女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
――エルミアとクロエが密談を始める、少し前のこと。
「……おれの、部屋ってどこだ?」
廊下に出た瞬間、気づいた。
フツーに聞くのを忘れた。
バタンと閉まったドアを改めて振り返る。
ノックして聞き直す? いや、さっき「用が済んだら出ていけ」と言われたばかりだ。それに「自分の部屋ってどこ?」なんて聞くわけにもいかない。
俺は廊下を見渡した。
どうやらここは居住区画らしかった。
石造りの廊下に、居室らしきトビラが一直線に並んでいる。数えると、全部で九つだ。
(図にするとこんな感じか)
【入口】①②③④⑤⑥⑦⑧⑨【奥】
⑨がエルミアの部屋。⑧が今出てきたクロエの部屋。
残り七つが、どこの誰のものかわからない部屋だ。
(どれが俺の部屋だ)
残りは七つ。まず除外できるものから整理しよう。
ふと気づくと、廊下の途中にある⑦の部屋は「食堂」、⑥の部屋は「洗い場」と木札のかかっている。つまりは居室ではない。
残り五つ。
おや。
廊下の真ん中あたり、⑤の部屋の前に、ブーツが一足乾かしてある。
近づいてみた。
(……?)
なんか、匂うな。
もう一歩、近づいた。
(くさっ!!!)
思わず顔をそむけた。
汗と土埃を混ぜて、そのまま煮込んだような匂いだ。強烈すぎる。目に染みる。
鼻をつまみながら、改めてブーツを観察した。
(……でかい)
今自分が履いているブーツと見比べる。一回り……いや、一・五倍近くはある。
(この部屋の住人、足がでかいな)
それだけの足の持ち主なら、体格もそれ相応だろう。
(自分の部屋ではないな、これは)
候補から除外する。鼻をつまんだまま、足早にその場を離れた。
さらに、その隣の④の部屋。ドアノブに、小さなプレートがかかっていた。
(なになに……)
「ミッチェルの部屋。ぜったい入るな! とくにリク!」
……俺、名指しされてる。
(ミッチェルって誰だ。そしてなぜ俺だけ名指しなんだ)
とにかく除外。そしてミッチェルは俺を嫌っていると。
続いて③の部屋。
トビラの前を通りかかると、中からギシギシと物音が聞こえてきた。
……なんか声がするな。
興味本位でトビラに耳をあてた。
「あっあっ♡ んっ……おぉん! ぎもぢいぃ……♡」
「……………」
俺はそっとトビラから耳を離した。
(この部屋については何も考えない。何も見なかった。何も聞かなかった)
とにかく除外。
残りのトビラは二つ。入口側の①の部屋、その隣の②の部屋。
ここからは真剣に考察しよう。
前世では国民的マンガ「ホームセンター探偵コーナン」を全巻読破しているので、推理力には多少の自信がある。さっそく推理してみるか。
廊下の一番奥の部屋はボスであるエルミアの部屋である。つまりは奥に近いほど序列が高いと推測できる。
あくまで今までの会話の雰囲気でだが、おそらく俺は組織の中では年少で下っ端だろうと思う。つまり、一番入口に近い部屋が俺の部屋である確率が高い——
「つまり、ここだぁぁ!」
①のトビラのノブをひねる。
ガチャガチャ。
鍵がかかっていた。
「…………」
……結果オーライ。逆にツイてる。選択肢を潰すことに成功したと考えよう。
「おれの部屋は②の部屋だったかぁ」
——と言いながら手首を回しガチャリ。抵抗なくノブが回って、トビラが開く。
「「………」」
部屋の中に、少女がいた。
紫の髪が、ランプの明かりに照らされている。パジャマに着替えようとしていたのか、上だけ脱いだ状態で、こちらを振り返っていた。
鋭い目つき。白い肌。同い年くらいの、見覚えのない顔だ。
俺とその少女は、数秒、無言で見つめ合った。
「リクぅーーーーーー!!!」
その声は、廊下の端まで響いた。相手はおれのことを知っている様子。
「今すぐ出ていってっ!!!」
バタン!!!
