女装スパイは今日もバレそう~男とバレても転生者とバレても死ぬ俺の学園生活~ 作:やっくん。
「女なのにおっぱい好きなんだぁ」
……女なのに?
「あっ、もしかしてレズ?」
もしかして?
「ちがいます」
「言っちゃいなよ〜女の子同士なんだし。あっ、あたしレズだよっ」
俺のこと?
「だから〜、気にしなくていいって話。あーしも女の子好きだし、スイが女の子好きでも全然オッケーってこと」
女だと思ってる?
ライラはケラケラ笑いながら、俺の肩にぽんと手を置いた。
……そうか。だからこそ、この距離感。だからこそ、このスキンシップ。
でも、クロエさんは俺が男だと知っている。つまりは同じ組織であるライラさんに男だと伝えても問題はないはず。
むしろ、早めに言っておいた方が後々こじれない。
「あの、ライラさん。実は——」
「ん?」
「俺は——」
そこで、頭の奥で何かが鳴った。
ピーーーッ。
警報だ。
前世で何度も聞いたあの警報。取引先の会議室でうっかり余計な一言を口にしかけたときに鳴るあれだ。
待て、俺。この人は今、自分はレズだと言った。ということは、だ。
もし——もしも、この人が男嫌いだったら?
男と知った瞬間に態度が急変して、「男の面倒なんか見てらんねー」とサポートを放棄されたら?
学園のことを何も知らない俺が、たった一人で放り出されたら?
……詰む。
社会人鉄則その二。相手の地雷がどこにあるか分からないうちは、踏み込まない。
「……オレワ?」
ライラが首をかしげた。
しまった。途中で止めたせいで変なところで切れている。
「オレワ! そう、オレワです! 最近オレワにハマってて」
なんだオレワって。
自分で言っておいてなんだが、オレワってなんだ。
ライラがじっとこちらを見ている。
沈黙。
……バレたか。
「——なんだぁ、オレワかぁ」
ライラの顔がぱっと明るくなった。
「わかる〜。あれ一回ハマると抜けらんないよね〜。今度オレワがおいしいとこ連れてってやるよ〜」
「あ、ありがとうございます……」
奇跡的に会話が噛み合った。
あるのか、オレワ。この世界に。しかも食べ物なのか。
ゴーン、ゴーン——
そのとき、窓の外から重たい鐘の音が響いてきた。
「あ、もうこんな時間か」
ライラが格子窓の方を振り返る。
格子の隙間から外をのぞくと、街の中心にそびえる時計台が見えた。長い針と短い針が、ほとんど重なるようにして、まっすぐ真上を指している。
正午だ。
「早く行かないと、転入試験始まっちゃうよん♪」
「え?」
今から?いや、心の準備がまったくできていないんだが。
「じゃ、がんばって〜」
ライラはひらひらと手を振って、再びグラスに口をつけた。
見送る気満々だ。
「あの……学園の場所って」
「……え、マジ?」
ライラが目を丸くした。
「ほんっとに何も知らないんだ〜。ウケる。いいよ〜、ついてきな」
◇
ライラの後ろについて、学園都市の通りを歩く。
石畳の道を抜け、坂をひとつ上ったところで——それは現れた。
「……でか」
ここが……アムステル女学園……
さっき馬車で通ったはずなのに、自分の足で立ってみると印象がまるで違う。石造りのアーチは見上げるほど高く、門扉には精緻な紋章が彫り込まれている。その奥には白い校舎がいくつも並び、窓という窓が陽の光を反射していた。
ここに、今から一人で入るのか。
女として。
「受付そこだから。じゃね〜」
ライラがくるりと踵を返した。
「ちょっと待ってくださいっ!」
ここで離れたら、俺は本当に一人だ。
気づいたときには、俺はライラの腕にしがみついていた。
「おぉ!」
ライラが目を輝かせた。
「積極的じゃ〜ん。そんなにあーしと一緒にいたいの〜?」
「一緒にいたいです」
即答した。プライドより生存だ。
「それに、ライラさんも学生なんですから、授業とかあるんじゃないですか」
「あるよ〜」
