キングダム:穿紅の閃光 〜神速の槍と無敵の拳で中華を穿つ〜 作:キング・クリムゾン!!
趙軍先鋒・赫巴の千人隊が僅か百人の「赤布」の一団によって瞬く間に消滅したという凶報は、智将・馮忌(ふうき)の本陣に強烈な衝撃を与えていた。
馮忌の誇る完璧な陣形の一角に空いた致命的な「穴」。戦場全体を俯瞰していた秦軍総大将・王騎将軍が、その絶好の機を逃すはずがなかった。
「ココココ……。見事な風穴を開けてくれましたねぇ、昌平君の雛鳥は。――騰、もう一つの『矢』を放ちなさい」
「ハッ。飛信隊、突撃。ファルファルファル……」
王騎の命を受け、中央の乱戦地帯から、もう一つの異質な百人隊が爆発的な勢いで飛び出した。信が率いる『飛信隊(ひしんたい)』である。彼らは馮忌の陣形が乱れた正面から、本陣の首を狙って一直線に突き進んでいく。
「貫! 正面から信たちの飛信隊が突入していくのが見えます!」
高台から戦況のうねりを監視していた軍師の梁が、激しく口笛を吹き鳴らしながら指示を送る。
「馮忌は信たちの急襲に気を取られ、本陣の守りを正面へ集中させつつあります。今こそ我が穿紅軍の真骨頂、敵の側面からさらに深く楔を打ち込み、飛信隊の突撃を援護します!」
「よし、全員、梁の指示に従え! 突撃隊は敵の連携を断ち、鉄さんの防衛隊は背後を固めろ!」
貫が新調された鉄刀木の長槍を掲げると、百五人の赤い一団は一糸乱れぬ散兵戦術を展開し、手薄になった馮忌本陣の右翼側面へと猛然と斬り込んだ。
「中央へ増援を送れ! 正面の秦兵(飛信隊)を押し返……な、何だ!? 右翼からもまたあの赤布どもが来たぞ!」
悲鳴を上げる趙の本陣兵たちを、雷の超高速の槍と、鉄の鉄板補強された大盾が次々と圧殺していく。穿紅軍の放つ、十人で一人を完璧に仕留める波状攻撃は、本陣の防衛線を紙のように容易く引き裂いていった。
だが、馮忌の本陣を死守する最後の壁は伊達ではなかった。
「うろたえるな! 敵の数は僅かだ! 本陣の盾を崩させるな!」
激しい怒号とともに、一隊の極めて洗練された重装歩兵部隊が、穿紅軍の前に立ちはだかった。彼らは一糸乱れぬ動作で巨大な鉄盾を並べ、針のように鋭い長槍の森林を形成する。
その精鋭たちを率いていたのは、智将・馮忌の懐刀であり、本陣守備の要を務める千人将――金良(きんりょう)であった。
金良は全身を鉄の重装甲で固め、手には一際頑強な大長槍を握っている。派手さはないが、寸分の隙もないその構えは、数々の戦場で馮忌の首を狙う暗殺者や猛将たちを退けてきた「鉄壁」の風格を放っていた。
金良は並び立つ鉄盾の間から、先頭を行く貫を鋭い眼光で睨みつけた。
「赫巴を破ったという赤布の頭は貴様か。小癪な戦術で我が軍の陣を狂わせた功績は認めるが、この金良の防陣は、いかなる奇策も通さぬ絶対の盾。ここから先は、馮忌様の御前。一歩たりとも通さぬ!」
貫は金良の放つ、岩盤のように微動だにしない圧倒的な防御の威圧感を正面から受け止めながらも、体幹の軸をミリ単位すらぶらすことなく、鉄刀木の槍を静かに構え直した。新しく出会う、この本陣死守の猛将に対し、貫は己の存在と穿紅軍の覚悟を完全に刻み込むべく、冷徹で、淀みのない声を平原に響かせた。
「初めてお目にかかる。秦国軍総司令直轄、特殊遊撃百人隊『穿紅軍』を率いる百人将、貫(かん)だ。我が家に伝わる古流武術『流水岩砕拳』と、この左腕に宿る『鋼鉄の管』、そして拓が仕上げた鉄刀木の槍を以て、貴様が誇るいかなる絶対の盾も、一瞬の穿光の元に打ち砕く。我らの目的は、この本陣を突破し、馬陽の戦雲を切り裂くことだ」
貫の傲る高ぶることのない、しかし絶対的な勝利を確信した自己紹介を聞き、金良の鉄兜の奥の瞳が激しく燃え上がった。
「ほざけ、秦の若造が! 我が鉄壁、破れるものなら破ってみよ!」
