女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
「クロエが来るとか聞いてないんですけど〜マジ最悪〜」
金髪のギャルが、テーブルの上で足を組んだまま俺たちを見ていた。
胸元のシャツが張るくらいの体つきで、前髪の隙間から覗く目はぱっちりと大きい。化粧もきっちり決まっていて、いわゆる学園のヒエラルキーでトップにいる目立つタイプのような見た目だ。
(美人だ……クロエさんとは別の方向の美人だ。てか胸がすごい)
不謹慎な感想が浮かんだが、表に出さないよう気をつけた。
「相変わらず下品で失礼ね。まずテーブルから足を下ろして」
クロエが眉をひそめた。
「へいへい」
しぶしぶ頷くライラという金髪ギャル。
「こっちはリク。あなたに託すわ。学園で困ったことがあれば助けてあげて」
「あいよ〜」
ライラは軽く手を上げて、それだけ返事をした。
俺は一歩前に出て、頭を下げた。
「初めまして。リクです」
「ん〜」
ライラがこちらをじっと見た。さっきまでの「マジ最悪〜」の温度から、急にトーンが変わる。
「かぁいい顔してんじゃん」
ニヤッと笑った。
「学園内ではスイ・コロリだから」
クロエが横から付け加えた。
「は?」
ライラの動きが止まった。
「は? なんだ、そのだっさい名前は」
「……」
「相変わらずのセンスな!」
「はぁ?」
クロエの表情が固まった。
怒ってる。怒ってるよクロエさん。
「てかなんでスイなん?」
「それはスイとリクで水陸りょ……」
「あぁ、はいはい、わかったわかった。ダセェわ」
クロエの言葉を、ライラがばっさり遮った。
(うわぁ〜バッサリ)
俺は横目でクロエを見た。
(うぉ…!? クロエさん、ピクってるよ。こめかみに血管が浮き出てる……)
「アタシならもっとふさわしい名前をつけるね!」
クロエの目が、すっと据わった。
「……へぇ。たとえば?」
声のトーンが二段階くらい下がった。
「そうさね〜」
ライラは天井を見上げて、考えるポーズを取った。
「ベアトリクス・オクスウェルとか」
(……お、おお)
「ソフィア・コンスタンティンとかどうよ」
(か、か、か、かっこいい……!)
俺は思わず目を輝かせていた。
ベアトリクス。ソフィア・コンスタンティン。どっちも、なんかちゃんとした令嬢って感じがする。スイ・コロリとは比べ物にならない格式の高さだ。
「……」
クロエが、俺の顔を見ていた。
俺の目がキラキラしているのを、しっかり見られた。
「……」
全く面白くなさそうな顔のクロエ。
彼女はゆっくりと、テーブルの上のグラスに手を伸ばした。
「もう帰ります」
ダァァン!
グラスが、思いのほか大きな音を立ててテーブルに置かれた。
「効いてる効いてるw」
「ふぅふぅふぅ。あとはライラ、あなたに任せました!」
クロエは浅い呼吸を繰り返したあと、それだけ言って振り返ることなく暖簾の方へ歩いていった。
「あ、クロエさん——」
声をかけたが、暖簾はすでに揺れているだけだった。
「行っちゃったね〜」
ライラがケラケラと笑った。
「ウケる、めっちゃ効いてたね」
「すごく怒ってたと思いますよ。大丈夫ですかね」
「大丈夫大丈夫。いつものことだから。というか、あいつギャグ?ダジャレ? ほんとつまんねぇよなぁ。そう思うだろ?」
ライラは満足そうにグラスを傾けた。
(……リアクションに困るな……)
クロエはもう行ってしまった。ここで反論しても、本人には届かない。
(今後の関係を円滑にするためには——)
「そうですね。クロエさんのギャグは面白いとは言えないかもですね」
俺はそう答えた。
(……ごめんなさい、クロエさん)
「じゃ、学園ではベアトリクスのベアちゃんにしよっか?」
「……いえ」
俺は少し考えてから言った。
「すみません。クロエさんがせっかく考えてくれたので、スイ・コロリで行こうと思います」
(まぁもう受付通してるから、変更できないんだろうけど)
「ちぇ、おもしろくなーい」
ライラは唇を尖らせたあと、ポケットから小さなピンクの水晶のようなものを取り出した。
「ところでさ」
にやり、と笑う。
「これ、何だかわかる?」
「……なんですか、それ」
「録音用の魔導具。さっきから、ずっと回ってたんだよね〜」
ライラが、水晶に向かって何かをつぶやいた。
『そうですね。クロエさんのギャグは面白いとは言えないかもですね』
