キングダム:穿紅の閃光 〜神速の槍と無敵の拳で中華を穿つ〜 作:キング・クリムゾン!!
馬陽の広大な平原に、両軍の激突を告げる地鳴りのような咆裟と、金属が激しくぶつかり合う轟音が響き渡っていた。
趙軍の先鋒を務める高名な智将・馮忌(ふうき)の軍は、まるで一つの巨大な生き物の如く精密に布陣を整えつつあり、秦国守備軍をじわじわと包囲の檻へと追い詰めていた。
だが、その完璧なはずの陣形の右翼後方――まだ完全に結合しきっていない僅かな「隙間」に向けて、鮮烈な赤布を翻した一団が、猛烈な速度で突き進んでいた。
昌平君直轄、特殊遊撃百人隊『穿紅軍』である。
「敵の右翼、第三陣の展開が遅れています! 突撃隊、あの隙間を狙って一気に楔(くさび)を打ち込みなさい!」
高台から戦況を俯瞰する軍師・梁の鋭い声が、口笛の合図とともに各小隊へと伝達される。
「応よ! 俺たちの速度に追いつけると思うなよ、趙兵ども!」
突撃隊長の雷が、槍を振り回しながら先頭を爆走する。限界まで磨き上げられた雷の走力に引っ張られ、十人の突撃兵たちが文字通り一本の赤い矢となって趙軍の側面に突き刺さった。陣形を整えようとしていた趙の歩兵部隊は、側面からの予期せぬ超高速の急襲に対応できず、一瞬にして数十人が血飛沫を上げて吹き飛んだ。
「慌てるな! 敵は僅か百足らずの小部隊だ! 包囲して磨り潰せ!」
趙軍の百人将たちが必死に怒号を上げ、数で圧倒しようと押し寄せる。
しかし、そこに立ちはだかったのは副将・鉄が率いる重装盾部隊だった。
「ここから先は一歩も通さねえよ。拓が補強してくれたこの盾、魏の戦車でも傷一つつけられなかったんだ。お前らの安物の槍で破れると思うな!」
鉄が地面に深く大盾を突き立てると、ガチィィン! と激しい衝撃音が響く。趙兵の突撃を完璧にせき止めた瞬間、その盾の隙間から、梁の計算通りに動く散兵たちが次々と長槍を突き出し、各個撃破していった。霧の中の戦いだけでなく、この大平原においても、彼らの「十人で一人を囲む」散兵戦術は、趙軍の局地的な優位を完全に無力化していた。
「何事だ、右翼の乱れは! たかが百人程度の秦兵に、なぜこれほど手こずっている!」
趙軍の先鋒第一陣を率いる千人将、赫巴(かくば)は、自軍の右翼が奇妙な赤い一団によって瞬く間に蹂躙されていく光景に、激しい怒りを爆発させていた。赫巴は趙国でもその剛腕で知られた巨漢であり、手にした大槌は、これまで数多くの秦兵の頭蓋を砕いてきた。
「ええい、小癪な赤布どもめ! この俺が直々に叩き潰してやる!」
赫巴が数十の親衛騎兵を引き連れ、凄まじい砂煙を上げながら穿紅軍の本陣へと突撃してきた。馬の突進力と、巨漢が放つ圧倒的な殺気が、周囲の地面を震撼させる。
その突進を正面から受け止めるようにして、一人の若者が静かに歩み出てきた。
肩に巻かれた赤布を風にうねらせ、左腕には鈍い漆黒の輝きを放つ『鋼鉄の管』。右手には、拓が仕上げた至高の得物――鉄刀木の複合槍。百人将、貫だった。
赫巴は馬を止め、大槌を地面に叩きつけて挑発するように吠えた。
「ガキが……! 貴様がこの小癪な部隊の頭か! 随分と小綺麗な面をしやがって、ここが戦場だと教えてやるわ!」
貫は赫巴の放つ強烈な威圧感を正面から受け止めながらも、体幹の軸を一切ぶらすことなく、長槍を構え直した。新しく出会う、この戦域の有力な敵将に対し、貫は己の存在と穿紅軍の武名を完全に刻み込むべく、凛とした、冷徹で淀みのない声を平原に響かせた。