「じゃあ、一緒に入りましょう」
「いや〜、今日サボろうと思ってて〜」
「そこをなんとか」
「え〜、どうしよっかな〜」
ライラは人差し指を顎に当てて、わざとらしく考えるそぶりをした。
それから、すっと左の頬をこちらに差し出してくる。
「じゃあ、ん」
「……ん?」
どういうことだ。
「ちす♥」
ライラが自分の頬を指でとんとん、と叩いた。
……キス、だと。今、ここでか……
いや、俺は別に構わない。構わないどころか、むしろ——いや、そういう話じゃない。
この人は俺を女だと思っている。女の子同士の軽いノリだと思って、こうしている。
中身がおっさんで、体が男だと知らないまま、頬にキスをさせるのは——フェアじゃない。
断ろう。
「いえ、それは……ちょっと」
ライラが、ぱちぱちとまばたきをした。
怒らせたか。
「……へぇ」
ところが、ライラの口元がにんまりと上がった。
「そういう身持ちが固い子、けっこう好みだな〜」
逆に好感度が上がった。
なんでだ。
「お、おねがいします——」
「しゃあないな〜。貸しいち、だよ〜」
ライラは俺の腕をほどくと、ひらひらと受付の方へ歩いていった。
◇
受付には制服姿の女の子が座っていた。きっちりと髪をまとめた、いかにも真面目そうな子だ。
ライラが二言三言話すと、受付の子はこちらをちらりと見て、うなずいた。
「受験票出せってさ〜」
受験票。
そんなもの、あったか?
俺はクロエから渡されたスーツケースを開けた。着替えの下に、紙やスクロールがひとまとめにされた束がある。一枚ずつめくっていくと、学園の紋章が押された厚手の紙が出てきた。
「これ、ですかね」
「はい、こちらです」
受付の子が受け取って、手元の名簿と照らし合わせる。
「スイ・コロリさんですね。すぐに転入試験が始まりますので、待合室でお待ちください」
それから、受付の子は顔を上げてライラを見た。
目つきがすっと変わった。
「それとライラ、あなたも試験の準備を手伝いなさい。前にサボった罰として手伝うよう言われてるでしょう」
「げ」
常習犯か。
「ちぇ〜。まぁいいや、スイのお手並みでも拝見しますか〜」
お手並みも何も、こちらはただの素人だ。
◇
待合室は、思ったより広かった。長椅子がいくつも並んでいて、そこに十数人の受験生が座っている。
全員、女の子だ。当たり前か。ここは女学園なんだから。
……でも、なんというか、みんな強そうだ。
腕を組んで目を閉じている子。剣の柄を握ったまま微動だにしない子。耳の尖った、たぶんエルフらしき子もいる。どの子も若いのに、妙に場慣れした空気をまとっていた。
俺は端の方にそっと腰を下ろした。
落ち着け。
クロエさんの話では、試験は筆記試験と適性検査の二つ。戦闘とかはないらしい。
……よかった。本当によかった。
剣を持ったことすらない俺が、ここにいる子たちと戦うことになったら、三秒で床に転がっている自信がある。
「時間になりました。転入試験を受ける方は、こちらへどうぞ」
係の女性が扉の前に立った。
受験生たちが一斉に立ち上がる。俺もその流れに乗った。
通されたのは、机が等間隔に並んだ部屋だった。それぞれの机の上に、裏返しになった用紙が一枚ずつ置かれている。
指定された席に全員が座ると、前方の教壇に試験官らしき女性が立った。
「それでは、開始の合図で用紙を表に向けてください」
部屋が、しんと静まりかえる。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
前世でも試験は何度も受けてきた。高校受験、大学受験、資格試験。それなりに場数は踏んでいる。
大丈夫だ。文字は読める。なんとかなる。
……たぶん。
「それでは——開始!」
一斉に紙をめくる音が響いた。
俺も用紙を表に向けて、問題を読み進めた。
一問目に目を通して——
「えっ?」
思わず声が漏れた。