女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~   作:やっくん。

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足裏とかぼちゃパンツ

 目が覚めたら、知らない幼女にガン見されていた。

 

 ……は?

 

 石造りの薄暗い部屋。ランプの橙色の光が壁に揺れている。

 

 俺はその真ん中で、なぜか片膝をついていた。

 

 目の前には大きな執務机。

 

 その奥のどっしりとした椅子に、小さな少女が座っている。

 

 おかっぱに揃えた金色の髪。明らかにオーバーサイズな深緑のローブ。

 

 床に届かない小さな足が、椅子の上でぶらぶらと揺れている。

 

 一見、普通の美少女。とある点を除いては。

 

 耳が長い――

 

 細く、長く、上へと伸びている。どう見ても人間の耳じゃない。

 

 ジッ――

 

 琥珀色の瞳が、瞬きもせずにこちらを見つめていた。

 

 なんだこれ。夢か?

 

 視線を落とす。

 

 見慣れない黒い服。細身で、コスプレ衣装みたいに凝ったデザイン。

 

 そして、膝の上に置かれた手。

 

 俺の手じゃない。なのに、俺の意思で指が動く。

 

 ……どこなんだ、ここは。

 

 どちらさまですか?

 

 口から言葉が出かけたが、自分の中で何かが引っかかる。

 

 社会人として十数年。

 

 会議室でも、取引先でも、飲み会でも、場の空気というものは、口を開く前に読むものだと叩き込まれた。

 

 今この部屋の空気は、明らかに正常な空気感ではない。

 

 理由はうまく説明できない。でも、長年の勘がそう言っている。

 

「ここはどこですか」「私は誰ですか」などと口走った瞬間、何かが取り返しのつかない方向へ転がる気がした。

 

 まずは状況を把握しよう。情報を集めるんだ。

 

 口を閉じてじっと待つ。

 

 俺は、先ほどまで普通の日本人だった。

 

 名前は……まあ、今はどうでもいい。普通のどこにでもいる男だった。

 

 それが今、なんの前触れもなく、見知らぬ幼女の前で跪いている。

 

「……聞いておったか、リク。これ、返事をせんか」

 

 リク……俺の名前か?

 

 そう言いながら、彼女はぴょんと椅子から飛び降りた。

 

 彼女がこちらに向かって、とてとてと近づいてくる。

 

 ピタッ。

 

 俺の目の前で止まる。

 

 少女の背丈は、片膝をついた俺とほとんど変わらない。

 

「……ちっちゃ」

 

 思った瞬間には口が動いていた。

 

「「………………」」

 

 一秒。二秒。三秒。

 

 少女の目がすっと細くなる。

 

「……ほぉ」

 

 さきほどの声より低い。目も笑っていない。

 

 次の瞬間——

 

 ぺちっ。

 

 何かが顔に当たった。

 

 柔らかくて、ひんやりとして、気持ちいい。

 

 ……足裏。

 

 少女の裸足の足が俺の顔にぴたりと押し当てられていた。

 

 そのまま、ぐりぐりと押し付けられる。

 

「これは侮辱した罰じゃ」

 

「は、はい……」

 足の指の隙間から、ふと前が見えた。

 足を高々と上げているせいで、ローブの裾の奥の白い物体が見えている。

「……」

 

「ちっちゃくて、なんじゃったか?」

 

 足の裏越しに声が聞こえる。

 

「もう一度言ってみい」

 

 ぐりぐりぐりぐり。

 

「なんでも……ないです」

 

 

 俺はそっと目を閉じ、

 

「ありが――いえ、すいませんでした」

 

「ふんっ、まあよいわ」

 

 もう――いや、ようやく足がどかされた。

 

 一拍の沈黙のあと、隣から声がした。

 

「た、大変失礼いたしました、エルミア様っ!!!」

 

 いつの間にか、そばに女性が立っていた。

 

 け、気配を感じなかった……

 

 青みがかった髪にアーモンド型の大きな目。綺麗系の整った顔をしているのに、今は般若みたいな形相でこちらを睨んでいる。

 

「キサマも頭を下げなさい、リクッ!!!」

 

 痛ぇ……

 

 思いっきり俺の頭が床に押しつけられた。

 

「す、すいませんでした! ちょっとした出来心で……!」

 

「出来心でボスをチビ呼ばわりですってっ!?」

 

 少女が深いため息をついた。

 

「幼いころに拾ったリクが今や反抗期とは……じゃが、母への侮辱に対しては教育的指導が必要かのぉ……」

 

 ん? 拾われた?

 

 つまり、目の前の少女――エルミアが、リク——今の俺の育ての親なのか?

