女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
馬車が石畳の上を揺れるたびに、化粧が崩れていないか気になった。
今朝は大変だった。
夜明け前にクロエとエルミアにたたき起こされ、寝ぼけたまま起き上がったら朝立ちしたダンデライオンをしっかり目撃されて地獄のような空気が流れた。
そのあと化粧をしてもらったのだが、動けないのをいいことにクロエが寒いダジャレを十連発してきて精神が削られた。さらに廊下をうろちょろしていた紫髪の少女まで部屋に入ってきて収拾がつかなくなった。
よくこれで馬車に乗れたと思う。
「聞いてる?」
クロエの声で我に返った。
「聞いてました」
「ならいいわ。続きを話すわね。学園に着いたらまもなく転入にあたっての試験があるから」
「試験ですか……」
まずいな。試験があるなんて聞いてないぞ。簡単なものだったらいいけど……
クロエは膝の上の書類に目を落とした。
「試験はクラス振り分けのためのものよ。筆記と魔力検査の二科目。結果に応じてSクラスからCクラスに分けられる」
「最低でもAクラスに入れという話でしたよね。なんでAクラスじゃないといけないんですか」
「標的が全員Aクラスにいるから」
「標的?」
「今回の主な任務はね」クロエはさらりと続けた。「学園内で影響力を持つ三人の令嬢に接近して、それぞれの家の情報を引き出すことよ。その三人が全員Aクラスにいる」
(令嬢三人に接近して情報を抜き出す。女装スパイとして)
「……わかりました。Aクラスに入ります」
「入りますじゃなくて、入りなさい。それと」
クロエが座席の下から黒いスーツケースを引き出した。
「これを渡しておくわ。学園内の寮で生活することになるから、必要なお金と物資を全部詰めてある。化粧品の予備も入れてある」
スーツケースを受け取ったが想像の二倍は重い。
「寮、ですか」
「そう。外に出るのは休日だけ。平日は基本的に学園の中で生活することになる。何かあればライラに相談しなさい」
「ライラ?」
「クルクルクルッピのメンバーよ。あなたより二、三歳上になるかしらね。別の任務で学生として潜入しているわ。今日、引き合わせるから」
「はい。わかりました」
「そういえば会ったことなかったのね。彼女、遠方任務ばかりだったから。でも、よりによってライラだなんて……もっとマシなやつを……ぶつぶつ」
あ、あぶねぇ。ライラという人物と面識あるフリをするか一瞬迷ったが、どうやら初対面のフリで正解だったようだな。
そんな会話をしている内に馬車が次第に速度を落としていった。
小窓から外を覗くと景色が別世界へと変わってる。
(おぉ。)
声が出そうになったがなんとか堪えた。
石畳の大通りに、カラフルな屋根の建物が並んでいる。露店が軒を連ねて、行き交う人の服装は中世ヨーロッパを思い起こさせる。
人間だけでなく、猫耳を生やした人や耳が尖った人、長いヒゲを蓄えた、いわゆるドワーフみたいな人たちも街を歩いている。
どこかの広場では噴水が水を吹き上げていて、その周りでいろんな種族の子どもたちが走り回っていた。
遠くに見える時計塔には魔法陣が刻まれていて、薄く光っている。空を見上げると、何かが飛んでおり、鳥に似ているが羽が四枚あった。
露店に並んでる果物は見たことないものばかりで、どれも色鮮やかでおいしそうだ。
(すげぇ、ほんとうに異世界だ)
異世界だ。本当の異世界が、窓の外に広がっている。前世の記憶の中の漫画や小説が、全部目の前にある。
組織のメンバーや女装縛りなんてものがなければ、憂いなく異世界ライフを堪能できるのに……
「キョロキョロしない」
「す、すいません」
馬車は学園都市アムステルをそのまま突っ切って、奥へ進んだ。街の喧騒が遠くなり、代わりに大きな石造りの門が見えてきた。
白い校舎っぽい建物がいくつも並んでおり、窓が等間隔に並んでいる。正門には細かな彫刻が施されている。敷地を囲む石壁の向こうに、広大な庭が広がっているのが見えた。
「あれが、アムステル女学園よ」
クロエが静かに言った。
(でっか)
いや、でかいとかいう話じゃない。なんか、圧がある。歴史の重さ、とでも言うのか。あそこに入るのか。女として。
(……やれるのか?)
