VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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始まりのAINS編
始まりはいつも突然に


 2035年。

 世界から切り離され、分厚い雲に太陽を奪われた日本に最早、かつての繁栄など見る影もない。

 

 多くの命は潰えた。

 多くの建物は瓦礫と化した。

 

 絶望と空虚に呑み込まれた世界。いつか訪れる最後の日を待つしかなくなった、暗黒の未来。

 終わりかけた未来の日本に突如、暗く沈んだ俯きを上げさせるほどの激震が走る。

 

 

「なぞな~ぞ♡ みんなー! 今日も頑張って生き残っていこうねー!」

 

 

 絶望の世界にもかかわらず、どこまでも響くは彼女の声。

 人や人外入り混ざる、多種多様な観客達。そんな彼らの歓声へ応えるは、彼女の言葉とポップな音楽。

 

 存在感ある真っ黒な三角帽。

 白と黒のコントラストで彩られる魔女服に、左胸に付いたはてなマークのブローチ。

 ギリギリで絶対領域を死守するフリル付きミニスカート。そして滑らかな黒ニーソ。

 

 終わりかけの世界の中で、人々の希望を一心に受けながら。

 それでもまだ、世界は終わっていないのだと。

 花のような笑顔を振りまき、ステージ上で歌って踊ってみせるその姿は、まさしく偶像(アイドル)

 

 そんな彼女の名は、謎っ子ナーゾちゃん。

 僅か一年の間にて登録者百万人にまで上り詰めたVTuber。

 無限の可能性を秘めた、あらゆる謎の探究者。神出鬼没、正体不明の白黒魔女っ子の設定を持つ電子の姫が一人。

 

 決して現実(リアル)に存在するはずのない虚構。

 けれど今、確かに世界に存在しながら笑顔をみせ、希望を与えている魔女っ子姿の美少女。

 

 ……だが残念。それでは少々不足。五十点──いや、人によっては零やマイナス点。

 

 どんなVTuberにも公と私、表と裏があるように。

 希望の裏に絶望が、光の裏に陰が潜み、鏡合わせとなっているように。

 終わりかけた世界の偶像(アイドル)たらんとするナーゾちゃんにも、当然ながら秘密がある。

 

 謎っ子ナーゾちゃん。またの名を、或いは本当の名を無色(むしき)愛斗(あいと)

 外見(そとみ)も声も立派な美少女なナーゾちゃんだが、けれど中身──すなわち魂は紛うことなき男。

 その正体は、十年前から世界を救うべく幼馴染の作ったタイムマシンに乗ってやってきただけの大学生。ナーゾちゃんを誰よりも推していると自負しているだけの、いつか世界を救う男である。

 

 

 

 

 

『みんなー! 今日は見てくれてありがとうー! これからもよろしくねー! なぞな〜ぞ♡』

 

 七月六日。梅雨を抜けたか抜けないか、蒸し暑さの漂う今日この頃。

 そんなどんよりとした空気を払拭せんと、無人のライブ会場に響き渡る、マイク越しの可憐な声。

 ステージの中心に立ち、観客席に満面の笑みで手を振るのは、大きな三角帽が特徴な魔女服の美少女。

 

 夜を閉じ込めたような黒髪と瞳。

 身を包むは白と黒のコントラストが秀逸魔女服と、左胸にははてなマークのブローチ。

 踊りなどの派手な動きの間であっても、ギリギリで絶対領域を死守するミニスカートと黒ニーソ。

 

 そんな彼女の名は、謎っ子ナーゾちゃん。

 動画・配信プラットホームの最大手、UnionTubeを主として活動していた配信者。

 無限の可能性を秘めた、あらゆる謎の探究者。神出鬼没、正体不明の白黒魔女っ子──という設定で電子の海に存在する、中身の入った虚構の姫。

 

 ──所謂、VTuberという存在であった。

 

「うおおおおナーゾちゃん最高! なぞなーぞー! この世に生まれてくれてありがとーっ!!」

 

 そんなVTuberを前に、()()観客席でペンライトを振りながら、あらん限りに歓声を送る青年が一人。

 上下灰色のスウェット。右の手には黒のペンライト。左の手には白のペンライト。

 基本的に外との関わりを断つ出不精が、起きて部屋着のままライブ会場にやってきたかのような、そんな風貌の青年。

 

 無色(むしき)愛斗(あいと)

 身長173センチ。あと十日ほどで誕生日を迎え二十歳を迎える、ぴっちぴちの大学二年生である。

 

