女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
クルクルカフェと書かれたカフェの奥の席。暖簾をくぐると、そこには先客がいた。
金髪の女子生徒がテーブルの上に足を組んで座っていた。
行儀が悪い――それだけならまだいい。足を組んでいるせいで、制服のスカートがちょうど際どい位置に来ている。
それが問題だ。
俺は慌てて視線を上げた。
「ちょりー」
クロエの声のトーンがすっと下がった。
「挨拶っ!それと足をテーブルから下ろしなさいっ!」
「へいへい」
ライラはしぶしぶ足をテーブルから下ろした。
太ももとスカートの位置が戻る。
助かった……
クロエが俺の肩を軽く押した。
「紹介するわ。彼がリク。今日から学園に入るわ。お願いね」
「あいよ〜」
ライラは軽く手を上げた。
俺は一歩前に出て頭を下げた。
「初めまして。リクです。よろしくお願いします」
「リクっちね。りょ〜」
リクっち? りょ? 彼女の言っていることがイマイチ理解できん……
彼女は急にぐいっと顔を近づけてくる。
ちかっ……
長いまつ毛。くっきりしたアイライン。艶のある唇。ギャルメイクをしっかり盛っているのに、それでも顔の輪郭が綺麗だとわかる。
「かーいい顔してんじゃん」
自然と彼女の胸元にも視線がいってしまう。シャツの一番上はボタンが外れており、ゆっくりと開いた胸元からは白い谷間が目に飛び込んでくる。
「……」
「……リクッち?」
「は、はい!」
俺はまっすぐ前を見た。
クロエの手がライラの顔の前に割り込んできた。
「距離が近すぎるわよ」
ぐい、とライラの顔が押し戻される。
「それと学園ではスイ、だから」
「スイ……?」
ここでは名前を変えろと? 自分の名前が変わるとは聞いていないぞ。
「学園内では本名は使えないわ。あなたの学園での名前はスイ・コロリよ」
「スイ……コロリ……」
「そうよ。スイとリク——つまり水陸両用。ね、覚えやすいでしょ? 気に入った?」
クロエが胸を張った。
「それと、コロリの部分にもこだわったわ。どんな敵もコロリ、と倒せるようにという願いも込めてあるのよ」
どこか得意げな顔をしている。
「……」
部屋の空気がすっと静かになる。テーブルの上のグラスが、かすかに揺れた気がした。
そしてライラが口を開く。
「……だっせっ」
「……あ?」
隣からドスの効いた声がした。固唾を飲む俺。
ライラはグラスをくるくると指で回しながら、天井を仰いだ。特に怒っている様子はない。むしろ、楽しそうですらある。
「あたしならもっといい名前考えるけどね〜」
「……あらそう。じゃあ聞かせてもらおうかしら」
「もち」
「リク、彼女が考えた名前と私のスイ・コロリ……どってが良かったを審判してくれるかしら」
いやです。
ライラは天井を見上げ、顎に手をあてて考えている。
「う〜ん、あっ」
彼女は指をパチンと音を立てた。
「ベアトリクス・マクスウェルとか」
へぇ、いいじゃん。
「ベアトリクスって名前、実は『旅人にして戦う者』って意味があんのよ。マクスウェルは名家の姓だし、合わせると『戦う名家の旅人』みたいな。スパイっぽくない?」
いや、悪くない。悪くないぞ。むしろ、かっこいいまである。
「あとは、ソフィア・コンスタンティンとかどうよ」
うん、いいねぇ。
「ソフィアは知恵の意味。コンスタンティンは不変の意志。つまり、知恵をもって揺るがぬ意志で戦う者。どう、完璧じゃん?」
おおぉ! まさに俺にピッタリの名前じゃん。
音の響き、由来、センス、格式の高さ、すべてがスイ・コロリを上回っている。
ふと、視線を感じて横を向くと、クロエが俺をまっすぐ見ていた。
目が全然笑っていない。
クロエはゆっくりとテーブルの上のグラスに手を伸ばした。
ダァァン!!
グラスが思いのほか大きな音を立てた。
「帰ります」
「採点聞いていかねぇの?w」
「いいです。もう帰ります」
クロエが立ち上がり、出口に向かって一直線に歩き始める。
「あ、クロエさん!」
「効いてる効いてるw」
ライラがケラケラと笑う。
「追いかけてきます」
立ち上がりかけた俺の袖を、ライラがつかんだ。
「ちょっと待ちなって。もう任務の話も荷物も受け取ってんでしょ。ほっときな〜」
「でも——」
「大丈夫だって。いつもあんな感じなんだからさ〜」
去った彼女の方を見ると、暖簾がすでに揺れているだけだった。
……行っちゃった……
俺はしぶしぶ腰を下ろした。
「それよりさ〜」
ライラが頬杖をついた。
「学園ではベアトリクスのベアちゃんにしよっか?」
「……いえ」
「え〜」
「……スイ・コロリでいきます。せっかくクロエさんが思いを込めて考えてくれたので」
ライラは唇を尖らせている。
「ちぇ。つまんないの〜」
「すいません……せっかくライラさんも考えてくれたのに……」
「……もう終わったことだし〜」
「……でも、正直に言うと――ベアトリクスって名前すっごくカッコよかったです」
「……ふぅん。じゃあ、クロエとの勝負はあたしの勝ち?」
「はい、ライラさんの勝ちです!」
これは社会人として学んだ知恵だ。目上の人間には、ハイかYESで答えておくのが正解。
ん?
ライラのポケットが、かすかにピンク色に光った気がした。
気のせいか……
「そっかそっか。うんうん。リクっちは分かってるねぇ。よし――気に入ったっ! リクっち、あんたをあたし部下にしてやんよ」
へ?部下?
彼女は向かいの席からすっと立ち上がり、そのまま俺の隣に座ってきた。
「……ちょっと、なんで隣に」
「んー、部下を可愛がるのは先輩の役目でしょ〜」
「一応、俺はクロエさんの部下ってことになってるんですけど……」
「聞きたいんだけどさ――
ん?
おっぱい、好きなの?」
「え……?」
「おっぱいばっか見てるよw」
「いえ、そんなことは」
「女なのにおっぱい好きなんだぁ」
彼女がケラケラと笑っている。
「あっ、もしかしてレズ?」
「ちがいます」
「言っちゃいなよ〜女の子同士なんだし。あっ、あたしレズだよっ」
え……っ?