女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
「例年であれば、試験はここで終了ですが——」
教官が前に出て、受験生たちを見渡した。
「今年から、追加で模擬戦闘の試験を行います!」
「どえぇぇぇえぇ!?」
思いっきり声が出た。
周りの受験生が一斉にこちらを振り返る。
「す、すみません。なんでもないです……」
俺は首をすくめて小さくなった。
模擬戦闘。つまり戦えということだ。
馬車の中でクロエさんは確かに言っていた。試験は筆記と魔力検査の二科目だと。
戦闘の「せ」の字も出てこなかったぞ。
俺はライラに視線を向けた。
「あの……聞いてないんですけど……」
「あーしも知〜らない」
「そ、そんなぁ……」
ライラはケラケラと笑っている。完全に他人事だ。
どうする。
……いや、待て。
さっきの魔力検査を思い出せ。俺が何もできなかったとき、ライラさんが遠くから魔法を撃って助けてくれた。
なら、今回も同じ手が使えるんじゃないか?
「一同、訓練場へ移動してください」
教官の声で、受験生たちがぞろぞろと動き始めた。
屋外の広場から石造りの建物に入り、長い廊下を抜ける。その先に、天井の高い大きな部屋が広がっていた。
床は磨き込まれた木の板。壁には剣や盾がずらりと並んでいる。
訓練場だ。
足を踏み入れた瞬間、においが変わった。
汗と、木と、鉄のにおい。
……剣道場のにおいに似ている。
体の奥が、じわりと熱くなった気がした。
この感覚、なんだか懐かしい。
俺は横を歩くライラにこっそり近づき、顔の前で両手を合わせた。
「ライラさん、ちょっとお願いが……」
「なに〜?」
ライラが、俺の合わせた手をじっと見る。
「その必死のお願いポーズ、ウケるんだけど」
「笑ってる場合じゃなくてですね……もう一回だけ、さっきの電気の魔法を撃ってもらえませんか。遠くから、こっそりと」
「あ〜、また助けてほしいってこと〜?」
ライラがにやりと笑った。
「スイっち、かわいい顔してけっこうずるいね〜」
「生き残るためなら、ずるくもなります」
「ケラケラ。正直でよろしい〜」
そのとき、教官の声が訓練場に響き渡った。
「これより、模擬戦闘試験のルールを説明します!」
全員が前を向く。
「一対一の立ち合い形式です。なお——」
教官が受験生たちをゆっくりと見渡した。
「魔法の使用は禁止です!」
「……だってさ〜」
ライラが困ったような、でもどこか楽しそうな顔でこちらを見た。
俺はがっくりと肩を落とした。
終わった。
ライラさんの助け船は出航前に沈んだ。
「制限時間は一人三分間。相手はこちらの先生にお願いしています」
教官が一歩横にずれる。
「中立国ランダリア第三騎士団副団長、アメリア様です」
後ろに控えていた女性が一歩前に出た。
「アメリアだ。この学園の剣術講師も務めている」
静かなのによく通る声だった。
背は俺より高い。百七十センチくらいだろうか。
背筋がまっすぐに伸びていて、立っているだけで空気が張りつめる。
深い紺色の長い髪を、高い位置で一つに結んでいる。切れ長の瞳はどこか冷たい光を宿していて、引き締まった体を騎士団の制服が包んでいた。
「一人ひとりが騎士としての自覚を持ち、恥じない戦いをすることを期待する。遠慮は無用だ。全力でかかってこい」
そう言うと、アメリアは静かに一歩下がった。
三分間。この人と。
騎士団の副団長だぞ。勝てるわけがない。
戦いの経験といえば、前世の中学で三年間だけ剣道部にいたくらいだ。しかも二年の夏からは、ほぼ幽霊部員だった。焼け石に水どころか、焼け石に霧吹きだ。
「では、名前を呼ばれた方から中央へ」
試験官が名簿を手に取った。
頼む……最初に呼ぶのだけはやめてくれ……
「ビョーデ・マッケール、前へ」
……助かった。
ビョーデと呼ばれた受験生が、こわばった顔で中央に進み出た。
「それでは——はじめ!」
「やぁーっ!」
ビョーデが叫びながら飛び込んだ。
ガチン!
一合。
「ぐわっ!」
「そこまで!」
気づいたときには、ビョーデは床に転がっていた。
……秒で終わった。
アメリアは汗ひとつかいていない。
「続いて、ヨワイ・フッツーニ、前へ」
ガチン! ガチン! ガチン!
