キングダム:穿紅の閃光 〜神速の槍と無敵の拳で中華を穿つ〜   作:キング・クリムゾン!!

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続きです。ゆっくりしていってね。


第15話:怪鳥の眼と馬陽の暗雲

咸陽の王宮に突如として響き渡った急報は、蛇甘平原の勝利に沸く秦国を一瞬にして凍り付かせた。

東の国境を越え、趙軍の主力十万が秦国の重要拠点である『馬陽(ばよう)』へと侵攻。迎え撃つ秦国の守備軍は一瞬にして壊滅し、馬陽は包囲され、陥落の危機に瀕しているという。趙国がこれほどの規模で本格的な侵略を仕掛けてくるのは、かつての六大将軍の時代以来、十数年ぶりのことであった。

 

王宮の大極殿では、大王・嬴政(えいせい)の前に昌文君や昌平君をはじめとする文武百官が集まり、緊迫した軍議が徹夜で続けられていた。

 

「趙軍十万……! しかも、奴らは蛇甘平原での我が軍の勝利を見計らったかのように、完璧な奇襲を仕掛けてきた。このまま馬陽が落ちれば、趙軍の刃は秦国の喉元へと真っ直ぐに突き立てられることになるぞ!」

昌文君が焦燥のあまり、声を荒らげて床を叩く。

 

「落ち着かれよ、昌文君。敵の動きは迅速だが、我が軍総司令部の想定の範囲内だ」

軍総司令である昌平君は、巨大な戦術盤を見つめたまま、冷徹な声で告げた。

「問題は、十万の敵を迎え撃つために、誰を総大将に据えるかだ。現在、国境付近の宿将たちはそれぞれの防衛線から動かせん。この危機を救い、十万の趙軍を打ち破る圧倒的な武名と知略を持つ将は、秦国にただ一人しかいない」

 

昌平君の視線の先、大極殿の重厚な扉がゆっくりと開いた。

ずしり、ずしり、と、床を揺らすほどの巨大な足音が響き渡る。

そこに現れたのは、尋常ならざる巨躯に黄金の甲冑を纏い、背中には天を衝くような大鉾を背負った一人の男。独特の分厚い唇に不敵な笑みを浮かべ、その瞳には底知れない知略と、数多の修羅場をくぐり抜けてきた絶対的な王者の風格を宿した怪物が、そこに立っていた。

 

かつて中華全土を震撼させた秦国六大将軍、最後の一人――「秦の怪鳥」こと、王騎(おうき)将軍であった。

 

「ココココ。随分と賑やかなことで。王宮の雛鳥たちが、趙の羽音に怯えて鳴いていますねぇ」

王騎の朗々とした、しかし地鳴りのように響く声が、大極殿の空気を一瞬にして支配した。

 

同じ頃、咸陽の郊外にある穿紅軍の駐屯地では、昌平君からの直令状を受け取った貫たちが、出陣の準備を極秘裏に進めていた。

総司令部直轄の『特殊遊撃百人隊』としての最初の任務。それが、この中華を揺るがす馬陽の大決戦であることは、全員の覚悟をさらに強固なものにしていた。

 

「貫、間に合ったよ……! これが、君のために新しく作った新しい槍だ!」

拓が汗まみれの顔を拭いながら、一本の長槍を大事そうに抱えて天幕へと駆け込んできた。

 

貫がその槍を受け取ると、ずしりとした心地よい重みと、これまでにない強靭な硬度が両手に伝わってきた。

槍の柄には、拓が苦労して入手した南方の稀少木『鉄刀木(タガヤサン)』が贅沢に使用されており、その表面には鋼鉄の管との摩擦を極限まで減らすための特殊な漆が幾重にも塗り重ねられていた。穂先は魏軍の装甲戦車の超硬鉄を極限まで研ぎ澄ました、恐るべき破壊力を予感させる仕上がりとなっていた。

 

