女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~   作:やっくん。

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第8話 クロエ、効かされる

「クロエが来るとか聞いてないんですけど〜マジ最悪〜」

 

 金髪のギャルが、テーブルの上で足を組んだまま俺たちを見ていた。

 

 胸元のシャツが張るくらいの体つきで、前髪の隙間から覗く目はぱっちりと大きい。化粧もきっちり決まっていて、いわゆる学園のヒエラルキーでトップにいる目立つタイプのような見た目だ。

 

 (美人だ……クロエさんとは別の方向の美人だ。てか胸がすごい)

 

 不謹慎な感想が浮かんだが、表に出さないよう気をつけた。

 

「相変わらず下品で失礼ね。まずテーブルから足を下ろして」

 

 クロエが眉をひそめた。

 

「へいへい」

 

 しぶしぶ頷くライラという金髪ギャル。

 

「こっちはリク。あなたに託すわ。学園で困ったことがあれば助けてあげて」

 

「あいよ〜」

 

 ライラは軽く手を上げて、それだけ返事をした。

 

 俺は一歩前に出て、頭を下げた。

 

「初めまして。リクです」

 

「ん〜」

 

 ライラがこちらをじっと見た。さっきまでの「マジ最悪〜」の温度から、急にトーンが変わる。

 

「かぁいい顔してんじゃん」

 

 ニヤッと笑った。

 

「学園内ではスイ・コロリだから」

 

 クロエが横から付け加えた。

 

「は?」

 

 ライラの動きが止まった。

 

「は? なんだ、そのだっさい名前は」

 

「……」

 

「相変わらずのセンスな!」

 

「はぁ?」

 

 クロエの表情が固まった。

 

 怒ってる。怒ってるよクロエさん。

 

「てかなんでスイなん?」

 

「それはスイとリクで水陸りょ……」

 

「あぁ、はいはい、わかったわかった。ダセェわ」

 

 クロエの言葉を、ライラがばっさり遮った。

 

 (うわぁ〜バッサリ)

 

 俺は横目でクロエを見た。

 

 (うぉ…!? クロエさん、ピクってるよ。こめかみに血管が浮き出てる……)

 

「アタシならもっとふさわしい名前をつけるね!」

 

 クロエの目が、すっと据わった。

 

「……へぇ。たとえば?」

 

 声のトーンが二段階くらい下がった。

 

「そうさね〜」

 

 ライラは天井を見上げて、考えるポーズを取った。

 

「ベアトリクス・オクスウェルとか」

 

 (……お、おお)

 

「ソフィア・コンスタンティンとかどうよ」

 

 (か、か、か、かっこいい……!)

 

 俺は思わず目を輝かせていた。

 

 ベアトリクス。ソフィア・コンスタンティン。どっちも、なんかちゃんとした令嬢って感じがする。スイ・コロリとは比べ物にならない格式の高さだ。

 

「……」

 

 クロエが、俺の顔を見ていた。

 

 俺の目がキラキラしているのを、しっかり見られた。

 

「……」

 

 全く面白くなさそうな顔のクロエ。

 

 彼女はゆっくりと、テーブルの上のグラスに手を伸ばした。

 

「もう帰ります」

 

 ダァァン!

 

 グラスが、思いのほか大きな音を立ててテーブルに置かれた。

 

「効いてる効いてるw」

 

「ふぅふぅふぅ。あとはライラ、あなたに任せました!」

 

 クロエは浅い呼吸を繰り返したあと、それだけ言って振り返ることなく暖簾の方へ歩いていった。

 

「あ、クロエさん——」

 

 声をかけたが、暖簾はすでに揺れているだけだった。

 

「行っちゃったね〜」

 

 ライラがケラケラと笑った。

 

「ウケる、めっちゃ効いてたね」

 

「すごく怒ってたと思いますよ。大丈夫ですかね」

 

「大丈夫大丈夫。いつものことだから。というか、あいつギャグ?ダジャレ? ほんとつまんねぇよなぁ。そう思うだろ?」

 

 ライラは満足そうにグラスを傾けた。

 

 (……リアクションに困るな……)

 

 クロエはもう行ってしまった。ここで反論しても、本人には届かない。

 

 (今後の関係を円滑にするためには——)

 

「そうですね。クロエさんのギャグは面白いとは言えないかもですね」

 

 俺はそう答えた。

 

 (……ごめんなさい、クロエさん)

 

「じゃ、学園ではベアトリクスのベアちゃんにしよっか?」

 

「……いえ」

 

 俺は少し考えてから言った。

 

「すみません。クロエさんがせっかく考えてくれたので、スイ・コロリで行こうと思います」

 

 (まぁもう受付通してるから、変更できないんだろうけど)

 

「ちぇ、おもしろくなーい」

 

 ライラは唇を尖らせたあと、ポケットから小さなピンクの水晶のようなものを取り出した。

 

「ところでさ」

 

 にやり、と笑う。

 

「これ、何だかわかる?」

 

「……なんですか、それ」

 

「録音用の魔導具。さっきから、ずっと回ってたんだよね〜」

 

 ライラが、水晶に向かって何かをつぶやいた。

 

『そうですね。クロエさんのギャグは面白いとは言えないかもですね』

 

