キングダム:穿紅の閃光 〜神速の槍と無敵の拳で中華を穿つ〜 作:キング・クリムゾン!!
続きです。ゆっくりしていってね
魏軍の装甲戦車隊がもたらす破壊の嵐は、蛇甘平原の全域を覆い尽くそうとしていた。大地を引き裂く車輪の轟音と、人間の肉体が無惨に潰される湿った音が、絶え間なく耳を打つ。
貫たち五人は、死体が累々と重なる荒野を、姿勢を低くして駆け抜けていた。目指すは、戦火の奥で辛うじて防陣を維持している秦軍の主力部隊、あるいは敵の攻勢を弱めるための指揮官の首。しかし、周囲の状況は刻一刻と悪化しており、組織的な抵抗を見せている秦国の部隊はごく僅かだった。
「貫、前方だ! 味方の歩兵が一隊、完全に孤立して包囲されてる!」
先頭を走っていた雷が、持ち前の優れた動体視力で前方の異常を察知し、鋭く叫んだ。
雷が指差した先では、数十人の秦兵たちが円陣を組み、押し寄せる魏の歩兵と戦車の群れに対して必死の抵抗を試みていた。中心で指揮を執っているのは、泥と血にまみれた千人長の男。だが、その円陣も魏軍の圧倒的な物量の前には、今にも決壊しそうな防波堤に過ぎなかった。
「あの規模の部隊が潰されたら、この戦域の秦軍は完全に崩壊するぞ。鉄さん、どうする?」
梁が走りながら、冷徹な口調の裏に焦りを滲ませて鉄に判断を仰いだ。
「助ける一択だ。あそこが潰れれば、次に狙われるのは俺たちだ。だが……まともに突っ込めば、あの数の魏兵に一瞬で囲まれてなぶり殺しにされるぞ」
鉄が苦渋に満ちた表情で刀を握り直す。いくら貫という規格外の怪物がいるとはいえ、こちらは、たった五人の歩兵だ。数千の乱戦の中に飛び込むのは、あまりにも無謀だった。
「いや、やりようはある。鉄さんと雷は、左側から回り込んで『味方が増援に来た』と敵に錯覚させるように大声を上げてくれ。拓は梁を護りながら、後方から落ちている武器や石を投げ込んで敵の注意を散らしてほしい」
貫は走りながら、腰の袋に手を伸ばした。しかし、そこにあるのは先ほどの戦闘で完全に深い亀裂が入り、使い物にならなくなった竹製の「管」だけだった。
「貫、その手じゃあ……もう管槍は使えないんだろ!? 道具のない君に、あんな大軍を相手に突撃させるわけにはいかないよ!」
拓が自身の盾を激しく揺らしながら、悲痛な声を上げた。管の製作者である拓だからこそ、今の貫が「最強の武器」を失っている状態であることを、誰よりも理解していた。
「問題ないさ、拓。俺の武術は、槍だけじゃない」
貫はそう言うと、手元に残っていた安物の槍の穂先を、躊躇なく地面の岩に叩きつけた。
パキィン、と鈍い音が響き、槍の刃が根元からへし折れる。手元に残ったのは、ただの長い木の棒だった。
「おいおいおい! 槍の刃を自分で折りやがったぞ、あいつ! 狂っちまったのか!?」
雷が目を丸くして絶叫した。
「刃があれば、敵を刺したときに肉を噛んで引き抜きが遅れる。今の俺に必要なのは、速度と、手数の多さだ。……行くぞ!」
貫の瞳に、静かな、しかし圧倒的な闘志の炎が灯った。
赤い布を風に激しく翻し、貫は単身、魏兵の包囲網の最も分厚い後衛へと突撃を開始した。
「クソッ、本当にイカれたガキだ! お前ら、貫に遅れるな! 声を張り上げろ!」
鉄の怒号に合わせ、雷が「秦軍本隊の増援だァ!」と地鳴り狂うような大声を上げながら、左側へと展開した。梁と拓もまた、恐怖を押し殺してそれに続き、落ちていた魏軍の盾や長槍を拾い上げては、敵の集団へと投げ込み始めた。
背後からの奇襲と、予想外の大音響に、魏兵たちの包備陣がわずかに動揺した。その一瞬の隙間に、紅い閃光が突き刺さる。
「何だ、たった一人の歩兵か――」
最外周にいた魏兵が、刃のない木の棒を構えた貫を侮り、長剣を振り下ろした。
しかし、貫の肉体はすでに『流水岩砕拳』の戦闘態勢に入っていた。振り下ろされた刃の軌道を、貫は手にした木の棒の側面でぬるりと滑らせるようにして受け流した。敵の力が完全に横へと逃げ、魏兵の体勢が大きく前に崩れる。
「ガハッ!?」
体勢を崩した敵の胸元へ、貫の木の棒が、目にも留まらぬ速さで突き出された。尾張貫流槍術の「突き」の技術。刃はなくとも、極限まで練り上げられた貫通力は、魏兵の胸当てを貫き、その背骨まで衝撃を突き抜けさせた。魏兵は口から鮮血を吐き出し、そのまま崩れ落ちた。
「一人」
貫の進撃は止まらない。
一人が倒れたことに気づいた周囲の魏兵三人
が、同時に長槍を突き出してきた。鋭い鉄の刃が、三方から貫の肉体を貫かんと迫る。
