女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
――アメリア視点――
医務室のベッドにスイをそっと下ろした。
白いシーツの上に、綺麗な黒髪が広がる。
眉間にまだしわが寄っているが、呼吸は落ち着いていた。
「……よし。問題はなさそうだな」
私は椅子を引いて、ベッドの横に座る。
しばらくして、スイが小さく唸った。
「うぅん……」
「ん……なんだ……何か言っているな」
私はそっと顔を近づけ、耳をスイの口元に寄せる。
「く……」
「く?」
「クルッピは……ダサい……ってぇ……」
私は顔を上げた。
(……くるっぴ?なんだそれは……かわいい響きだが……)
まあ、本人がうなされて言っていることだ。気にしないでおこう。
彼女の顔を見ると、まだ少し苦しそうな表情をしている。
「どうした……まだ苦しいのか」
ぶつかりどころが悪かったか。
(……胸元を開けておいてやろう)
私は彼女の制服の胸元のボタンに手をかける。
二つ、三つと開けていくと——
(……ん?)
何かが見えた。
胸を隠す白いサラシの内側に、厚い板状のものが入っている。
かなり厚めの詰め物だ。
私はしばらくそれを見た。
(……胸が小さいのがコンプレックスなのか)
気持ちはわからなくもない。
この都市には体格の立派な者も多い。
比べてしまうこともあるだろう。
(だが……胸など大きくても肩がこるだけだというのに)
私は自分の胸を下から掬うようにそっと持ち上げて、下ろす。
バインッ
これは実感を伴う話だ。
(男という生き物は胸の大きい女を好むと聞いたことがある……)
だが、この世界で男を望むのは難しい。
王族や貴族が囲っているか、色街にでも行かないとなかなか会えない。
街で稀に野良の男を見るが、すぐに女が集まり、囲まれている。
剣の才能があるなら、いっそ騎士団に入って——
ふと、視線が下がった。
(……?)
スイのスカートが、鼠径部のあたりで不自然に棒状の何かで盛り上がっている。
(寝返りを打ったときに刺さったら大変だ)
私はスイのスカートのポケットへ手を伸ばした。
その瞬間——
医務室の扉の向こうに気配を感じる。
「……何者だ!」
私は即座に立ち上がり、扉へ向かって言い放つ。
まもなく扉が開いた。
「あちゃ〜バレちゃったか」
金髪のギャルが、ばつが悪そうな顔で立っていた。
「君は……魔法科二年のライラか」
以前に基礎剣術の授業で何度か見た顔だから覚えている。
魔法だけでなく剣の腕も確かな、見込みのある生徒だ。
(やはり騎士団へ勧誘すべきか……)
「おっはー、アメちんセンセー!」
「その挨拶はやめないか」
思わず眉間に力が入る。
「私はアメちんではない。アメリア先生と呼ぶように」
「は〜い、アメちんセンセー!」
「……ハァ」
(そうだ。思い出した)
この騎士道とはかけ離れた言動が、私の好感度を大幅に下げるのだ。
(やはり彼女は我が隊にはふさわしくないな)
「で」
私はライラを見る。
「こいつの様子を見に来たんだろ。知り合いか?」
「遠い親戚ってかんじで〜」
ライラはベッドのスイを見て口元をゆるめた。
「かわいいっしょ、うちのコロッち」
「フンッ。まぁ……男でさえ惚れてしまう者もいるかもな」
「わかる〜」
「……まあ、そんなことはよい」
私は気を取り直す。
「こいつには剣の才能がある。スイ・コロリと言ったか。転入後は剣術科に属してもらおうと思っている。そして私の講座を受けてもらってだな……」
「え〜?」
ライラが首を傾ける。
「それ、アメちんが勝手に決めていいの〜?」
「……」
確かに勝手な一存で決めては、レイクス団長と同じになってしまう。
「一応、他の教員にも相談が必要か……では早速行くとしよう」
私は踵を返して教員棟へと足を向ける。
「ではライラ、代わりは頼んだぞ」
「うぃ〜」
「きちんと返事をしろ!」
「は〜い」
「語尾をのば……まぁ、いい」
今は時間が惜しいので見逃そう。
「任せたぞ」
私は教員棟へ向かうべく医務室を出た。
廊下を歩きながら、先ほどのスイの顔が頭から離れなかった。
あの構え。あの読み。あの勇姿。
(まだ荒削りだが、)