金良の合図とともに、趙軍の精鋭たちが一斉に槍を突き出してきた。同時に、金良自身の大長槍が、隙のない鋭い軌道で貫の喉元へと繰り出される。それは個人の武勇に頼った大振りではなく、部隊全体の盾と槍が連動した、文字通り「壁」が迫ってくるような絶望的な波状攻撃であった。
しかし、貫の瞳には、その無数の槍の隙間、そして金良の放った一撃の『力の流れ』が完璧に見えていた。
(流水岩砕拳――円流・千手受け流し)
貫は一歩も引かず、むしろ自らその槍の森林の中へと足を踏み入れた。
キキキキキィィィン!!! という、凄まじい金属摩擦音が連続して響き渡る。
周囲の兵たちが放った槍の突進力は、貫の左腕の『鋼鉄の管』の滑らかな円運動によって、そのすべてが軌道を逸らされ、互いの盾や地面へと突き刺さっていった。そして、金良の放った渾身の突きすらも、鋼鉄の管の表面をぬるりと滑り、貫の耳元を空しくかすめ飛んだ。
「な、何だと……!? 我らの波状攻撃が、すべて受け流された……!?」
金良が驚愕に息を呑んだ瞬間、貫の右腕はすでに『真の神速』の領域へと解放されていた。
(尾張貫流槍術――管槍・複合穿光「極」)
右手で握られた鉄刀木の柄が、鋼鉄の管の内壁を摩擦ゼロで滑り出す。
拓が施した完璧な鏡面研磨と特殊潤滑油、そして鉄刀木のしなりが、貫の放つすべての力を一本の極細い光の線へと収束させた。
シュバアァァァッ!!!
本陣の砂煙を完全に吹き飛ばすような、重く鋭い真空の爆音。
放たれた槍の穂先は、金良が誇る鉄壁の重装甲、そしてその背後にある分厚い鉄盾をも、まるで熱した鉄兜が雪を切り裂くように容易く貫通し、その心臓を正確に射抜いていた。
「な、馮忌様……我が盾が……」
金良の口から大量の鮮血が溢れ出る。大長槍が手から落ち、鉄壁の守護神と呼ばれた男の巨体が、自慢の盾もろとも地面の泥の中にドサリと崩れ落ちた。
「金良将軍が……一撃で討ち取られたぞ!! 我が軍の絶対の盾が破られた!!」
本陣の守備隊から、絶望と恐怖の悲鳴が上がった。守備の要を失った右翼の防衛線は、完全に瓦解した。
「行けぇぇぇーーーっ!!!」
その瞬間、正面の霧と砂煙を突き破り、泥まみれになりながらも大剣を構えた信が、飛信隊の兵たちを引き連れて本陣の最深部へと突入してきた。
信は、側面で敵の精鋭を完璧に足止めし、自らのために最高の道を切り開いてくれていた貫の姿を目にすると、満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「貫ーーーっ!! 最高の援護だ、感謝するぜ!!」
「行け、信! 馮忌の首を獲れ!!」
貫が鉄刀木の槍を掲げて応える。
「応よぉ!! 趙軍先鋒総大将・馮忌! 飛信隊の信が、その首を頂戴するぞぉぉ!!」
信の放った決死の大剣の一撃が、逃げようとしていた馮忌の身体を斜めに一刀両断した。
「がはっ……この、私が……このような名もなき百人隊、二つに……」
趙国が誇る智将・馮忌は、信と貫という「二つの規格外の百人隊」の前に、自らの知略を何一つ発揮できぬまま、平原の土へと還っていった。
「馮忌、討ち取ったりぃぃーーー!!!」
信の咆哮が馬陽の平原に響き渡り、秦軍の大歓声が沸き起こる。
初戦をこれ以上ない大勝利で飾った飛信隊と穿紅軍。
戦場の一角で、貫と信は互いの無事を確認し、固い拳を突き合わせた。
「やったな、貫。俺たちの勝ちだ!」
「ああ、見事な首級だ、信。だが……」
貫は左腕の鋼鉄の管をカチャリと鳴らし、遠く趙軍の本陣が構える山脈の深奥を見つめた。
そこから漂ってくるのは、馮忌の比ではない、文字通り「天を衝くような禍々しい殺気」と、不気味なほどの静寂。
馮忌の死は、この馬陽の地獄における、ほんの序曲に過ぎない。真の怪物たちが動き出す次なる戦場へ向けて、穿紅軍の赤き一団は、さらにその牙を鋭く研ぎ澄ましていくのであった。
次回:第18話 夜哭の凶刃、闇を穿つ光