女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~   作:やっくん。

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不作と逸材

――アメリア視点――

 

「……ということで、今年からアムステル女学園の剣術講師として働いてほしいの」

 

 ランダリア国第三騎士団のレイクス団長が、執務机の向こうで微笑む。

 

 私は一瞬、返す言葉が見つからず黙ってしまった。

 

「えっ……私が、ですか……団長」

 

「そうよ〜」

 

 団長はあっさり言う。

 

 この人はいつもそうだ。人生を変えるような話を、まるで天気の話でもするように切り出してくる。

 

「ですが、私が第三騎士団から抜けるわけには……」

 

「まぁ聞いてアメリア」

 

 団長が立ち上がり、窓の外を見た。

 

「第一と第二の騎士団とは、徐々にだけど戦力に差が出てきている。それは、今後顕著になっていくでしょう」

 

「……はい、そこは私も懸念していました」

 

 戦力差が開きつつあるのは事実だ。

 

 このまま放置すれば、いずれ取り返しのつかないことになる。

 

「そうなると、近い有事の際には大変困ったことになるのよ。要は、今のうちから手を打っておきたいのよね〜」

 

「はい。それは大事なことだと思います」

 

「そうでしょっ!」

 

 団長が振り返った。目が輝いている。団長がこういう顔をするときは、大抵ろくなことにならない。

 

「今のうちから学園の優良物件はこちらで囲んじゃいましょう――」

 

「えっ――」

 

 いや、それはたしかに妙案かもしれない。

 

「見込みがあるなら今すぐ第三に引き入れてもいいわ。育てるのはあとからでもできるしね。というわけで、よろしく頼むわね〜」

 

「はぁ……わかり、ました」

 

 レイクス団長はいつも相談なしに決める。

 

 当初から「もっと早く相談してください」と何度も言っていたが、最近はもうあきらめた。

 

「期待してるわよん♪」

 

 団長は満足そうに椅子に座り直し、書類に目を落とした。話は終わったらしい。

 

 学校の先生か……少しの間、副団長の仕事を休むのも悪くはないか……

 

「あっ!」

 

 団長がこちらを向き直る。

 

「あと、副団長の仕事は引き続きよろしく♪」

 

「……」

 

 私は一礼して執務室を出た。

 

 廊下を歩きながら、心の中を整理する。

 

 アムステル女学園の剣術講師か……

 

 学園に通う者たちは次代を担う人間の卵だ。中立国であるがゆえに、他国からの留学生も多い。

 

 その中から、第三騎士団にふさわしい人物を見つけ出す。

 

 強さだけではだめだ。その精神――騎士道とはなんたるかを理解できる人間でなければ意味がない。

 

 そんな逸材など、いるわけがない……

 

◇◇◇

 

 アムステル女学園での指導が始まってから、しばらく経つ。

 

 今日は転入試験の立ち合い審査だ。

 

 今年の受験生は……だめだな……

 

 今のところ見どころがない。

 

 出てくる受験生がみな場の雰囲気に飲まれて、自分から突っ込んでくる。

 

 技術以前の問題だ。落ち着いて相手を見ることができなければ、どんな技も活きない。

 

「次っ!」

 

「センス・バッツーダ、前へ」

 

 名前を呼ばれた受験生が、勢いよく中央へ飛び出してきた。

 

 試験官の合図と同時に彼女が叫ぶ。

 

「はぁーっ!!」

 

 ガチンッ。ガチンッ。

 

 数回打ち合ったが、まるでセンスを感じない。

 

「ハッ!」

 

 一閃。

 

 彼女はすぐに床へ沈んだ。

 

「まるでセンスがない! 次!」

 

 いないのか、私が鍛えたいと思えるほどの逸材はっ!

 

「マジデ・ランボルギーニ、前へ」

 

「では、はじめ!」

 

 試験官の合図とほぼ同時に、マジデが駆け出した。

 

「たぁーーっ!」

 

 大声で叫びながら、全速力で突っ込んでくる。

 

 挨拶もなしか……まるで闘牛じゃないか……

 

 速さはある。だが、まっすぐ突っ込んでくるだけだ。

 

「速いな。だが、それだけだ」

 

「ハッ!」

 

 再び一閃。

 

 彼女は「ぐわっ」と声を上げ、床に倒れた。

 

 はぁ……骨のある者はいないのか。

 

 ん?