「ありがとう、拓。最高の出来だ。これなら、どんな頑強な甲冑も紙のように穿つことができる」

貫が左腕の『鋼鉄の管』に槍を通し、軽く突きを放つと、シュバッという鋭い真空の音が天幕の空気を震わせた。管と槍の連動は、以前よりもさらに滑らかで一体化していた。

 

「百人将、飛信隊の信が、お前に会いたがって外に来てるぜ」

斥候隊長の厳が、木陰から音もなく現れて告げた。

 

貫が天幕の外に出ると、そこには真新しい甲冑を身に纏い、以前よりもさらに一回り逞しくなった信が、不敵な笑みを浮かべて待っていた。その背後には、相変わらず物静かな瞳を輝かせた羌瘣も控えている。

 

「貫! お前も馬陽へ行くんだろ! 昌平君の直轄部隊になったんだってな、耳が早い厳から聞いたぜ!」

信が貫の肩を叩きながら、興奮した様子で声を上げた。

 

「ああ、信。お前たち飛信隊も、総大将・王騎将軍の下で戦うと聞いた。お前、王騎将軍の城で修行をしていたそうだな」

貫が答えると、信の瞳に熱い炎が灯った。

 

「おうよ! あのオカマみてえな化け物同然の将軍に、死ぬ気でしごかれてきたんだ! 今回の戦い、俺たちの飛信隊が絶対に一番の武功を挙げてみせる! 貫、お前の『穿紅軍』にも負けねえからな!」

 

「ああ、互いに全力を尽くそう。戦場で並び立つ時を楽しみにしている」

二人の若き百人将が、固い握手を交わした。その横で、羌瘣は貫の左腕の鋼鉄の管と、彼の身体から放たれる『流水岩砕拳』の淀みのない呼吸をじっと見つめ、小さく頷いていた。

 

数日後、秦国軍の本隊と合流した穿紅軍は、馬陽へと続く険しい山道を進軍していた。彼らの周囲を行軍するのは、王騎軍の直系である屈強な重装騎兵たち。その中にあって、鮮烈な赤布を纏い、一糸乱れぬ歩法で進む穿紅軍の百五人は、周囲の将兵たちからも一際異質な存在として注目を集めていた。

 

「全軍、停止」

前方を走っていた王騎軍の将校が馬を止め、大声を張り上げた。

 

山道の開けた高台に、一騎の巨大な黒馬が佇んでいた。背後には、天を覆うほどの巨大な「王」の軍旗が翻っている。総大将、王騎将軍その人であった。将軍は、行軍する我が軍の様子を上空から見下ろす怪鳥の如き鋭い眼光で見つめていた。

 

昌平君の差配により、特殊遊撃隊としての挨拶を行うべく、貫は鉄と梁を伴って、王騎将軍の御前へと進み出た。

 

巨大な馬の上から見下ろす王騎の威圧感は、蛇甘平原の宿将たちや、総司令の昌平君のものとも違う、文字通り「戦場そのものを具現化した」かのような、圧倒的な生命の濁流であった。まともにその視線を浴びれば、並の百人将であれば恐怖で膝をつくほどの重圧。

 

しかし、貫は背筋を真っ直ぐに伸ばし、一寸のブレもない洗練された動作で片膝をつき、深く頭を下げた。新しく出会う、この時代最大の怪物にして秦国の絶対的な盾に対し、貫は己の存在と穿紅軍の覚悟を完全に刻み込むべく、凛とした、戦場全体を支配するかのような静かな声を響かせた。

 

「初めてお目にかかります。秦国軍総司令直轄、特殊遊撃百人隊『穿紅軍』を率いる百人将の貫と申します。我が家に伝わる古流武術『流水岩砕拳』の呼吸法と、相棒の拓が作り上げたこの左腕の『鋼鉄の管』、そして新調せし鉄刀木の槍を以て、王騎将軍の描く勝利への戦道を、いかなる障壁をも穿ち拓くために参りました。我が穿紅の赤き旗は、将軍の矛の先をさらに鋭く研ぎ澄ますためにあります」

 

