VTuberショック!!〜絶望の未来へ飛ばされた俺は、最推しのVTuberの歌と力で世界を救う〜   作:ゴマ醤油

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追いかけっこ

 地上は変わらずの曇点。木漏れ日の一つもなく、その薄暗さは世界の惨状を写すかのよう。

 違いがあるとすれば、空気だろうか。

 重苦しさはさることながら、漂うのは緊張感。何も知らない者だったとしても、その場にいるだけで心臓の鼓動は少し早まってしまう。どんな張り詰めた緊張。

 

 そんな空気の中で、周囲に唯一存在する肉ある命。

 VTuberではないただの人間、無色(むしき)愛斗(あいと)は公園にて。

 そんな緊張とは違う気まずさで顔を険しくしながら、ラジオ体操で身体を……或いは緊張、その両方を解していた。

 

「……すみませんアリスさん。大見得切ったくせして、結局貴女まで巻き込んでしまって」

「もう愛斗ちゃん? そんなこと言っちゃめっ、よ。これはアタシの選択で、アタシ達の決断。だから、そんな悲しい顔しないで?」

 

 隣に佇む、青いドレスを身に纏う金髪縦ロールの美女。

 不思議谷アリスは、罪悪感を滲ませた表情をした愛斗へ、やれやれと首を横に振ってみせる。

 

 正面の遠くに見えるのは、獲物を探す真っ黒な四足の獣。

 天野(あまの)一与(いよ)の家の前で遭遇し、久遠が負傷させられた獣型の天使。今作戦において打倒すべき、怪獣。

 

 愛斗の提唱した作戦は実に簡潔。 

 自身が囮となり、獣型の天使を引きつけ誘導する。そして隙を突き、久遠がとどめを刺す。

 それだけ。作戦と呼ぶには単純過ぎる、けれどこの場で唯一取れる策であった。

 

『駄目よそんな危ないこと! 人間の身体はアタシ達とは違う! 治療も出来ない今、骨でも折れちゃったら、それこそ取り返しが付かなくなっちゃうわ!』

 

 愛斗が案を伝えた直後、田中以上に反対の声を上げたのはアリスだった。

 そんな真似はさせられないと。そんな命を粗末にするような無謀、許せるはずがないと。

 

 けれど愛斗は譲らず。一歩も引かぬその姿に、先に折れたのはアリスの方。

 最終的には天野(あまの)一与(いよ)の発明品の中に、骨折程度なら簡単に治せる発明品がある。だから多少の怪我ならば大丈夫だという理屈で押し切られ、今に至る。

 

 確かに天野一与の発明品の中には、欠損程度までなら治してしまえる発明品は存在する。

 ただしそれは、第一ラボに備え付けられた大型のカプセルでしかなく。

 少なくとも、サバイバルバッグの口に入るような大きさの物ではない。巻けば治る包帯や飲めばあらゆる病に打ち勝てる錠剤だとか、そう言ったものは存在していないのだ。 

 

 ……或いは、バッグを底の底まで探せば見つかるのかもしれないが、それだけの猶予はない。

 アリスの言うとおり、骨を折ってしまえばそれまで。

 治療の手段を持たない、確認出来ない今。行動を制限されるような負傷をしてしまえば、まだ何も始まっていない現状のまま、早々の詰みを迎えかねない。

 

 愛斗にはやることがある。

 何よりも果たさなければならないことを、確かに認識している。

 

 何も違う十年後の中で、過去にまで影響を及ぼす滅亡の理由を突き止め阻止すること。

 そして家族の、幼馴染の待つ自らの時代へ無事に帰還すること。

 

 何にも変えられない、生存と同等の優先事項。

 例え目の前の誰かが倒れようと、心を殺してでも先へと進む。

 それが正解であり鉄則。それ以外は、例え善行であれど不正解。そんなことは重々承知している。

 

「……それでも、嫌なんだから仕方ないだろ」

 

 それでも。それが正しいとしても。後に慰められ、肯定されるとしても。

 愛斗はただ首を振る。嫌だと、認められないと、燻っていた心の内の不満を静かに口から零す。

 

