キングダム:穿紅の閃光 〜神速の槍と無敵の拳で中華を穿つ〜   作:キング・クリムゾン!!

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続きです。ゆっくりしていってね。


第8話:宮元本陣の死闘と交わされる名

丘の頂上へと続く最後の急斜面を、信と貫は互いの呼吸を感じるほどの至近距離で駆け上がっていた。上空から降り注ぐ矢の雨は、頂上に近づくにつれて密度を増し、風を切り裂く不吉な音を立てて地表を穿つ。背後では、鉄や雷、梁、拓たちが、郭千人将の残存兵と共に必死に魏兵の追撃を食い止めていた。彼らが作ってくれた一瞬の道を、二つの若い命が猛烈な速度で突き進む。

 

視界が一気に開けた。そこは、魏軍の副将・宮元が陣取る、巨大な本陣の天幕の前だった。

 

本陣の周囲は、すでに血の海と化していた。全身に無数もの矢を突き立てられ、まるでハリネズミのようになりながらも、鬼神の如き形相で剣を振るう縛虎申千人将の姿がそこにあった。彼の放つ執念の一撃一撃が、魏軍の精鋭たちの肉体を両断していく。しかし、縛虎申千人将の命の灯火が、すでに限界を迎えているのは誰の目にも明らかだった。

 

「縛虎申の首を獲れ! 秦軍の突撃はこれで終わりだ!」

 

宮元の前に立ち塞がり、魏軍の精鋭たちに声を張り上げて指揮を執る、一人の体格のいい将校がいた。重厚な鎧に身を包み、手にした三叉槍を鋭く構えるその男は、宮元の側近である魏軍千人将・乱角(らんかく)であった。

 

信が錆びた剣を構え、その乱角に向けて真っ直ぐに突進しようとした。だが、乱角の周囲を固める魏の盾兵たちが、即座に肉の壁を作って信の進路を阻む。

 

「チッ、邪魔すんじゃねえ!」

 

信が叫び、盾の隙間に剣をねじ込もうとするが、魏の精鋭たちの組織的な防御は固く、容易には突破できない。

 

その時、信の僅か数寸横を、赤い布を翻した貫が滑り込むようにして通り抜けた。貫の両腕は戦車を破壊したときの負荷で真っ赤に腫れ上がり、激しい熱を持って震えていた。しかし、その足さばきには一切の乱れがなかった。

 

「何者だ、その小汚い歩兵は! 魏軍の精鋭の前に、武器も持たずに命を捨てに来たか!」

 

乱角が三叉槍の穂先を貫へと向け、地を這うような低い声で威嚇した。その鋭い眼光が、武器を持たず素手で構える貫の異常性に、本能的な危うさを感じ取っていた。

 

貫は乱角の正面に立つと、腫れ上がった両拳を静かに胸の前で交差させ、冷徹な瞳で敵の千人将を見据えた。

 

「初めてお目にかかる。秦軍第四軍所属、歩兵の貫だ。得物は『管槍』、あるいはこの『拳』。貴様がこの丘で討たれる、最初の千人将となる男の名だ」

 

貫の静かだが戦場全体に通るような声が、乱角の耳に届いた。

 

「面白い。歩兵の分際でこの乱角に名を名乗るとはな! その不遜な首、我が三叉槍で叩き割ってくれる!」

 

乱角が咆哮し、凄まじい踏み込みと共に三叉槍を突き出してきた。坂の上からの体重を乗せたその突きは、空気を爆発させるかのような轟音を伴い、貫の眉間へとまっすぐに迫る。

 

まともに受ければ、人間の頭蓋など一瞬で粉砕される一撃。

 

しかし、貫は一歩も引かなかった。放たれた三叉槍の鋭い刃先に対し、貫は自身の右手の掌を、まるでお盆を回すかのような滑らかな円運動で接触させた。流水岩砕拳の極意。乱角の放った圧倒的な破壊力は、貫の掌の傾きによってぬるりと横方向へと受け流され、その軌道を劇的に歪められた。

 

「なっ……我が突きが、滑った……!?」

 

乱角が驚愕に目を見開いた瞬間、貫は左足を踏み込み、受け流した勢いのまま乱角の懐へと潜り込んでいた。

 

「流水・砕岩撃」

 

貫の腫れ上がった左の掌底が、乱角の分厚い胸当ての中央へと叩き込まれた。内家拳の勁力。衝撃波は金属の鎧を透過し、乱角の胸骨を内側から激しく粉砕した。

 

ゴキッ、という生々しい骨折音が響き、乱角の巨体が信じられない速度で後方へと吹き飛んだ。背後にあった本陣の天幕の支柱をなぎ倒し、乱角は口から大量の鮮血を吐き出して地面に転がった。その瞳からは、すでに光が消え失せていた。

 

「う、嘘だろ……。乱角千人将が一撃で……!?」

 

周囲の魏兵たちが、あまりの光景に戦慄し、武器を握る手を止めて立ち尽くした。

 

「よくやった、赤布のガキ! 道は開いたぞ!」

 

信がその隙を見逃さず、盾兵の動揺を突いて、一気に宮元の本陣の奥へと躍り出た。その先には、自らの側近を討ち取られ、顔を引きつらせている魏軍副将・宮元の姿があった。

 

「ひ、退け! 私を守れ!」

 

宮元が悲鳴を上げるが、すでに遅かった。信の錆びた剣が、宮元の胴体を深く斬り裂き、同時に満身創痍の縛虎申千人将の突きが、宮元の胸元を完全に貫いていた。

 

「秦軍、第四軍千人将……縛虎申……! 貴様らの、負けだ……!」

 

縛虎申千人将は、宮元を道連れにしながら、満足そうな笑みを浮かべてその場に崩れ落ちた。魏軍の副将の首が、ついに蛇甘平原の丘の上で落とされた瞬間だった。

 

「やった……! 敵の大将の首を獲ったぞ!」

 

信が血まみれの剣を天に掲げ、大音響の如き歓声を上げた。

 

丘の麓でその光景を見た秦兵たちから、地鳴りのような勝鬨が沸き起こる。郭千人将も、鉄や雷たちも、その勝利の瞬間に涙を流して喜んでいた。

 

しかし、貫はその歓声の中で、自身の両腕を見つめていた。衣服はボロボロに裂け、皮膚の隙間からは毛細血管が破裂した血が滲み出ている。流水岩砕拳の完全解放の代償は、彼の肉体を確実に限界へと追い込んでいた。

 

「はぁ、はぁ……。ここまで、か……」

 

貫の視界が急激に暗転していく。大戦の決着を見届けた安堵感と共に、貫の強靭な肉体は、荒野の泥の中へとゆっくりと倒れ込んでいった。

 

「おい、貫! 貫――っ!」

 

拓の悲痛な叫び声が、遠のいていく意識の向こう側で、微かに響いていた。

 

蛇甘平原の激闘は、秦軍の勝利という形で幕を閉じた。しかし、この戦いで「素手で戦車を壊し、千人将を討ち取った赤い布の歩兵」の名は、縛虎申隊の生存者、そして郭千人将の口を通じて、秦国軍部の上層部へと確実に伝わっていくことになる。若き穿光・貫の伝説は、ここからさらなる大きな渦へと巻き込まれていくのだった。




次回:第9話 戦の終わりと、次なる路
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