「ああ、今日もナーゾちゃんは神。やはりVはナーゾちゃんしか勝たん! ナーゾちゃんこそ至高……!! なのに、なのに……うう、どうして()退()()()()()()()()()ナーゾちゃん……。せっかく登録者だって百万人を越えたのに。3Dライブもやってこれからだったってのに、ナーゾちゃん……」

 

 感無量やら恍惚やら。

 とても親御さんには見せられない、そんなぐしょぐしょの歓喜から一転。見事なまでの流麗さにて膝から崩れ落ちた愛斗は、笑顔を悲観に変えながら、土下座一歩手前の四つん這いで拳で床を叩くばかり。

 

 西暦2025年。

 令和も七年を迎えた今、黎明期にて呆気なく途絶えると予見されていたVTuberと呼ばれる界隈は、その数実に六万を越えるほどのライバーが活動するまでの発展を遂げた。

 

 クラスの美少女よりもVTuber。

 アイドルよりVTuber。

 声優よりVTuber。

 歌手よりもVTuber。

 グラビアモデルよりVTuber。

 

 何もかんもVTuber。VTuberこそが正義。VTuberが世界を回し、VTuberで世界が平和になる。

 まさにVTuber隆盛。令和と書いてVTuberと読む、果ては総理大臣から大統領まで実はV。

 

 ……と、そこまで言ってしまっては、流石に過言も過ぎるわけだが。

 

 それでもほんの一部の物好きだけが片隅で盛り上がり、残りの数多くが低俗だと嘲笑う。そんな二千年代のオタクやライトノベルような扱いは既に過去のもの。

 所詮は配信家業でしかないので、今なお腫れ物として扱われることも多くはあるが。

 それでも大衆──特に若年層からの理解を得て、多岐に渡る需要を獲得。子供が将来なりたい職業ランキングに名を連ねるまでになった一コンテンツ。

 

 愛斗を心から消沈させる元凶、謎っ子ナーゾちゃんもそんな六万のうちの星の一つ。

 

 無限の可能性を秘めた、あらゆる謎の探究者。神出鬼没、正体不明の白黒魔女っ子。

 そんな設定で活動し、僅か一年という歳月で登録者百万人(ミリオン)を成し遂げながら、そしてこれからだという矢先に突如として引退を発表したVTuber。

 愛斗はそんなVTuberを初配信の頃から推していた超古参リスナーであり、自認世界一のファン。

 突然の引退から一年が経つものの、未だ微塵も心の傷が塞がっていない。そんなげに悲しき男であった。

 

「うう、帰ってきてよナーゾちゃん……そうだ。今日は時間あるし、もう一回通しで……」

 

 手を振るナーゾちゃんの前で、ORZの姿勢にて嘆き悲しむ愛斗。

 時間にして約五分。

 一般的な一曲分くらい落ち込み続けた愛斗は、ようやく顔を上げ、涙ながらに前を向いて立ち上がり──。

 

 

「へんたいへんたいへんたーい! ほんとちょうへんたいなんだよ、あーくん!」

「うひゃあ!」

 

 

 そんな折、バタンと、けたたましい音を立てて開く扉。

 ライブ会場であるはずの一角がくり抜かれたように開いたと思えば、次に聞こえ出すのは慌ただしい女性の声。

 

 ノックの一つさえない強襲に、愛斗はびくりと身体を震わせながら。

 それでもすぐに平静を取り戻した愛斗は、しかし別段警戒をするわけでもなく、まるで慣れきっているとばかりに、先ほどまでの激情など一切感じさせない眼差しを声の方へと向ける。

 

「……毎度毎度ノックをしろと。小学生でも理解出来る簡単な申し出のつもりなんですが、天才様の頭じゃ理解出来ませんかねぇ一与(いよ)さんやい!?」

「えー? 私とあーくんは切っても切れない運命の赤い糸で絡まり合った間柄! プライベートの一つ二つで硬いこと言わないでよー?」

「親しき仲にも礼儀あり。というかお前も年頃の女なら、変態なんぞ連呼するんじゃない!」

「……てへっ♡」

 

 尻上がりな愛斗の叱咤を受けながら、舌出しウィンクで露骨に誤魔化すのは小柄な美少女。

 

 頭に掛けられているのは、牛乳瓶の底を切り取ったみたいな厚さのレンズをした丸眼鏡。

 着ているのは、色気など微塵も感じさせない上下セットの白ジャージとその上に白衣。

 体格は中学生と並べても遜色ない程度の小柄。胸は一見平らなようで、けれど脱げば確かにある。

 

 そんな彼女の名は、天野(あまの)一与(いよ)

