キングダム:穿紅の閃光 〜神速の槍と無敵の拳で中華を穿つ〜 作:キング・クリムゾン!!
李牧の絶対包囲網を奇跡的に喰い破り、秦軍は馬陽の平原から北西の山岳地帯へと戦略的撤退を続けていた。
王騎将軍の本隊を殿(しんがり)とし、幾重もの追撃を退けながら、ようやく趙軍の視線が届かない渓谷の合間に一時的な陣を敷いたのは、夜も更けた頃であった。
「はぁ、はぁ……死ぬかと思ったぜ、マジで……」
雷がその場にへたり込み、自慢の双剣を地面に放り出す。刃はあちこちが歪み、趙兵の脂で切れ味が完全に落ちていた。
副将の鉄も、甲冑の至る所に槍の突き傷を受けながら、拓の補強した大盾を愛おしそうに撫でている。盾の表面は、重装騎兵の激突によって無惨に歪んでいた。
穿紅軍の百五人は全員が手負いであり、軍師の梁が松明の明かりの中で必死に応急手当の指揮を執っている。しかし、誰一人として絶望している者はいなかった。あの「天下の大将軍」の背中を追い、中華最強の知略と呼ばれる李牧の罠を破って生き延びたという事実が、彼らの魂を一段上の領域へと押し上げていたのだ。
そんな喧騒から少し離れた岩陰で、百人将の貫は、自身の左腕から『新生・鋼鉄の管』をゆっくりと取り外していた。
カチャリ、と鈍い音がして外れた管、そしてその横に置かれた『鉄芯複合鉄刀木槍』。
その二つの得物を見つめる貫の横に、工具袋を肩にかけた工匠の拓が、沈痛な面持ちで膝をついた。
「……やっぱり、こうなっちまったか」
拓が震える手で『鉄芯複合鉄刀木槍』の柄に触れる。
世界最高峰の硬度を誇る鉄刀木の木肌には、無数の微細な亀裂が走り、内部に仕込まれた超硬鉄の芯は、限界以上の負荷によって僅かに湾曲していた。左腕の管も、銅を溶かした二重積層構造でありながら、内壁が摩擦の熱で焼けただれ、僅かに歪んでいる。
王騎を狙う魏加の矢を弾き、冥賀の重騎兵を馬ごと串刺しにし、李牧軍の不落の盾の壁を数万回の残像となる突きで粉砕した代償だった。
「すまない、拓。せっかくお前が命を賭して鍛え上げてくれた得物だったが、俺の『流水岩砕拳』の呼吸に、これ以上の連続使用は耐えられなかったようだ」
貫が申し訳なさそうに呟く。
しかし、拓は首を激しく横に振った。その瞳には、落胆ではなく、技術者としての狂気的なまでの熱い光が灯っていた。
「謝るな、貫! 悪いのはお前の武術じゃねえ、お前の進化の速さに追いつけなかった俺の設計だ! 万極の怨念を消し去り、魏加の神弓を叩き落としたあの瞬間、お前の『気の流れ』は、俺が想定していた限界を遥かに超えていたんだ」
拓は工具袋から、何枚もの新しい設計図の羊皮紙を取り出し、岩盤の上に広げた。そこには、これまでの管槍の構造を根本から覆すような、異形の新兵器の構想が緻密に描き込まれていた。
「いいか、貫。お前の『流水岩砕拳』の剛流と柔流、そして管槍術の神速を完全に受け止めるには、ただ『頑丈な素材』を組み合わせるだけじゃもう足りない。素材そのものを、お前の『気』と同調させる必要がある」
拓は図面の一点を指さした。
「新しい左腕の管は、ただの二重構造じゃない。内壁に『螺旋状の溝』を刻む。これにより、槍が滑り出す瞬間に超高速の回転が加わり、破壊力と直進性はこれまでの三倍以上に跳ね上がる。そして素材には、秦国の奥地でのみ採掘されるという伝説の稀少鉱物『流星鉄(りゅうせいてつ)』を、俺の全技術を注ぎ込んで精錬して使う」
「流星鉄……」
貫がその言葉を繰り返す。
「ああ、それだけじゃない。右手の槍の柄には、特殊な『多重積層構造』の概念を取り入れる。しなりを完全にゼロにするのではなく、お前が放つ『流水の気』の衝撃を適度にいなしながら、先端の穂先へと爆発的に伝達する構造だ。名付けて――『超螺旋・流星管槍(ちょうらせん・りゅうせいかんそう)』」
拓の熱を帯びた新兵器の構想を聞き、貫の流水の呼吸が、呼応するように静かに高鳴り始めた。
「……面白いな、拓。それがあれば、俺はあの王騎将軍が放つ『大将軍の重量』に、いつか届くだろうか」
「届くさ! いや、お前の穿光なら、あの領域すらも突き抜けてみせる!」
拓が力強く拳を握りしめる。
その時、陣の入り口から大きな足音が響き、巨大な影が貫たちの前に姿を現した。
「ココココ、随分と熱い夜の密談をしているようですねぇ、雛鳥たち」
豪快な笑い声と共に現れたのは、満身創痍でありながらも、その圧倒的な威容を全く失っていない総大将・王騎将軍であった。その後ろには、信も驚いた表情で付いてきている。
貫は即座に立ち上がり、王騎に向けて一礼した。
「王騎将軍。お怪我の具合は……」
「これしきの傷、私の生きてきた戦場に比べればかすり傷に過ぎません」
王騎は、岩の上に置かれた限界を迎えた槍と管、そして拓の新兵器の図面へと視線を落とした。
「武器が主の進化を拒む……まさに、あなたが『大将軍』への階段を上り始めている証拠です、貫。あなたのあの神速の一突きがなければ、私は今頃、あの馬陽の土に還っていたでしょう。秦国の未来を紡ぐ若き穿光よ、その新しき牙を研ぎ澄ましなさい。これからの時代は、あなた方が創るのです」
王騎の言葉は、傷ついた穿紅軍の兵たちの心に、消えることのない不滅の炎を灯した。
限界を迎えた鉄の刃を前に、若き百人将と工匠の絆は、さらなる神の領域へと進化を始める。馬陽の激戦の終わりは、同時に、中華を揺るがす「最強の槍」が誕生するための、大いなる胎動の始まりでもあった。
次回:第28話 幻の流星鉄、魔山への隠密行
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