VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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敗走

 突如として空より産み落とされた、巨大な四足の黒獣。

 その怪獣には、目も口もなく。

 頭部に宿した白い天輪。そして明暗の感じられない、のっぺりと全体を塗り潰すかのような黒。

 

 人型天使と同様の特徴を持ちながら、それらとはかけ離れた怪獣。

 そんな今まで出会ったどんな生き物よりも巨大な生物を前に、愛斗は言葉を失いながら、ただ固まってしまう他なかった。

 

「アリスッ!!」

「任せて。ごめんね愛斗ちゃん、逃げるわよ」

 

 舌を打ち、悪態つきながら大太刀を抜きながら怒鳴りながら、愛斗をアリスへと放る久遠。

 どこか必死さも相まった、久遠の剣幕。

 そんな荒声にアリスは気圧されることなく頷き、ようやく我に返った愛斗を受け取ってから、久遠と天使に背を向け、その場を去っていく。

 

 ドシンと、愛斗達の背後で幾度となく響く、重く激しいぶつかり合いの音。

 例え見えずとも、確かに戦いは起きているのだと。

 嫌が応にも心へ理解させてくる衝撃音の連続に、愛斗はただただ圧倒されるばかりであった。

 

「あの、天使って人型だけじゃないんですか……?」

「生き物は人間だけじゃないでしょう? それと同じでね、天使にも種類や位があるの。とはいっても、あんな大型ここら辺じゃ初めて見たわ」

 

 場違いではあると理解しながら、それでも問わずにはいられないと。

 人一人を抱えながら、それでも愛斗が普通に走るよりも速いと断言出来る速度で場を離れるアリスは、愛斗の質問を突っぱねることもなく、簡潔ながらしっかりと答えを返す。

 アリスの口調は、今までのようなわざとらしい艶のない、利発さを備えた真剣なものであった。

 

「……ふう。とりあえず、ここまで離れればひとまずは大丈夫かしらね。怪我はない、愛斗ちゃん?」

「……はい。運んでくれて、ありがとうございます」

「気にしないで。前も言ったでしょ? 困ったときはお互い様なんだから」

 

 しばらく進んだ後、比較的綺麗に残っていた公衆トイレの物陰に身を潜める二人。

 優しく降ろされた愛斗の礼に、息を整えながら、それでもバチコンと様になったウィンクを返すアリス。

 いつも通りの、わざとらしい艶のある声。

 戦闘音もすっかりと遠ざかり、更には調子を戻したアリスの態度に毒気抜かれたのか、愛斗もようやく少しばかり肩の力を抜くことが出来ていた。

 

「それにしても、まいっちゃうわねん。まさかこんないきなり中型が出現するなんて。ほんと意地悪なんだから、もう」

「……あの、天使ってどう現われるんですか?」

「あら、もしかして先生言わなかったのかしらん? 天使の主な出現方法は突然開く穴から現われるか、塔から出てくるか。この二つなのよん?」

 

 愛斗の質問を受けたアリスは、一瞬悩む素振りを見せながら、それでも素直に話し始める。

 

「……天使はね、基本的にVTuberを進んで襲うことはないの。あいつらを構成するのもV粒子だからか、何かしらの要素がなければ中立を保ってくれる。だから先生やアタシのようなあんまり戦えないVでも生き残ってこれたのよ」

 

 そう言ったアリスは一度言葉を詰まらせ、愛斗から蒼い瞳を逸らしてしまいながら。

 けれど決意したとばかりに顔を上げ、「だけどね」と言葉を続けていく。

 

「だけどね。人間……いえ、生命は違うわ。あいつらは肉を持ち、命を抱く存在を率先して狙ってくる。腹を空かせた肉食動物が狩りの最中、より狩りやすい獲物を本能で選ぶように。思春期の少年少女が自分の席から好きなあの子をついつい目で追っちゃうように。そうして触れて、黒く染めちゃうの」

 