 自称天才、他称天才だけど変人。造形は抜群だけど、それ以外が台無しにしている美少女。

 そして愛斗が幼稚園の頃から付き合っている腐れ縁。所謂、幼馴染という存在である。

 

「それにしても……好きだねぇ、ナーゾちゃん。このスーパーライブくんを部屋に付けてあげてからまだ一月くらいなのに、もう百回は聞いてるよね。何度も何度も同じ映像見てサイリウム振って膝をついて、いい加減本物の変態みたいだよ?」

「う、うるせいやい! ちゃんと単位は取ってるんだし、大体自分の時間で自分の部屋なんだから、いくらナーゾちゃん愛でたって問題ないやろがいっ!」

 

 やれやれと、早口で捲し立てる愛斗を前に、一与は露骨に呆れてみせる。

 そんな幼馴染の態度にすっかり盛り下がったのか。

 「はあっ」と大きな大きなため息を漏らした愛斗は、冷めた表情でサイリウムを軽く打ち付け合わせれば、ライブ会場であったはずの空間の景色が一気に塗り変わってしまう。

 

 非日常であったライブ会場は、三畳清潔簡素の三拍子と。たわいもない日常の一部屋に。

 

 今までこの場にあったライブ会場。そしてナーゾちゃんは天井に括り付けられた投影装置。

 これらは天才天野一与作、スーパーライブくんによるアーカイブからの再現によるものに過ぎない。

 

 既存の映像でしかない情報を、オリジナル以上の情報量と解像度で。

 そんなコンセプトを基に作られた投影装置は、ナーゾちゃんの電撃引退直後、それはもう悲観した愛斗へ先月迎えた誕生日記念に渋々自室へと取り付けてあげたもの。

 ちなみに壁や床は防音対策もばっちりに改造……もといリフォーム済みである。なお愛斗の両親の許可は取っているので問題はない。

 

「……はあっ。それで今度は何をやらかした? 雨を飴に変える装置が暴走したか? 異世界の扉でも開いたか? この前みたいに雲を蜘蛛に変えるライトが暴発して、ご近所さんに菓子折り持って謝りに行く……なんてのはもうごめんだからな?」

「そ、そうだった! あーくんのオタク趣味とか今はどうだっていいんだよ! とにかく今は一刻も争うんだから!」

 

 ジトリと、半開きの目を向けた愛斗。

 そんな視線を受けた一与は我に返ったのか、ガバリと勢いよく彼の腰へと抱きついてしまう。

 

 ……ちなみに、今愛斗の口から出た具体例は決して戯言や冗談の類ではない。

 

 天野一与は自他共に、天才とされる規格外。

 言葉にすれば現代科学を嘲笑うかの如き超現象の数々が、彼女の前に起こりうる事象となる。

 そんな規格外の天才と三歳の頃に一与と知り合った愛斗は、以後事ある毎に実験や開発に巻き込まれながら今に至っているため、人より許容値が高いというだけである。

 

「大変、大変なんだよあーくん! このままじゃ十年後に世界が滅んじゃって、その影響でこの時代も消えてなくなっちゃう! 私のでんたくんがそういう未来を弾き出しちゃった!」

「……はい?」

「だから世界が滅んじゃうの! このままじゃ、間違いなく!」

 

 愛斗の腰に抱きつき、絵面的に結構危ない状態で見上げた一与が叫んだ言葉に、愛斗はこてんと首を傾げざるを得ない。

 いくら許容度の器が常人の一回り大きい愛斗と言えど、流石に世界が滅ぶなどという突然の告白に理解が追いつくわけがない。

 

「……でんたくんって言うとあれだよな、UMCS」

「そう! いつもでんたくんのスーパー演算!」

 

 U(ウルトラ)。

 M(ミラクル)。

 C(カルキュレーション)。

 S(システム)。

 

 明日の天気から次回の数字選択式くじの一等までピタリと当ててしまえる、超絶未来演算機能。

 天才天野一与をして、二度とはない偶然の産物と言わしめるほどの大発明。

 世に出てしまえば混乱間違いなし。所有者本人に欲がないから世の均衡を壊さずにいるだけの、再現不可能な一点物。

 

 そんな超技術の算出は、例え明日空が黒に染まるなどという眉唾であろうと間違いなく的中する。

 つまり十年後、どういう因果かは知らないが確かに世界は滅ぶ。

 いくら人より天才の言動に慣れている愛斗とはいえ、それでも受け入れるのに時間はかかる宣告は、覆しようのない事実であった。

 

「……いや、世界が滅ぶなんて突然言われても、そんなん俺にどうしろと……?」

「大丈夫! もう策はあるから! けどすっごく一刻を争うから! ほらあーくん、レッツゴー!」

 