(…………)
たった今、自分が言った言葉が、再生された。
冷や汗が、滝のようにどっと出る。
(これ、クロエさんに聞かれたら——)
「バレたくなかったら、わかってるよね〜?」
ライラが、にこにこしながら水晶を指で弾いた。
「……はい」
俺は即答した。
(この人、人の弱みを握って掌握するタイプだ)
「ってまあ冗談だよ冗談。あとで消しとくからさ」
彼女は水晶をポケットに戻したあと立ち上がって、テーブルを回り込んできた。
俺の隣にどさっと座る。甘い香水の匂いが漂う。
(……いい匂いがするな。ん?なんで隣にきた……)
「あの〜なんで隣に?」
「べつに〜アタシの後輩になるわけでしょ。シンコー深めなきゃでしょ」
彼女はケラケラ笑いながら、俺の肩に腕が回された。
甘い香水の匂いと、それより近くに——
(……あたってる)
柔らかい何かが、肩と脇腹の間あたりに押し当てられている。
まぁ、おれもいいおっさんだからこれくらいじゃ動じんよ。
「……あれ?」
ライラの目が、すっと細くなった。
「リアクション薄いじゃん。おぼこの女はこれで慌てんのに…」
「いえ、べつに……」
(甘いも酸いも一通り経験したおっさんだからな。これくらいで動揺するわけがない)
「……あれ?」
「?」
「なんだこりゃ」
ライラの手が、するりと俺の膝のあたりに伸びた。
「お前、なんかスカート押し上げてんぞ」
「えっ」
彼女の指先が、布越しに何かを確かめるように触れた。
「なんだこりゃ。硬っ!カッチカチの、何かが入ってんぞ」
「……えっ、ちょ、なにしてんですか!触っちゃだめですって!」
俺は反射的に体を引いた。声が裏返った。
(……生理現象!若い肉体だから……なのか?)
「お、やっと慌てた。焦る顔もかわいいじゃん!」
ライラが満足そうにケラケラ笑った。
「ほんとダメですって」
「いいじゃん!女同士なんだしよぉ!」
ん?
「見せろって!何入れてんだよ!先輩の言う事聞けねぇのかぁ?」
「ほんと、なんでもないんです! この話はもう終わりです!」
俺は引いた体勢のまま固まっていた。
ん、今、なにか重大ななにかを言われたような…
ライラがケラケラ笑いながら、ふと時計台に目をやった。
「あっ」
彼女は時計台を見て、急に立ち上がった。
「試験の時間近いじゃん。戻るよ」
「は、はい」
肩から、温度と重みが消える。
(……)
◇
学園都市の通りをライラと並んで歩く。
「アタシ、学園じゃ二つ上の上級生。クルッピの中ではクロエが同期になるのかなぁ、あとミッチェルもか」
ライラが歩きながら言った。
「転入試験は学生なら誰でも公開で見られるから、見守っといてやるよ」
「ありがとうございます」
「どんな任務やってるかは聞かないでね」
「……はい」
それ以上は教えてくれなかった。
(情報を小出しにするタイプか、あるいは本当に言えない事情があるのか)
考えていると、学園の正門が見えてきた。
受付に戻ると、眼鏡の女性がすでに俺の名前を確認していたらしく、すぐに案内された。
「スイ・コロリ様、こちらへどうぞ」
長い回廊を進む。途中で何人かの生徒とすれ違った。みんな制服姿で、こちらをちらちら見てくる。
「みんな見てきますね」
「転入生だもん。そりゃ気になるっしょ」
案内されたのは、大きな部屋だった。
机が等間隔に並んでいて、もうほとんどの席に生徒が座っている。受験生は俺一人ではなかったらしい。十数人はいる。
「じゃあ頑張って〜。アタシは見学席行くから」
「わかりました」
ライラが手をひらひらさせて、後方の見学スペースへ向かった。
俺は案内された席に着いた。
前方の教壇に、試験官らしき女性が立っている。
「これより転入試験を開始します」
よく通る声だった。
「試験用紙を配ります。指示があるまで開かないように」
試験用紙が後ろから配られてくる。俺の前の席の生徒から、用紙が手渡された。
受け取って、伏せたまま待つ。
(筆記と魔力検査の二科目、だったか)
心臓が少し速くなる。前世の記憶でテストを受けた経験はあるが、異世界の学力テストなんて受けたことがない。リクの記憶からどこまで知識を引き出せるかも未知数だ。
「では——」
試験官が、教壇の時計を確認した。
「はじめ!」
一斉に紙をめくる音が部屋に響いた。
俺も、用紙を開いた。
「こ、これは……!?」
声が出そうになった。