 自身があの獣型の天使を釣るための囮になるなどと。

 正気の沙汰とは思えない、無謀と言える作戦に名乗りを上げたのは、それだけでしかない。

 誰かを犠牲になんて、これっぽちもしたくない。

 結局の所、愛斗はそれだけの人間でしかなかった。自身が命を懸ける理由など、それだけで十分だった。

 

「……男の子ね、羨ましいわぁ。何せアタシにはそういうの、もうとっくに残ってないから」

 

 そう呟いた愛斗に、横目で見つめていたアリスがぽつりと漏らす。

 緩んだ口元は、どこか自らを恥じるように。何かと比較し、自らが駄目だと憂うように。

 

「そんなことないですよ。だって今、協力してくれてる。それに、どう考えてもきついのはアリスさんの方だ」

「あら、あくまで貴方ありきの作戦よん? ……それに、アタシはただ便乗しただけ。仲間が大事だと思いながら、どうしても合理的に考えちゃう。何もかもが変わっても、不思議谷アリス(新しい自分)になろうとしても、冷たい性根はそのまんま。アタシが嫌いなアタシのまま。……けどね?」

 

 アリスは拳を握り、視線をそれに合わせながら話すも、すぐに顔を上げ愛斗へと向き直す。

 

「そんな冷たいアタシを愛斗ちゃんは動かした。久遠ちゃんを止められないと諦めちゃったアタシに、貴方はガツンと熱をくれたの。だからやっぱり、お礼を言うのはアタシの方。本当に、ありがとうね」

 

 憑き物が落ちたようだと。

 アリスの晴れ晴れしい笑顔を前に、造形の良さも相まってか、愛斗は思わず見惚れてしまう。

 

 愛斗は当初、一人で走って逃げる気だった。

 自分で提案したのだから、誰を巻き込むこともなく。 

 もしもしくじったとしても、せめて一秒でもお世話になった人達が遠ざかっていればそれでいいと。

 

 その案を蹴り、自身が運ぶと宣言したのはアリス自身。

 少なくとも、人間のそばにいなければ。

 彼らの意思を尊重し負傷した久遠と二人で行かせれば、逃走の猶予は稼げたかもしれないのに。

 それでも手を挙げた。挙げてくれた。

 そんなアリスに愛斗は、申し訳なさと同じくらい感謝と頼もしさを抱いていた。だからこそ、彼女の笑顔に愛斗は「そんなことない」ではなく「頑張りましょう」と自然と口に出すことが出来た。

 

 

「準備終わりともぐらが告げに……おやおや、これは中々にじれたいムーディ。畜生もぐらになれたからこそ人間の発情しーずんは戦慄。TOは弁えるべきだと、いかがです?」

 

 

 緊張と警戒は確かにある。

 けれど程良く弛緩した、どこか穏やかな雰囲気を破ったのは、足下より飛び出してきた一匹。

 自ら掘った穴から半身を出したもぐらは、一瞬で周囲の空気を悟ったのか、変わらずの口調ながらどこかからかうような言葉を二人へ投げる。

 

「あらもぐらちゃん。そういうとき、一番に考えるべきは場所じゃない?」

「もぐらは何分野生のもぐらなのであまねくぷれいすいずざわーるど。思うまま本能のまま。青淫らなはっするはむしろ常識なり。と、そないな戯言は後に取っておきましょう。いつでもどうぞと、久遠ーからのお達しでっせ。もぐ」

 

 実はドキリとしてしまった愛斗とは違い、慣れたようにもぐらへと顔を寄せるアリス。

 だがもぐらの発言に、二人の間にあった穏やかな空気は引き締まる。

 

「ではこれにて。もぐらのぷろふぇっしょなるは既に完遂なのであとは君達次第ってもんです。だから敢えて言うのであれば。精々気張りんアリスー。それとご武運を、愛斗ー?」

 

 言いたいことは言い切ったのか、最後にウィンクを残して穴の中へと引っ込むもぐら。

 獣の去った後に残るのは、不自然なほどの静けさ。

 愛斗とアリスの息遣いさえよく通る。何かの前触れと思わずにはいられない、静寂だった。

 

