女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
「それでは——開始!」
一斉に紙をめくる音が響いた。
俺も用紙を表に向け、一問目に目を通して——
「えっ?」
思わず声が漏れた。
隣の受験生がちらりとこちらを見る。俺は小さく咳払いをしてごまかした。
問一:「政治・外交について。中立国ランダリアが周辺国から圧力をかけられた場合、最も有効な外交戦略を述べよ」
なん……だと……
問題文を三回読んだ。
これ、冷戦時代のスイスと戦後日本の外交政策じゃないか。
永世中立の維持。経済的な相互依存。多国間の条約で身を守る——
固有名詞はわからないが、骨組みは同じだ。
走り出したペンが止まらない。
「よし、次っ」
問二:「戦闘について。剣術と魔法はどちらが強いのか。あなたの意見を述べよ」
……これは、どっちが正解という問題じゃないな。
強さなんて、状況や距離、相手によって変わる。見たいのは結論じゃなくて、筋道を立てて論じられるかどうかなんだろう。
前世の就活で、グループディスカッションを嫌というほどやらされた。「AとBどちらが優れているか」なんて、もう何十回議論したかわからない。
結論を決めて、理由を述べる。具体例を並べたあとは、最後に再び結論で締める。
鉄板の型だ。
俺は「魔法が強い」と結論を置き、理由を並べ具体例を書く。最後に結論でフィニッシュ。
一応補足として、「ただし両方使える者が最強である」と添えておいた。
われながら無難な答えだ。まあ、白紙よりはマシだろう。
問三:「魔法について。魔力の伝達経路を阻害する要因を述べよ」
……わからん。
魔法の理論なんて知るわけがない。リクとしての記憶もない中で、手がかりなどは何もない。
……ん?
問題の横に図が描いてある。線がつながって、ぐるりと一周して、途中に謎の記号がいくつか。
……これって、電気回路じゃないか?
伝達経路を電流の通り道だとすれば、阻害する要因は「抵抗」だ。素材の性質、温度、接触不良——
俺は迷わず、中学の理科で習った知識をそれっぽい言葉に置き換えて書き込んだ。
採点する先生は困惑するだろう。
だが、白紙よりはマシだろう。
問四:「ダンジョンについて。予期せぬ状況やパニック状態のときに、心に止めておくべき三か条は?」
ペンが止まる。
パニック時の三か条。
……ある。
ひとつだけ心当たりがある。
小学一年生の避難訓練。校庭に向かって並んで歩きながら、先生と一緒に何度も唱えさせられた、あの言葉。
いや、待て。ここは名門校の転入試験だぞ。
そんなものを書いていいのか……でも他に何も思いつかないし……
俺は覚悟を決めて、解答欄の真ん中に大きく書き殴った。
――お・か・し
五問目からは選択式だった。
地名。魔法の歴史。王家の系譜。学園の創立年。
……一問もわからない。
記憶にない。前世の知識も通じない。完全にお手上げだ。
だが、こういうときのために人類には伝家の宝刀がある。
俺はペンを机の上に立てて、そっと手を離した。
コロン。
倒れた方向は三番。よし、三番。
コロン。二番。
コロン。また三番。
隣の受験生が明らかに引いた目でこちらを見ていた。
「ふぅ……最後か……」
問十:「教養について。正しい男性への接し方について述べよ。ただし、少なくとも三つ以上記述すること」
「……は?」
また声が出た。
なんで教養の問題で男への接し方が出てくるんだ。
しかも配点が一番高い。
この世界では女性が男性を立てるのが礼儀なのか? それとも……
……ん?