 悪趣味よね、と。

 怒りでも哀れみでもなく。ただただ悲しいと、聞いた誰もに伝わるであろう声音で語ったアリス。

 

 そんな話を聞いた愛斗の頭に過ぎってしまうのは、どこか確信染みた嫌な予想。

 アリスの言うとおり、天使がV以外の生命を優先して襲うのだとしたら。

 人間という生命がいるから、自分達が襲われたのだとしたら。それはつまり、あの怪物は俺の──。

 

「ノンノン、そんな顔しないの。悪いのは天使よ。生きているだけで、ただいるだけで罪だなんて、そんなの絶対おかしいんだから」

「むぐっ」

 

 全部俺のせいであると。

 愛斗が強く拳を握りながら、自責の念で俯こうとしたその瞬間。アリスは愛斗の両頬を手のひらで優しく触って顔を上げさせ、自身の目を真っ直ぐに見つめ合わせる。

 

 綺麗な海を詰め込んだみたいな蒼い瞳。どこまでも吸い込まれそうな、美しい色の目。

 そんな瞳は言葉なく、されど雄弁に語る。

 貴方は決して悪くないと。だから自分を責めちゃいけない、その自責は間違いであると。

 

「とにかく話は拠点に戻ってから。ひとまずは戻りましょう? 一体だけならともかく、天使の群れに囲まれちゃったらアタシじゃ愛斗ちゃんを守り切れないもの」

「……でも! 俺は、ここで別れた方が──」

「もう、そんなこと言っちゃ嫌よ♡ ……大丈夫。拠点の上に張った赤いテントと隠れ家はね、Dr.イヨの発明なの。人間の気配を隠すために作られたものだから、中にいれば天使なんかに絶対に見つかりっこない。アタシ達じゃ足りないかもだけど、貴方の大事な幼馴染のことは信じてあげて?」

 

 やがて愛斗の頬から手を放したアリスは、休憩は終わりと立ち上がって手を差し伸べる。

 その手を掴もうとするも、それでも躊躇ってしまう愛斗。

 だがそんな愛斗の手を自ら掴んで引っ張り上げたアリスは、大丈夫だとニコリと笑みを向けてみせる。

 

 反論出来る材料は、離れた方が良い理由はまだいくらでも挙げられた。

 けれど一与(いよ)の、幼馴染を引き合いに出されてはお手上げだと。

 天野一与の天才加減を誰よりも知っていると。良くも悪くも信じている自負している愛斗は、それ以上の言葉を呑み込むしかなかった。

 

「……でも、久遠さんは」

「そっちも平気。久遠ちゃんは強いし引き際も知っているわん。下手に戻りでもしたら逆にプライド刺激しちゃう。アタシ達はアタシ達で、無事に帰ることだけに力を注ぎましょう?」

 

 まるで仲間を誇るような、そんな自信に満ちたアリスの言葉。

 それを聞いてしまえばもう言うことはないと、アリスと共に物陰から出て拠点へと歩み出す。

 

 道中、先ほど倒したはずの天使が道に存在していたため、数回迂回を挟みながら。

 危なげなく拠点のある公園へと生還した二人は、変わらずの存在感を放つ赤テントをくぐり、マンホールを降りて中へと入っていった。

 

「ただいま。二人とも、大丈夫だったかしらん?」

 

「大丈夫も何も退屈で穴掘り出しそうでしたよ。しかしまあ、随分とお早いお帰りで。真に申し訳ないのですが、ここまでの早退味を想定してなかった故に、ディナーは疎かランチさえ用意はなし。あ、もちろんつまみ食いなどしませんともそうですとも。確かにもぐらはこれでも数多の放棄された家のお野菜を食い荒らしてきた名誉お尋ねもぐらですが、そんな畜生にも義理人情の一欠片は残っていますとも。そもそももぐら、ツナ缶などという科学の粋を集めたような趣向品は好みでないので手も鼻も出そうとさえ思わずもぐぅ」

