キングダム:穿紅の閃光 〜神速の槍と無敵の拳で中華を穿つ〜   作:キング・クリムゾン!!

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続きです。ゆっくりしていってね。


第12話:白珪城の霧、穿光の洗礼

秦国国境地帯に位置する白珪城の周辺は、険しい岩山と深い渓谷が連なる隘路(あいろ)の多い土地だった。朝夕には濃い川霧が立ち込め、視界を遮るその白濁した大気は、伏兵を配するには絶好の、そして行軍する者にとっては不吉極まりない地形であった。

 

咸陽を発って数日、穿紅軍の百五人は、その霧の深い渓谷の入り口に足を踏み入れていた。全員が肩や甲冑の継ぎ目に鮮烈な「赤布」を纏い、一糸乱れぬ足並みで進軍している。その静かな行軍は、新興の百人隊とは思えないほどの重厚な威圧感を放っていた。

 

「百人将、戻ったぜ」

 

霧の向こうから、音もなく一人の男が滑り込んできた。斥候隊長に任命された厳だった。その身軽な身のこなしは、岩肌の凹凸に完全に同調しており、戻ってくるまで誰もその接近に気づかなかったほどだ。

 

「厳、状況は」

貫が歩みを止めずに尋ねる。

 

「城の北側、三里ほどの位置にある廃村を拠点に、魏の残党どもが陣を敷いてやがる。数は想定より少し多くて、およそ四百といったところだ。烏合の衆にしちゃあ、妙に統制が取れていると思ったら、頭を張っている奴が元魏軍の『五百人将』だった馬剛(ばごう)って男らしい。蛇甘平原の敗戦で散り散りになった兵を集め、このあたりの村を片っ端から焼き払っちゃあ、肥え太ってやがる残虐な野郎だ」

 

厳の報告を聞き、副将の鉄が忌々しげに顔をしかめた。

「元五百人将か……。一兵卒の暴徒とはワケが違うな。集団戦の動かし方を知っている奴が四百を率いているとなると、正面からぶつかればこちらの消耗も激しくなるぞ」

 

「ですが、地形はこちらに味方しています」

軍師の梁が、懐から取り出した羊皮紙の地図を広げ、指先で狭い一本道をなぞった。

「この先は、馬が一頭通るのがやっとの隘路が続いています。敵の数が四百であろうと、一度にこちらに襲いかかれる数は限られる。ここで我が軍の『散兵戦術』を展開します」

 

梁の作戦は明快だった。百人の兵を十人ずつの小部隊に細分化し、霧の深い岩陰に分散して配置する。敵が隘路を進んできたところを、前後左右から波状的に急襲し、敵の指揮系統を混乱させて各個撃破するというものだった。

 

「よし、梁の作戦で行こう。みんな、これが穿紅軍の初陣だ。一人も欠けることなく勝利を掴むぞ」

貫が静かに告げると、幹部たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。

 

数刻後、渓谷の奥から、下品な笑い声と武具の擦れる不快な音が霧を通じて響いてきた。魏軍の残党、馬剛が率いる略奪集団の一隊だった。彼らは白珪城の周辺でさらなる富を奪おうと、油断しきった様子で隘路を進んできていた。

 

「おい、この霧じゃ前が見えねえな。白珪城の腰抜けどもは、城に引きこもって出てこねえよ」

先頭を行く魏兵が、せせら笑いながら槍を肩に担ぐ。

 

その瞬間、霧の壁を突き破るようにして、一本の矢がその魏兵の喉笛を正確に貫いた。声も上げられずに倒れ込む魏兵。

 

「な、何だ!? 敵襲か!?」

 

動揺が広がる魏兵たちの前に、鮮烈な「赤」の一団が突如として姿を現した。

 

「突撃隊、俺に続けぇぇ!!」

雷の爆発的な怒号が響き渡る。

雷率いる突撃隊の十人が、目にも留まらぬ速度で斜面を駆け下り、敵の先頭集団へと斬り込んだ。雷の槍が電閃の如く繰り出され、一瞬にして三人の敵を突き倒す。訓練によって極限まで高められた彼らの走力は、魏兵たちに防陣を敷く暇さえ与えなかった。