私の口元がわずかに動く。
「磨けば、必ず光る」
◇
教員棟に戻ったところで、扉の向こうからやけに賑やかな声が聞こえてきた。
(……何事だ)
教員室の扉を開けると、中が少し騒がしかった。
先生たちが机のまわりに集まって、何やら盛り上がっている。
「どうかしたのか?」
近くにいた受付の女性に声をかけた。
「あ、アメリア先生。とある受験者の筆記テストの回答について、ちょっと盛り上がってまして……」
「筆記の、回答で?」
よくわからなかった。
試験結果の点数は珍しくないが、これほど盛り上がる理由がわからない。
「この受験者の回答、見てください!」
魔法科のマホ先生の声が、ひときわ大きく響いた。
「魔力の伝達経路についての解釈が面白いんです! 魔力の阻害要因なんですが、独自の解釈で、かつ矛盾なく——」
「いえいえ、こっちの回答を見てください!」
今度は外交科のトレード先生が割り込んだ。
「外交戦略が具体的かつ独創的で……特に経済面でお互いが依存関係になることで——」
各科の先生たちが、一人の受験者の回答に白熱した談義を繰り広げている。
(なんだ、これは……)
「なにやら盛り上がってるな」
私は輪の中に割って入った。
ついでに、机に置かれていた渦中の回答用紙を手に取る。
――六十点/百点。
「……あまり良い点数ではないようですが……」
「それは模範解答の枠に収まらず点数に現れていないだけです!」
魔法科のマホ先生が、食い気味に答えた。
「そ、そうなのか……」
この先生は普段ここまで熱量を出すタイプではないはずだが。
「この回答も見てなの。素晴らしいの」
冒険科のクエスト先生が、用紙の四問目の部分を指差して言う。
「第四問、ダンジョンにおけるパニック時の三か条」
私は受け取って目を通した。
該当箇所には、こう書かれている。
「お、か、し」と。
その下に、小さく補足が添えられていた。
「おさない。かけない。しゃべらない」
私はもう一度読み返した。
(ふむ……なるほど)
おさない。
ダンジョンでのパニック時、特に人数が多いパーティで起こる。
後方のメンバーが前方を押すことでドミノ倒しのように全員が転倒し、最悪の場合は窒息死を招いたり、パーティが瓦解したりもする。
かける。
また、走るという行動も厳禁だ。
特に魔物が目の前にいる場合、走って逃げれば追いかけられるリスクが急激に上がる。
そして、しゃべらない。
パーティ全員が好き勝手にしゃべることで意見がまとまらず、パニックが助長されるケースが少なくない。
発言は、決定権を持つリーダーに集約されるべきだ。
(これは……現場を知っている人間の回答だな)
「三か条をここまで端的に、しかも覚えやすくまとめてるの……」
冒険科のクエスト先生が、感心したように呟いた。
「極めつけはこれですのよ!」
男落とし科のエロニカ先生が、興奮気味に用紙の該当箇所を指差す。
「問十を見てぇ!これに対する回答が、もう、最高ですのよ!」
私は近づいて、その回答を覗き込んだ。
◆◆◆
――とある受験者の回答――
問十:「教養について。正しい男性への接し方について述べよ。ただし、少なくとも3つ以上記述すること」
一、ほめる
かっこいい、かしこい、頼りになる。思ったことをそのまま伝えると喜ぶ。
男は単純。でも嘘はよくない。
二、さわる
自然なボディタッチをする。すぐに「えっ俺のこと好きなの?」となる。
男は単純。でもさわり過ぎもよくない。
三、見た目
結局は見た目。可愛いは正義。
男は単純。でも性格も大事。
◆◆◆
「……」
私は二度読んだ。
正直なところ、男のことなど私にはわからない。
聞いた話によると、男は繊細で複雑でナイーブな生き物だと聞いたが、この回答は真逆の回答になっている気がする。
「これの、どこがそんなに?」
「わかってないですわよ、アメリア先生!」
エロニカ先生が興奮した様子で詰め寄ってきた。
「他の受験生の回答、見てくださいませ!」
差し出された別の用紙には、こう書かれていた。
「一、プレゼントを贈る。二、家柄をアピールする。三、会計は女が持つ。」
また別の一枚には、こうある。