だが、貫はその突きに対し、自身の体を独楽のように鋭く回転させた。流水岩砕拳の体捌き。三本の槍の刃は、貫の赤い布をかすめるだけで、すべて虚空を刺した。
「な……すべて躱された!?」
魏兵たちが驚愕に目を見開いた瞬間、貫の反転の勢いを乗せた木の棒が、凄まじい速度で払い戻された。
バキィン! バキィン! と、生々しい骨折音が連続して響き渡る。貫の放った一撃は、二人の魏兵の顎を正確に砕き、最後の一人の喉笛を強烈に強打した。三人の兵士が、同時に地面へと転がり、二度と動かなくなった。
「化け物か、あいつは……! 槍の刃がないのに、ただの棒切れで敵を量産していやがる!」
少し離れた位置から敵の視線を引いていた雷が、敵を突き殺しながらも、貫の繰り広げる無双劇に背筋を凍らせていた。
「いや、あれは棒切れが強いんじゃない。貫の体の使い方が、完全に常軌を逸しているんだ。敵の攻撃の力をすべて自分の力に変えて、倍の威力で撃ち返している……」
梁が槍を構え直しながら、その驚異的な光。武術の本質を鋭く見抜いていた。
貫が包囲網の後方を瞬く間に食い破ったことで、孤立していた秦軍の千人長の部隊にも、明らかな変化が起きていた。
「おい、見ろ! 敵の後方が混乱しているぞ! 赤い布を巻いた男が、一人で敵の陣形を叩き割っている!」
秦の負傷兵の一人が叫んだ。
「何だと……? たった一人の歩兵だと? ……いや、あの動きはただの歩兵ではない。全軍、あの赤布の男が作った穴に向かって突撃を敢行しろ! ここが死活の分かれ目だ!」
千人長が血まみれの剣を掲げ、残存する兵たちに最後の檄を飛ばした。
内側からの必死の突撃と、外側からの貫の圧倒的な蹂躙。その二つの力が合流した瞬間、魏軍の強固な包囲網は、まるで薄い布を引き裂くかのように完全に崩壊した。
「はぁ、はぁ……。助かった、お前たち、どこの部隊だ?」
千人長の男が、息を切らしながら貫たちの元へと駆け寄ってきた。その視線は、刃のない血塗られた木の棒を静かに構える、赤い布の若者に注がれていた。
「俺たちは、臨時の伍です。伍長はそちらの鉄さんです」
貫が静かに鉄を示すと、鉄は一歩前へ出て、千人長に対し無礼のないよう頭を下げた。
「第四軍所属の歩兵、鉄です。千人長、ご無事で何よりです」
「そうか、鉄の伍か……。感謝する。貴公らの奇襲がなければ、我が部隊は全滅していた。……それにしても、そこの若者、お前のその戦い方は、一体……」
千人長がなおも貫に問いかけようとしたその時、平原の向こうから、一際大きな地鳴りが響いてきた。
魏軍の残存する戦車隊が、包囲網を破られたことに激怒し、再びこちらへ向けて進路を変更してきたのだ。その数、およそ五台。並列して突進してくる戦車の壁は、先ほどの一台とは比較にならないほどの圧力を放っていた。
「クソッ、またあの戦車か! もう防陣を組むだけの盾が残っていないぞ!」
秦兵たちが再び絶望に包まれる。
貫は手元に目を落とした。先ほどまで使っていた木の棒も、激しい打撃の連続によって中央から真っ二つにへし折れていた。今の貫の手には、いかなる武器も残されていなかった。
「武器がない……。管もない……。本当に、万事休すだね……」
拓が盾を抱き締めながら、諦めたように呟いた。
「いや、まだだ。拓、鉄さん、みんな。俺が前へ出て、戦車の進路を狂わせる。その隙に、千人長の部隊と共に、後方の本隊へと退却してくれ」
貫はそう告げると、へし折れた木の棒を地面に捨て、自らの両拳を静かに構えた。流水岩砕拳の、真の構え。
「正気か、貫! 素手で戦車に立ち向かうつもりか! いくらお前でも、そんなの肉微塵にされるだけだ!」
雷が貫の腕を掴もうとしたが、貫はその手をすり抜け、すでに前へと歩み出していた。
「雷、梁、拓を連れていけ。鉄さん、後は頼みます」
貫の背中から放たれる圧倒的な覇気に、鉄は言葉を失い、ただ小さく頷くことしかできなかった。
迫り来る五台の戦車。左右から突き出た鉄の大刃が、荒野の草を巻き込んで回転している。その最前線に、武器を持たぬ一枚の「赤」が、泰然と立ちはだかった。
「死に損ないの歩兵が、素手で何を企む――!」
魏の御者が狂ったように笑い、鞭を振るう。
四頭の巨馬の蹄が、貫の頭上へと振り下ろされようとしたその瞬間、貫の肉体が、まるで本物の水流のように滑らかに、そして爆発的な速度で動き出した。
大長編の幕開けにふさわしい、伝説の「素手による戦車破壊」の瞬間が、今まさに蛇甘平原の戦場に刻まれようとしていた。
次回:第5話 岩を砕く拳、戦場を裂く