 

 見学席に金髪の派手な雰囲気の生徒がいる。

 

 たしか……ライラ、だったか。

 

 魔法もさることながら、剣術にも目を見張るものがあったので覚えている。

 

 いっそのこと、彼女を勧誘するか……

 

 などと考えていると、次の受験生の名前が呼ばれた。

 

「続いて——スイ・コロリ、前へ」

 

 スイ・コロリ……かわいい響きだな。

 

 名前を呼ばれた受験生に顔を向ける。

 

 一瞬、目が止まった。

 

 黒髪で目元がくっきりとしていて、肌は白い。

 

 他の受験生と同じ制服を着ているはずなのに、そこだけ空気が澄んでいるように見えた。

 

 背筋がまっすぐに伸び、足取りに迷いがない。

 

 緊張していないわけではないだろう。それでも、怯えを外に出さず、静かに前を見据えている。

 

 昔、父が読み聞かせてくれた絵物語に出てくる、凛々しい女騎士のような——

 

 ……気づけば、見とれていた。

 

 慌てて小さく首を振り、雑念を払う。

 

 不思議な子だ。そこに立っているだけで、人の目を引き寄せる何かがある。

 

 だが、佇まいだけで剣は振れない。見かけ倒しの者なら、これまでいくらでも見てきた。

 

 さて、お前の剣はどうだ。

 

 受験生——スイが中央まで歩き、私の前で立ち止まって深々と頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

 

 ……悪くない

 

「礼に始まり、礼に終わる。騎士道が少しはわかっているようだな」

 

 だが、それだけで合格点を出すほど、私は甘くはないぞ。

 

「今年の受験生は歯ごたえがない。お前は少し楽しませてくれ」

 

 私は模擬刀を構えた。

 

 スイも構える。

 

 ふむ……変わった流派だな……

 

 両手で柄を絞るように持ち、脇を締め、切っ先を私の喉元に向けて体の中央に保っている。

 

 なるほど……上下左右、どこからでも対応できる構えか。

 

「……ほぉ」

 

 思わず声が漏れた。

 

「それでは——はじめっ!」

 

 試験官の合図が飛ぶ。

 

 スイは動かない。

 

 構えたまま、じっとこちらを見ている。

 

 焦りも迷いも見えないが一向に動こうとしない。

 

 来ないな……ならば――

 

 探りを入れるため、私はすっと一歩前に踏み出した。

 

 ……ん?

 

 距離が縮まらない。

 

 もう一歩踏み出してみる。

 

 やはり互いの間合いは変わらない。足元を見ると――

 

 ……なるほど、そのすり足か。

 

 上体をまったく揺らさず、足だけで距離を保っている。姿勢を崩さずに動くための歩法というわけだな。

 

 しかも、私が出るのとまったく同じ間合いで引いている。こちらの呼吸を完全に読んでいる——としか思えない。

 

「その足運び……面白いな。距離が掴みづらい」

 

 私は少しずつ自分の意識が変わっていくのを感じた。

 

 取るに足らない受験生から――面白い好敵手へと。

 

 次は何を見せてくれる……

 

 久しぶりに心がうずうずする。

 

 まだ動かないか……

 

「来ないのなら——」

 

 私は大きく踏み込む。

 

「こちらから行くぞっ!」

 

 ——いや、踏み込もうとした。

 

 その瞬間――

 

 スイが模擬刀を高く、天へ向かって振りかぶった。

 

 上からか!

 

 反射的に模擬刀を横にし、頭上で受けの体勢を取る。

 

 だが——

 

 剣は上から降ってこなかった。

 

 スイは振りかぶった剣を胸元へ引き寄せ、空いた胴へ横から一気に薙ぎ払ってきた。

 

「どおぉぉぉぉっ!!」

 

 腹の底から響く、聞いたことのない掛け声。

 

 訓練場の空気がびりびりと震えた。

 

 ——誘われた!?

 

 咄嗟にバックステップで距離を取る。

 

 薙ぎ払いがわずかに届かない距離まで。

 

 上への警戒を誘い、胴を狙う……たしかに理にかなっている。それに、あの気迫……!

 

「だが——まだ甘い!」

 

 空いた頭上を逃さず、踏み込んで一閃。

 

 叩いた、その瞬間——

 

「し、しまった……つい本気を——」

 

 戦いに夢中で打つ力を緩めることを忘れていた。

 

 スイが崩れるように倒れる。

 

 訓練場に静寂が落ちた。

 

 ……つ、つい本気を出してしまった――

 

 いや、違う……

 

 本気を——引き出されたのか……

 

 私は倒れたスイを見下ろしながら、信じられない気持ちでいっぱいになる。

 

 ただの受験生に。

 

 学生ですらない女の子に。

 

 剣一筋で鍛えてきたこの私が、一瞬でも本気を引き出された。

 

 たかが受験生だと侮っていた。

 

 今年は不作だとあきらめていた。

 

 いるじゃないか。逸材が。

 

 私は――

 

 この子を——

 

 ――鍛えたい!

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