 うんうんと唸りながら、突然の世界滅亡予告を自分の中で咀嚼しようとしていた愛斗。

 だが一与はそんな愛斗を待たずに腕を引っ張り、自室から一与が一人で暮らしている隣の家へ。

 空の物置の床を開き、隠し階段より地下にある、まるで悪の科学者の本拠地のようなラボへ。

 そして息つく暇なく衣類を脱がされすっぽんぽんと成り果てた愛斗は、ラボの中央へ堂々と置かれていたちょうど人一人が入りそうな巨大なカプセルの中へと押し込まれてしまう。

 

「……おい」

「ちょっと待って! えっと、あれとあれとそれからこれと……ああ、あれも!」

「……おーい」

「というわけで、はい! これで良し! じゃあ十年後行って、パパパッと世界救ってきちゃって!」

「おーい! 無視すんなー!」

 

 バタバタと、忙しなく鞄に物を詰め込んでいく一与。

 そんな彼女の傍らにて、カプセルの中に寝かされた愛斗は、困惑から呆然としてしまうばかり。

 

「なにあーくん。言っておくけど、結構切羽詰まってるの! ちょっとでもズレちゃうと噛み合わなくなるってでんたくんに言われちゃったし」

「……いやね、というわけでじゃないのよ。演算も知らないのよ。ひとまず説明くれよ。何なんこの箱? というかさ、なんで俺は全裸なんだよ?」

「えっとね、タイムマシン! 都合により人類であーくん以外は使えないオンリーワン仕様! これで未来に行って、パパーっと世界を救ってきて! お願い!」

「……はい?」

 

 タイムマシンなどという、またも飛び出したとんでもない名称の登場にいよいよ堪えきれず。

 ひとまずカプセルから出て説明を求めようと。その権利があるはずだと。

 抗議の硬い意志とを持ちながら、愛斗が一旦身体を起こそうとした──そのときだった。

 

 ガシャンと、ラボ内へと響く拘束音。

 突然カプセルの床から出てきた金属の枷は、愛斗の手首足首をガッシリと掴み、逃がさんとばかりにカプセルへと固定されてしまう。

 

「え、ちょ、なんだよおい! 話せ」

「ごめん安全上の問題でそれ必要なの! そして詳しいことは私も分からないし、なんか時間がないっぽいの! とにかく世界を救える可能性を秘めているのは、この時代この世界線この瞬間のあーくんだけって出ちゃったから! だから、本当にごめんね!」

 

 ガシャンガシャンと。

 愛斗は突然の拘束に藻掻こうとするも、枷はまるで外れる様子をみせず、自由に動くことは叶わない。

 せめてもの抵抗と、結構な怒気を声に乗せて荒げるも、一与は申し訳なさそうに両手を合わせるだけ。愛斗にもう、逃げ場も選択肢も残されてはいなかった。

 

「あ、それとこの指輪は絶対に外しちゃ駄目だよ! 寝るときもお風呂入るときも、トイレするときも肌身離さずだからね! 絶対だからね!」

 

 最後に一与は白衣のポケットから取り出した銀の指輪を愛斗の左手薬指へとはめ、そして一度手を握ってから額へ唇を落とす。

 突然の額キスに、一気に固まってしまった愛斗。

 だがそんな余韻も束の間。愛斗が一与へ、今のキスはどういう意味かと問おうとした矢先、カプセルの蓋が閉まってしまう。

 

『時空転送カプセル、起動シーケンスを実行いたします。指定経過年数を十、到着を西暦2035年にセット。対象一名の情報を照合……承認。無色愛斗様の乗船を確認したため、時空転送システムの実行を承認。肉体保存のため、凍結シーケンスに移ります』

 

 無機質な機械音声との直後、カプセル内に充満していく真っ白な煙。

 手を拘束されている愛斗は鼻も口も塞げず、吸い込まずにいるという対策を取ることは出来ず。

 甘い匂いだなと。そう感じた矢先、急速に意識がふわふわと曖昧になっていってしまう。

 

『凍結開始まで3、2、1……。凍結開始。どうか安らかな眠りを。そして良い旅を』

 

 有無を言わさず、深い眠りにつかされようとしていた愛斗が、最後に耳にしたのは機械音声。

 そしてカプセルの外、透明な蓋の先より愛斗を見つめる一与。

 

 幼馴染がいつも実験に巻き込むときとは違う、寂しげな表情。そして微かに動いた唇。

 まるで最後の別れのようだと。愛斗は朧気に認識しながら、けれど落ちる瞼に抗う術はなく、眠りへと落とされた。




 
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