 

 見た目は子どもでも、歳は見た目通りではなさそうだ。

 

「……申し訳ありませんでした、エルミア様。気が抜けていました」

 

「まあ、よい。あっ、そうじゃ」

 

 エルミアは指を鳴らして何かを思い出した様子。

 

 彼女はローブを捲り上げて、かぼちゃパンツに手を突っ込み、小さな巻物を取り出した。

 

「……」

 

 それをこちらへ、ポイと放り投げる。

 

「今回の任務書じゃ。読め」

 

「いやです」

 

 俺は即答した。

 

「ボスの命令よっ! 開きなさいっ!」

 

 俺の隣にいる美人の女が叫ぶ。

 

「は、はい」

 

 俺はできるだけ持つ手の面積を少なくするようにして開いた。

 

 広げると、細かい文字がびっしりと並んでいる。

 

 リクとしての記憶はない。

 

 だが、この体が覚えているのか文字は読める。

 

 文字を目でゆっくり追っていく。

 

 ――アムステル女学園への潜入任務。

 ――期間:三ヶ月。

 ――目的:生徒の情報収集。有力者との信頼関係の構築。組織への勧誘。

 

 そして最後の一行。

 

 ――女装による潜入とする。

 

「……」

 

 俺は巻物をそっと閉じた。

 

「なぜ閉じた? きちんと読まんか」

 

 そう言われて、もう一度開いた。

 

 書いてある内容は変わらない。

 

「女装……ですか」

 

「そうじゃ」

 

「女装で学園に潜入……ですか」

 

「だから、そうじゃと言うておろう」

 

 エルミアはあくびをしながら、自分の手を広げて自身の爪を見ている。

 

「質問させてください……なんで、女装なんですか」

 

「言わんでもわかろう」

 

 俺は固まった。

 

 まったく分からん。

 

 それとなく聞いて、情報を得るか。

 

「……つまり、あれですね?」

 

「そう、あれじゃ」

 

「あれかぁ」

 

「そう、あれじゃ」

 

 どれだよ!

 

 だが、こちらも簡単にはあきらめてはやらない。

 

「あれかとは思いますが、それのパターンもあるかと思い、一応聞いたのですが……」

 

「ふむ。今回はそれではなく、あれのパターンじゃな」

 

「なるほど。それではなく、あれだと」

 

「うむ」

 

 ダメだ。なんもわからん。

 

 はぁ……あとで、機会があれば聞き出そう。

 

「リクよ……そんなに気張らずとも良い。目立たず、溶け込み、情報を集める。それだけじゃ」

 

 エルミアはようやく俺の方を見た。

 

「それに」

 

 じろじろと俺の顔を見る。

 

「それに、その顔を使わんでどうする」

 

 ……どういう意味だ。

 

 俺は今の状況を整理しようとしたが、情報が多くてまとまらない。

 

 このまま機を見て逃げるか。

 

 この組織から抜け出して、一人でこの世界を生き抜く道を探すか。

 

 ……いや、待てよ。

 

 俺はこの世界のことを何も知らない。

 

 金もないし、伝手もない。常識もわからない。

 

 それでいきなり飛び出しても、数日で野垂れ死にするのがオチだろう。

 

 ここは、乗っかるしかない……か。

 

 リクとして動きながら、この世界の情報を集める。

 

 それが今できる、一番マシな選択だ。

 

「……わかりました。やります」

 

「当たり前じゃ」

 

 エルミアはそっけなく言い放ち、視線を窓の外へ向けた。

 

 それきり何も言わなくなった。

 

 言うべきことは言い終わった――そういうことだろう。

 

 この場を去ろうと、俺が立ち上がった時。

 

「三ヶ月で結果を出せ。細かいことはそこのクロエに聞くんじゃ」

 

「クロエ……」

 

「呼び捨てにするな。また怒られたいのかしら」

 

 さきほど俺の頭を床に叩きつけた女性が、眉間にシワを寄せていた。

 

「さっきから何? エルミア様にも無礼な態度をとって。死ぬ?死にたい?今すぐ死にたいと言いなさいっ!」

 

「し、死にたくないです」

 

「私は死にたいと言え、と命令したのよ。上司の命令に従わない部下は、死あるのみ」

 

 どうすりゃいいんだよ。

 

「クロエ、もうそのへんでよいぞ」

 

「ですが、エルミア様! これ以上、無礼を許すわけには——」

 

「聞こえんかったか? ワシはもうよいと言ったぞ」

 

「……っ! た、大変失礼いたしました! この失態、私の死をもって償います」

 

「だから、それをやめんかぁっ!」

 

「は、はいっ! リク、エルミア様の海より深い温情に感謝しなさい!」

 

「はい、感謝します!」

 

「うむ、ではもう行ってよいぞ」

 

「はっ!では失礼します」

 

「しつれーします」

 

 やっと終わったか。

 

 俺は踵を返して扉の方向へ向いた。

 

「待て」

 

 エルミアに静かな声で呼び止められる。

 

 背筋に冷たいものが走る。

 

 俺はゆっくりと、振り返る。

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