「まったく。とにかくお帰り。恙なく……とはいかなかったようだな。久遠君はどうしたんだい?」

 

 ゴロゴロと床を転がりながら、二人の足下へとやってきたもぐら。

 寝そべりながら、どうでもいい言葉の羅列に愛斗が苦笑していると、後から来た灰スーツの少年──田中がモグラを抱き上げ、ひとまずの安堵を零しながらももう一人がいないことをアリスに尋ねる。

 

「中級、それも獣型の天使が現われてねん。久遠ちゃんは引きつけてくれてるわん」

「……そうか。とにかく二人とも無事で良かった。とりあえず、まずは座って落ち着くといい。今は何よりも身体を休めることが優先だ」

 

 アリスの簡潔な答えに頷いた田中は、愛斗達を焚き火──正確には、それを模した照明の下へと優しく誘導し、薄っぺらくも確かにある座布団へと座らせる。

 

 パチパチと、何ら本物と遜色ない、小気味好く火の弾ける音と揺らめく火。

 体育座りをしながら、ぼんやりと焚き火を見つめる愛斗。

 まるで全てが自分のせいだと。そんな悲観を思わせる小さく丸まった背中へと、田中はマグカップを二つ持ちながら声を掛け、隣へと腰掛ける。

 

「ココアだ、飲むといい。……とはいっても、君から貰った物に過ぎないがね」

「……ありがとう、ございます」

 

 差し出された、湯気舞うマグカップ。

 そのうち愛らしい狐のデフォルメキャラの描かれた方を受け取った愛斗はゆっくりと口をつけ、混じりのないココア色の苦さと甘さ、そして温かさの染み入りに、ほんの少しだけ気持ちが静かになったと実感する。

 

 ちなみにココアとマグカップは、昨夜愛斗が田中へ送ったもの。

 どちらかと言えばコーヒー派な愛斗で惜しげなく田中へ譲渡したのだが、今は苦いだけの液体より、この仄な甘みが心地良かった。

 

「……歯痒いかい? 久遠君を置いてきてしまったことが。或いは、何も出来なかった自分のことが」

「……はい」

「そうか。こういうとき、正直になれるのは君の美徳だ。辛いときほど意固地になってしまうのは、人間もVも変わらない。在る形は違えど、所詮は同じ心に過ぎないからね」

 

 図星だったのか、心の内を言い当てられ、ぴくりと肩を震わせる愛斗。

 そんな落ち込む愛斗に、田中はそれ以上何かするでもなく、正面の焚き火を目をやりながら言葉を続けていく。

 

「……大丈夫、我々もだよ。久遠君と違い、この中の誰もが戦える力を持ち合わせていない。誰かを守る事も出来ず、誰かに手を差し伸べられるほどの余力がない。……そして君と違って、この無力感を既に受け入れてしまっている。利口と言えば綺麗だが、所詮は諦めてしまっているだけ。果たして、どちらが愚かなのだろうな」

 

 それは未熟な青年に物を教えるような口振りながら、けれど自嘲を零すかのようで。 

 少なくとも、愛斗は後者に聞こえてしまったと。

 田中はそれ以上何か言うでもなく、無言の時がただ続く。焚き火の火と、アリスと話すもぐらの声だけが、この地下室の中に鳴り続ける。

 

 変化があったのは、果たして愛斗達が帰還してどれくらいだったか。

 愛斗の持つマグカップの中身がなくなり、熱もすっかり損なわれて久しい。そんな頃。

 

 ぎいぃと。

 軋む音と共に、地下室の入り口であるマンホールが開く音が響く。

 そして直後。ボトリと、鈍く重い音と共に、中の全員が身構える地下室へと、それは落下する。

 

「ちっ。しくった、ぜ……」

 

 その物体の正体は、先ほど別れた赤髪の青年。

 右手に持つ大太刀はへし折れ、脇腹には貫通した穴。そして失われた左手が、何よりも痛々しさを物語る久遠であった。

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