不安が、ちらりとよぎった。
馬車が正門の手前で止まった。
SPみたいな体格の女性が二人、門の前に立っていた。クロエが何か書類を見せると、静かに門が開いた。
学園の敷地に入る。
(ひっろ)
一面に広がる芝生の広場。芝生の匂いが立ち上る。
受付は正門を入ってすぐの建物だった。白い壁に木の窓枠。受付カウンターの向こうに、眼鏡をかけた女性が座っていた。
「転入の手続きをお願いするわ」
クロエが書類を差し出す。眼鏡の女性がそれを受け取り、ぱらぱらとめくる。
「スイ・コロリ様、転入のお手続きが完了しました。転入試験は正午からとなっております。それまでにこちらへお戻りください」
「わかったわ」とクロエ。
学園にある白い時計台の時刻を確認すると、試験までまだ二時間近くある。
ありがたいことに時間の概念は地球と同じようだ。文字盤の数字は異世界の文字だが、不思議と読むことができる。
「時間が空いたわね」とクロエ。「少し出るわよ」
「どこへ?」
「案内するわ。あ、そうそう」
クロエが思い出したようにこちらへ振り返った。
「学園ではスイ・コロリと名乗りなさい」
「……スイ・コロリ」
(アリの巣コロリじゃん)
思わず顔がひきつりそうになったが、なんとかポーカーフェイスをつらぬく。
「なんで、その名前なんですか」
「学園ではスイ、組織内ではリク」
クロエが得意げに鼻をふくらませた。
「つまり——水陸両用よ!」
むふー。
(やっぱりクロエが考えたのか)
「……コロリの部分は?」
「どんなターゲットもコロリと落とせるように、よ」
クロエは自信ありげな顔で言い切る。
(いや、ありがたいんだけどね)
思いを込めて考えてくれているのはわかるし、嬉しいのは嬉しいんだけど、でも——
もっと格式高いかっこいい名前が良かったな。
ヴィクトリア・ガンフォードとか。
ジュリエッタ・アレクサンドロスとか。
セレスタ・ブレイブハートとか。
そういうやつが良かったなぁ。
「あ、ありがとうございます」
スイ・コロリ……
(……まあ、いいか)
◆
学園都市の通りを五分ほど歩いて、クロエが路地を一本入った。
表通りからは絶対に気づかない場所に、小さな店があった。木製の扉に、くるくると巻いたパンのイラストが描かれた看板。
店名は——クルクルカフェ。
(バレバレじゃん……秘密組織の意味!)
扉を開けると、焼き菓子の甘い匂いがした。
カウンターの奥に、エプロンをつけた女性マスターがいた。
落ち着いた雰囲気の、伝統的な喫茶店の制服みたいな格好だ。
マスターがクロエを見た瞬間、静かな声で言った。
「クルクル?」
クロエが動いた。
右手を顔の横に持ってきて、親指・人差し指・中指を立てる。
そのまま目元へ、迷いなく、勢いよくかざした。
「くるっぴッ!!!」
ビシィッ。
キラッ☆
(……効果音が聞こえた気がする)
マスターが満足そうに「よし」とうなずいて、カウンター横の暖簾を持ち上げた。
「どうぞ」
クロエが迷いなく暖簾をくぐる。俺もついていった。
奥には小さな空間があった。テーブルが二つ。窓は外から見えないように格子が入っている。隠れ家というより、完全に隠れているやつだ。
そのテーブルの一つに、人がいた。
金髪。制服。テーブルの上で足を組んでいる。
こちらが入ってきた気配を感じて、顔を向けた。
「あ〜」
締りのない、間の抜けた声だった。
こちらの顔を見てから、目線がクロエに向く。
「クロエが来るとか聞いてないんですけど〜マジ最悪〜」
ギャルがいた。