「一、聞き役になる。二、相手に共感する。三、髪型の変化に気づいてあげる。」
もう一枚。
「一、サプライズをする。二、夢の国ランダリアランドでデートする。三、そのままお泊りする。」
「……」
私は黙った。
「ね?」
エロニカ先生が、とある受験者の回答を指でとんとんと叩いた。
「えー、私には模範解答に見えるが……」
「はい、たしかに教科書通りの答えです!ですが――」
「ですが?」
「この子の回答は質が違いますのよ。男は単純な生き物であると仮定している。つまり――
女と男は全く別の生き物だということを言ってるんですよっ!」
まくし立てるように言うエロニカ教諭。
「……なるほど」
私は改めて読み直した。
(確かに、言われてみれば)
(他の回答は全て、男はみな女と前提での発想だ。だがこれは——
――男は女とは別種の生物であると前提した方法だ)
「男女の違いは、見た目と性器の違いだけとされていますが、これが証明されれば世紀の大発見となりますわっ!!しかもこの回答――」
彼女の熱弁は続いている。
「特にこの三番目」
エロニカ先生が指を差した。
「女は見た目が大事であるという部分」
「そんなにか?」
「ええ!!男を落とすには優しさや心遣いが大事とされています。ですが、この回答は真逆。見た目を可愛くすることが一番大事という発想。これ、百年に一人いるかいないかの発想ですのよ」
彼女はなおも続ける。
「うちの科始まって以来の最高得点ですのよ!」
エロニカ先生が拳をぐっと握りしめた。
「ぜひうちの科にも欲しいくらい!いえ――
うちの、男落とし科こそふさわしいと言えますわね!」
各教員にここまで言わせるとは。
(この回答者の名前は……っと)
私は持っている用紙の氏名欄に目を向けた。
「……っ」
思わず、息を呑んだ。
スイ・コロリ。
そこに書かれていたのは、先ほど医務室のベッドに寝かせた、あの凛とした美少女の名前だった。
「この子は剣術科の方が先約だ!」
私は思わず大きな声で口を挟んだ。
周りの先生たちが、一斉にこちらを見る。
「先約?」
マホ先生が首を傾げた。
「アメリア先生、あの子に目をつけたんですか」
「……いや、それは」
(しまった。つい口走ってしまった)
「ただ、私が試合で当たって、見込みがあると感じたのだ」
「へぇ〜」
先生たちの視線が、なんだか生暖かいものに変わっていく。
「アメリア先生がそこまで言うの、珍しいですね」
「いつもは『フンッ』とか『不作だ』としか言わないのに」
「……ゴホンッ……と、とにかく。総合的に見て、彼女はどの学科とクラスに振り分けるべきだと思う?」
【TIPS:この学園では、試験の結果をもとに生徒一人ひとりにランクが振られる。そのランクがそのまま所属するクラスとなる。(EからS)また、才能・適正に応じて個人の学科も決定される。剣術科、魔法科、外交科、冒険科、男落とし科——この五つのいずれか】
――今、目の前の先生たちが言い争っているのは、この子をどの学科に迎え入れるか、という話。
「文句なしのSクラスでしょう……」
外交科のトレード先生が即答した。
「むしろ、各科で取り合いになりそうです」
「世界史と地理の問題が壊滅的だったのは気になりますが……」
誰かが小さく付け加えた。
「それを補って余りある内容です。それに魔法試験では、珍しい雷魔法を使用していました!」
マホ先生が断言した。
教員室の空気は、すっかりスイ・コロリ一色になっていた。
(……まったく)
私は内心でため息をつきながらも、悪い気はしなかった。
(やはり、あの子はダイヤの原石だな……)
ただ一つ、気になることがある。
問十の回答。
あれはまるで、実際に男性経験があるかのような書き方だったことだ。
(……いや、あの美貌なら、あり得なくはないのか……)
しかし、何かが引っかかる。
あの書き方は、むしろ男に言い寄られた経験というより——
男性そのもの視点で、書かれているような。
「まさか……な」
私はその考えを、頭の隅へ追いやった。
エロニカ先生:「男女の違いは、見た目と性器の違いだけとされていますが、これが証明されれば世紀の大発見となりますわっ!」
クロエ:「性器だけに世紀の大発見……ぷっ」