 

「慌てるな! 敵は小規模だ! 包囲して圧殺しろ!」

後方から魏軍の小隊長が声を張り上げるが、その言葉が響き渡る前に、別の岩陰から鉄率いる防御・反撃部隊が姿を現した。

 

「そうはさせるかよ。俺たちの盾を破れると思うな!」

鉄が、拓によって裏面を鉄板で補強された大盾を構え、魏兵の突撃を正面からガチリと受け止める。衝撃を完全に殺された魏兵がよろめいた瞬間、鉄の背後から梁の指示を受けた兵たちが、長槍を盾の隙間から一斉に突き出した。

 

「な、何だこの連中は……! 動きがバラバラなのに、こっちが攻めようとすると必ず数人で囲まれてる!」

魏兵たちが恐怖に叫んだ。

十人ずつの小部隊は、霧のなかで互いに声を掛け合い、口笛の合図で瞬時に位置を変えていた。敵から見れば、どこから赤布の兵が飛び出してくるか分からず、常に「十人の秦兵に囲まれている」ような錯覚に陥るのだ。これが梁の完成させた散兵戦術の恐怖だった。

 

戦況が完全に穿紅軍のペースで進む中、渓谷の最奥、頑丈な馬に跨った一人の巨漢が、怒りで顔を真っ赤に染めていた。元魏軍五百人将、馬剛であった。その手には、人間の胴体ほどもある巨大な大斧が握られていた。

 

「ええい、おのれ! たかが百人程度の新兵どもに、我が軍が翻弄されるなど有り得ん! 全軍、退くな! 押し潰せ!」

馬剛が馬の手綱を引き、大斧を振り回しながら前線へと進み出ようとした。

 

その馬剛の前に、霧を割って一人の若者が静かに歩み出てきた。

肩に巻かれた赤布が風に揺れ、その左腕には、鈍い黒光りを放つ『鋼鉄の管』が装着されている。右手には、一寸のブレもない秦軍の長槍。百人将、貫だった。

 

馬剛は馬を止め、大斧の柄を激しく叩きつけながら、目の前の若い百人将を睨みつけた。

「貴様がこの小癪な赤布どもの頭か! 随分と若いガキを将に据えたものだな、秦国も人材不足か!」

 

貫は馬剛の放つ圧倒的な殺気と、巨漢ゆえの威圧感を正面から受け止めながらも、一歩も引かずに長槍を構え直した。新しく出会うこの敵の将に対し、貫は自らの存在を刻み込むように、静かで冷徹な声を響かせた。

 

「初めてお目にかかる。秦軍百人将、穿紅軍を率いる貫(かん)だ。得物は秦軍の長槍、そしてこの左腕の鋼鉄の管。貴様らがこの地で繰り返してきた略奪と残虐の歴史を、ここで穿ち塞ぐ男の名だ」

 

貫の自己紹介を聞き、馬剛は一瞬の静寂の後、狂ったように笑い声を上げた。

「ハハハハ! 百人将だと!? 威勢のいいガキだ! その鋼鉄の管ごと、我が大斧で真っ二つにして、霧の餌食にしてくれるわ!」

 

馬剛が馬を猛烈に加速させ、貫に向けて突撃してきた。巨体と馬の突進力が乗った大斧の一撃は、周囲の空気さえも引き裂くような、凄まじい風圧を伴って振り下ろされる。まともに受ければ、人間など甲冑ごと肉片に変えられる破壊力。

 

しかし、貫の瞳は驚くほど冷徹に、その大斧の軌道を見切っていた。

(流水岩砕拳――完全同調)

 

貫は一歩も退かず、あえて大斧の刃が自らの頭上に届く寸前まで引きつけた。そして、大斧の側面に対し、自身の左腕の『鋼鉄の管』を、ぬるりと滑らせるように接触させた。

キィィィィン!! という、激しい金属摩擦の甲高い音が響き渡る。

馬剛の放った絶対的な破壊力は、拓が極限まで磨き上げた鋼鉄の管の滑らかな表面によって、そのベクトルの方向を完全に狂わされ、貫の真横の地面へとズドンと叩きつけられた。

 

「な、何だと……!? 我が全力の一撃が、受け流された……!?」

馬剛が驚愕に目を見開いた瞬間、貫の右腕がすでに始動していた。

 

(尾張貫流槍術――管槍・穿光)

 

右手で握られた長槍の柄が、左腕の鋼鉄の管の内壁を滑っていく。拓の手によって内側の摩擦を真の「ゼロ」に近づけられた管は、貫の放つ神速の突きを一切邪魔することなく、むしろその軌道を完璧に安定させる砲身の役割を果たしていた。

 

シュバアァァァッ!!!