「そろそろね。覚悟はいい?」

「……実は少し後悔してます。だから生き残ったら、ちょっぴり贅沢でもしたいです」

「……そうね。全部終わったらしちゃいましょう。全員でね?」

 

 互いに見合い、ちょっとだけ硬く、けれど恐怖を匂わせない笑みを向け合いながら。

 愛斗は両耳に耳栓を入れ、腰から銃を取り出し、銃口を斜め前の空へ向けてから──引き金を引く。

 

 一回、二回、三回。

 パンパンと、断続的に。公園を越えて周囲一帯へと響き渡る、渇いた破裂音の連続。

 

 アリスもそうだが、愛斗も生じた音や手に伝わる衝撃に動じることはない。

 

 一与に海外デートと連行された、外国の射撃場で数回。

 不定期開催。誰の物でもない無人島にて、発明道具を試験する名目で行われる二泊三日のサバイバル。通称『野外♡ラブラブ♡デート♡』にて結構な数。その他諸々エトセトラなど、日本生まれ日本育ちの二十歳にはふさわしくないほどの発砲経験が愛斗にはあった。

 

 グレーどころか真っ黒。バレなきゃいいんですよ、バレてもバレなきゃいいんですよを行く本性。

 孤独であれば、世界を滅ぼす系美少女にさえなれるほどの資質を持つ天野一与。

 そんな天才を完全に止めることは敵わずとも、ある程度の妥協という外付けの手綱が付き、とんでも道具発明家程度に収まっているのは紛れもなく無色愛斗の功績だろう。多分。

 

「……なんか撃ち慣れてない? もしかして愛斗ちゃん、札付きの悪だったりする?」

「気のせいですよ。それより、来ます」

 

 軽口もそこそこに。

 遠くの天使が動き出したのを確認したアリスは、愛斗を背中に乗せ、公園より走り出す。

 

 発砲音に誘われて。

 そして音の先に観測された、恐らく一帯で唯一であろう生命の存在を認識するに至り。

 標的を見失っていた獣型の天使は、無色愛斗へと狙いを定め、再び走り出す。背中に担がれた愛斗は後ろへ首を向けながら、獣型天使の一挙手一投足を見逃すまいと双眼鏡を覗き込んで注視する。

 

『あのクソ天使は口から圧縮したV粒子……要はビームを撃ってくる。だから足を止めるな。直線で逃げるな。あとは……お前が目になれ。いいか。アリスの貢献に失敗で応えてみろ。そのときはあのクソ天使じゃなく、俺が這ってでもぶっ殺してやるからな』

 

 まるでドッグランを走るような気軽さで。

 白天輪宿した真っ黒な獣は、街の名残などお構いなしに踏みつぶすかの如く疾駆し獲物を見据える。

 殺気はない。敵意もない。──それでも、確かに視ている。

 それが分かるからこそ、愛斗の恐怖心は増幅する。無機質な死神からの執着に、接近に、現実から目を逸らしたくなる。

 

 それでも堪える。恐怖を押し殺すのではなく、恐怖以上の勇気を以てにらみ返す。

 

「──来ます!」

  

 天使の口元──厳密に言えば、それがあろう部分が発光した直後。

 愛斗は叫ぶ。予め決めておいた、攻撃の前兆に合わせた合図を。一蓮托生な仲間を動かす言葉を。

 

 愛斗では移動の最中に正確な弾道、着弾点の予想なんて離れ業は不可能。

 けれどのあの光線は、自らを狙うもの。

 なればあとはタイミングのみ。それさえ分かれば、直撃だけは避けられる。人間の胴体視力や反射神経を当てにするにはあまりに頼りない、無謀としか言いようのない作戦だった。

 

「いけるわっ! この調子で、お願いねっ!!」

 

 それでも、初弾の回避は成功する。

 アリスが大げさに横へと逸れた刹那、光は彼ら後方の少し離れた道路に着弾し──爆ぜる。

 

 音と熱が道路を焦がす。

 そして安堵の最中、無惨な融解の光景に視認した愛斗は、当たった場合の末路を悟ってしまう。

 