「初めてお目にかかる。秦国軍総司令直轄、特殊遊撃百人隊『穿紅軍』を率いる百人将、貫(かん)だ。我が家に伝わる古流武術『流水岩砕拳』と、相棒の拓が作ったこの鋼鉄の管、そしてこの鉄刀木の槍を以て、いかなる巨大な防壁をも穿ち貫く。貴様らの馮忌軍の陣形、ここから根底から崩させてもらう」
貫の傲る高ぶることのない、しかし絶対的な自信に満ちた自己紹介を聞き、赫巴は顔を真っ赤に染めて激昂した。
「ふん、ほざけ百人将! その生意気な口ごと、肉片に変えてくれるわぁ!」
赫巴が馬を猛烈に加速させ、貫に向けて大槌を振り下ろした。巨体と馬の速度が乗ったその一撃は、周囲の空気を爆発させるような轟音を伴い、まともに受ければ甲冑ごと身体が押し潰される破壊力を持っていた。
しかし、貫の瞳は、その大槌の軌道を驚くほど冷静に見切っていた。
(流水岩砕拳――剛流受け流し)
貫は一歩も引かず、大槌が自らの頭上に届く寸前、左腕の『鋼鉄の管』の側面を、滑らせるように大槌の柄へと接触させた。
キィィィィィン!!! という、鼓膜を破らんばかりの金属摩擦音が響き渡る。
赫巴の絶対的な破壊力は、鉄刀木の槍と鋼鉄の管の滑らかな連動によって、その力のベクトルを完全に真横へと反転させられ、自らの馬の足元の地面へとズドンと叩きつけられた。激しい衝撃で地面が爆発し、砂煙が舞い上がる。
「な、何だと……!? 俺の全力の一撃が、ただの腕一本で逸らされた……!?」
赫巴が驚愕に目を見開いた瞬間、貫の右腕はすでに『真の神速』へと達していた。
(尾張貫流槍術――管槍・複合穿光)
右手で握られた鉄刀木の柄が、鋼鉄の管の内壁を滑る。拓が仕込んだ特殊な漆と潤滑油のおかげで、摩擦は文字通り「皆無」。鉄刀木の強靭な硬度が、貫の放つ神速の突きを寸分の狂いもなく一直線の軌道へと固定する。
シュバアァァァッ!!!
平原の砂煙を完全に吹き飛ばすような、重く鋭い真空の爆音。
放たれた槍の穂先は、赫巴が防陣を敷く暇さえ与えず、彼の分厚い鉄の胸当てをまるで熱いナイフでバターを切り裂くように容易く貫通し、その心臓を正確に射抜いていた。
「が、はっ……」
赫巴の口から大量の鮮血が溢れ出る。大槌が手から落ち、その巨体が馬から転げ落ちて地面の泥の中に派手に叩きつけられた。趙の誇る剛腕の千人将は、貫の一突きの前に、何が起こったのかさえ理解できぬまま、その命を散らせた。
「赫巴将軍が……一撃で討ち取られたぞ!!」
その光景を目撃した趙兵たちから、絶望の悲鳴が上がった。
千人将を失った第一陣は完全にパニックに陥り、そこへ梁の指示を受けた穿紅軍の各部隊が容赦なく襲いかかった。
その頃、馮忌の本陣では、伝令が息を切らせて駆け込んでいた。
「ほ、報告! 右翼後方、千人将・赫巴様の部隊が、秦軍の『赤い布』を纏った謎の百人隊によって強襲され、赫巴様が討ち取られました! 現在、右翼第一陣は完全に瓦解し、我が軍の包囲陣形に大きな穴が空いております!」
「何だと……!?」
常に冷静沈着な智将である馮忌が、初めてその端正な顔を驚愕に歪めた。
「百人隊だと? たかが百人の小部隊が、赫巴の千人隊を瞬く間に消滅させただと……。昌平君め、一体どんな化け物を戦場に解き放ちおったのだ」
馮忌の完璧なチェス盤の如き陣形は、穿紅軍という「たった一つのイレギュラー」によって、その美しさを根本から狂わされ始めていた。
戦場の一角で、返り血を浴びた鉄刀木の槍を構え直す貫。
初陣の小競り合いを終え、馬陽の大決戦という本物の地獄の中で、穿紅軍の赤き光は、趙軍の肝を冷やすほどの鮮烈な輝きを放ち始めていた。若き穿光・貫の伝説は、今、確実に中華の歴史へと刻まれようとしていた。
次回:第17話 二つの百人隊、怪鳥の盤面