 

渓谷の霧を完全に吹き飛ばすような、重い爆発音が響いた。

放たれた槍の穂先は、馬剛が反応するよりも早く、彼の分厚い鉄の胸当てを紙のように容易く貫き、その心臓を正確に射抜いていた。

 

「が、はっ……」

馬剛の口から大量の鮮血が溢れ出る。大斧が手から落ち、その巨体が馬から転げ落ちて地面の泥の中に叩きつけられた。かつて魏の五百人将として恐れられた男は、貫の一突きの前に、何が起こったのかさえ理解できぬまま、その命を散らせた。

 

「馬剛将軍が……討ち取られたぞ!!」

その光景を目撃した魏兵たちから、絶望の悲鳴が上がった。

頭を失った四百の略奪集団は、一瞬にして完全に瓦解した。そこへ梁の指示を受けた穿紅軍の各部隊が容赦なく襲いかかり、残党どもは一人残らず、この白珪城の霧の渓谷の中に沈んでいくこととなった。

 

戦いが終わり、渓谷に立ち込めていた霧が朝日の光でゆっくりと晴れていく中、穿紅軍の百五人は、一人の負傷者も出すことなく、完全なる勝利を収めて佇んでいた。

 

「やった……やったぞ! 貫、一人の死者も出さずに、四倍の敵を全滅させたんだ!」

雷が興奮のあまり、貫の肩を激しく揺さぶった。

 

「ああ、梁の作戦、鉄さんの統率、そして拓の作ったこの管のおかげだ」

貫は自身の左腕の鋼鉄の管を見つめた。激しい戦闘を経てもなお、管の内側には傷一つなく、槍の滑りは完璧なままだった。

 

その時、渓谷の入り口の方から、数騎の馬を連れた一団が接近してきた。彼らは白珪城の城代から遣わされた、臨時の確認部隊であった。先頭を行くのは、品の良い甲冑を着た、白珪城の副長である少壮の将校、文(ぶん)という男だった。

 

文は、谷底に転がる四百もの魏軍残党の屍骸と、それを僅か百人で圧倒した穿紅軍の姿を見て、驚愕のあまり馬の上で完全に硬直していた。

 

貫は、新しく出会うこの秦国の身内に対し、長槍を背に回し、百人将としての威厳を保ちながら静かに歩み寄った。そして、深く一礼をして自己紹介を述べた。

 

「初めてお目にかかります。秦国第四軍所属、新任の百人将であり、この『穿紅軍』を率いる貫と申します。昌文君様および壁千人将の御命により、白珪城周辺を荒らす魏軍残党の討伐任務を拝命し、只今、敵将馬剛以下、全軍の不無力化を完了いたしました」

 

文は慌てて馬から飛び降りると、貫の前に進み出て、その手を激しく握りしめた。

「君が……君たちが、咸陽から遣わされたという『穿紅軍』か……! 素晴らしい、実に見事な戦ぶりだ! 白珪城の城代も、近隣の村の者たちも、君たちのこの『赤』に救われた。この特大の戦果は、直ちに咸陽の昌文君様へと報告させてもらう!」

 

文の感激した声が、渓谷に響き渡る。

初陣を完全勝利という、これ以上ない形で飾った穿紅軍。しかし、貫の瞳は、すでにこの小さな勝利の先にある、中華全土を巻き込む巨大な戦乱のうねりを見据えていた。

穿紅の赤き光は、この国境の城塞を皮切りに、いよいよ中華全土へとその悪名を、いや、その轟くべき武名を轟かせていくことになる。大長編の第二幕は、最高潮の滑り出しを見せていた。




次回:第13話 百人将の器、宿将の眼
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