 (…………)

 

 たった今、自分が言った言葉が、再生された。

 

 冷や汗が、滝のようにどっと出る。

 

 (これ、クロエさんに聞かれたら——)

 

「バレたくなかったら、わかってるよね〜?」

 

 ライラが、にこにこしながら水晶を指で弾いた。

 

「……はい」

 

 俺は即答した。

 

 (この人、人の弱みを握って掌握するタイプだ)

 

「ってまあ冗談だよ冗談。あとで消しとくからさ」

 

 彼女は水晶をポケットに戻したあと立ち上がって、テーブルを回り込んできた。

 

 俺の隣にどさっと座る。甘い香水の匂いが漂う。

 

 (……いい匂いがするな。ん?なんで隣にきた……)

 

「あの〜なんで隣に?」

 

「べつに〜アタシの後輩になるわけでしょ。シンコー深めなきゃでしょ」

 

 彼女はケラケラ笑いながら、俺の肩に腕が回された。

 

 甘い香水の匂いと、それより近くに——

 

 (……あたってる)

 

 柔らかい何かが、肩と脇腹の間あたりに押し当てられている。

 

 まぁ、おれもいいおっさんだからこれくらいじゃ動じんよ。

 

「……あれ?」

 

 ライラの目が、すっと細くなった。

 

「リアクション薄いじゃん。おぼこの女はこれで慌てんのに…」

 

「いえ、べつに……」

 

(甘いも酸いも一通り経験したおっさんだからな。これくらいで動揺するわけがない)

 

「……あれ?」

 

「?」

 

「なんだこりゃ」

 

 ライラの手が、するりと俺の膝のあたりに伸びた。

 

「お前、なんかスカート押し上げてんぞ」

 

「えっ」

 

 彼女の指先が、布越しに何かを確かめるように触れた。

 

「なんだこりゃ。硬っ!カッチカチの、何かが入ってんぞ」

 

「……えっ、ちょ、なにしてんですか!触っちゃだめですって!」

 

 俺は反射的に体を引いた。声が裏返った。

 

 (……生理現象!若い肉体だから……なのか?)

 

「お、やっと慌てた。焦る顔もかわいいじゃん!」

 

 ライラが満足そうにケラケラ笑った。

 

「ほんとダメですって」

 

「いいじゃん!女同士なんだしよぉ!」

 

 

 

 

 ん?

 

 

「見せろって!何入れてんだよ!先輩の言う事聞けねぇのかぁ?」

 

「ほんと、なんでもないんです! この話はもう終わりです!」

 

 俺は引いた体勢のまま固まっていた。

 

 ん、今、なにか重大ななにかを言われたような…

 

 ライラがケラケラ笑いながら、ふと時計台に目をやった。 

 

 

「あっ」

 

 彼女は時計台を見て、急に立ち上がった。

 

「試験の時間近いじゃん。戻るよ」

 

「は、はい」

 

 肩から、温度と重みが消える。

 

(……)

 

 

 

 学園都市の通りをライラと並んで歩く。

 

「アタシ、学園じゃ二つ上の上級生。クルッピの中ではクロエが同期になるのかなぁ、あとミッチェルもか」

 

 ライラが歩きながら言った。

 

「転入試験は学生なら誰でも公開で見られるから、見守っといてやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「どんな任務やってるかは聞かないでね」

 

「……はい」

 

 それ以上は教えてくれなかった。

 

 (情報を小出しにするタイプか、あるいは本当に言えない事情があるのか)

 

 考えていると、学園の正門が見えてきた。

 

 受付に戻ると、眼鏡の女性がすでに俺の名前を確認していたらしく、すぐに案内された。

 

「スイ・コロリ様、こちらへどうぞ」

 

 長い回廊を進む。途中で何人かの生徒とすれ違った。みんな制服姿で、こちらをちらちら見てくる。

 

「みんな見てきますね」

 

「転入生だもん。そりゃ気になるっしょ」

 

 案内されたのは、大きな部屋だった。

 

 机が等間隔に並んでいて、もうほとんどの席に生徒が座っている。受験生は俺一人ではなかったらしい。十数人はいる。

 

「じゃあ頑張って〜。アタシは見学席行くから」

 

「わかりました」

 

 ライラが手をひらひらさせて、後方の見学スペースへ向かった。

 

 俺は案内された席に着いた。

 

 前方の教壇に、試験官らしき女性が立っている。

 

「これより転入試験を開始します」

 

 よく通る声だった。

 

「試験用紙を配ります。指示があるまで開かないように」

 

 試験用紙が後ろから配られてくる。俺の前の席の生徒から、用紙が手渡された。

 

 受け取って、伏せたまま待つ。

 

 (筆記と魔力検査の二科目、だったか)

 

 心臓が少し速くなる。前世の記憶でテストを受けた経験はあるが、異世界の学力テストなんて受けたことがない。リクの記憶からどこまで知識を引き出せるかも未知数だ。

 

「では——」

 

 試験官が、教壇の時計を確認した。

 

「はじめ!」

 

 一斉に紙をめくる音が部屋に響いた。

 

 俺も、用紙を開いた。

 

「こ、これは……!?」

 

 声が出そうになった。

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