
(じゅ、十秒といったところか……)
心臓が、少し速くなってきた。
アメリアの動きを目で追っていたが、速すぎてこの距離でもギリギリだ。
三人目、四人目と続く。
どの受験生も、自分から打ち合い反撃されて終わっている。
(ふむ……)
俺は腕を組んで考える。
(これは勝ち負けどころか一分も持たないな……)
「続いて——スイ・コロリ、前へ」
(来たっ!)
足が、一瞬だけ固まった。
(ドクンッ……)
——胸の奥が、熱い。
俺は腰を上げて立ち上がる。
「こちらの模擬刀をどうぞ」
模擬刀を受け取る。
(……思ったより軽い)
刃は削られていて、長さは竹刀ほど。
両手でしっかり握ると、バランスはそれなりだ。
(ふぅ……変に振り回したり突っ込んだりするよりは、中学で習った剣道の方がマシだろう)
俺は中央へ進みアメリアと向き合う。そして深く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
彼女の表情がわずかに動く。
「……礼に始まり礼に終わる……騎士道が少しはわかっているようだな」
静かな声。
それから、口の端がわずかに上がった。
「今年は歯ごたえがないな。お前は少し楽しませてくれ」
そう言いながら彼女は構える。
(……くる!)
俺も構えた。
両足を肩幅に開いて右足を前に出し、膝を軽く曲げて重心を安定させる。
両手で模擬刀を握り、切先を相手の喉元に向けて体の正面中央に保つ。
中段の構え。
剣道で習った、一番安定する構えだ。
「ほぉ」
アメリアが目を細めた。
「面白い構えだ」
(今までの四人は場に飲まれて自分から突っ込んでいった……)
「はじめ!」
(だが、彼女が受けに徹しているならば……こちらが責めなければ三分耐えられるかもしれない……)
彼女は動かず、こちらを見ている。
(……予想通り)
静寂。
アメリアが、すっと一歩前に出る。
それを見て俺はすり足で、一歩下がる。
アメリアがまた一歩。
また一歩下がる。
「……その足運び……」
アメリアがつぶやいた。
「面白いな。距離感が掴みづらい」
(一分は経過した……か)
「こないのか」
アメリアの目が少し変わる。
「ならこちらから行くぞ!」
彼女が一歩、踏み込もうとする。
息が、詰まった。
守っていても実力差がありすぎる。
剣道でもそうだが、格上相手に守り続けても勝ち目は出ない。
(だったら——)
模擬刀を天に向けて大きく突き出す。
上段の構え。
アメリアの目が一瞬だけ動いた。
彼女が模擬刀を横にして、頭の上で受ける体勢を取る。
(……上から来ると読んだなっ!)
彼女の空いた胴に向けて剣を振るう。
「どうーー!」
右から左へ、薙ぎ払うように振り抜いた。
瞬間――
アメリアの姿が、消えた。
スカッ。
人とは思えない速さで。
(やば……構えを戻……)
――バシッッッ!
衝撃。
白。
(あぁ……)
(足に……ちからが……)
バタッ。
床が近くなって、俺はそのまま倒れた。
「っ……!」
アメリアの声が、遠くで聞こえた。
「しまった……つい——本気を」
その声が、どこか遠い。
「た、担架! 担架を!」
試験官の声が訓練場に響き渡った。