トビラが、ものすごい勢いで閉まった。鼻先、数センチのところで。
廊下に静寂が戻る。
「……」
「リク、あんた見た?」
扉の向こうから、低く静かな声がした。明らかに怒っている。
「何も見ていません」
「嘘をつきなさい」
「本当です。胸の谷間の中心にホクロなんてありませんでした」
「コロス!!!」
「……申し訳ありませんでした」
沈黙。
ごそごそと布の音がして、やがてトビラが開いた。
さっきの少女が、完全に着替えを終えた状態で仁王立ちしていた。腕を組んで、眉間にしわを寄せて、俺をまっすぐ睨みつけている。
身長は俺より少し低い。百五十センチくらいか。でもこの圧はなんだ。
「説明しなさい。なんでノックもせずに開けたの」
あっフツーにノックして回れば良かったのか。仮に部屋を間違えても『明日から任務なので挨拶に来た』とか言えばごまかせる。ただ、今更その言い訳は使えない。
「自分の部屋とまちがえて…」
「あっやしー。入口に一番近い部屋とわたしの部屋を間違えたんだぁ」
ということは①の部屋が正解だったのか……。でもさっきはドアが開かなかったんだよね。一応紫髪の少女にも聞いてみるか。
「でもカギがかかってててさ」
「カギなくしたの?」
俺は自分の服のポケットを探った。
「…………あ、あった。」
あった。小さな鍵が、ちゃんと入っていた。
「……そう」
彼女は何も言わなかった。ただ、こめかみのあたりをゆっくりと押さえていた。
「というかフツー部屋間違える!?ホントあんたって……ハハァーン。そういうこと」
「?」
「わたしに会いたかったんだぁ。明日から任務だもんね。しばらく会えなくなるもんね……まぁ、その気持ちは正直嬉しいよ。でも女の子の部屋にノックなしに入るのはさすがにボーダー越えてる。わかった?」
「うん、そうだね。本当にごめん」
深々と頭を下げる。少女はため息をついた。
「……まあ、いいわ。会いたいなら素直にそう言って。ストレートに言ってくれた方が私も嬉しい……」
(めっちゃ俺のこと好きじゃん……)
お互い付き合ってるのか?いやでもリクはクロエが好きだから違うのか。
前のリクはこの子とどんな関係だったんだろう。記憶がないから確かめようがないが、
この反応を見る限り、かなり距離が近かったのは間違いなさそうだ。
「うん、次からそうするね」
「素直でよろしい。で、明日から潜入なんでしょ。女装して学園に入るって、聞いてるわよ」
彼女は腕を組んだまま、俺をじろじろと見た。
「大丈夫なの、初めての任務で女装して潜入しろなんて……」
彼女は少し眉をひそめた。
「俺に聞かれても……」
「まあ、エルミア様の判断なら何か考えがあるんでしょうけど」
「そうだね。……とりあえずがんばってくるよ、ありがとう」
「ふん」
彼女はぷいと顔を背けた。
「次からドアはノックなさい。次やったら顔面にグーだから」
「肝に銘じるよ」
「それと——」
少し間があった。
「……気をつけなさいよ。アムステル女学園、そんな甘い場所じゃないから」
それだけ言って、俺を追い出すと彼女は自分の部屋に戻った。バタンとドアが閉まる。
俺はしばらく、そのドアを見ていた。
(……ツンデレだな)
怒っているかと思えば、最後はちゃんと気にかけてくれる。なんだかんだリクのことを大事に思ってそう。
(まあ、いい人なんだろうな)
ところで、さっきの会話で気になったことがある。
それは、自然とタメ口になってたこと。ボケたり冗談も言っていた。
こんなに切羽詰まった状況で余裕を持って考えたり冗談を言えるなんて、普通じゃ考えられない気がする。
不安や心配が極限にならないのはなんでなんだろう……
◆
俺はやっとのこと自分の部屋に入った。
今日のことを振り返ろう。
なぜかリクという少年に転生してしまった。言葉は理解できる。書いてある文字も読めた。あと、イケメン。
それと『クルクルクルッピ』という秘密の組織のメンバーであること。組織の目的は不明。
おそらく直属の上司はクロエで、トップはエルミアという少女が君臨している。
エルミアは育ての親であること。この拠点には足の臭い人と変態と紫髪のツンデレがいるということ。
(結局、彼女の名前はわからなかったな……)
エルミア、クロエ、そして紫髪の少女。
三人の顔が、順番に頭に浮かんだ。
「中身はリクではなくて地球から来たおっさんです」
もし、そう言ったら。
エルミアは——あの琥珀色の目が、どんな色に変わるのだろう。幼いころに拾って、育てて、大切にしてきた子どもが、もうどこにもいないと知ったら?
クロエは——もしかわいがっている部下がもういないと知ったら?
紫髪の彼女は——好きな人が、最初からこの世界にいなかったと知ったら。
(言うべきときが、いつかは来るかもしれない)
でも——今は言えない。
俺は生きなければならない。
この世界のことを何も知らない。金もない。伝手もない。
リクという名前だけが、今の俺を守ってくれている。
(もう少しだけ、借りていよう)
考えていると、胸の奥のモヤモヤが大きくなってくる。
じわじわと、じわじわと、じわじわと——
(……早く寝よう)
考えるのをやめた。考え続けたら、夜が明けてしまいそうだった。
だんだんと睡魔が、静かに押し寄せてきた。
——明日からアムステル女学園に転校生として潜入開始