何か引っかかる。
この学園は女学園で、街を歩いていても女性ばかりで、ライラさんも俺を——
「残り十分!」
試験官の声が響いた。
しまった。今は余計なことを考えている場合じゃない。
とにかく埋めろ。
男への接し方……つまり、男の俺が女性にされたら嬉しいことを書けばいいんだ。
それなら、前世で嫌というほど考えてきた。主にされなかった側として。
俺は残り時間ぎりぎりまで、ペンを走らせ続けた。
「そこまで! 解答用紙を裏返して、起立!」
全員が立ち上がる。
手応えは……半々といったところか。
Aクラスのボーダーがどこかはわからない。
次の魔力検査で稼がないと厳しいかもしれない。
◇
魔力検査の会場は屋外の広場だった。
正面には木の的が何枚か立っていて、足元には複雑な魔法陣が描かれている。
……水晶はないのか。
手をかざした瞬間にまばゆい光が放たれて、試験官が「こ、この色は……!?」と腰を抜かす――そういうお約束を期待していたが。
どうやら、単純に魔法で的を当てる試験らしい。
まずいな……
俺は魔法の出し方を知らない。
「これより魔力検査を行います」
筋肉質な教官の、よく通る声が響いた。
「魔法を一度でも発動できれば合格です。種類は問いません」
一度でいいし種類も問わない……か。シンプルだ。シンプルすぎて、逃げ道がない。
クロエさんはリクには魔法の才能があると言っていた。でも、中身の俺は魔法なんて使ったことがない。
目を閉じて体の内側に意識を向けてみる。
魔力。魔力よ。あるなら目覚めてくれ……
だめだ……何も感じない
感じるのは昨日食べたミルフェの酸っぱさの名残くらいだ。
他の受験生が試験を受けている間に何か方法を考えよう。そうだ、まずは他の子のやり方を観察して——
「では、最初の方。スイ・コロリさん、どうぞ」
……え?
教官がまっすぐこちらを見ていた。
最初かぁぁぁっ!
「は、はい」
俺は手刀を切りながら、すいませんすいませんと前に出た。
的までは、およそ十メートル。
後方の見学スペースで、ライラが腕を組んでこちらを見ている。
ええい、ままよ。
両足を肩幅に開き、右手を突き出し、手のひらを大きく広げる。
イメージだ。雷。電撃。
ビリビリッと出すイメージ——
「サンダーッ!」
広場に俺の声が響き渡った。
静寂。
ひゅるるるる……
秋風が吹いた。落ち葉が一枚、俺の目の前をくるくると舞って、的の前にぽとりと落ちた。
「……」
俺は手を突き出した姿勢のまま動けなかった。
「……えーっと、今のは」
恐る恐る教官を見る。
「実は、風魔法でして……」
「今のは、ただのつむじ風です」
教官が淡々と言った。
「は、はは……ですよね……」
「んんっ。魔法が確認できない場合は——」
そのとき。
ビリッ。
突き出したままの手のひらから小さな光が弾けた。
黄色い電気の玉が、的に向かって一直線に飛んでいく。
バチンッ!
乾いた音。的の中心が黒く焦げ、細い煙が立ち上った。
「……ま、魔法を確認!」
教官が手を挙げた。
俺は自分の手のひらを見つめた。
え……っ! 俺、何もしてないんだけど……
見学スペースに目をやると、ライラと目が合った。
パチンッ。
彼女が片目をつぶってウインクをして見せた。
ライラさぁぁぁん!!!
俺は心の中で、地面に額をこすりつけるほど深く頭を下げた。
「では次の方。終わった方は後ろで見学してください」
列を外れて後ろに下がると、すぐにライラが隣にやってきた。
「貸しイチ追加ね〜」
耳元でケラケラと笑う。
「はい、つけといてください! 本当、助かりましたっ!」
「全然おけまる〜。スイっちがキャパってたからさ〜、あーしも焦ったわ〜」
スイっち……
その呼び方は家庭用ゲーム機みたいでちょっと……
「あーしの固有スキル『遠隔魔法』がなかったら、マジでヤバかったかんね〜」
固有スキル。
なんだそのかっこいい響きは。前世の俺の中の何かが、ものすごくうずく。
「いや〜、実は今日、ちょっと調子が悪くって……」
「あ〜、はいはい。あの日ね〜」
ライラがわかってるわかってる、という顔でうなずいた。
「それならしょうがないって〜。無理すんなよ〜」
……違う
違うんだけど、訂正したら余計にややこしくなる。俺は黙って、ありがたく勘違いされておくことにした。
そんな中、試験は次々と進んでいく。炎を放つ子。氷の槍を飛ばす子。水を蛇のようにうねらせる子。
みんな、当たり前のように魔法を使っていく。
……すげぇ。
本物の魔法だ。
練習すれば、いつか俺もあんなふうに使えるようになるんだろうか。そう思うと、胸の奥がじわっと熱くなった。
とにかく、これで試験は終わりだ。早く寮に行って、ベッドに倒れ込みたい。
そう思った、そのときだった。
「例年であれば、試験はここで終了ですが——」
教官が前に出て、受験生たちを見渡した。
「今年から、追加で模擬戦闘の試験を行います!」
「どえぇぇぇえぇ!?」