女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
「明日から女の子として学園に入るんでしょ。今夜、私が化粧を教えてあげる」
「あ、ありがとうございます……」
クロエと呼ばれる女性の後ろをついていく。
彼女の部屋は廊下の突き当たりにあった。
あ、いいにおい……
扉を開けると、花みたいな柑橘系のにおいがした。
部屋の中には小さな机と鏡、それから棚にびっしりと並んだ小瓶や筆やらが並んでいる。
「そこに座って」
クロエが椅子を引いて鏡の前に置いた。
俺は素直に座り、鏡に映った自分の顔を見た。
誰だ、この顔……俺……か?
当たり前だが知らない顔だ。
肌は白く、髪は黒髪。ぱっちりとした二重、すっきりとした目鼻立ち。
男にしては線が細く、全体の雰囲気は凛としている感じ。
いわゆる、中性的な顔のイケメンというやつだ。
なろう系のアニメは一時期見てたから、この手の展開は知ってる。
でも、まさか自分が当事者になるとはな……
ちなみに、これがアニメだったらどんなタイトルになるだろう。
「一重のイモ顔だったおれが二重のイケメンに転生した件について」か?
いや、ここはシンプルに——
「二重転生 ~異世界行ったらスパイです~」
……悪くないな。
でも、現実はアニメほど甘くないな。
記憶もない。名前もさっき知ったばかり。特別な力なんてものも感じないし、都合よく神様がガイドしてくれるわけでもない。
現実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
「いい顔してるわね、つくづく」
考え事をしていると、クロエが後ろから鏡越しに俺を見てため息をついた。
「ありがとうございます」
「褒めてないわよ。まったく、男で顔もいいって恵まれてるわね、あなた。」
……ん
言い方が少し気になった。
そもそもだが、ここはどういう世界なんだ。同じ日本でないことは確かだ。
俺は適当に返事をする。
「生まれは選べないので」
「そうね」
クロエは棚から小瓶をいくつか取り出して、机に並べはじめた。
「今夜で全部は無理だけど、基本だけ教えるわ。学園に入ったら自分でやらないといけない
んだから、ちゃんと覚えなさい」
「……はい。あの、化粧って難しいんですか」
「慣れたら十五分くらいでできるわ。でも、あなたは今日が初めてでしょ。一時間は見ておいて」
一時間。
長いな……。
一日一時間だと一週間で七時間、一ヶ月三十時間も化粧の時間に当てることになる。
女って大変だ。
「まず顔を洗ってきなさい。清潔な状態からじゃないと意味がないから」
言われた通りにして戻ってくると、クロエはすでに小さなへらで何かを小瓶からすくって
待っていた。
「まず下地から塗るわ。肌を整えるものよ。じっとしてて」
冷たいものが頬に触れた。クロエの指が顔の上をするするとすべっていく。
……なんか、恥ずかしい。
化粧をされているという状況もそうだが、他人に顔を触られるのが純粋に慣れない。相手が美人であるとなおさらだ。
「動かない」
「動いてないです」
「目が泳いでる。鏡をちゃんと見てなさい。自分の顔を覚えるのも練習のうちよ」
仕方なく鏡を見る。
クロエの手が額から頬へ、頬から顎へと動いている。さっきより少し顔の色が均一になってきた気がする。
「これ、何をしてるんですか」
「言ったでしょ、下地よ。肌のでこぼこをなめらかに見せるの。次はここに——」
クロエは説明しながら手を動かし続ける。丁寧で迷いがない。これが当たり前の日常なのだろう。
「クロエさんは、いつから化粧してるんですか」
「十二のときから。この仕事をするなら必須だもの」
「この仕事……ですか」
「そう、我ら――クルクルクルッピの悲願を達成するために」
「くるくるくるっぴ……」
俺は新たにクルクルクルッピという謎の団体に所属していることが分かった。
クルクルクルッピ? なんだそれは。それにネーミングセンスはどこいった。
秘密の組織ならそれにふさわしい名前というものがあるはずだ。
例えば、ダークネス・ナイトメアとか、カオスオーダー・エクリプスとか、ジ・エンド・オブ・フォースとか。
そういうのがあるだろう。
……まあ、組織の名前と実力は関係ないか……
気を取り直そう。
それにしても悲願って何なんだ? 組織の目的とは一体……
「聞いてる? 任務のためには変装は基本中の基本。化粧ひとつで人間の印象はがらりと変わるわ」
クロエが今度は細い筆を手に取った。
「目を閉じて」
目を閉じると、まぶたの上に細いラインが引かれていく。くすぐったいような不思議な感覚だ。
そうだ、今のうちにできるかぎり情報を得ておきたい。
特に、リク——今の俺自身のことについて。
素性も、性格も、普段の言動も。知らないまま動けば、どこかでボロが出るしな。
まずはそのあたりから攻めよう。
「クロエさんから見て、おれってどんな性格ですか?」
「どんな質問よ。まぁ、そうね。要領は悪くないわね。魔法の才能もあると思うわ」
魔法!?
手から火の玉を出したり、傷を治したり、そういう不思議な力がある世界なのか……
「ほ、ほかには?」
「性格もまぁ、細かく周りを見ていることは評価するわ」
きめ細かいタイプか。
「ふむふむ」
「ただ――」
ただ?
「任務中にやたら私の隣に来たり、荷物を持とうとするのはやめてくれる? 動きにくいのよ。それに、私が残業してるときにわざわざ差し入れを持ってきたり、帰り道についてきたりするのもやめて。効率が悪いわ」
リク………おまえってクロエのこと……
「あなたの性格なんてどうでもいいの。あなたのその顔、それを存分に活用なさい。ターゲットが男なら色仕掛けで落としなさい」
いやぁ、それはちょっと……
一応、前世では人並みには恋愛してきたと思う。
イケメンではなかったが、それ以外の要素で勝負できるように努力はしてきた。そのおかげで、そこそこ彼女もできた。
まぁ、そんなことは置いといて。
「そ、そうですね……でも、なんで俺が選ばれたんですかね。女性メンバーの方が任務に向いてるのでは?」
「そうね。これは推測でしかないけれど、男という要素がプラスに働くと判断したんじゃないかしら」
男という要素がプラスに……
腑には落ちないが、まあそういうものかと思うことにした。
異世界に地球の常識を求めても仕方ない。
「でも、バレたらやばくないですか?」
「そうね、退学は当然。最悪、攫われたり売られたりする危険もあるでしょう」
なんて物騒な学園だ。
罰として奴隷落ち、ということだろうか。
この世界のことは知らないが、名門学園に性別を偽って潜入したとなれば、それくらいの制裁はあるのかもしれない。
「……ねえ、リク」
「はい」
「今日、エルミア様をチビ扱いしたでしょ」
「……言いました」
「それに――キスまでした」
「……はい」
「なんで?」
さっきとは違って、トーンが下がった声。
再び、俺の背筋に冷たいものが走った。