貫の淀みのない、そして一歩も引かない自己紹介を聞き、王騎将軍の傍らに控えていた副官の騰(とう)が、僅かにその瞳を動かした。

 

「ココココ……。昌平君が手元で温めていた風変わりな雛が来たと思えば、随分と面白い口を利く百人将ですねぇ」

王騎は分厚い唇を歪め、愉快そうに笑い声を響かせた。その眼光が、貫の左腕の鋼鉄の管、そして彼の体幹の完璧な軸へと注がれる。

 

「お前のその身体の流転、そしてその奇妙な筒。噂には聞いていましたが、なるほど、ただの歩兵の生き残りではないようです。昌平君直轄の遊撃隊ということは、私の手足として、最も泥臭く、最も危険な局地へ飛び込んでもらうことになりますが……その覚悟はできていますか?」

 

「はっ。我が穿紅軍の百五人、一人として無駄死にさせるつもりはありません。全員が生きて勝利を掴むために、いかなる過酷な戦場をも穿ち貫いてみせます」

貫が毅然と答えると、王騎将軍は一度大きく頷き、その大鉾を天へと掲げた。

 

「良いでしょう。貫、お前たちのその『赤』が、この馬陽の血の海の中でどれほど鮮烈に輝くか、私のこの眼で特等席から見物させてもらいますよ。……騰、全軍に告げなさい。これより、趙軍の首を狩りに行きますよぉ!」

 

「ハッ。御意にございます。ファルファルファル……」

副官の騰が独特の音を立てて剣を抜き、王騎軍の本隊が爆発的な推進力で進軍を再開した。

 

王騎将軍との対面を終え、穿紅軍が馬陽近郊の戦域へと近づいた頃、先行して偵察を行っていた厳が、林の奥から音もなく滑り込んできた。その顔には、かつてないほどの緊迫感が走っていた。

 

「百人将、最悪の情報だ。趙軍の先鋒部隊が、すでに馬陽の防衛線を突破し、この先の平原へと展開し始めてる。先鋒を率いているのは、趙国でも屈強な武力を誇る猛将『馮忌(ふうき)』。奴の軍は、一糸乱れぬ防御陣形と、完璧な包囲戦術を得意としているらしい。……そして何より、奴らの本陣の遥か後方、山脈の深奥に、尋常じゃねえ禍々しい『気』が渦巻いてやがる。俺の猟師としての本能が、あれには絶対に近づくなと叫んでやがるんだ」

 

厳の言葉に、軍師の梁が地図を広げ、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。

「馮忌……知略型の猛将ですね。まともに包囲されれば、我が軍の散兵戦術も機能しなくなる可能性がある。ですが、奴の本陣が展開を完了する前の今この瞬間こそ、最大の好機です」

 

「梁の言う通りだ。敵が陣を敷き終える前に、俺たちがその横腹を食い破る」

貫は腰の『鋼鉄の管』をカチャリと鳴らし、新しく手にした鉄刀木の槍の柄を強く握り締めた。

 

「副将の鉄さんは本隊の守りを、雷は突撃隊を率いて俺の背中を追え。梁は戦況の分析、拓は予備の装備の管理、厳は敵の増援の監視だ。……全軍、肩の赤布を締め直せ! これより我が穿紅軍、馬陽の戦いにおける初陣を飾る。敵の先鋒、馮忌の陣形を、俺たちの穿光を以て粉砕するぞ!」

 

「おおお!!! 生き残って、勝利を掴むぞ!!!」

百五人の赤い一団が、地鳴りのような咆哮を上げ、激戦の火蓋が切られた馬陽の平原へと向けて、爆発的な速度で突撃を開始した。

 

背後には王騎将軍の巨大な軍旗が翻り、前方には十万の趙軍が牙を剥く。若き穿光・貫の率いる穿紅軍の、これが中華の歴史を真に塗り替えるための、最大にして最も過酷な大長編の第ニ幕、馬陽決戦の本格的な幕開けであった。




次回:第16話 穿光の縦撃、狂う陣形
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