今度は何合か打ち合った。
「ぐわっ!」
「そこまで!」
十秒、といったところか。
アメリアの剣を目で追おうとしたが、この距離でもぎりぎりだ。正面に立ったら、たぶん何も見えないだろう。
「センス・バッツーダ、前へ」
「はぁーっ!!」
三人目は叫びながら真正面から突っ込んでいった。力強い踏み込みだったが——
ガチンッ、ガチンッ。
「ハッ!」
アメリアの一閃。センスは床に沈む。
「まるでセンスがない! 次!」
「マジデ・ランボルギーニ、前へ」
「たぁーーっ!」
四人目は、合図とほぼ同時に全速力で突っ込んだ。
「速いな。だが、それだけだ」
「ハッ!」
「ぐわっ」
また一閃。
俺は腕を組んで考える。四人とも同じ負け方をしている。
自分から突っ込んで、打ち合って、返り討ちにあう。彼女の方から攻めた場面は、一度もない。
……つまり、あの人は受けに徹している。
だったら、こっちから攻めなければ——三分、時間を稼げるかもしれない。
「続いて——スイ・コロリ、前へ」
来た。
一瞬、足が固まった。ドクンと心臓が鳴る。胸の奥が熱い。
怖いはずなのになんだろう、この感じは。
俺は立ち上がって、中央へ歩を進める。
「こちらの模擬刀をどうぞ」
係の人から模擬刀を受け取る。
思ったより重いな……
思いが重い……
クロエさんが言いそうなダジャレだな……
そんなことを考えていると少しだけ緊張が溶ける。ありがとう、クロエさん。
中央でアメリアと向き合う。
俺は剣道部で体に叩き込まれた習慣のまま深く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
アメリアの眉がわずかに動く。
「礼に始まり、礼に終わる。騎士道が少しはわかっているようだな」
それから、口の端がほんの少しだけ上がった。
「今年の受験生は歯ごたえがない。お前は少し楽しませてくれ」
……いや、楽しませる余裕なんてないんです。
アメリアが模擬刀を構える。
俺も構えた。
中段の構え。
右足を少し前に出し、膝を軽く曲げる。両手で柄を握って、切っ先を相手の喉元へ。
「……ほぉ」
アメリアの目がすっと細くなった。
「それでは——はじめ!」
俺は模擬刀を構えたまま静止する。
「……」
予想どおり。
この人はこちらが動くのを待っている。
なら、俺からは動かない。三分間ひたすら待ってやる。
静寂――
アメリアがすっと一歩前に出た。
俺はすり足で一歩下がった。
アメリアがまた一歩。
俺もまた一歩下がる。
こ、こえぇ……
たった一歩近づくたびに彼女から圧がかかる。
「その足運び……面白いな。距離が掴みづらい」
アメリアがつぶやいた。
……いえ、逃げてるだけです。
体感で一分ほど経ったか……この調子なら、いける——
「来ないのなら――」
アメリアの目の色が変わった。
「こちらから行くぞっ!」
空気がぐっと重くなり、息が詰まる。
まずい!
剣道の先生も言っていた「格上相手に守っているだけでは、いつか必ず崩される」と。
どうせなら……一太刀くらい浴びせてやる。
俺は模擬刀を天に向かって大きく振りかぶった。
上段の構え。
アメリアの目が一瞬だけ上を向いた。
彼女の模擬刀が横を向き、頭上を守る形をとる。
——上から来ると読んだな!
俺は振りかぶった剣を胸元へ引き寄せ、空いた胴へ横から一気に振り抜いた。
「どおぉぉぉぉっ!!」
剣道部時代の掛け声が腹の底から飛び出した。
だが——
スカッ。
目の前からアメリアの姿が消えていた。
いや、消えたんじゃない。一瞬で後ろに跳んだんだ。人間とは思えない速さで。
やばい……構えを——
視界の上のほうで何かが光った。
バシィィンッ!!
頭に衝撃が走り、目の前が真っ白になる。
あ……足に、力が……入らない……
床がゆっくり近づいてくる。
バタッ。
俺はそのまま床に倒れこんだ。
遠くでアメリアの声がした。
「し、しまった……つい本気を――」
周りの音がどんどん遠のいていく。
「た、担架! 担架を!」
試験官の叫び声を最後に、俺の意識はぷつりと途切れた。