女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~   作:やっくん。

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第3話 組織名が判明。その名は

 クロエの部屋は、廊下の突き当たりにあった。

 

 扉を開けると、まず良い匂いがした。花みたいな、甘くて柔らかい匂いだ。

 

 部屋の中には小さな机と鏡、それから棚にびっしりと並んだ小瓶や筆やらが並んでいる。

 

「座って」

 

 クロエが椅子を引いて、鏡の前に置いた。俺は素直に座る。鏡に映った自分の顔を見た。

 

 (おぉぉぉ!イケメンだ……というか誰だ、これ)

 

 当たり前だが、知らない顔だ。黒髪で二重、目鼻立ちがすっきりしている。輪郭が細くて、肌が白い。男にしては線が細く、女にしては少し顎のラインが凛としている。

 

 いわゆる、中性的な顔のイケメンというやつだ。

 

(なろう系のアニメは一時期見てたから、この手の展開は知ってる。でもまさか自分が当事者になるとは)

 

 ついでに目を合わせただけで相手を操る能力とか、息を止めてる間は時間を止める能力とか、そういうのはないもんだろうか。

 

 ちなみにこれがアニメだったらどんなタイトルになるだろうか。

 

 「一重のイモ顔だったおれが二重のイケメンに転生した件について」か?

 

 いや、ここはシンプルに——

 

 「二重転生 ~異世界行ったらスパイです~」

 

 ……悪くない。

 

 (しかし現実はアニメほど甘くないな)

 

 記憶もない。名前もさっき知ったばかり。特別な力なんてものも感じないし、都合よく神様がガイドしてくれるわけでもない。

 

 はぁ……現実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。

 

「いい顔してるわね、つくづく」

 

 考え事をしていると、クロエが後ろから鏡越しに俺を見てため息をついた。感心しているのか呆れているのか、よくわからないため息だ。

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてないわよ。……まったく、男でしかも顔もいいって恵まれてるわね」

 

「生まれは選べないので」

 

 (……待てよ)

 

 『男でしかも顔もいいって恵まれてる』という言い方が気になった。

 

 男で顔が良いと、恵まれているということか?

 つまり男の方が社会的立場が高い?

 

 それとも——イケメンはこの世界では希少なのか?

 

 (どういう世界なんだ、ここは)

 

 まだ何もわからないが、頭の片隅に入れておいた方が良さそうだ。

 

「そうね」

 

 クロエは棚から小瓶をいくつか取り出して、机に並べはじめた。

 

「今夜で全部は無理だけど、基本だけ教えるわ。学園に入ったら自分でやらないといけない

んだから、ちゃんと覚えなさい」

 

「……どのくらいかかるんですか、化粧って」

 

「慣れたら十五分くらい。あなたは今日が初めてでしょ。一時間は見ておいて」

 

 一時間。

 

 (長いな……一日一時間だと一週間で七時間。一ヶ月三十時間も化粧の時間に当てることになるのか。女って大変だな)

 

「まず顔を洗ってきなさい。清潔な状態からじゃないと意味がないから」

 

 言われた通りにして戻ってくると、クロエはすでに小さなへらで何かを小瓶からすくって

待っていた。

 

「まず下地から塗るわ。肌を整えるものよ。じっとしてて」

 

 冷たいものが頬に触れた。クロエの指が、顔の上をするするとすべっていく。

 

 (……なんか、恥ずかしいな)

 

 化粧をされているという状況もそうだが、他人にこんなに顔を触られるのが純粋に慣れない。相手が美人であるとなおさらだ。

 

「動かない」

 

「動いてないです」

 

「目が泳いでる。鏡をちゃんと見てなさい。自分の顔を覚えるのも練習のうちよ」

 

 仕方なく、鏡を見た。

 

 クロエの手が額から頬へ、頬から顎へと動いている。さっきより少し顔の色が均一になってきた気がする。

 

「これ、何をしてるんですか」

 

「言ったでしょ、下地よ。肌のでこぼこをなめらかに見せるの。次はここに——」

 

 クロエは説明しながら手を動かし続ける。丁寧で、迷いがない。慣れているというより、これが当たり前の日常なのだろう。

 

「クロエさんは、いつから化粧してるんですか」

 