 その光線は比喩ではなく、正しくビーム。

 喰らえば必死。どろどろのぐちゃぐちゃ。肉は疎か、骨さえ残らない。

 だからこそ、しくじるわけにはいかない。一蓮托生の生死を分けるは、自分の努力次第。

 

「次、来ます! 二回!」

 

 回避の裁量はアリスに委ねるしかない。けれどそのアリスは、背後を確認してはいない。

 極論、連発されれば運が絡む。そも速度で言えば、アリスの逃走より天使の疾走の方は速い。

 

 撃たれれば撃たれるだけ、事故(ファンブル)の可能性は高まる。

 僅かでも速度を抜けば、瞬く間に追いつかれてしまう。距離が縮まれば、その分命中の可能性が上がる。

 

 これは所詮、そういう類の分の悪い賭け。

 平時であれば、もう少し猶予があれば、もう少しまともにあれた策。

 それでも二人は足掻く。叫び、走り、やがて目的地へと辿り着く──そのはずだった。

 

「天使ッ、こんなときに!!」

 

 一つ曲がり、もう間もなくに差し掛かった頃、アリスは目の前のそれらに口汚く吐き捨てる。

 目の前に人型天使。その数、実に十数体。

 邂逅が意図的あろうと、偶然であろうと関係ない。

 在ること自体が障害たり得る存在が、アリスの背負う生命──無色愛斗という人間を認識し、求めるよう駆け出してくる。

 

「ピントが合ってきてる! 来ます!」

 

 その最中、愛斗は気付く。着弾点が、徐々に自分達へと近づいてきているのを。

 意志があるのか分からない、目も鼻も口もない。

 けれど確かに学習している。アリスの回避を分析している。悪意に満ちた知性が、徐々にこちらを捉えつつある。その事実を。

 

 前方の虎、後方の狼。

 そんな状況を前にしながら、アリスは歩みを止めることはなく、愛斗をよりしっかりと背負い直す。

 

「跳ぶわ! 口閉じて!」

 

 掛け声の直後、アリスは跳ぶ。レンガのフェンスへ、崩れた家へ、その屋根を駆け続ける。

 愛斗を担ぎながら、それでも勢いある跳躍。

 容姿や服装からは優美さとはかけ離れた、動作も表情も泥臭さに満ちたアリスの決死の行動。

 

 ──けれどその跳躍の連続は、土にまみれる青いドレスの軌跡は、この世の何より美しい。

 

「越えた! これでっ、グッ!!?」

 

 天使の一段を飛び越えたアリスが着地し、最早目的地は目と鼻の先という所まで差し掛かった。

 まさにそのときだった。

 好奇とばかりに獣型天使の放った光線が、アリスが今上げようとした右足を寸分違わず貫いたのは。

 

 愛斗は声を出せなかった。揺れる視界での認識は、ただの人間には不可能であった。

 

「アリスさん──!!」

「ぐうっ!? ああ、こなくそっ、どっせえい!!」

 

 続き光り、仕留めの一撃が獣型天使から放たれようとした。

 それより一瞬速く苦痛に顔を歪めたアリスは、けれど残った片方の足で無理矢理に己を支えながら、野太い咆哮を上げる。そして着弾するよりも前に、愛斗の身体を空へと投げ飛ばす。

 

「後は頼むわ! 大丈夫、貴方なら出来るっ……!!」

 

 急に空へと投げ出された愛斗。

 刹那、愛斗へウィンクと親指を立ててみせたアリスは、腹辺りを光線に貫かれる。

 

 その瞬間を直視しながら、愛斗は地面へと落ちていく。

 無念も後悔も抱く間さえなく。

 地面へと落下した愛斗は、本能的に衝撃を流すよう転がる受け身を取り。

 擦れた全身の痛みをに歯を食いしばって堪えながら、どうにか地面にて動きを止める。

 

 そこは愛斗の通っていた小学校。

 かつて愛斗と一与が六年間共に学んだ懐かしの学び舎の校庭。今はもう半壊し、かつての活気は見る影もなくなった廃墟。

 作戦の要となる目的地へ、アリスという犠牲を払いながらも、見事到着してみせた。

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