「十二のときから。この仕事をするなら必須だもの」

 

「この仕事……ですか」

 

「そう。我ら『クルクルクルッピ』の悲願を達成するために」

 

「くるくるくるっぴ……」

 

 

 

 だせぇ……

 

 

 

 クルクルクルッピという謎の団体に所属していることが新たに分かった。

 

 (クルクルクルッピ? なんだその名前は)

 

 いや、待ってくれ。

 

 秘密の組織ならそれにふさわしい名前というものがあるだろう。

 

 ダークネス・ナイトメアとか。

 カオスオーダー・エクリプスとか。

 ジ・エンド・オブ・フォースとか。

 

 そういうやつがあるだろう。なんでクルクルクルッピなんだ。

 語感が可愛すぎる。全然怖くない。

 

 (……まあ、組織の名前と実力は関係ないか)

 

 気を取り直そう。

 

 (それにしても悲願って何なんだ?組織の目的は一体……)

 

 

「聞いてる?任務のためには変装は基本中の基本。化粧ひとつで人間の印象はがらりと変わるわ」

 

 クロエが今度は細い筆を手に取った。

 

「目を閉じて」

 

 閉じると、まぶたの上に細いラインが引かれていく。くすぐったいような、不思議な感覚だ。

 

 せっかくの二人きりというこの状況。今のうちにできるかぎり情報を得ておきたい。

 

 特に、リク——今の俺自身のことが何もわからない。

 

 記憶がほとんど流れ込んでこない以上、自分で補うしかない。素性も、性格も、普段の言動も。知らないまま動けば、どこかでボロが出るしな。

 

 まずはここから攻めよう。

 

「クロエさんから見て、おれってどんな性格ですか?」

 

「どんな質問よ。まぁ、そうね。要領は悪くないわね。魔法の才能もあると思うわ」

 

 魔法!?魔法があるのか。手から火の玉を出したり、傷を治したり、召喚獣を呼び出したりできるんだろうか。

 

「ほ、ほかには?」

 

「性格もまぁ、男としては珍しく優しいわね。ただ、任務中にやたら私の隣に来たり、荷物を持とうとするのはやめてくれる?動きにくいのよ。それに、私が残業してるときにわざわざ差し入れを持ってきたり、帰り道についてきたりするのもやめて。効率が悪いわ」

 

 

 リク………おまえってクロエのこと好きだったんだなぁ。そして、その気持ちは全く伝わってなかったと。

 

 悲しいな………

 

「あなたの性格なんてどうでもいいわ。整ったその顔。それがあなたの武器よ。ターゲットが女性なら状況によっては色仕掛けで籠絡できるわ」

 

 日本ではフツーの塩顔一重だったからなぁ。イケメンだと女性を落とすのは簡単なんだろうか……

 

 一応、前世では人並みには恋愛してきた。フツメンだからこそ、それ以外の要素で勝負できるようにいろいろと努力をした。

 

 そのおかげか、そこそこ彼女もでき、自然なリードや大人の余裕が持てるようになった。

 

 まぁ、そんなことは置いといて。

 

「そ、そうですね。でも、なんで俺が選ばれたんでしょうか。女性メンバーの方が任務に向いてるのでは?」

 

「そうね。これは推測でしかないけれど、男という要素がプラスに働くと判断したんじゃないかしら」

 

 (男という要素が、プラスに……?)

 

 なんとなく腑に落ちない気がしたが、まあそういうものか、と思うことにした。異世界に地球の論理を求めても仕方ない。

 

「でもバレたらやばくないですか?」

 

「そうね。退学は当然。最悪、攫われたり売られたりする危険もあるでしょう」

 

攫われて、売られる。

 

(……物騒な学園だな)

 

 罰として奴隷落ち、ということだろうか。この世界の法律はよくわからないが、名門学園に性別を偽って潜入したとなれば、それくらいの制裁はあるのかもしれない。

 

「……ねえ、リク」

 

「はい」

 

「今日、エルミア様に『ちっちゃ』って言ったでしょ」

 

「……言いました」

 

「そして、いつもはしないキスまでした」

 

「……はい」

 

 

 

 

「なんで?」

 

 さっきまでとは違う、少しトーンが下がった声だった。

 

 再び、俺の背筋に冷たいものが走った。

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